学位論文要旨



No 217232
著者(漢字) 谷口,隆晴
著者(英字)
著者(カナ) ヤグチ,タカハル
標題(和) 発展型偏微分方程式に対する差分法の基礎研究
標題(洋)
報告番号 217232
報告番号 乙17232
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第17232号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉原,正顯
 東京大学 教授 室田,一雄
 情報基盤センター 教授 中島,研吾
 東京大学 准教授 松尾,宇泰
 東京大学 准教授 齊藤,宣一
 東京大学 准教授 寒野,善博
内容要旨 要旨を表示する

偏微分方程式の数値解法としての差分法は,1928年のCourant, Friedrichs, Lewyの研究から始まり80年以上に渡って研究されてきた.しかし,現在でも,計算機の発達や偏微分方程式の数学的,物理的側面などの理論的な発展に伴い,新たな問題やそれに対する解法が開発され続けている.本論文では,発展型偏微分方程式に対する差分法について,2部に分け,第I部では波動シミュレーションにおける無反射境界条件について,第II部では離散変分法の拡張について議論した.

第I部. 波動シミュレーションにおける無反射境界条件

一般に,計算資源は有限であるため,差分法を用いて無限領域上で波動シミュレーションを行う際には計算領域の打ち切りが必要となり,その打ち切り断面においては無反射境界条件が設定される.本論文では,これに関連した,次の二つのテーマについて述べた:

(1)準線形双曲型偏微分方程式系に対する特性曲線法に基づく無反射境界条件の理論的評価と新たな手法の提案について,

(2)波動方程式の,ある不適切な初期値境界値問題に対する差分解の特徴付けについて.

(1) 準線形双曲型偏微分方程式系に対する特性曲線法に基づく無反射境界条件

無反射境界条件は過去30年の間に様々なものが提案されているが,現在においてもよく利用される方法のひとつとして,特性曲線法に基づく境界条件が挙げられる.特性曲線法に基づく境界条件は,Hedstromが特性曲線法を用いて導出した,1次元領域中で定義された準線形双曲型偏微分方程式系に対する無反射境界条件とその拡張を指す.Hedstromの境界条件はThompsonによって多次元に拡張され,さらに,Poinsotらによって,Duttの境界条件と組み合わせることで,粘性圧縮流れを記述するNavier-Stokes方程式へと適用された.Poinsotらの境界条件は流体シミュレーションでは今日でもしばしば利用される方法のひとつであるが,Thompsonの行った多次元問題への拡張は,いささか強引な直観的方法によってなされており,本質的に1次元的であると指摘されている.本論文では,これらの境界条件をそれぞれ,Hedstromの無反射境界条件,Thompsonの無反射境界条件,Poinsot-Leleの無反射境界条件と呼び,また,これらを総称して特性曲線法に基づく無反射境界条件と呼ぶ.特性曲線法に基づく無反射境界条件は,非常によく利用される方法であるが,その性能の理論的な解析はあまりなされていない.既存の解析結果としては,Hedstromが示した,1次元流れで単純波のみを考えた場合の無反射の保証定理とThompsonの境界条件を線形化した場合の反射係数が知られている程度である.一方,経験的には1次元流れに対しては非常に有効であることが知られており,そのような場合には,単純波という仮定が成り立たないと思われる場合にも反射を防げることがある.また,やはり経験的に,特性曲線法に基づく無反射境界条件を用いた場合,数値解の発散といった計算の破綻が起こりにくいことも知られており,これはこの手法が好まれる理由の一つとなっている.本論文では,特性曲線法に基づく無反射境界条件に関する,次の三つの事柄について述べた.

一つ目の話題(第3章)として,Hedstromの境界条件について,解が単純波でなくてもC2級の滑らかさを持てば無反射が保証されるということを示した.これは,経験的に知られていた特性曲線法に基づく無反射境界条件の1次元流れに対する有効性について,ひとつの説明を与えるものである.

二つ目の話題(第4章)として,非粘性圧縮流体の等エントロピー流れに対する,ある人工的境界条件について議論した.この境界条件は流れを記述する方程式であるEuler 方程式から素直に導出され,また,この境界条件を用いると,自然な仮定の下である種の解の評価が成り立つ.さらにこの境界条件は一見すると異なる形をしているが,実は,Thompsonの無反射境界条件と等価であることを示される.これらの結果,等エントロピー流れという場合に限られるが,Thompsonの無反射境界条件に対して素直な別導出とある種の安定性に関する評価が与えられたことになる.

三つ目の話題(第5章)として,Hedstromの定理を多次元問題に自然な形で拡張し,それに基づく無反射境界条件とその実装法を提案した.Thompsonの行った多次元への拡張では,本質的に,流れが境界に対して垂直に入射するという仮定がおかれているということが指摘されていた.これに対し,提案手法は,解が単純波であるというHedstromの境界条件と同様の仮定を必要とするものの,様々な方向からの流れに適合的な手法であり,その意味で真に多次元的な拡張である.また,音波の問題に関する数値実験を行うことで,実際に,既存の方法に比べて反射波を抑えることができることを確認した.

(2) 波動方程式のある不適切な初期値境界値問題に対する差分解の特徴付けについて

一般に,発展型偏微分方程式の初期値境界値問題について,解が一意に存在し,初期データに対して滑らかに依存するとき,その問題はHadamardの意味で適切であるといい,適切でない問題を不適切であるという.物理学や化学で現れるような,現実をモデル化した偏微分方程式を考える場合,適切性の条件は自然に満たされていることが多く,問題の適切性を意識することは少ない.しかし,発展型偏微分方程式の数値計算を行う上では,この概念は重要である.特に,無反射境界条件の設計においては,そもそも空間を打ち切った断面という物理的には存在しない境界上の境界条件を扱うため,慎重に境界条件を設計しないと問題が不適切になる場合があり,実際に,解が一意に定まらないと思われる場合も報告されている.そのような場合,数値解は解のひとつに収束するのか,収束するとすればどの解に収束するのかといった問題が生じる.この問題は,基礎的であるにも関わらず,既存の文献では取り上げられてこなかった.本論文(第6章)では,この問題に対するまず第一の取り組みとして,ある閉区間上の線形波動方程式の初期値境界値問題を取り上げ,上記の二つの観点から考察した.扱った問題は,実質的に境界条件を与えないように設定された,最も単純な不適切問題のひとつである.この問題には解が無数に存在するが,差分法によってこの問題を離散化することは可能であり,その際,数値解は一意に定まる.本論文では,このときの数値解に関して考察し,実は,差分近似の際に暗に境界条件が設定されており,数値解はそれによって定まる真の解に収束するということを示した.

第 II 部. 離散変分法の拡張

降籏・松尾らの離散変分法は,解が保存・散逸的性質をもつような,あるクラスの偏微分方程式に対し,元の方程式と同様に数値解が保存・散逸的性質をもつように計算スキームを導出するための方法であり,様々に拡張されてきた.本論文では,この方法を,さらに,次の二つの観点から,それぞれ拡張した.

一つ目の拡張(第8章,第9章)は,不均一格子への拡張である.離散変分法は,近年までは等間隔格子上での利用が主であり,不均一格子の利用は不可能であった.これに対し,本論文では,離散変分法の不均一格子への拡張について,差分法を用いた二通りの方法を提案した.一つ目の方法は座標変換を利用する,いわゆる写像法に基づく方法であり,もう一つは,ミメティックスキームを用いた方法である.写像法に基づく方法は,規則格子上でしか利用できないが,スペクトル差分を含めた任意の差分スキームが利用できる.ミメティックスキームに基づく方法は,対象が場の方程式に限られ,高精度解法を採用することは困難であるが,様々な多角形が混ざった混合メッシュを扱うことができる.ただし,本論文では非線形 Schrodinger 方程式の場合のみについて考えたが,同様の考え方はある種の他の方程式にも適用できる.

二つ目の拡張(第10章)は,解の積分 に依存したハミルトニアン密度を持つ方程式への拡張である.そのような方程式としては,Ostrovsky 方程式が知られており,周期境界条件の下で解がエネルギーを保存することが知られている.本論文では,このようなエネルギー関数を扱えるように離散変分法を拡張し,周期境界条件を与えた Ostrovsky 方程式に対してエネルギーを保存するスキームを提案した.また,別途,提案したノルムを保存するスキームとの比較を数値実験によって行い,離散変分法によるスキームの優位性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

理工学分野に現れる問題の多くは、適切なモデル化を通じて偏微分方程式を解く問題へと定式化される。しかし、偏微分方程式の厳密解が分かることは極めて稀であり、そのため、種々の数値解法が開発されてきた。とくに、差分法は、その簡単さと汎用性ゆえ、実際の場面でも多く使われてきた。この差分法に対して、本論文は「発展型偏微分方程式に対する差分法の基礎研究」と題し、波動シミュレーションにおける無反射境界条件、および、離散変分法の拡張について詳細に論じている。波動シミュレーションにおける無反射境界条件とは、無限領域中で差分法を用いて波動シミュレーションを行う際、計算領域の打ち切りが必要となるが,その打ち切り断面において必要となる境界条件をいう。反射がない状況が理想的であるため、その名がある。一方、離散変分法は、変分構造に由来する、エネルギーの保存的性質や散逸的性質をもつ偏微分方程式に対し,その性質を離散化後にも再現する差分スキームを導出するための方法である。

本論文の構成は、第1章「はじめに」、第I部「波動シミュレーションにおける無反射境界条件」(第2章から第6章)、第II部「離散変分法の拡張」(第7章から第10章)、第11章「おわりに」から成る。

第1章「はじめに」では、差分法の歴史を概観し、本論文の内容の要約を与えている。

第2章「波動シミュレーションにおける無反射境界条件と研究の背景」では、波動シミュレーションにおける無反射境界条件、とくに、本論文で扱う特性曲線法に基づく無反射境界条件、すなわち、非粘性圧縮1次元流れに対するHedstrom の無反射境界条件、そのThompsonによる多次元拡張等について述べている。

第3章「C2級の解に対するHedstromの無反射境界条件の有効性」では、Hedstromの境界条件を解析し、従来知られていた、解が単純波の場合に対する無反射性保証定理を、解が単純波でない場合(ただしC2級の場合)に証明している。これは、数値実験において知られていた「Hedstromの無反射境界条件は単純波でない解に対しても有効である」という事実を説明するものである。

第4章 「非粘性圧縮性流体の等エントロピー流れにおけるある人工的境界条件について」では、非粘性圧縮性流体の等エントロピー流れについて、方程式をRiemann不変量を用いて書き換え、無反射境界条件を導出し、解の安定性評価を与えている。さらに、この境界条件がThompsonの多次元の場合の無反射境界条件と等価であることを示している。この結果は,いささか強引な直観的方法との批判のあったThompsonの無反射境界条件に対して、素直な別導出を与えると同時に、その安定性評価を与えるものである。

第5章「準線形双曲型偏微分方程式系に対する真に多次元的な無反射条件」では、1次元流れに対するHedstromの無反射境界条件を多次元に拡張した境界条件を提案している。多次元化の意味ではThompsonによる境界条件があるが、流れが境界に対して垂直に入射する場合に対するものであり、真に多次元的とは言えない。これに対し、提案手法は、様々な方向からの流れに適合的な手法であり、その意味で真に多次元的な拡張である。

第6章「不適切問題の差分近似解」では、無反射境界条件を考えるときに解くべき問題が不適切問題となる現象に着目し、その場合に対する差分法の振舞いを理解するために、最も単純な線形波動方程式の不適切問題を考え、差分法を適用したときの解について詳細に解析している。

第7章「離散変分法と拡張のアイデア」では、離散変分法を概観するとともに、離散変分法が、差分作用素に対する随伴作用素を考えることによって、統一的に扱えることを明らかにし、その拡張のアイデアを説明している。

第8章「離散変分法の非一様格子への拡張」では、従来、均一格子上の差分スキームを与えるものであった離散変分法を、座標変換を利用して不均一格子上の差分スキームも与えるように拡張している。ただし、変換を利用しているため、均一格子を変換した形の格子に限定される。

第9章「非線形Schroedinger方程式に対する混合メッシュ上のエネルギー保存スキーム」では、非線形Schroedinger方程式の場合に、様々な多角形が混ざった混合メッシュを扱うことができるように、離散変分法を拡張している。この拡張は、所謂ミメティックスキームを用いるものであり、かなり複雑な手続きを要するが、非線形Schroedinger方程式以外にも拡張は可能である。

第10章「Ostrovsky方程式に対する保存スキーム」では、解の積分に依存した項をもつ方程式への離散変分法の拡張を、Ostrovsky方程式を例として与えている。

第11章「おわりに」では、本論文の内容を総括するとともに、今後の課題を整理している。

以上を総合するに、本論文は、波動シミュレーションにおける無反射境界条件、および、離散変分法の拡張について詳細に論じたもので、数理情報学、特に数値解析学の分野の発展に大きく寄与するものである。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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