学位論文要旨



No 216953
著者(漢字) 福田,展久
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ノブヒサ
標題(和) 多核希土類金属錯体を用いた触媒的不斉反応 : 医薬およびリード化合物合成への応用
標題(洋)
報告番号 216953
報告番号 乙16953
学位授与日 2008.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16953号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 准教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

第1章(+)-Lactacystinの触媒的不斉全合成

【背景】(+)-Lactacystin 1は、1991年に大村らによりstreptmyces sp.より単離、構造決定された化合物で、天然から見出された強力な20Sプロテオソーム選択的阻害剤である。20Sプロテオソームは、生命体にとって極めて重要な営みであるタンパク質の分解・再生機構、とりわけタンパク質の主要分解経路であるユビキチン/プロテアソーム経路において重要な役割を担っている。このように1は、生体機能解明の鍵化合物として生物科学面から注目を集めている一方、母核であるラクタム環の不斉四置換炭素を含めて5つの不斉炭素を有するユニークな構造を持った化合物として合成化学面からも注目されている。これまでの合成法は、天然由来の原料を利用するか、もしくは触媒的不斉エポキシ化などで構築した不斉炭素を足がかりに、ジアステレオ選択的反応を組み合わせることで最も難しいC5位の不斉四置換炭素を構築しているものがほとんどであった。

【逆合成解析】筆者の所属する研究室では、糖由来の不斉配位子3から調製したガドリウム錯体を用いてケトイミン類に対する触媒的不斉Strecker反応を開発している1)。本方法を用いれば、最も効率的なC5位の不斉四置換炭素の直接的な構築を鍵ステップとする1の合成が可能であると考えられ、Scheme 1.に示した合成戦略を計画した。すなわち、ケトイミン7を出発原料として触媒的不斉Strecker反応を利用することでC5位の不斉四置換炭素を含む光学活性なアミノ酸6へと導き、得られたアミノ酸6からエノン5への変換を計画した。続いて、C6位の水酸基の導入は、エノン5に対するシリル求核剤の立体選択的な炭素-ケイ素結合形成反応とTamao酸化とを組み合わせることで達成出来ると考え、Donohoeらの鍵中間体4へと導けると考えた。

【触媒的Strecker反応の最適化検討】まず、文献既知化合物8から導いたケトイミン7を合成し、触媒的不斉Strecker反応の検討を行なった(Table 1)。初めに柴崎研究室にて最適化された条件で反応に付したところ、収率99%以上、光学収率88%eeにて目的のアミドニトリル17が得られた(Table1. entry 1)。しかし、光学収率と反応の再現性に問題があったため種々検討を行なった。結果 、反応系中に加える試薬の順序を変え(entry2)、さらにリガンドとの比率を最適化した後に金属源をGd(OiPr)3からGd{N(TMS)2}3に代えることで最も良い結果(>99%,98% ee)を与えることがわかった(entry 6)。本条件は、グラムオーダーの合成においても適応できるものであった。

本反応メカニズムは、これまでの研究からFigure 1.のように考えている。すなわち、Gd(OiPr)3とリガンド3にて系中で主に2:3錯体10が形成された後、TMSCNや2,6-ジメチルフェノールの添加により真の活性種である2:3錯体12が形成される。この活性錯体12が二面性機能触媒として働くことで、反応を進行させると考えている。本反応で10に対して先に基質7を添加した場合(Table 1. entry 1)、7が10のGdに配位するために後から添加したTMSCNや2,6-ジメチルフェノールと10の反応が嵩高いイソプロピル基のために阻害され、12の生成割合が減少してしまった結果、反応の遅延が起こったと考えている。そのため、12の形成を促進させるために試薬の添加順序を代えることが良い結果を与えたと考えている。また、これまでの研究から金属源としてGd{N(TMS)2}3を用いると、Gd(OiPr)3の場合と比較して2:3錯体10の生成割合が高いこともわかっている。本反応の場合も系中での活性錯体12の生成割合が高くなったことが良い結果に繋がったと考えている(Table 1. entry 6)。

【(+)-lactacystinの合成】得られたアミドニトリル9からの誘導を行った。Scheme 2.に示し左ように9を相当するアミノ酸6へと導いた後、オゾン分解、カルボン酸への酸化、再環化により母核となるC5位の不斉四置換炭素を有したγ-ラクタム環14へと導いた。次に、iPrMgBrを還元剤として用いることで、ラクタム環14のケトンを立体選択性的に望むα-アルコール15へと変換した。得られた15を再結晶することにより光学的に純粋なものとした。

次に、もう1つの鍵反応であるC6位炭素への立体選択的な水酸基の導入を検討した。まず、α-ルコール15からエノン5へと導いた後、立体的に嵩高いシリル求核剤を反応させたところ、立ア体選択的にC6位にシリル基が導入できた。続いて、Tamao酸化によりシリル基を水酸基へと変換し、Donohoeらの合成中間体であるヒドロキシイミド4を得た。以降、報告例に従って合成を進め、活性体である(clasto-lactacystin β-lactone 2へと導いた。最後に、2をCoreyらの報告例に従い、N-アセチルL-システインと直接反応させることで(+)-lactacystin 1の触媒的不斉全合成を達成した2)。

第2章 TMSN3での触媒的不斉meso-アジリジン開環反応を用いたタミフル(R)の第二世代合成法の確立

【背景】抗インフルエンザ薬タミフル18は、宿主細胞からのウィルスの拡散時に必須であるノイラミニダーゼを阻害することで、抗インフルエンザ活性を示す唯一の経口薬として承認されている。タミフルはロッシュ社より製造販売されているが、出発原料として主にトウシキミの実から抽出されている(-)-シキミ酸を用いている。現在では、大腸菌を使っての醗酵法も実用化されてきているが、いずれの方法においてもシキミ酸の単離・生成に時間とコストがかかる。したがって、より確実に供給できてかつ安価な化合物を出発原料とする新しい合成法の開発が望まれる。このような背景のもと共同研究者と共に入手が容易な1,4-シクロヘキサジエンを出発原料とし、TMSN3での触媒的不斉meso-アジリジン開環反応を鍵反応としたタミフルの第一世代合成法を開発した3)。しかしながら、工業的に取り扱いが困難な毒性の高い二酸化セレンを量論量用いなければならない酸化工程が含まれていること、もう1つは、この工程の効率化のためにジアミン誘導体を一旦C2対称化しなければならないため、合成終盤での煩雑な保護基脱着工程が避けられないという2つの大きな問題点を抱えていた。そこで、著者はこれらの問題点を解決すべく検討を行なった。

【逆合成解析】第一世代合成法の2つの大きな問題点は、酸化工程を回避した合成ルートを確立すれば解決出来ると考え、Scheme 3.に示した合成戦略を考えた。3-ペンチルエーテル部位の導入に関して'は第一世代合成法と同様の方法を用いることとし、鍵中間体となるβ-アルコール19は、シアノホスフェイト20からのアリル位転位反応を利用して合成し、21は、TMSN3での触媒的不斉meso-アジリジン開環反応で得られたジアミン等価体22からのハロ環化反応を利用して合成することを考えた。

【タミフルの第二世代合成法の確立】共同実験者によってなされた予備検討結果4)から得た知見から、アジド体23に着目し、ヨード環化反応に付したところ、反応は進行し、続いて塩基で処理することにより24を得た(Scheme 4)。次に24をBocにて保護した後、チオ酢酸を用いたアジド基の還元的アセチル化反応により25とした後、カルボキサミド部の加水分解、生じた水酸基の酸化によりエノン26へと導いた。

続いてリチウムシアニド存在下、diethylphosphoryl cyanideと反応させ、シアノホスフェイト20とした(Scheme 5.)。得られたシアノホスフェイト20を用いて鍵反応であるアリル位転位反応の検討を行なった。種々検討した結果、トルエン溶媒にて封管中、140℃ にて加熱することで反応が進行し、続いて塩化アンモニウム水溶液で処理することにより良好な収率でα-アルコール28が得られた。この反応では、反応溶液のESI-MSを用いた解析結果などから中間体としてβ-アリルホスフェイト27が生成していると推測している。

Scheme 6.に示したように、28に光延反応条件下、p-ニトロ安息香酸を反応させたところ首尾良く反応が進行した。さらにその反応液に、水酸化リチウム水溶液を添加することで、良好な収率でβ-アルコール19へと一挙に変換できた。ここからは第一世代合成法と同様に、19を光延反応条件にてアジリジン29へと変換し、ルイス酸存在下、3-ペンタノールと反応させることで30とした。続いて、シアノ基をアルコール分解にてエチルエステルへと変換し、リン酸塩化することでタミフル18へと導いた。今回確立された第二世代合成法は、第一世代合成法の2つの大きな問題点を解決し、かつ工程数も短縮された優れた合成法となった4)。

Scheme 1.

Table 1.

a) Conversion yield calculated by the 1H NMR of the crude mixture

b) Determined by chiral HPLC

c) 7, solvent, TMSCN,a nd 2,6-dimethylphenowl ere added successively to the gadoliniuma lkoxide complex 10.In other entries, solvent, TMSCN,2 ,6-dimethylphenola, nd 7 were added successively.

d) A5 g scale reaction.Isolated yield. Other entries were performed on a 100mg scale.

Figure 1.

Scheme 2.

Scheme 3.

Scheme 4.

Scheme 5.

Scheme 6.

1) (a) Masumoto, S.; Usuda, H.; Suzuki, M.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 5634. (b)Kato, N.; Suzuki, M.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Tetrahedron Lett. 2004, 45, 3147. (c) Kato, N.; Suzuki, M.;Kanai, M.; Shibasaki, M. Tetrahedron Lett. 2004. 45, 3153.2) Fukuda, N.; Sasaki, K; Sastry, T. V. R. S.; Kanai, M. Shibasaki, M. J. Org. Chem. 2006, 71, 1220.3) Fukuta, Y.; Mita, T.; Fukuda, N.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 6312.4) Mita, T.; Fukuda, N.; Roca, F. X.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2007, 9, 259.
審査要旨 要旨を表示する

福田は「多核希土類金属錯体を用いた触媒的不斉反応:医薬およびリード化合物合成への応用」と題して主に以下の2つのトピックスの研究を完成させた。

1.(+)-Lactacystinの触媒的不斉全合成

(+)-Lactacystin(1)は、1991年に大村らによりstreptmyces sp.より単離、構造決定された化合物で、初めての天然から見出された強力な20Sプロテオソーム選択的阻害剤である。1は、母核であるラクタム環の不斉四置換炭素を含めて5つの不斉炭素を有するユニークな構造を持った化合物として、合成化学面からも注目されている。これまでの合成法は、天然由来の原料を利用するか、もしくは触媒的不斉エポキシ化などで構築した三置換炭素の不斉を足がかりに、ジアステレオ選択的反応を組み合わせることで最も難しいC5位の不斉四置換炭素を構築していた。それに対して福田は、当研究室で開発した糖由来不斉配位子3から調製されるガドリウム触媒によるケトイミンに対する触媒的不斉Strecker反応を鍵としてC5位の不斉四置換炭素を構築する、独自の1の合成ルートを確立した(Scheme1)。最初にケトイミン7を合成し、触媒的不斉Strecker反応の検討を行なった。その結果、触媒調製時の金属源を通常用いていたGd(OIPr)3からGd{N(TMS)2}3に代え、さらにGdと3との比率を1:1.5とすることで、高いエナンチオ選択性と化学収率(>99%,98%ee)を発現できることを見出した。本反応は、グラムオーダーの合成においても十分適応できるものであった。

得られたアミドニトリル9から1への変換を行った(Scheme2)。9をアミノ酸6へと導いた後、オゾン分解、カルボン酸への酸化、再環化により母核となるC5位の不斉四置換炭素を有したγ-ラクタム14へと導いた。次に、IPrMgBrを還元剤としてケトンを立体選択的に望むα-アルコールへと変換し、得られたアルコールを再結晶により光学的に純粋とした後にアセチル化して16に導いた。16をエノン5へと変換した後、立体選択的なシリル求核剤の共役付加、引き続くTamao酸化により、文献既知の中間体であるヒドロキシイミド4を得た。以降、報告例に従って合成を進め、活性体であるclasto-lactacystin β-lactone2へと導いた。最後に、2をCoreyらの報告例に従い、N-アセチルL-システインと直接反応させることで(+)-lactacystin1の触媒的不斉全合成を達成した。

2.Tamifluの触媒的不斉全合成

抗インフルエンザ薬タミフル(18)は、宿主細胞からのウィルスの拡散時に必須であるノイラミニダーゼを阻害することで、抗インフルエンザ活性を示す唯一の経口薬として承認されている。タミフルはロツシュ社より製造販売されているが、出発原料として単離・生成に時間とコストがかかる(-)-シキミ酸を用いている。福田は、入手容易な1,4-シクロヘキサジエンを出発原料とし、当研究室で開発したTMSN3での触媒的不斉meso-アジリジン開環反応を鍵反応としたタミフルの第二世代合成法を開発した(Scheme2)。イットリウム-3触媒を用いて高収率、高エナンチオ選択的に得られる22をヨード環化反応を鍵として25とした後、加水分解、酸化によりエノン26へと導いた。続いてリチウムシアニド存在下diethylphosphoryl cyanideと反応させ、シアノホスフェイト20とした。20を熱的なスプラ面でのアリル転位に付し、反応系内で生じた不安定なアリルポスフェート27を塩化アンモニウム水溶液で処理することにより、ハイドロリティックSN2反応により良好な収率でα-アルコール28を得た。28を光延反応-加水分解によりβ-アルコールへと変換した後、光延反応にてアジリジン29へと変換し、ルイス酸存在下3-ペンタノールと反応させることで30とした。続いて、シアノ基をアルコール分解にてエチルエステルへと変換し、リン酸塩化することでタミフル18へと導いた。今回確立された第二世代合成法は、第一世代合成法の問題点を解決し、かっ工程数も短縮された合成法となった。

以上の業績は、比較的複雑な構造を有する医薬およびそのリード化合物の合成における不斉触媒反応の有用性を明示したものであり、博士(薬学)の学位授与にふさわしいものと判断した。

Scheme 1

Scheme 2

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