学位論文要旨



No 217077
著者(漢字) 南目,梨江
著者(英字)
著者(カナ) ナンメ,リエ
標題(和) 1-C-メチルサッカライドの合成研究
標題(洋)
報告番号 217077
報告番号 乙17077
学位授与日 2009.01.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17077号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

前池上四郎教授研究室(帝京大学薬学部)では、糖鎖研究の一環として立体選択性の高いグリコシル化反応の開発を行うと共に、新規なグリコシド化合物の合成を行ってきた。そして、極めて容易にケトシド型α-グリコシドを合成する方法を開発した(Scheme 1)。exo-メチレン糖1a-cをグリコシルドナーとして、酸触媒を用いてアルコール2と反応させると、1-C-メチル-α-グリコシド3が高い立体選択性で生成する。また、1-C-メチル糖4a-cの酸触媒によるグリコシド化反応の開発も行い、同様に1-C-メチル-α-グリコシド3を与えることを見出している。両反応によって得られる1-C-メチル-α-ジサッカライドはアノマー位にメチル基を有するケトシド型のグリコシドであり、通常のアルドシド結合とは異なっている。しかしながら、非常に高いα立体選択性が実現されることから、有用なα-グリコシド類縁体の合成手段と成りうる。そこで、本反応を利用した1-C-メチル-α-グリコシド糖鎖合成の可能性を探るべく、本研究を遂行した。

1. exo-メチレン糖のグリコシド化反応による1-C-メチルジサッカライドの合成

グルコース、ガラクトース、マンノース由来のexo-メチレン糖1a-cと種々の糖アルコール体とのグリコシド化反応を試み、本反応の汎用性を検討した。フリーの水酸基を持つメチルピラノシドをグリコシルアクセプターとしてグリコシド化反応を行い、一級水酸基、二級エクアトリアル水酸基はいずれも高い収率で対応する1-C-メチル-α-ジサッカライドを与えることを確認した。なお、アキシャル水酸基はグリコシル化に対する反応性が低く、二糖の生成は低収率であった。さらにグリコノ-1,5-ラクトンをグリコシルアクセプターとしてexo-メチレン糖のグリコシド化反応を行ったところ、一級水酸基、二級水酸基のいずれを用いた場合も効率良く1-C-メチル-α-ジサッカライドが得られた(Scheme 2)。

続いて、1-C-メチル-α-グリコシドのベンジル基の除去を、二糖38、40を用いて検討した(Table 3)。パラジウム触媒による加水素分解あるいはBirch還元などの方法でベンジル基の除去を試みたが、ケトシド結合の切断が同時に進行し、反応条件の検討が必要であった。種々検討を行った結果、塩基性アルミナを添加してパラジウム触媒による加水素分解を行うことで、触媒活性を損なうことなくベンジル基の除去を達成するとともに、グリコシド結合を維持することができた(Scheme 3)。

2. PI-88の1-C-メチルアナログの合成研究

ホスホペンタマンノース硫酸(PI-88, Figure 1)は、強いヘパラナーゼ阻害活性を有しており、癌の転移阻害剤としての臨床開発が進められている。PI-88を構成する五分子のマンノースはα-グリコシド結合で連結されており、1-C-メチルアナログの合成が可能ではないかと考えた。そこでexo-メチレン糖のO-グリコシド化反応を利用したPI-88類縁体の合成を試みることとした。D-マンノースにp-メトキシベンジル(PMB)基およびベンジル基を選択的に導入して合成したメチレン糖12、19とマンノノラクトン11を用いてグリコシド化反応を検討した。PMB基を持つexo-メチレン糖のグリコシド化反応では、TfOHのように強い酸を用いた場合、PMB基の除去が進行することが分かった。検討の結果、メタンスルホン酸(MsOH)を酸触媒として用いたときにPMBエーテルの開裂が抑えられ、かつ望みのグリコシド化が進行することを見いだした。また、得られた二糖13はα-グリコシドのみであり、β-グリコシドの生成は認められなかった。本グリコシド化反応では、グリコシルアクセプターは二糖以上連結していても効率良く反応が進行するが、二糖以上のメチレン糖はグリコシド化反応に対する反応性が著しく低下することが示唆され、単糖exo-メチレン糖をグリコシルドナーとしてグリコシド化反応を繰り返すことにより総収率が向上することが分かった。そこで、より総収率のよい合成を目指し、単糖+オリゴマーのグリコシド化を繰り返した五糖の合成を検討した。メチレン糖12とヒドロキシラクトン11のグリコシド化をMsOH存在下行ったところ、97%収率でグリコシド化が進行した。続いて、PMB基を除去してグリコシルアクセプター14とし、小過剰のメチレン糖12とのグリコシド化を行った。その結果、対応する三糖15が97%収率で単一の化合物として得られた。さらに脱保護、グリコシド化を繰り返し、7工程、総収率35%でPI-88類縁体の五糖ベンジル保護体20を合成することができた(Scheme4)。

続いて、塩基性アルミナ共存下での接触水素化による脱保護法を五糖20に適用したが、様々な混合物を与え、目的の脱保護体を単離することはできなかった。なお、PI788類縁体の五糖ベンジル保護体の脱保護および硫酸エステルへの変換は、更なる検討が必要である。

3. 1-CLメチルトレハロースの合成

トレハロースは二分子のD一グルコースがアノマー位でα(1〓1)α結合した、非還元糖である。トレハロースのα(1〓1)α結合は通常のグリコシド結合と比較して安定であることや高い保水効果を持つことが報告されており、食品や化粧品などの分野で利用されている。このアノマー位炭素問のα-グリコシド結合糖のケトシド類縁体を構築可能にするために検討を加えた。

α(1〓1)α結合糖をグリコシル化により合成する際には、隣接する二つのグリコシド結合の立体化学を制御する必要があった。ケトシド結合は1-C一メチル糖のα選択的O-グリコシド化反応によって立体選択的な構築を試みた。また、アルドシド結合は、ヘミアセタールをシリル基で固定したα一アルドシド22a-cをグリコシルアクセプターとして立体を保持できると予想した。検討の結果、1-O-アセチル-1-C-メチル糖21a-cをグリコシルドナーとし、トリメチルシリルトリフルオロメタンスルポネート(TMSOTf)を反応促進剤として用いることで最も良い収率、選択性で目的のα(1〓1)α結合糖23を得ることができた。本反応条件を用いてD-グルコース、D-ガラクトース、D-マンノースの1-O-アセチル-1-CLメチル糖とシリルα-グリコシドを用いて種々のα(1〓1)α結合糖の合成を行った。その結果、Glc-Glcの合成においては僅かながらα(1〓1)β結合糖が生成したもののα(1〓1)α結合糖を優先的に与えた。また、他の基質ではアルドシドの異性化は認められずα(1〓1)α結合糖のみを選択的に合成することができた(Scheme5)。

生成した1-C-メチル(1〓1)結合糖23aa-ccのベンジル基の除去は、塩基性アルミナ存在下、パラジウム触媒による接触水素化を行うことにより達成された。一部の基質において塩基性アルミナを添加しない条件でベンジル基の除去を試みたところ、グリコシド結合の開裂は見られず、望みの二糖脱保護体が生成し、1-C-メチルトレハロース類縁体は比較的安定であることが示唆された。また、得られた1-C-メチル(1〓1)結合糖24aa-ccは安定に単離でき、長期間の保存に耐えることが判明した。

4. 1-C-ハロメチル糖の合成

メチル基に電子求引基を導入することでケトシド結合の安定性が向上すると予想し、ハロゲンを導入した1-C-ハロメチルグリコシドの合成を検討した(Scheme6)。1-ハロメチリデン糖をグリコシルドナーとして用い、1-C-ハロメチルジサッカライドの合成を試みた。ヨード体をグリコシルドナーとして、TR)Hを酸触媒としてグリコシド化反応を行ったところ、予想通り電子求引基を導入したことで反応性が低下し、-78℃ではヨード体25のグリコシド化反応は進行しなかった。そこで反応温度を0゜Cとしたところグリコシド化反応が進行し、74%収率で対応する1-C-ヨードメチルジサッカライド26が生成した。また、別法としてexo-メチレン糖2aとメチルグルコシド2とのグリコシド化反応を淋ヨードコハク酸イミドを反応促進剤として行ったところ、対応する二糖26を得ることができた。オリゴ糖合成へと展開するためには改善する必要があるものの、安定なケトシド結合を構築する方法と成りうると考えられる。

Scheme 1. Acid-catalyzed glycosidation of exo-methylenesugars and 1-C-methylsugars

Scheme 2. Glycosidation of exo-methylene sugars 1a-c

Scheme 3. Removal of benzyl groups.

Figure 1. Structure of PI-88

Scheme 4. Synthesis of pentasaccharlde.Reagents ang Conditions: a)12(1.5 eq), MsOH, MS4A, CH2Cl2,-78゜C;b)DDQ, CH2Cl2, H2O,0゜C;c)19(1.5 eq), MsOH, MS4A, CH2Cl2,-78゜C.

Figure2. Structure of trehalose and itsl-C-methylanalogs

Scheme 5. Stereoselective synthesis of 1-C-methyl-trehalose analogs

Scheme 6. Synthesis of 1-C-iodomethyl-α-disaccharide

審査要旨 要旨を表示する

1. exo-メチレン糖のグリコシド化反応による1-C-メチルジサッカライドの合成

グルコース、ガラクトース、マンノース由来のexo-メチレン糖1a-cと種々の糖アルコール体とのグリコシド化反応を試み、本反応の汎用性を検討した。フリーの水酸基を持つメチルピラノシドをグリコシルアクセプターとしてグリコシド化反応を行い、一級水酸基、二級エクアトリアル水酸基はいずれも高い収率で対応する1-C-メチル-α-ジサッカライドを与えることを確認した。なお、アキシャル水酸基はグリコシル化に対する反応性が低く、二糖の生成は低収率であった。さらにグリコノ-1,5-ラクトンをグリコシルアクセプターとしてexo-メチレン糖のグリコシド化反応を行ったところ、一級水酸基、二級水酸基のいずれを用いた場合も効率良く1-C-メチル-α-ジサッカライドが得られた(Scheme 1)。

続いて、1-C-メチル-α-グリコシドのベンジル基の除去を、二糖を用いて検討した。パラジウム触媒による加水素分解あるいはBirch還元などの方法でベンジル基の除去を試みたが、ケトシド結合の切断が同時に進行し、反応条件の検討が必要であった。種々検討を行った結果、塩基性アルミナを添加してパラジウム触媒による加水素分解を行うことで、触媒活性を損なうことなくベンジル基の除去を達成するとともに、グリコシド結合を維持することができた(Scheme 2)。

2. PI-88の1-C-メチルアナログの合成研究

ホスホペンタマンノース硫酸(PI-88, Figure 1)は、強いヘパラナーゼ阻害活性を有しており、癌の転移阻害剤としての臨床開発が進められている。PI-88を構成する五分子のマンノースはα-グリコシド結合で連結されており、1-C-メチルアナログの合成が可能ではないかと考えた。そこでexo-メチレン糖のO-グリコシド化反応を利用したPI-88類縁体の合成を試みることとした。D-マンノースにp-メトキシベンジル(PMB)基およびベンジル基を選択的に導入して合成したメチレン糖9、16とマンノノラクトン8を用いてグリコシド化反応を検討した。PMB基を持つexo-メチレン糖のグリコシド化反応では、TfOHのように強い酸を用いた場合、PMB基の除去が進行することが分かった。検討の結果、メタンスルホン酸(MsOH)を酸触媒として用いたときにPMBエーテルの開裂が抑えられ、かつ望みのグリコシド化が進行することを見いだした。また、得られた二糖10はα-グリコシドのみであり、β-グリコシドの生成は認められなかった。本グリコシド化反応では、グリコシルアクセプターは二糖以上連結していても効率良く反応が進行するが、二糖以上のメチレン糖はグリコシド化反応に対する反応性が著しく低下することが示唆され、単糖exo-メチレン糖をグリコシルドナーとしてグリコシド化反応を繰り返すことにより総収率が向上することが分かった。そこで、より総収率のよい合成を目指し、単糖+オリゴマーのグリコシド化を繰り返した五糖の合成を検討した。メチレン糖9どヒドロキシラクトン8のグリコシド化をMsOH存在下行ったところ、97%収率でグリコシド化が進行した。続いて、PMB基を除去してグリコシルアクセプター11とし、小過剰のメチレン糖9とのグリコシド化を行った。その結果、対応する三糖12が97%収率で単一の化合物として得られた。さらに脱保護、グリコシド化を繰り返し、7工程、総収率35%でPI-88類縁体の五糖ベンジル保護体17を合成することができた(Schem3)。

続いて、塩基性アルミナ共存下での接触水素化による脱保護法を五糖17に適用したが、様々な混合物を与え、目的の脱保護体を単離することはできなかった。なお、PI-88類縁体の五糖ベンジル保護体の脱保護および硫酸エステルへの変換は、更なる検討が必要である。

この他1-C-メチルトレハロースの合成、1-C-ハロメチル糖の合成にも成功している。

以上の研究成果は、今後の医薬開発において重要な貢献をすると考えられ、博士(薬学)に値すると判断した。

Scheme 1. Glycosidation of exo-methylene sugars 1a-c

Scheme 2. Removal of benzyl groups.

Figure 1. Structure of PI-88

Scheme 3. Synthesis of pentasaccharide. Reagents and Conditions: a)12(1.5 eq), MsOH, MS4A, CH2Cl2, -78℃;b)DDQ, CH2Cl2, H2O,0℃; c)19(1.5 eq), MsOH, MS4A, CH2Cl2, -78℃.

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