学位論文要旨



No 217128
著者(漢字) 中村,亮一
著者(英字) NAKAMURA,Ryoichi
著者(カナ) ナカムラ,リョウイチ
標題(和) 短周期地震動記録に基づく日本列島下の三次元減衰構造Qs・震源スペクトル・地盤増幅の同時インバージョンとその応用
標題(洋) 3-D Attenuation structure beneath the Japanese islands, source parameters and site amplification by simultaneous inversion using short period strong motion records and predicting strong ground motion
報告番号 217128
報告番号 乙17128
学位授与日 2009.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17128号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 纐纈,一起
 東京大学 教授 島崎,邦彦
 東京大学 教授 佐竹,健治
 東京大学 教授 古村,孝志
 東京大学 准教授 宮武,隆
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の目的

短周期地震動はサイト地盤の増幅特性の他に三次元減衰構造の影響を強く受ける。このため三次元減衰構造の解明が重要である。また,震源での短周期励起特性も不明な部分が多い。これらを解決していくためには,震源・伝播・サイト増幅の同時インバージョンが有効である。本論文では、日本列島の強震観測データを用い,震源とサイト増幅特性のトレードオフを避けるために,基盤サイトでの増幅を2.0に拘束をかけたスペクトル領域(1~10 Hz程度)での三次元的減衰構造(Qs),震源スペクトル及び地盤増幅特性の同時インバージョンを行った。さらに応用として,得られた構造を考慮した強震動予測を行った。

2.方法

防災科学技術研究所K-NET及びKiK-netの観測開始以来2007年12月までのM4.0以上の地震で,同研究所F-NETのメカニズムが判明している1,804地震による121,367のデータを用いた。

地震jによる観測点iでの地動の加速度フーリエスペクトル は,次のように表すことができる。

ここで,Saj(f) はj番目の地震の震源での加速度フーリエスペクトル,Ge は幾何減衰で伝播距離の逆数,gl(f) は l番目の地盤分類グループでの増幅率,Qsk(f) はk番目のブロックのQs値, Tkij はj番目の地震によるi番目の観測点までにS波がkブロックを通過するのに要する時間である。Vsは気象庁のJMA2001走時表を用い,密度ρは を仮定した。平方根の添え字1及び2は,観測点と震源を表す。

インバージョンはARTB手法を用い,地表20mの平均S波速度(AVS20)が1000m/s以上の硬岩地点に対してはARTBグローバルイタレーション1回毎に増幅を2.0に置き換えることにより増幅率を拘束した。

3. 同時インバージョン解析結果

(1) 三次元減衰構造Qs

得られた減衰構造の10 Hzの例を図-1に示す。太平洋プレートやフィリッピン海プレートでHighQs,火山や火山フロントに対応したLowQsが得られたほか,非火山性のLowQsが北海道の深さ0-30 kmで,関東の深さ30-60 kmで得られた。前者はNishida et al.(2008)の求めた強いLowVsゾーンと整合しており,また地理的に神居古潭変成帯に一致する。後者はKamiya and Kobayashi (2000)が蛇紋岩と推定した高ポアソン域に整合している。また,火山フロント付近においても,秋田駒ケ岳と栗駒山の間はHighQsの傾向が見られることがわかった。

(2) 震源スペクトル

得られた震源での加速度スペクトルの短周期のフラットレベル(ここでは1 Hz~10 Hz)に適合する応力降下量Δσをω-2モデルに基づくBoore (1983)に基づき算定した。ここでMoはF-NETによる値を用いた。応力降下量には,顕著な深さ依存性がみられた。これをさらに内陸地殻内地震と太平洋プレートのプレート境界地震,二重深発地震に分類した。応力降下量と震源深さの関係を図-2に示す。内陸地殻内地震と太平洋プレート境界の地震は,いずれも深さ依存性が顕著であるが同じ応力降下量となる太平洋プレート境界の地震の深さは内陸地殻内地震より40 km程度深い。太平洋プレート境界の地震についてはBilek and Lay (1998) が,本州沖のプレート境界の地震の震源深さが増大するとともに,実体波の破壊継続時間が短くなり,破壊伝播速度あるいは応力降下量が増加していることを指摘していることと整合している。 内陸地殻内地震について,Rake角との関係をみたものを図-3に示す。これによると内陸地殻内地震についても,応力降下量は深さ依存性が見られるが,正断層 < 横ずれ断層 < 逆断層 となる傾向があることがわかった。

(3) 地盤増幅

求められた地盤分類グループごとの増幅率を図-4に示す。グループ化したそれぞれの卓越周期Tgの範囲に対応する増幅率が求められた。このことは、インバージョンによって増幅率が正しく分離されていることを意味していると考えられる。

4. 地震動予測

同時インバージョンで求められた減衰構造・震源パラメータ・地盤増幅を用いて,地震動の再現解析を行った。計算手法は,前述のインバージョンと同じ式によるフォワード計算で加速度フーリエスペクトルを求め,それを最大加速度PGAに換算した。図-5に2001年12月02日 岩手県内陸南部の地震の観測による震度分布と本手法による計算値を比較して示す。同図(c)には,参考として,司・翠川(1999)の距離減衰式による予測値も示す。最大加速度の絶対値を含め,観測による震度分布が火山フロントで急変している様子が良く再現されており,減衰の不均質構造を考慮していない距離減衰式に比べると大きく改善されることがわかる。この例は点震源仮定による予測であるが,その他,断層面の拡がりが無視出来ない大地震の場合にも応用できることを示した。

図-1 求められた三次元減衰構造の例(10 Hz)(解像度の良い領域を赤い点線の閉曲線で示す。)

図-2内陸地殻内地震と太平洋プレートに関連する地震の応力降下量と深さの関係

図-3 内陸地殻内地震の震源深さ毎の応力降下量とRake角の関係

図-4 インバージョンによって得られた地盤分類毎の増幅率TgはPS検層に基づくS波構造による卓越周期

図-5 最大加速度(PGA)分布の再現解析結果例2001年12月02日 岩手県内陸南部の地震 (h=121 km)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は序章であり、研究の背景と目的、既往研究の簡潔なレビュー、本論文の構成、よりなる。第2章が本論文の主要部であり、まず2.1で方法が、2.2で解析の結果と議論が行われている。内容は、2.2.1減衰構造、2.2.2震源スペクトル、2.2.3サイト増幅特性に分かれる。第3章では第2章の結果を用いた地震動予測手法とその結果が記述されている。第4章では以上のまとめと今後の課題が述べられている。

本論文は短周期地震動記録の加速度フーリエスペクトルの振幅を用いて、日本列島の三次元S波減衰構造、震源スペクトル、地盤増幅特性を推定する手法を開発し、それぞれを推定したものである。既往の研究では、減衰構造、震源スペクトル、地盤特性の三者の分離が不十分なために、信頼性に欠ける結果となっていた。本論文では、各観測点の地盤特性を地盤の卓越周期を利用して6種類に分類することと、岩盤の増幅特性を均質弾性体の自由表面の特性とすることによっって、分離を成功させた。得られた増幅特性が卓越周期で最大となっていることから、手法が妥当であったことがわかる。

本論文では防災科学技術研究所K-NET及びKiK-netの加速度記録がデータとして用いられた。観測開始以来2007年12月までのM4.0以上の地震で,同研究所F-netのメカニズムが判明している1,804地震による121,367のデータであり、0.2度x 0.2度x 30kmの細かいグリッドにおける減衰構造の推定を可能とした。

得られた日本列島の減衰構造は、既往の研究成果や地震波速度構造と良い一致を示すのみならず、次のような特筆すべき新知見をもたらしている。それは、北海道と関東で見いだされた非火山性の高減衰域である。前者は北海道の中軸部の浅部、神居古潭変成帯に対応し、蛇紋岩の存在がその成因として示唆されている。後者は茨城県と千葉県の県境付近の深さ30-60kmにあり、関東地方の複雑な異常震域の原因の一つと考えられ、速度構造の高ポアソン比領域に対応している。

本論文は、減衰構造を1-10Hzの各周波数で推定した。このことにより、減衰の周波数依存が議論できるようになったことは高く評価される。減衰には、内部減衰と散乱とがあるが、一般に低減衰域では周波数依存性が高く、散乱の効果が大きいことが示された。また、活火山域では周波数依存性が低く、内部減衰が優勢と結論されている。周波数別の減衰構造の推定は、減衰機構の特定への新しい手法として位置づけることができる。

本論文では震源スペクトルから、応力降下量が推定されている。その結果は、応力降下量が深さに強く依存することを示している。内陸地殻内地震、プレート境界地震、ともに深さ依存性が見られる。この応力降下量の深さ依存性は従来から知られていたものの、本論文で初めて高い精度で明らかにされた。さらに特筆すべきは、内陸地殻内地震では地震タイプによる違いが見出されたことである。応力降下量は,正断層<横ずれ断層<逆断層であることが示されたが、これは物理的に妥当ではあるものの、これまで実証されていなかった。極めて重要な新知見である。

最後にこれらの成果に基づく、地震動予測の成果が示されている。特に大地震の有限な震源域の効果を取り入れた新しい予測法は、今後の発展が期待でき、重要な成果である。

本論文の減衰構造、震源スペクトル、地盤増幅率の同時推定の手法は、基本的な部分は既往のものであるが、この三者を正しく分離して推定した部分は新規なものであり、高く評価される。また、その結果得られた構造および震源に関する新知見は、地球惑星科学上の重要な発見であり、地球惑星科学への大きな貢献と考えられる。

なお、本論文第2章、2.2.2節は、島崎邦彦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25772