学位論文要旨



No 217159
著者(漢字) 曽根,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) ソネ,トシヒコ
標題(和) 複合機能型金属触媒を用いた触媒的不斉Corey-Chaykovsky反応の開発
標題(洋)
報告番号 217159
報告番号 乙17159
学位授与日 2009.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17159号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

最小の環構造であるオキシランやシクロプロパン構造は、天然物や生理活性物質に広く存在する重要な骨格である。また3員環構造はひずみを有することから、比較的容易に開環反応を行うことが可能である。そのため全合成における合成中間体、医薬品合成のbuildingblockなど、様々な用途で用いられている重要な官能基でもある。有用なオキシラン、シクロプロパン環合成法の1つとして、硫黄イリドを用いたCorey-Chaykovsky反応(Schemel)が挙げられる。

触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発1

Corey-Chaykovsky反応の有用性にもかかわらず、硫黄イリドが有する反応性の高さのためこれまで触媒的不斉合成反応への適応は困難とされてきた。2006年、MacMillanらのグループにより2級アミン有機触媒一安定イリドを用いたジアステレオ、エナンチオ選択的シクロプロパン化反応が報告された2。本反応系では、高選択的かつ良好な収率にて反応が進行するものの、安定イリドの使用が反応の制御に必須であった。そこで私は、反応の一般性、実用性を考慮し、反応性の増したイリドであるジメチルオキソスルホニウムメチリドを用いた触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発に着手した。柴崎研究室では、既にLLB触媒に代表される複合機能型金属触媒(Figure1)を報告しており、本触媒系を用いることで、基質のみならず反応試剤も配位制御することが可能と考えた。様々な金属触媒を検討した結果、新規なビフェニルジオールlaを導入した(5)-La-Li3-(la)3にて、カルコン3aに対するシクロプロパン化反応が、収率72%、38%eeの選択性で進行することが確認された(entryl)。また興味深いことに、ヨウ化トリメチルスルホキソニウムより調製したジメチルオキソスルホニウムメチリドが、塩化トリメチルスルポキソニウムより調製したイリドよりも高い選択性を発現した(entry2)。用いたスルポニウム塩の違いにより異なった結果が得られたことから、イリド調製時に生じたナトリウム塩が、イリド溶液に混入し、触媒系に影響を及ぼしているものと推察した。そこで塩の除去が容易と考えられる塩化トリメチルスルホキソニウムより調製したイリドを用い、塩の添加効果を確認したところ、ヨウ化ナトリウムを添加した際に、エナンチオ選択性が向上し、再現性も確認された(entry3,4)。さらにリガンド、添加剤、溶媒系の最適化を行い、最終的に基質であるカルコン3aを反応系中にゆっくりと滴下することで収率97%、97%eeの高いエナンチオ選択性でシクロプロパン化反応が進行することがわかった(Tablel,entry9)。また本反応系は、様々なエノンに対しても適応可能であった(Table2)。さらに活性触媒種に関するデータを得るために、触媒のESI-MS構造解析を行った結果、メインMSピークとして(S)-La-Na-Li2-(lb)3のMSピークが得られたことから、本触媒系の触媒活性種は、アルカリ金属が部分的に交換した(5)-La-Na-Li2-(1b)3であろうと考えている。

触媒的不斉エポキシ化反応への展開3

現在までに、Sharpless不斉エポキシ化、JacobsenらによるMn-salen触媒、山本らによるV-CBHA触媒など、工業的にも利用可能な極めて優れた触媒的不斉エポキシ化反応が報告されている。一方で、利用可能な基質を考慮した場合、不斉エポキシ化反応においてでさえ、依然として基質一般性に改善の余地があることがわかる。中でも、gem-2-置換オレフィンに対するエポキシ化反応は、極めてチャレンジングな基質の1つである(Scheme2)。そこで私は、先に開発した触媒的不斉Corey-Chaykovskyシクロプロパン化反応と同様に、硫黄イリドを用いたケトンに対する触媒的不斉Corey-Chaykovskyエポキシ化反応による、光学活性gem-2置換エポキシドの新規合成法に着手した。基質としてアセトフェノン、硫黄イリドとしてジメチルオキソスルポニウムメチリドを用い、柴暗研究室で開発された複合機能型金属触媒を検討した結果、LLB[La-Li3-(binaphthoxide)3]を用いた際に、15%eeとわずかではあるがエナンチオ選択性が確認された。さらにモレキュラーシーブスの添加を検討したところ、MS5Aを添加した際に、72%eeまでエナンチオ選択性が向上した。引き続き詳細に検討を行ったところ、アキラルなホスフィンオキシドの添加が更なるエナンチオ選択性の向上に有効であることを見いだした。種々のホスフィンオキシドを検討した結果、電子豊富なトリス-2,4,6-トリメトキシフェニルポスフィンオキシドを用いた際に、高収率98%、高エナンチオ選択性96%eeで反応が進行した(Table3)。最適化した条件をさまざまなメチルケトンに適用したところ、置換アリール(entries2to8)、置換及び無置換アルキル(entries10tol3)、いずれにおいても高収率かつ高いエナンチオ選択性にて、gem-2置換エポキシドを合成することが可能であった。更にルイス酸触媒では認識が困難とされるピリジル基(entry9)やエステル(entry7,13)も許容されることが、複合機能型金属触媒の大きな利点である。

次に得られたgem-2置換エポキシドの有用性を示すべく、エポキシドの変換反応を行った(Figure2)。市販のリチウムアセチリドにより、炭素鎖の伸張が可能であった。またTMSCN、触媒量のLa(OiPr)3、BINOL、トリフェニルポスフィンオキシドを用いることで、シアノアルコール8bへの変換も容易である。更にヘテロ原子の導入も可能であり、アミノアルコール8c、ジオール8dへと収率よく変換することも可能であった。これらいずれの変換反応も、光学純度を損なうことなく反応が進行することを確認した。

不斉増幅反応による高光学純度オキセタン合成法の開発4

オキセタンは、類似の3員環構造であるエポキシドと比較して余り合成研究がなされてこなかった。しかしながら近年、オキセタンの従来にはない特徴が材料化学、医薬品化学において大きな注目を集めている。中でも、光学活性なgem-2置換オキセタンは、かなりの工程数をかけて合成されていた。しかも合成の初期段階にて、不斉反応が行われていることから効率的なルートとは言い難い合成法であった。私は触媒的不斉エポキシ化反応を検討している際に、痕跡量の副生成物が生じていることに気がついた(Scheme3)。そこで副生成物の単離同定を行ったところ、オキセタンであることが判明した。更に興味深いことに、得られたオキセタンは、エポキシドよりも顕著に高い98%eeであった。オキセタンは、生成したエポキシドに対するイリドの付加、脱離によって生じたと考えられる。またLLB触媒が、エポキシドに対するイリドの付加をも触媒したことによってエナンチオ選択性が向上したものと考えた。そこでラセミエポキシドに対する速度論的分割を検討した(Table5)。速度論的分割においても、エポキシ化反応と同様にホスフィンオキシドの添加により触媒活性の向上が確認された。またTHF-hexane混合溶媒を用いることで、触媒活性の向上が確認された。その結果、10mol%の触媒を用いることで、オキセタンを収率41%(理論最大収率50%)、73%eeの不斉収率にて得ることが出来た。このようにラセミエポキシドに対する速度論的分割では、中程度のエナンチオ選択性に留まった。そこで触媒的不斉エポキシ化反応、続く速度論的分割をOne-pot反応で行うことで、オキセタンを合成しようと考えた。その結果、5mol%のLLB触媒にてエポキシ化反応を行い、続いて反応系中に15mol%のLLB、ホスフィンオキシド、1当量のイリドを添加し、合計20mo1%の触媒を用い45度にて72時間反応を行った。適応したすべての基質において、対応するエポキシドのエナンチオ選択性を上回る99%ee以上の不斉収率を得ることが出来た。また芳香族、脂肪族メチルケトンいずれにおいても不斉増幅反応により非常に高い光学純度にてオキセタンを合成することが可能となった。

1. Kakei, H.; Sone, T.; Sohtome, Y.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. I Am. Chem. Soc. 2007, 129, 13410.2. Kunz, R. K.; MacMillan, D. W. C. I Am. Chem. Soc. 2005, 127, 3240.3. Sone, T.; Yamaguchi, A.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. I Am. Chem. Soc. 2008, 130, 10078.4. Sone, T.; Lu, G.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem. Mt. Ed. 2009, 48, Early View.[DOI: 10.1002/anie.200805473]

Scheme1.Corey-Chaykovsky epoxidation and cyclopropanation

Figure1.Structures of (S)-La-Li3-(ligand)3 complex

Table1.Optimization of reaCtion conditions

Table2.Catalytic asymmetric cyclopropanation of various enones

Scheme2.Synthetic methods of gem-2,2-disubstituted epoxide

Table3.Optimization of reaction conditions

Table4.Catalytic asymmetric epoxidation of various methyl ketones

Figure2.Transformation of 2,2-dtsubstituted terminal epoxide

Scheme3.Identification of a by-product in the asymmetric epoxidation

Table5.Optimization studies on the kinetic resolution of racemic epoxide

Table6.Substrate scope of oxetane synthesis by a one-pot reaction

審査要旨 要旨を表示する

触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発

Corey-Chaykovsky反応の有用性にもかかわらず、硫黄イリドのが有する反応性の高さのためこれまで触媒的不斉合成反応への適応は困難とされてきた。2006年、MacMillanらのグループにより2級アミン有機触媒一安定イリドを用いたジアステレオ、エナンチオ選択的シクロプロパン化反応が報告された。本反応系では、高選択的かつ良好な収率にて反応が進行するものの、安定イリドの使用が反応の制御に必須であった。この課題に対し、曽根俊彦は、反応の一般性、実用性を考慮し、反応性の増したイリドであるジメチルオキソスルホニウムメチリドを用いた触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発に着手した。柴暗研究室では、既にLLB触媒に代表される複合機能型金属触媒(Figure1)を報告しており、本触媒系を用いることで、基質のみならず反応試剤も配位制御することが可能と考え検討を行った。様々な金属触媒を検討した結果、新規なビフェニルジオール1aを導入した(S)-La.Li3-(1a)r,にて、カルコン3aに対するシクロプロパン化反応が、エナンチオ選択的に進行することが確認された。反応系の詳細な検討を行い、最終的に基質であるカルコン3aを反応系中にゆっくりと滴下することで収率96%、94%eeの高いエナンチオ選択性でシクロプロパン化反応が進行することを見いだした(Table1,entryD。さらに活性触媒種に関するデータを得るために、触媒のESI-MS構造解析を行った結果、メインMSピークとして(S)-La-Na-Li2-(1b)3のMSピークが得られたことから、本触媒系の触媒活性種は、アルカリ金属が部分的に交換した(S)-La-Na-Li2-(1b)3であろうと想定された。

触媒的不斉エポキシ化反応への展開

現在までに、SharpSess不斉エポキシ化、JacobsenらによるMn-salen触媒、山本らによるV-CBHA触媒など、工業的にも利用可能な極めて優れた触媒的不斉エポキシ化反応が報告されている。一方で、利用可能な基質を考慮した場合、不斉エポキシ化反応においてでさえ、依然として基質一般性に改善の余地があることがわかる。中でも、gem-2-置換オレフィンに対するエポキシ化反応は、極めてチャレンジングな基質の1つである。この課題に対し、曽根俊彦は、先に開発した触媒的不斉Corey-Chaykovskyシクロプロパン化反応と同様に、硫黄イリドを用いたケトンに対する触媒的不斉Corey-Chaykovskyエポキシ化反応による、光学活性gem-2置換エポキシドの新規合成法に着手した。基質としてアセトフェノン、硫黄イリドとしてジメチルオキソスルポニウムメチリドを用い、柴崎研究室で開発された複合機能型金属触媒を検討した結果、LLB[La-Li3-(binaphthoxide)3]を用いた際に、15%eeとわずかではあるがエナンチオ選択性が確認された。詳細に検討を行ったところ、アキラルなボスフィンオキシドの添加が更なるエナンチオ選択性の向上に有効であることを見いだした。種々のボスフィンオキシドを検討した結果、電子豊富なトリス-2,4.6-トリメトキシフェニルボスフィンオキシドを用いた際に、高収率98%、高エナンチオ選択性96%eeで反応が進行した(Tabie2,entry1)。最適化した条件をさまざまなメチルケトンに適用したところ、極めて優れた基質一般性を確認することが出来た。また得られたgem-2置換エポキシドの有用性を示すべく、エポキシドの変換反応を行いシアノアルコール、アミノアルコール、ジオールへと光学純度を損なうことなく反応が進行ずることを確認した。

不斉増幅反応による高光学純度オキセタン合成法の開発

オキセタンは、類似の3員環構造であるエポキシドと比較して余り合成研究がなされてこなかった。しかしながら近年、オキセタンの従来にはない特徴が材料化学、医薬品化学において大きな注目を集めている。曽根俊彦は、触媒的不斉エポキシ化反応を検討している際に、痕跡量の副生成物が生じていることに気がつき、副生成物の単離同定を行ったところオキセタンであることが判明した。更に興味深いことに、得られたオキセタンは、エポキシドよりも顕著に高い98%eeであった。オキセタンは、生成したエポキシドに対するイリドの付加、脱離によって生じたと考えられる。またLLB触媒が、エボキシドに対するイリドの付加をも触媒したことによってエナンチオ選択性が向上したものと考えた。そこでラセミエポキシドに対する速度論的分割を検討したが、ラセミエポキシドに対する速度論的分割では、中程度のエナンチオ選択性に留まった。そこで触媒的不斉エポキシ化反応、続く速度論的分割をOne-pot反応で行うことで、オキセタンを合成しようと考えた。その結果、5mot%のLLB触媒にてエポキシ化反応を行い、続いて反応系中にtsmol%のLLB、ボスフィンオキシド、1当量のイリドを添加し、合計20mol%の触媒を用い45度にて72時間反応を行った。適応したすべての基質において応するエポキシドのエナンチオ選択性を上回る99%ee以上の不斉収率を得ることが出来た。また芳香族、脂肪族メチルケトンいずれにおいても不斉増幅反応により非常に高い光学純度にてオキセタンを合成することに成功した。

以上の結果は、医薬品合成および医薬化学研究に対して重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

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