学位論文要旨



No 217211
著者(漢字) 関根,啓子
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,ケイコ
標題(和) 低分子化合物によるc-IAP1調節機構の解明
標題(洋)
報告番号 217211
報告番号 乙17211
学位授与日 2009.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17211号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 橋本,祐一
 国立医薬品食品衛生研究所 部長 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

Inhibitor of apoptosis protein(IAP)ファミリータンパク質は,アポトーシスにおいて中心的な役割を果たすcaspaseの阻害タンパク質である.一部の癌細胞ではIAPが過剰発現していることから,IAPの機能を阻害することにより癌細胞にアポトーシスを誘導できる可能性がある.さらに,細胞内には内因性のIAP阻害タンパク質としてsecond mitochondria-derived activator of caspase(SMAC)が存在し,IAPに結合してそのアポトーシス抑制作用を解除する.SMACを模倣したペプチドや低分子化合物が癌細胞にアポトーシスを誘導できることがin vitro,in vivoの実験系で報告されている.このように,アポトーシス制御の臨床応用が期待されるなか,IAPは癌治療における格好の標的分子として精力的に研究が進められている.

本研究では,低分子化合物のベスタチンメチルエステル(ME-BS)がIAPファミリータンパク質に属するcellular-inhibitor of apoptosis protein 1 (c-IAP1)をユビキチン・プロテアソーム依存的に減少させて,アポトーシスを増強することを明らかにした.c-IAP1は様々な癌種で過剰発現が認められており,癌治療に対する抵抗性に関与することが知られている.ME-BSのような低分子化合物でc-IAP1を選択的に減少させるという治療戦略は,c-IAPIを過剰発現して治療抵抗性になった癌細胞に対して有効な治療法となる可能性がある.

1.ベスタチンおよびME-BSのアポトーシス増強作用

ベスタチンは宿主介在性の成人急性非リンパ性白血病の治療薬として用いられており,低毒性で長期服用が可能な薬剤である.その作用機序は,免疫担当細胞のaminopeptidase(APase)を阻害することによる免疫賦活作用と考えられている.しかし,ベスタチンは免疫を活性化するだけでなく,癌細胞にも直接作用してアポトーシスを誘導する.また,血管内皮細胞にも作用して血管新生も抑制する.これらの作用が総合的に発揮された結果,抗腫瘍効果を示すと考えられている.ベスタチンはAPaseを強く阻害するので,抗腫瘍効果はAPase阻害によるものと考えられてきたが,癌細胞に対するアポトーシス誘導作用はAPase阻害では説明できず,新しい標的分子の存在が考えられた.

ベスタチンのアポトーシス誘導における標的分子を見出すため検討を行った.ベスタチンは単独では固型癌細胞に対してアポトーシスを誘導しなかったが,抗Fas抗体(CH11),TNF-α等のdeath ligandと併用すると,これらのdeath ligandで誘導されるアポトーシスを増強した.さらに,ベスタチン誘導体のME-BSはベスタチンよりも強くアポトーシスを増強した(Fig.1).このように,ME-BSはベスタチンより強くアポトーシスを増強したことから,ME-BSの方が標的分子に対して明確に作用していることが考えられたため,以降の検討はME-BSを用いて行った.

2.ME-BSによるc-IAP1自己ユビキチン化とプロテアソームによる分解

アポトーシスを制御する分子であるIAPファミリータンパク質はdeath ligand,抗癌剤,放射線等の様々な刺激によるアポトーシスを抑制することが知られている.ME-BSのIAPに対する作用を検討したところ,ME-BSはc-IAP1の量を著明に減少させることが明らかになった.一方,同じIAPファミリーに属するXIAPやc-IAP2の量はME-BSで減少せず,ME-BSの作用はc-IAPIに選択的であった(Fig.2).

ME-BSによるc-IAP1量の減少は,プロテアソーム阻害剤であるMG-132の前処理によって解除された.また,ME-BSによるc-IAP1量の経時変化を調べたところ,ME-BS添加後10分には減少し始め,MG-132の共存化ではユビキチン化c-IAP1と推測されるスメアーバンドが高分子側に検出された(Fig.3A).さらにin vitrroユビキチン化の系においても,ME-BSはc-IAP1の自己ユビキチン化を促進することが示された.

c-IAP1は分子内にRrNGフィンガードメインを有するユビキチンリガーゼであり,この活1生によってc-IAP1の自己ユビキチン化が調節されている.c-IAP1のRINGドメイン変異体H588Aは自己ユビキチン化ができないことが知られているが,このH588AはME-BSによって減少しなかった(Fig.3B).以上の結果から,ME-BSはc-IAP1のRINGドメインに依存した自己ユビキチン化を促進して,プロテアソームによる分解を誘導することが明らかとなった.

続いて,ME-BSによるc-IAP1減少がアポトーシス増強に重要であることを確認するための実験を行った.まず,c-IAP1のsiRNAを用いてノックダウンし,アポトーシス感受性を検討した.c-IAP1のsiRNAはcH11やTRAILによるアポトーシスを増強した.次に,野生型c-IAP1とH588A変異体を用いてME-BSのアポトーシス増強に及ぼす影響を検討した.ME-BSで減少する野生型c-IAP1はアポトーシス促進因子Baxの強制発現で誘導されるアポトーシスを部分的に抑制し,このアポトーシス抑制作用はME-BSによって解除された.一方,ME-BSで減少しないH588AはBaxで誘導されるアポトーシスを抑制したが,この抑制作用はME-BSによって解除されなかった.このことから,ME-BSによるアポトーシス増強作用にはc-IAP1の自己ユビキチン化による減少が重要であることが示された.

3.c-IAP1 BIR3ドメインの重要性

c-IAP1はN末側に3つのbaculovirus IAP repeat(BIR)ドメインとC末側にRINGドメインを持つ.c-IAP2はc-IAP1と同一のドメイン構造を持ち,アミノ酸配列でも全長にわたって72%の相同性をもつにも関わらずME-BSで減少しないことから,c-IAP1はME-BSで減少するための特有な配列を有することが示唆された.そこで,両者のキメラタンパク質を人工的に作製し,c-IAP1のどの配列がME-BS感受性に必要であるかを検討した.その結果,c-IAP1のBIR3を含むキメラタンパク質はME-BSで減少したが,c-IAP2由来のBIR3を含むキメラタンパク質は減少せず,c-IAP1のBIR3ドメインが重要であることが示唆された.

次に,ME-BSとc-IAP1およびBIR3ドメインとの相互作用を表面プラズモン共鳴法により解析した.ME-BSは濃度依存的にc-IAP1と結合した.c-IAP1よりresponse unitは小さいものの,ME-BSはBIR3ドメインとも結合することが確認された.

4.構造活性相関

次に,ベスタチンの種々の誘導体を用いて,これら誘導体のAPase阻害作用,c-IAP1量およびアポトーシス増強に対する作用を調べ,構造活性相関解析を行った.APase阻害活性とc-IAP1減少活性およびアポトーシス増強活性との相関は低かった.カルボン酸をアルキルエステル化した誘導体は,c-IAP1減少活性およびアポトーシス増強活性が強かった.一方,他の誘導体はc-IAP1減少活性およびアポトーシス増強活性が消失あるいは減弱した.これらの結果から,ベスタチン誘導体によるc-IAP1減少活性とアポトーシス増強活性には強い相関が認められ,ME-BSがc-IAP1を減少させることによりアポトーシスを増強することが再確認された.

5.c-IAP1遺伝子増幅癌細胞に対する作用

c-IAP1の遺伝子座11q22は子宮頸癌,食道癌,肺癌,胃癌,腎細胞癌,神経膠芽腫等で増幅が認められている.c-IAP1遺伝子が増幅しているCa-Ski細胞においてME・BSの感受性を検討したところ,MB-BSによってc-IAP1量が著明に減少しアポトーシスの増強が認められた.一方,c-IAP1量が低くXIAP量が高いME180はME-BSによってc-IAP1の発現は減少したもののアポトーシスはほとんど増強されなかった.

6.総括

本研究では,ME-BSのアポトーシス増強能に着目して研究を行い,ME-BSがc-IAP1を選択的に減少させていることを見出した.その調節機構を検討した結果,ME-BSがBIR3ドメインと直接結合して,c-IAP1の自己ユビキチン化を誘導しプロテアソームによる分解を促進していることを明らかにした.c-IAP1は一部の癌において過剰発現が認められ,癌治療抵抗性や悪性度に関与すると報告されているが,ME-BSはこのようなc-IAP1過剰発現細胞においてもc-IAP1を減少させアポトーシスを増強した.

タンパク質の発現量を制御する方法としてアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNAのようにmRNAレベルでタンパク質のde novo合成を制御する方法が知られている.今回,ユビキチン・プロテアソーム系を活性化するという新しい分子機構で,低分子化合物によりc-IAP1タンパク質の量を制御することができることを示した.このような低分子化合物によるタンパク質の安定性の調節はRrNGやubiquitin-conjugating enzyme(UBC)ドメインを有する他のタンパク質にも応用できる可能性があり,薬剤開発の新しいコンセプトを提案するものである.

Fig1 ベスタチンおよびME-BSのアポトーシス増強作用

Fig2 ME-Bsによるc-IAP1減少作用

Fig3 ME-BSによるc-IAP1自己ユビキチン化の促進

審査要旨 要旨を表示する

Inhibitor of apoptosis protein(IAP)ファミリータンパク質は、アポトーシスにおいて中心的な役割を果たすcaspase阻害タンパク質である。一部の癌細胞ではIAPが過剰発現していることから、IAPの機能を阻害することにより癌細胞にアポトーシスを誘導できる可能性がある。さらに,細胞内には内因性のIAP阻害タンパク質としてsecond mitochondria-derived activator of caspase(SMAC)が存在し、IAPに結合してそのアポトーシス抑制作用を解除する。SMACを模倣したペプチドや低分子化合物が癌細胞にアポトーシスを誘導できることが報告されている。このように,IAPは癌治療における格好の標的分子として精力的に研究が進められている。本研究において関根は、低分子化合物のベスタチンメチルエステル(ME・BS)がIAPファミリータンパク質に属するcellular-inhibitor of apoptosis protein 1(c-IAP1)をユビキチン・プロテアソーム依存的に減少させて、アポトーシスを増強することを明らかにした。c-IAP1は様々な癌種で過剰発現が認められており,癌治療に対する抵抗性に関与することが知られている。ME-BSのような低分子化合物でc-IAP1を選択的に減少させるという治療戦略は、c-IAP1を過剰発現して治療抵抗性になった癌細胞に対して有効な治療法となる可能性がある。以下に本研究内容を説明する。

1.ベスタチンおよびME-BSのアポトーシス増強作用

ベスタチンは成人急性非リンパ性白血病の治療薬として用いられており、低毒性で長期服用が可能な薬剤である。その作用機序は、免疫担当細胞のaminopeptidase(APase)を阻害することによる免疫賦活作用と考えられている。しかし,ベスタチンは免疫を活性化するだけでなく、癌細胞にも直接作用してアポトーシスを誘導する。ベスタチンはAPaseを強く阻害するので、抗腫瘍効果はAPase阻害によるものと考えられてきたが,癌細胞に対するアポトーシス誘導作用はAPase阻害では説明できず、新しい標的分子の存在が考えられた。そこで関根は、ベスタチンのアポトーシス誘導における標的分子を見出すため検討を行った。ベスタチンは単独では固型癌細胞に対してアポトーシスを誘導しなかったが、抗Fas抗体(CH11),TNF-α等のdeath ligandと併用すると、これらのdeath ligandで誘導されるアポトーシスを増強することを見出した。

2.ME-BSによるc-IAP1自己ユビキチン化とプロテアソームによる分解

ベスタチン誘導体のME-BSはベスタチンよりも強くアポトーシスを増強したことから、ME-BSの方が標的分子に対して明確に作用していることが考えられたため、以降の検討はME-BSを用いて行った。

アポトーシスを制御する分子であるIAPファミリータンパク質はdeath ligand,抗癌剤、放射線等の様々な刺激によるアポトーシスを抑制することが知られている。ME-BSのIAPに対する作用を検討、ME-BSはc-IAP1の量を著明に減少させることを明らかにした。一方、同じIAPファミリーに属するXIAPやc-IAP2の量はME-BSで減少せず,ME-BSの作用はc-IAP1に選択的であることも明らかになった。また、ME-BSによるc-IAP1量の減少は、プロテアソーム阻害剤であるMG-132の前処理によって解除された。さらにin vitroユビキチン化の系においても、ME-BSはc-IAP1の自己ユビキチン化を促進することが示された。

c-IAP1は分子内にRINGフィンガードメインを有するユビキチンリガーゼであり、この活性によってc-IAP1の自己ユビキチン化が調節されている。c-IAP1のRINGドメイン変異体H588Aは自己ユビキチン化ができないことが知られているが、このH588AはME-BSによって減少しなかった。以上の結果から、関根はME-BSはc-IAP1のRINGドメインに依存した自己ユビキチン化を促進して、プロテアソームによる分解を誘導することを明らかにした。

続いて関根は、ME-BSによるc-IAP1減少がアポトーシス増強に重要であることを確認する実験を試みた。c-IAP1のsiRNAを用いてノックダウンし、アポトーシス感受性を検討した結果、c-IAP1のsiRNAはCH11やTRAIL、によるアポトーシスを増強することが分かった。次に、野生型c-IAP1とH588A変異体を用いてME-BSのアポトーシス増強に及ぼす影響を検討した。ME-BSで減少する野生型c-IAP1はアポトーシス促進因子Baxの強制発現で誘導されるアポトーシスを部分的に抑制し、このアポトーシス抑制作用はME-BSによって解除された。一方、ME-BSで減少しないH588AはBaxで誘導されるアポトーシスを抑制したが,この抑制作用はME-BSによって解除されなかった。これらの結果から、関根はME-BSによるアポトーシス増強作用にはc-IAP1の自己ユビキチン化による減少が重要であることを明らかにした。

3.c-IAP1 BIR3 ドメインの重要性

c-IAP1はN末側に3つのbaculovirus IAP repeat(BIR)ドメインとC末側にRINGドメインを持つ。c-IAP2はc-IAP1と同一のドメイン構造を持ち、アミノ酸配列でも全長にわたって72%の相同性をもつにも関わらずME-BSで減少しないことから、c-IAP1はME-BSで減少するための特有な配列を有することが示唆された。そこで関根は、両者のキメラタンパク質を人工的に作製し、c-IAP1のどの配列がME-BS感受性に必要であるかを検討した。その結果、c-IAP1のBIR3を含むキメラタンパク質はME-BSで減少したが、c-IAP2由来のBIR3を含むキメラタンパク質は減少せず、c-IAP1のBIR3ドメインが重要であることを示した。さらに,ME-BSとc-IAP1およびBIR3ドメインとの相互作用を表面プラズモン共鳴法により解析し、ME-BSは濃度依存的にc-IAP1と結合することを明らかにした。

4.構造活性相関

次に関根は、ベスタチンの種々の誘導体を用いて、これら誘導体のAPase阻害作用、c-IAP1量およびアポトーシス増強に対する作用を調べ、構造活性相関解析を行った。その結果、APase阻害活性とc-IAP1減少活性およびアポトーシス増強活性との相関は低いこと、カルボン酸をアルキルエステル化した誘導体はc-IAP1減少活性およびアポトーシス増強活性が強いこと、他の誘導体はc-IAP1減少活性およびアポトーシス増強活性が消失あるいは減弱すること、が明らかになった。これらの結果から、ベスタチン誘導体によるc-IAP1減少活性とアポトーシス増強活性には強い相関が認められ、ME-BSがc-IAP1を減少させることによりアポトーシスを増強することが再確認された。

5.c-IAP1遺伝子増幅癌細胞に対する作用

c-IAP1の遺伝子座11q22は子宮頸癌,食道癌,肺癌,胃癌,腎細胞癌,神経膠芽腫等で増幅が認められている。関根は、c-IAP1遺伝子が増幅しているCa-Ski細胞においてME-BSによってc-IAP1量が著明に減少しアポトーシスが増強すること、c-IAP1量が低くXIAP量が高いME180はME・BSによってc-IAP1の発現は減少したもののアポトーシスはほとんど増強されないことを見出した。

以上、本研究で関根は、ME-BSのアポトーシス増強能に着目して研究を行い、ME-BSがc-IAP1を選択的に減少させていることを見出した。さらに、その調節機構を検討した結果,ME-BSがBIR3ドメインと直接結合して、c-IAP1の自己ユビキチン化を誘導しプロテアソームによる分解を促進していることを明らかにした。また、本研究において関根は、ユビキチン・プロテアソーム系を活性化するという新しい分子機構で、低分子化合物によりc-IAP1タンパク質の量を制御することができることを示した。このような低分子化合物によるタンパク質の安定性の調節はRINGやubiquitin-conjugating enzyme(UBC)ドメインを有する他のタンパク質にも応用できる可能性があり、薬剤開発の新しいコンセプトを提案するものであり、博士(薬学)に充分値するものと判断した。

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