学位論文要旨



No 217239
著者(漢字) 森田,雅之
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,マサユキ
標題(和) マイトトキシンのC.135-C.142側鎖を含むC'D'E'F'環部およびWXYZA'環部の合成研究
標題(洋)
報告番号 217239
報告番号 乙17239
学位授与日 2009.10.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17239号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

マイトトキシン (MTX; 1, Fig. 1) は、1976 年に安元等によって渦鞭毛藻 (Gambierdiscus toxicus) の生産する海洋産多環状エーテル系天然物のひとつとして発見され、1996 年に橘および岸等によってその絶対構造が決定された。MTXは、タンパク質や核酸などの生体高分子を除く天然物として最大の分子量 (3,422) を有し、またカルシウムイオンチャネルに特異的に作用し、最強の毒性 (LD50 = 50ng/kg) を示すことなど、その特異な化学構造と強い生理活性は多くの合成化学者の興味深いターゲットとなっている。本研究においては、C.135-C.142 側鎖を含むMTXのC'D'E'F'環部、およびWXYZA'環部の合成を目的とし、またそれらによる天然物該当部位の立体構造再評価を目的とした。

検討の結果、SmI2 を用いる還元的環化反応を基盤とした効率的多環状エーテル合成法等を駆使して、前記部位の合成を達成した。また詳細なNMR解析により、天然物の該当部位の立体構造を合成化学的に裏付けることが出来。

1.C.135-C.142 側鎖を含むMTXのC'D'E'F'環部の合成

<合成計画>

C.135-C.142 側鎖を含むMTX のC'D'E'F'環部i は、メチルアセタールii のLewis 酸存在下のシラン還元により合成でき、ii はヒドロキシケトンiii の環化反応によって得られ、iii は側鎖部に相当するβ-ケトホスホネートiv とC'D'E'環アルデヒドv のHorner-Wadsworth-Emmons (HWE) 反応によって得ることが出来ると考えた (Scheme 1)。

<C.135-C.142 側鎖部位の合成>

アルコール5 をアルデヒドへと導き、HWE 反応とつづく1,4-共役付加反応に付し、α-メチル体7 を立体選択的に得た。3 工程を経て9 とした後、酸化とつづくHWE 反応に付して(E)-選択的にα,β-不飽和エステル10 を得た。ついで、AD-mix β を用いたSharpless 不斉ジオール化反応に付し、立体選択的にジオール11 を得た。ジオール部位をアセトナイドで保護の後、MeP(O)(MeO)2を作用させ、β-ケトホスホネート13 に導いた (Scheme 3)。

<C.135-C.142 側鎖を含む MTX のC'D'E'F'環部の合成>

C'D'E'環アルデヒド4 とβ-ケトホスホネート13 をHWE 反応でカップリングさせエノン15 とした。接触還元に付し、ついで、TBAF を作用させジオール‐ケトン16 とした。得られた16 を種々条件下でメチルアセタール17 への誘導を検討したが、複雑な混合物を与えるのみであった。種々検討の結果、CH2Cl2溶媒中16 にMS4A 存在下Nafion-H(R) NR50 を作用させると、エノン18 が選択的に得られることを見出した。18 の末端水酸基を酸化した後、Wittig 反応に付しオレフィン19 へ誘導した。最後に19 の還元条件を検討し、CH2Cl2溶媒中AgBF4存在下Et3SiHを作用させることにより、C.135-C.142 側鎖を含むMTXのC'D'E'F'環部20 の合成を完了した (Scheme 4)。

合成したC.135-C.142 側鎖を含むC'D'E'F'環部20 のNMR 測定データは、天然物と非常によい相関を示し、該当部位の立体構造を合成化学的に裏付けることが出来た (Fig. 2)。

2.MTXのWXYZA'環部の合成

<合成計画>

SmI2を用いる還元的環化反応 (e. g., v → iv) でA'、X、Y環部を、ヒドロキシビニルエポキシドの6-endo 環化反応 (e, g., iii → ii) でW、Z 環部を構築し、MTXのWXYZA'環部をA'環より逐次合成することとした (Scheme5)。

<A'環部の合成>

2-Deoxy-D-ribose (21) をチオアセタール化、およびベンジリデンアセタール化した後に、残る水酸基をTBS 基で保護し22 を得た。チオアセタール脱保護の後、MeMgBr を作用させ、生じたアルコールを酸化する事によってメチルケトン24 を得た。別ルートとして、Wittig 反応等を用いて21 から3 工程でオレフィン23 とした後、Wacker酸化することによりメチルケトン24 へ導くことも出来た。TBAF を作用させ25 とした後、Ethyl propiolate を作用させβ-アルコキシアクリレート26 へと導き、SmI2を用いる還元的環化反応に付すと、A'環27 を立体選択的に得ることが出来た (Scheme 6)。

<YZA'環部の合成>

A'環27 をα,β-不飽和エステル28 へと誘導し、DIBALH でアリルアルコールへ還元し、m-CPBA を作用させるとα-エポキシド29 が立体選択的に得られた。得られた29 を酸化し、(MeO)2P(O)CH2COMe を用いたHWE 反応に付し、ついで、TBAF で処理するとα,β-不飽和メチルケトン30 が得られた。30 にCSAを作用させると6-endo 環化反応が進行し、ZA'環31 を立体選択的に得ることが出来た。接触還元に付した後、β-アルコキシアクリレート32へと導き、SmI2 を用いる還元的環化反応に付すと、YZA'環エステル33a,b およびYZA'環ラクトン34 を、ZA'環31から僅か3 工程で立体選択的に得ることが出来た。ついで、LiAlH4を作用させジオール35 へと誘導した (Scheme7)。

<WXYZA'環部の合成>

ジオール35 の一級水酸基を酸化してアルデヒドとし、MeMgBr を作用させTBS 基で保護して36 を得た。保護基の変換を行い37 とした後、二級水酸基のみアセチル化し、PPTS存在下Methyl 3-methoxyacrylateを作用させてα,β-不飽和エステル38 へと誘導した。アセチル基を脱保護し、生じた水酸基を酸化してメチルケトン39 を得た。39をSmI2を用いる還元的環化反応と、つづくTMS 保護に付し、XYZA'環40 を立体選択的に得ることが出来た。40をα,β-不飽和エステル41 へと誘導し、DIBALHでアリルアルコールへ還元し、m-CPBAを作用させるとβ-エポキシド42 が立体選択的に得られた。Wittig 反応でビニルエポキシド43 へと誘導し、TMS 脱保護の後にCSAを作用させると6-endo 環化反応が進行し、WXYZA'環44 を立体選択的に得ることが出来た (Scheme 8)。

合成したWXYZA'環44 のNMR測定データは、天然物と非常によい相関を示し、該当部位の立体構造を合成化学的に裏付けることが出来た (Fig. 3)。

Figure 1. Structure of maitotoxin (1)

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) TBSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, 0 °C, 100%; (b) DIBALH, toluene, 0 °C; (c) NaH, BnBr, nBu4NI, THF, rt, 100% (2steps); (d) O3, CH2Cl2, -78 °C; Me2S, rt.

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) SO3・pyridine, Et3N, CH2Cl2-DMSO, 0 °C; (b) 14, NaHMDS, THF, 0 °C→ rt, 86% (2 steps); (c) MeMgBr,CuBr・Me2S, THF-Me2S-CH2Cl2, -78 °C, 98% (dr = 98:2); (d) LiBH4, MeOH-Et2O, 0 °C, 76%; (e) TBDPSCl, imidazole, DMF, rt; (f) LiDBB,THF, -78 °C, 94% (2 steps); (g) Dess-Martin periodinane, MS4A, CH2Cl2, rt; (h) (EtO)2P(O)CH2CO2Me, t-BuOK, THF, -78 °C, 91% (2 steps,E/Z = 97:3); (i) AD-mix β, MeSO2NH2, t-BuOH-H2O (1:1), 0 °C, 93% (dr = 98:2); (j) Me2C(OMe)2, PPTS, DMF, rt, 93%; (k) MeP(O)(OMe)2,n-BuLi, THF, -78 °C, 95%.

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) NaH, THF-DMF, 0 °C → rt; 4, rt, 84% (2 steps from 3); (b) H2, 10% Pd/C, EtOAc, rt; (c) TBAF, THF, rt; (d)Nafion-H(R) NR50, MS4A, CH2Cl2, rt, 77% (3 steps); (e) Dess-Martin periodinane, MS4A, CH2Cl2, 0 °C; (f) Ph3P+CH3Br-, NaHMDS, THF, 0 °C,99% (2 steps); (g) AgBF4, Et3SiH, H2O, CH2Cl2, rt; 81%.

Figure 2. Differences in the 1H (600 MHz) and 13C (150 MHz) chemical shifts (Δδ/ppm) between synthetic 20 and the values reported for MTX (1:1 C5D5N-CD3OD). The x- and y- axes represent carbon number and Δδ (Δδ = δMTX - δ20 in ppm), respectively.

Scheme 5

Scheme 6

Reagents and conditions: (a) 1,3-propanedithiol, 6N-HCl, CHCl3, rt, 90%; (b) PhCH(OMe)2, CSA, EtOAc, rt; (c) TBSCl, imidazole, DMF, rt,76% (2 steps); (d) MeI, NaHCO3, aq. MeCN, rt; (e) MeMgBr, THF, 0 °C; (f) SO3・pyridine, Et3N, CH2Cl2-DMSO, 0 °C; 46% (3 steps); (g)Ph3P+CH3Br-, t-BuOK, THF, 35°C, 75%; (h) PhCH(OMe)2, CSA, CH2Cl2, rt, 83%; (i) TBSCl, imidazole, DMF, rt, 99%; (j) O2, PdCl2, CuCl,DMF-H2O, rt, 77%; (k) TBAF, THF, 0 °C, 84%; (l) ethyl propiolate, N-methylmorpholine, CH2Cl2, rt, 100%; (m) SmI2, MeOH, THF, 0 °C,94%.

Scheme 7

Reagents and conditions: (a) TMSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, 0 °C; (b) DIBALH, toluene, -78 °C; (c) Ph3P=C(Me)CO2Et, toluene, 100 °C, 89%(3 steps); (d) DIBALH, toluene, -78 °C; (e) m-CPBA, CH2Cl2, 0 °C, 91% (2 steps); (f) SO3・pyridine, Et3N, CH2Cl2-DMSO, 0 °C; (g)(MeO)2P(O)CH2COMe, LiCl, DBU, MeCN, rt; (h) TBAF, THF, 0 °C, 86% (3 steps); (i) CSA, toluene, 0 °C, 72%; (j) H2, 10% Pd/C, EtOAc, rt;(k) ethyl propiolate, N-methylmorpholine, CH2Cl2, rt, 85% (2 steps); (l) SmI2, MeOH, THF, rt; (m) LiAlH4, THF, 0 °C, 94% (2 steps).

Scheme 8

Reagents and conditions: (a) SO3・pyridine, Et3N, CH2Cl2-DMSO, 0 °C, 89%; (b) MeMgBr, THF, 0°C; (c) TBSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, 0 °C,80% (2 steps); (d) H2, 20% Pd(OH)2/C, EtOAc, rt; (e) NaH, BnBr, n-Bu4NI, THF, 0 °C; (f) TBAF, THF, 40 °C, 94% (3 steps); (g) Ac2O, py, rt;(h) methyl 3-methoxyacrylate, PPTS, toluene, reflux, 67% (2 steps); (i) K2CO3, MeOH, rt; (j) Dess-Martin periodinane, MS4A, CH2Cl2, rt, 86%(2 steps); (k) SmI2, MeOH, THF, 0 °C; (l) TMSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, 0 °C, 72% (2 steps); (m) DIBALH, toluene, -78 °C; (n) Dess-Martin periodinane, MS4A, CH2Cl2, rt; (o) Ph3P=C(Me)CO2Et, toluene, 100 °C, 90% (3 steps); (p) DIBALH, toluene, -78 °C, 92%; (q) m-CPBA,CH2Cl2, 0 °C, 89%; (r) SO3・pyridine, Et3N, CH2Cl2-DMSO, 0 °C; (s) Ph3P+CH3Br-, NaHMDS, THF, 0 °C, 96% (2 steps); (t) TBAF, THF, rt; (u)CSA, toluene, 0 °C, 80% (2 steps).

Figure 3. Differences in the 1H (600 MHz) and 13C (150 MHz) chemical shifts (Δδ/ppm) between synthetic 44 and the values reported for MTX (1:1 C5D5N-CD3OD). The x- and y- axes represent carbon number and Δδ (Δδ = δMTX - δ44 in ppm), respectively.

審査要旨 要旨を表示する

マイトトキシン (MTX; 1) は、1976 年に安元等によって渦鞭毛藻Gambierdiscus toxicus の生産する海洋産多環状エーテル系天然物のひとつとして発見され、1996 年に橘、及び岸等によってその絶対構造が決定された。MTX (1) は、タンパク質や核酸などの生体高分子を除く天然物として最大の分子量 (3,422) を有し、またカルシウムイオンチャネルに特異的に作用して最大の毒性(LD50 = 50 ng/kg) を示すことなど、多くの合成化学者の興味深いターゲットとなっている。そこで森田は、MTX (1)のC.135-C.142 側鎖を含むC'D'E'F'環部、及びWXYZA'環部の効率的な合成を行うことが出来れば、MTX (1) の全合成研究や、生物活性発現機構の解明等に有用であると考え検討を行った。その結果、SmI2 を用いる還元的環化反応を基盤とした効率的多環状エーテル合成法を駆使して、前記部位の合成に成功した。さらに、詳細なNMR 解析により、天然物の該当部位の立体構造を合成化学的に裏付けることに成功した。

森田は、MTX (1) の側鎖を含むC'D'E'F'環部を、側鎖に相当するβ-ケトホスホネートとC'D'E'環アルデヒドに分けた収束的合成を計画し実行した。まず、C'D'E'環2 より導いたジベンジルエーテル3 をオゾン分解に付してC'D'E'環アルデヒド4 を得た(Scheme 1)。

また、アルコール5 より導いたα-メチル体6 をアルコール7 へ誘導し、酸化とつづくHorner-Wadsworth-Emmons (HWE) 反応に付して (E)-選択的にα,β-不飽和エステル8 を得た。その後、不斉ジオール化反応を経て、β-ケトホスホネート9 へと導いた(Scheme 2)。

次にC'D'E'環アルデヒド4 とβ-ケトホスホネート9 をHWE 反応でカップリングして、エノン10 を得た。ジオール-ケトン11 へと誘導した後、Nafion-H(R)を作用させジヒドロピラン12 を得た。12 の末端水酸基をオレフィンに変換し、最後にAgBF4 とEt3SiH を作用させることにより、C.135-C.142 側鎖を含むC'D'E'F'環部14 を合成した。合成セグメントのNMR 測定結果は天然物と非常に良い相関を示し、該当部位の立体構造を合成化学的に裏付けることが出来た(Scheme 3)。

MTX (1) のWXYZA'環部は、A'環よりZYXW 環の順に直線的な合成を計画し実行した。2-Deoxy-D-ribose (15) をメチルケトン16 に導き、SmI2 を用いる還元的環化反応に付し、A'環17を立体選択的に得ることができた。次いで、数工程を経て得られたメチルケトン18 の6-endo 閉環により、Z 環を構築し19 を得ることができた。さらに数行程でβ-アルコキシアクリレート20へと導き、SmI2 を用いる還元的環化反応に付し、YZA'環部21 を合成した(Scheme 4)。

YZA'環部21 より誘導したジオール22 の二級水酸基をアセチル化し、次いでMethyl3-methoxyacrylate を作用させて23 とした。脱保護と酸化でメチルケトン24 へと導き、SmI2 を用いる還元的環化反応に付してX 環を構築し25 を得ることが出来た。最後に、ビニルエポキシド26 へと導き、CSA を作用させWXYZA'環部27 を合成した。合成セグメントのNMR 測定結果は天然物と非常に良い相関を示し、該当部位の立体構造を合成化学的に裏付けることが出来た(Scheme 5)。

以上のように、森田はMTX (1) のC.135-C.142 側鎖を含むC'D'E'F'環部、及びWXYZA'環部の効率的な合成経路を確立し、また該当部位の立体構造を合成化学的に裏付けることが出来た。このことによりMTX (1) の全合成研究や合成セグメントによる構造活性相関研究の道を開き、その生物活性発現機構、及び作用機序解明研究の進展が期待される。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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