学位論文要旨



No 216952
著者(漢字) 宮田,裕章
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,ヒロアキ
標題(和) 社会医学における研究の評価基準
標題(洋)
報告番号 216952
報告番号 乙16952
学位授与日 2008.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第16952号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 准教授 黒岩,宙司
内容要旨 要旨を表示する

背景:

社会医学分野における定量的研究と定性的研究のパラダイム間のつながりについての議論は多くの場合混乱したものであり,散乱する用語と議論によって,概念が不明瞭かつ認識困難となってしまっている.定量的研究と定性的研究を複合に用いる研究や,定量的知見・定性的知見の両方を用いてレビューを行う研究は近年ますます重要になっており,このような状況で定量的研究と定性的研究における評価基準を再構成し,断絶しがちな両者の基準の橋渡しを行うことは重要な課題であるといえる.本研究では社会医学分野の科学的適切性の評価基準を再構築することを目的として2つの文献レビューを行った.論文Iでは定量的研究・定性的研究における評価基準の背景にある認識論を考察し,評価基準の再構成を行った.論文IIでは研究の質を確保するための具体的手順について分類・整理を行った.

方法:

論文Iでは定量的研究・定性的研究における評価基準の背景にある認識論を考察し,多重選択のパラダイムにより,状況や目的の設定によって,どのような評価基準を選択する必要があるのかを考察した.定量的研究と定性的研究の対比点としては,Lincolnらが指摘した妥当性/信用性,信頼性/一貫性,客観性/確証性,一般化可能性/転用可能性の枠組みを用いた.レビューの対象とした文献は先行研究のうち科学的適切性に対する研究の評価概念に対して記載があるものである.評価概念に対する記載があっても,妥当性・信用性,信頼性・一貫性,客観性・確証性,一般化可能性・転用性に関わらないものは検討から除外した.論文IIでは先行研究における評価手順について内容分析を行った.内容分析にあたっては第一段階として,妥当性/信用性,信頼性/一貫性,客観性/確証性,一般化可能性/転用可能性に該当する先行研究の抽出した.第2段階では各概念に関連して提案されている,具体的な評価手順を分類し,下位概念を生成して評価手順を分類した.先行研究においては妥当性,信用性などの用語が意味する内容は著者により様々だが,本研究では著者らが論文Iで生成した定義に基づいて,該当する記述を抽出した.従って先行研究の著者が妥当性を高める手順として提案した方法であっても,本研究では信用性などの別のパラダイムの手順として分類した.分類は2名の分析者によって行われ,判断が異なっていた場合には議論を行い結論を得た.論文I,IIとも文献の取得はMedilineによる検索により行った.また検討した論文で引用されていた文献や,関連の専門家からの紹介による文献もレビューに含めた.

結果:

論文Iでは定量的研究・定性的研究の比較議論の中で重要な概念としてLincolnらが指摘した妥当性/信用性,信頼性/一貫性,客観性/確証性,一般化可能性/転用可能性の対比点はそれぞれ,「観察の枠組みの設定」,「観察における安定性の仮定」,「観察者と被観察事象の影響」,「知見の適用範囲」についての認識の違いであることが示された.論文IIでは定性的研究の評価基準である信用性については「多角的視点の反映」,「外部視点による検証」,「枠組の包括的説明力」を,一貫性については「データ収集・分析における一貫性」,「データ解釈の追跡可能性」を,確証性については「研究者に関わる影響」,「研究対象者に関する影響」を,転用可能性については「研究特有の状況の記述」,「他の状況への適用に関する記述」を新たなサブカテゴリーとして生成した.一方でこれらの基準に対比し,定量的研究の評価基準としては,妥当性については「構成概念妥当性」,「基準関連妥当性」,「内容妥当性」を,信頼性については「観察の通時的な一致」,「同時期の観察の一致」を,客観性については「人為的なミスのチェック」を,一般化可能性については,「抽出するデータの代表性」,「影響を与える要因の検討」,「構成概念の再現性」へと手順が分類された.

考察:

全ての定量的研究において,解釈の余地がない枠組みや普遍的な一般化,観察の全プロセスへの安定性,などの前提が仮定できる訳ではない.従って適用範囲外への知見の外挿や,安定性が確保できない範囲について,定性的研究のパラダイムを用いた評価を行うことは科学的適切性を高める上で有用である.同様の理由で定性的研究が定量的評価基準を活用することも有用である.定性的・定量的という一元的な枠にとらわれるのではなく研究者は各研究における,1.観察の枠組み,2.観察における安定性,3.観察者と被観察事象の影響,4.知見の適用範囲,の各項目に関してどの様な前提を設定することができるか吟味した上で,設定に応じたバランスによって科学的適切性の評価を行う必要があると考えられる.定量的研究と定性的研究の評価手順を接合・体系化した研究はこれまでなく,本研究の知見は重要なものであると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は社会医学分野の科学的適切性の評価基準を再構築することを目的として2つの文献レビューを行った.論文Iでは定量的研究・定性的研究における評価基準の背景にある認識論を考察し,評価基準の再構成を行ったものである.論文IIでは研究の質を確保するための具体的手順について分類・整理を行った.

研究方法として論文Iでは定量的研究・定性的研究における評価基準の背景にある認識論を考察し,多重選択のパラダイムにより,状況や目的の設定によって,どのような評価基準を選択する必要があるのかを考察した.定量的研究と定性的研究の対比点としては,Lincolnらが指摘した妥当性/信用性,信頼性/一貫性,客観性/確証性,一般化可能性/転用可能性の枠組みを用いた.レビューの対象とした文献は先行研究のうち科学的適切性に対する研究の評価概念に対して記載があるものである.評価概念に対する記載があっても,妥当性・信用性,信頼性・一貫性,客観性・確証性,一般化可能性・転用性に関わらないものは検討から除外した.論文IIでは先行研究における評価手順について内容分析を行った.内容分析にあたっては第一段階として,妥当性/信用性,信頼性/一貫性,客観性/確証性,一般化可能性/転用可能性に該当する先行研究の抽出した.第2段階では各概念に関連して提案されている,具体的な評価手順を分類し,下位概念を生成して評価手順を分類した.先行研究においては妥当性,信用性などの用語が意味する内容は著者により様々だが,本研究では著者らが論文Iで生成した定義に基づいて,該当する記述を抽出した.従って先行研究の著者が妥当性を高める手順として提案した方法であっても,本研究では信用性などの別のパラダイムの手順として分類した.分類は2名の分析者によって行われ,判断が異なっていた場合には議論を行い結論を得た.論文I,IIとも文献の取得はMedilineによる検索により行った.また検討した論文で引用されていた文献や,関連の専門家からの紹介による文献もレビューに含めた.

研究結果として論文Iでは定量的研究・定性的研究の比較議論の中で重要な概念としてLincolnらが指摘した妥当性/信用性,信頼性/一貫性,客観性/確証性,一般化可能性/転用可能性の対比点はそれぞれ,「観察の枠組みの設定」,「観察における安定性の仮定」,「観察者と被観察事象の影響」,「知見の適用範囲」についての認識の違いであることが示された.論文IIでは定性的研究の評価基準である信用性については「多角的視点の反映」,「外部視点による検証」,「枠組の包括的説明力」を,一貫性については「データ収集・分析における一貫性」,「データ解釈の追跡可能性」を,確証性については「研究者に関わる影響」,「研究対象者に関する影響」を,転用可能性については「研究特有の状況の記述」,「他の状況への適用に関する記述」を新たなサブカテゴリーとして生成した.一方でこれらの基準に対比し,定量的研究の評価基準としては,妥当性については「構成概念妥当性」,「基準関連妥当性」,「内容妥当性」を,信頼性については「観察の通時的な一致」,「同時期の観察の一致」を,客観性については「人為的なミスのチェック」を,一般化可能性については,「抽出するデータの代表性」,「影響を与える要因の検討」,「構成概念の再現性」へと手順が分類された.

全ての定量的研究において,解釈の余地がない枠組みや普遍的な一般化,観察の全プロセスへの安定性,などの前提が仮定できる訳ではない.従って適用範囲外への知見の外挿や,安定性が確保できない範囲について,定性的研究のパラダイムを用いた評価を行うことは科学的適切性を高める上で有用である.同様の理由で定性的研究が定量的評価基準を活用することも有用である.定性的・定量的という一元的な枠にとらわれるのではなく研究者は各研究における,1.観察の枠組み,2.観察における安定性,3.観察者と被観察事象の影響,4.知見の適用範囲,の各項目に関してどの様な前提を設定することができるか吟味した上で,設定に応じたバランスによって科学的適切性の評価を行う必要があると考えられた.

以上,本論文は定量的研究と定性的研究の評価基準の認識論の検討と手順の分類により,社会医学における科学的適切性の評価基準の再構築を行った.定量的研究と定性的研究の評価手順を接合・体系化した研究はこれまでなく,本研究の知見は重要なものであると考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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