学位論文要旨



No 217038
著者(漢字) 上野,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,ヒデキ
標題(和) 事故発生時における旅行時間予測方式の研究
標題(洋)
報告番号 217038
報告番号 乙17038
学位授与日 2008.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17038号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 准教授 清水,哲夫
 東京大学 講師 田中,伸治
 千葉工業大学 教授 赤羽,弘和
 首都大学東京 准教授 小根山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、事故発生時における旅行時間の予測手法を開発し、それを首都高速道路に適用して実用性を確認したものである。これまでにも旅行時間を予測する手法は数多く提案されてきているが、そのほとんどは事故や道路工事などの異常事象が全くない状況における予測手法の提案であった。しかしながら、事故発生時こそ旅行時間情報等の渋滞情報の提供が必要であるという利用者ニーズは高く、この様な背景のもと事故発生時における旅行時間予測手法の開発に取り組んだ。以下にその要旨を簡潔に示す。

研究の方針とアプローチ

(1)基本方針

現行方式も有効に使いながら必要に応じて予測モデルを適用することによってシステム全体として精度向上すること、また、事故継続時間を考慮しなくてもある程度精度良く旅行時間を予測できること、さらに事故継続時間を予測することができれば旅行時間予測の精度向上が図れることを研究方針とした。

(2)事故発生時における旅行時間予測方式の検討アプローチ

本研究においてはシステム全体として精度向上を図るため、従来の研究では実施されていない現行旅行時間算出方式と旅行時間予測専用モデル方式を適宜使い分けるハイブリッド方式による「ハイブリッド旅行時間予測モデル(以降、ハイブリッド予測モデル)」を用いて研究を進めることとした。

(3)事故継続時間の予測に対するアプローチ

交通管制官へのインタビューを実施し、その結果も踏まえて、事故に対する形態や事故処理状況・要素を分類することにより、まずは予測できそうなケースだけを抽出することとした。

(4)本研究の対象は首都高速道路とし、ケーススタディとして首都高速3号上り線を分析することとした。この路線は、交通管制上、17の区間に分割されている。今回の解析では、ジャンクションの渡り部である区間1,2、および集約料金所の上流になる区間17を除いた14区間を旅行時間予測の対象とした。

事故発生時における交通データを用いた交通状況の解析

(1)事故発生時の交通状況解析

事故発生区間から上流に事故の影響が顕著にでるケースや、事故発生区間のみ影響がでるケース等に分類できた。これらは事故発生位置や、事故発生時の交通状況などが旅行時間に影響していることが推測でき、ハイブリッド予測モデルの判別に反映されると考えられる。

(2)事故発生時の現行旅行時間情報の精度

解析の結果、事故発生時においても4割くらいは現行旅行時間を有効に利用できることがわかり、また、下流側で事故が発生した場合、旅行時間誤差に与える影響が大きいことを確認した。そこで本研究にあたっては、旅行時間誤差に対する影響が大きい区間3,4において事故が発生したケースを中心に解析を行っていった。

事故発生時の旅行時間予測方式の提案

本研究では,事故発生時点において現行方式が利用可能か否かを判断し,この結果をもとに,事故継続時間中は現行方式もしくは旅行時間予測専用モデルにて予測を行った。ハイブリッドモデルで最初に行うべきは、現在用いられている同時刻和旅行時間がそのまま旅行時間予測値として使えるかどうかの判別である。本研究では、事故発生時に利用可能である区間交通量、区間速度、区間密度、車線閉鎖有無、同時刻旅行時間和、発生時間帯、曜日などの変数を用いて、その判別方式を提案し、約80%の正分類率が得られることを明らかにした。

次に、事故発生時における旅行時間予測モデルの提案であるが、利用可能なデータを基に多項式によって旅行時間の予測値を推計した。なお、道路交通状況を解析した結果,(1)事故発生時点から25分経過までの時間帯、(2)事故発生時後25分経過以降の時間帯にわけて多項式モデルを使い分けることが精度の向上につながることを明らかにした。

その結果、「誤差が10分以内に収まる場合」が約88% 、システム全体での精度向上という観点からみた「誤差10分以内もしくは提案した予測の方が良い場合」が約94%と良好な結果を得ることができた。さらに、現行方式と比較すると誤差10分以内での精度改善のほか、誤差10分を超える大きな誤差が大きく改善していることも確認できた。

また、旅行時間精度に影響を与える事故継続時間の予測について検討を行い、限られたケースではあるがステップワイズ法を適用し、事故継続時間予測誤差±15分以内に88.9%と今後の研究の足がかりを作ることができた。旅行時間の予測値の精度向上の可能性を検討するために、事故継続時間実測値を用いて試行を行ったところ、「誤差10分以内もしくは予測適用の方が精度がよい場合」として、約97%を達成した。これを受けて、一部ではあるが事故継続時間の予測値を適用したところ、「誤差10分以内もしくは予測適用の方が精度がよい場合」として、99.5%を達成することができ、ハイブリッド予測モデル改良版の有効性を確認できた。

実用化に向けた展開方法検討

提案モデルを他路線に適用するなどして、実用化への展開の可能性について検討した。主な結果は次のようにまとめられる。

(1)3号線中流域、上流域で発生した事故ケースへの適用を行い、「誤差10分以内もしくは予測適用の方が精度がよい場合」として、約82~92%の精度を得ることができ、他区間への適用についてある程度の有効性を確認した。

(2)4号線下流区間への適用を行い、「誤差10分以内もしくは予測適用の方が精度がよい場合」として、約88%の精度を得ることができ、他路線への展開として有効性の可能性を示すことができた。

(3)事故処理終了後もハイブリッド予測モデルを継続して適用し、同時刻旅行時間和との比較を行った。その結果、事故処理終了後も20~40分は同時刻旅行時間和より精度が良い場合が多いことがわかった。したがって実用化を考える場合、事故処理終了後もしばらくはハイブリッド予測モデルを継続して運用した方がよいと考えられる。

(4)事故発生時に事故継続時間が予測できない場合でも、事故状況や交通データ等の情報を収集していくことにより、途中からではあるが旅行時間情報の改善ができる他、事故継続時間自体の予測精度向上の可能性があることを確認した。

今後の課題

実用化を考えた場合も含めて、以下の課題を今後検討していく必要がある。

・事故継続時間予測にあたっては、今回は限られたケースにとどまったため、今後はさらに詳細の研究が必要と考えられる。

・オンライン化にあたっては随時新しい情報を取得し、予測情報を更新するしくみを検討していく必要がある。

・経年変化に伴う多項式モデルのパラメータについて、アップデイトの方法を考慮する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、都市内高速道路において交通事故が発生している時間帯における旅行時間の予測手法を開発し、その有用性を検証したものである。旅行時間予測手法は数多く提案されてきているが、事故が発生している状況における予測手法の開発はほとんど行われていない。一方、利用者からみると、事故などの異常事象が起こっているときの旅行時間情報へのニーズは極めて高く、社会的に意義の高い研究と考えられる。本研究では、重回帰分析を用いた旅行時間予測手法を提案するとともに、事故継続時間の推定およびそれを考慮した予測手法の検討も行っており、学術的にも実務的にも価値のある研究と評価できる。

本研究では、対象を都市内高速である首都高速道路とし、事故発生時の旅行時間予測の研究方針として、従来採用されてきた同時刻和旅行時間方式(現行方式)と今回提案する予測モデルとの融合をはかり、予測が必要な場合にだけ提案予測モデルを適用して旅行時間の精度向上を図る、あるいは交通管制官へのインタビューを実施し、その結果も踏まえて、事故に対する形態や事故処理状況・要素を分類することにより、まずは予測できそうなケースだけを抽出するなど、実用的なアプローチを取っている。

本研究では,現行方式では精度が悪くなる場合にだけ予測モデルを適用するというハイブリッドモデルを基本としており、現行方式がそのまま旅行時間予測値として使えるかどうかの判断が必要である。本研究では、事故発生時に利用可能である区間交通量、区間速度、区間密度、車線閉鎖有無、同時刻旅行時間和、発生時間帯、曜日などの変数を用いて、判別モデルを提案し、約80%の正分類率が得られることを明らかにしている。

次に予測モデルの提案であるが、事故発生時に得ることができるデータを用いて多項式によって旅行時間の予測値を推計している。また、事故発生時点から25分経過までの時間帯と、事故発生時後25分経過以降の2つの時間帯にわけて多項式モデルを使い分けることが精度の向上につながることを明らかにしている。その結果、おおよそ誤差が10分以内に収まる場合が約9割程度と、実用上も十分な精度を上げられることを実証している。また、事故継続時間の利用可能性についても検討を行い、事故継続時間を予測モデルに組み込んだところ、多少の精度向上が得られることを確認している。

さらに、提案モデルを他路線に適用するなどして予測モデルの十分な検証を行うほか、事故処理が終了した後に、どの程度の時間において予測モデルを適用すべきか、逐次あげられてくる現場からの事故情報を事故継続時間の予測に活用する可能性、予測モデルのパラメータ更新方法など、実用化への展開についても、十分な検討と考察が行われている。

以上のように本研究は、利用者ニーズのきわめて高い事故発生時における旅行時間について、予測モデルを提案したという学術的な貢献だけでなく、それを実務に適用するための十分な検証と適用方法に関する考察を加えており、実務的にも大きな有用性が認められる。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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