学位論文要旨



No 217652
著者(漢字) 松田,芳範
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,ヨシノリ
標題(和) 構造物調査によるコンクリート変状の実態把握と耐久性関連技術/規定の包括的な改善
標題(洋)
報告番号 217652
報告番号 乙17652
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17652号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,利治
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 石田,哲也
 北海道大学 教授 横田,弘
内容要旨 要旨を表示する

我が国においてコンクリートが使用され始めたのはおよそ100年前である。鉄道施設にコンクリート構造が用いられたのもこの時期と合致する。コンクリート構造物は日常点検や詳細点検等の維持管理を行いながら,これまで継続的に使用されてきた。

コンクリート構造物は施工後に様々な変状が生じる。現地での点検の結果,時間の経過とともに進行する劣化・損傷事象の根本的な原因はよりも,施工および製造時など初期における潜在的な不具合でに原因があることが多いことを明らかと提示した。つまり,コンクリート構造物に発生する異常・変状については,設計・施工段階といった構造物ができる初期の段階で対策を講じることが極めて重要であるなければならない。また,変状が生じた構造物においては,補修等の対策を行ったにもかかわらず,その後に再劣化や損傷が生じることもある。劣化損傷を繰返さないためには,変状の事象を的確に把握し,原因となる要因などを検証し,適切な補修工法の選択や新設構造物への対策などを講じることが肝要であり,本論文はため,その実務において行なった包括総括的かつ実践的な取組みを論じる提案するものである。

第1章は序論であり,本論文の背景と構成を述べている。変状が発生し易い背景としては,戦後の混乱期から復興期,経済成長期といった時代背景があり,この時期に大量に生産されたコンクリート構造物は,今後,維持管理を行っていく上で特に注意が必要である。筆者の経験から,コンクリートの変状のうち,は不適切な施工や設計に起因する不具合がし,それが経年によって顕在化している事例が全体の8割以上を占めていると思われる。

第2章では,既設コンクリート構造物に発生した変状原因として主なものを三つ取り上げたている。2.3には,コンクリート品質や施工に起因する例として,中性化と水に関連する変状をついて提示した。中性化に影響を与える要因として雨水等の水の存在が大きいことを示している。また,鋼材腐食によるコンクリート片の剥離,剥落にはかぶり不足による影響が大きいことを示したしめしている。背景として,高度成長期は如何に早く物を作るかに傾注していた点が挙げられる。コンクリート構造物において,かぶりが如何に大事であるかという認識が希薄であった無かったことなど,日本の施工や品質管理技術に問題があったことを指摘したするものである。2.4には,アルカリ骨材反応(ASR)が生じた実構造物の例を示した。ASRは1980年代に日本で確認され,社会現象となったことからフレッシュコンクリートのJIS規格としてに抑制対策が制定された。しかし,ここで示した事例は,JIS規格による抑制対策が浸透していたと考えられる時期に建造されたコンクリート構造物に発生したものである。調査の結果,構造物に変状を生じさせる可能性のある骨材が地域を限定することなく広範囲に存在していることがわかった。このことは現在のJIS規格ではASRの抑制を十分に行うことがは困難であることを示唆しているするものである。2.5には,施工に起因する具体的な変状の事例として,を提示した。(1)施工段階の計画の時点で配慮が不足していたと考えられる例,(2)施工の品質管理上配慮が不足していた例,(3)非常に緻密に配慮したもののセメントモルタルの材料特性としての収縮について配慮が不足していたと思われるのではないかと考えられる例,(4)当時の最新の技術として取り入れたものの,使用材料の特性として長所だけを取り入れて使用した結果,想定していなかった欠点によって変状が生じた例を示し,それらの真の劣化原因を指摘している。

第3章では,施工に起因した変状を根絶するためにに対し,新設時において有効と考えられる総合ける対策としてこれまでJR東日本が取り組んだ対策例を示したす。具体的には,(1)中性化はコンクリートの品質に左右されることから,セメント種別は普通ボルトランドセメントとする,。(2)コンクリート中の単位水量を低くするため最大W/Cを小さくする,。(3)かぶり不足とならないように施工誤差を考慮して最小かぶり厚を設定し,。コンクリート硬化後の竣工検査時において非破壊検査でにてかぶり厚の検査を実施する,。(4)コンクリート片の剥落に水の影響が大きいことから水切りの設置と形状をの変更する,。(5)コンクリート品質に影響の大きいフレッシュコンクリートの水量について加水などを排除するため打設前のコンクリート水分検査をの導入する,。(6)さらに究極の剥落対策としてコンクリート中に合成短繊維を混入するものである。JR東日本社内でルール化したものを含め,これまで実施しされてきた対策例を示し,その有効性を論じた。紹介する。

第4章でには,材料による変状対策例として新たな独自のASR抑制対策を示したす。第2章では,使用材料の変状例としてASRの実態を示した。ASRについては,現場でJIS規格が順守されていればコンクリート生産者および施工者は当事者として免責されることになる。このため,いざ変状が発生した場合の責任の所在がなく,維持管理が困窮するということになる。ASR抑制対策を盛り込んだ現行JIS規格施行後に,ASRによる変状が少なからず発生したことから,ではASR対策として独自の不十分であり検討を行ったものである。これまで骨材試験を行わずにアルカリ総量規制および混合セメントの使用を優先とする対策を提示した機関はあったが,特段の検討は行われていない。ここのため本論では,現行の骨材試験方法はを変更することなく,判定方法を見直し,現在の「無害」,「無害でない」の2種類の判定区分から,「E有害」,「準有害」,「E無害」の3種類の判定区分として緩衝区分を設けたることとした。その上で,3種類のの判定区分とした上でそれぞれに対応する対策方法を定め,効果が高いと考えられる高炉スラグおよびフライアッシュといった混合セメントの使用を優先とする対策を提案した。

第5章でには,ASR対策として混合セメントを使用することを基本とした場合の問題点として,混合セメントを使用したコンクリートの早期中性化が速いとされている現行規準の妥当性を論じたについて示す。現状行では,高炉スラグ微粉末やフライアッシュといった混和材の中性化抵抗性が十分には認められていないために,早期中性化対策として,普通ボルトランドセメントを使用した場合に比べてかぶりを増加するなどの対策が必要となっている。そこで現状把握のため,混合セメントを使用した場合の実構造物における中性化の進行性について調査検証を行った。その結果,実構造物においては,混合セメントを使用したコンクリートの中性化の進行性は,普通ボルトランドセメントと比べてほぼ同等であることが確認された。また,調査を行った実構造物から採取したコンクリートコアの促進中性化試験の結果,混合セメントを使用したコンクリートコアの方が普通ボルトランドセメントを使用したものコンクリートより中性化が早い結果となり,実環境下での結果と乖離することを確認しできた。

第6章では,第2章で示した紹介した変状例に対する有効な補修方法や開発例を示した。既設構造物を対象としてでは,既にコンクリート表面にひび割れが存在しておりいる場合で,防水工を施工しても温度などによるひび割れの動きに対して割れなどが生じない耐久性の高い材料を用いた防水工法の開発と施工事例を示した。また,コンクリート打設時における施工の不具合を改善するため,型枠組立方法を改良し,施工者の技量によらず誰でも要求された品質が確保される施工方法を考案し実施例を示していることを示した。また,変状例で示した変状に対し,その原因分析を含めた診断結果と補修の要点を整理し,現場における維持管理の実務と教育に資する資料を整備したが何を目的として行うのかといった診断結果を示した。

第7章では,著者の勤務する組織について述べ,変状を繰返さないために合理的かつ包括的な対策を実施する上でのの組織の特徴および社内における的な位置付けと,社内エンジニアとしての著者の信条をあり方について述べ,維持管理業務における包括的な技術改善の要点を整理している。変状を繰返させないための技術改善には,変状事象の現状を正確に把握して,その因果関係を確実に検証する必要がある。り,そのため,よほど単純な劣化でない限り,高度な専門知識を持った技術者によるの現場調査がが必須である。また欠かせないこと,真の変状原因の真の把握は困難ながら極めてが重要で対策の成否を左右するといって過言ではないあること。また,既設構造物から得られた情報および経験を,新設構造物に同様の変状をが生じさせないために構造物の新設時の対策に対する改善にのためのフィードバックするなど,変状対策が単なる維持管理業務とで終わらせないならないような包括的な取組みとすることが重要である。このように,設計思想および施工方法の改善などについて,変状から学び,実務を通して取得した維持管理業務の要点の知識化を整理し,次世代への継承についても触れているぶ考えを実践していることを示した。

第8章ではまとめであり,各章の内容をまとめ,本論文の結論を示した。記載した変状事例やその対策について既設構造物および新設構造物の実構造物において実践している取り組みについて各章ごとにまとめて示した。

審査要旨 要旨を表示する

建設後の経年と共にコンクリート構造物には様々な変状が生じるが、点検や補修等を行いながら使用し続ける必要がある。しかし、補修を行ったにもかかわらず、劣化が再び生じてしまうことも少なくない。このような背景の下、本論文は、様々な変状に対して、その実態と原因を的確に把握すると共に、効果の検証を経た信頼性の高い対策の数々を提示することで、既設・新設を問わず構造物に変状を繰り返させないための包括的かつ実践的な取組みを行ったものである。

第1章は序論であり、本論文の背景と構成を述べている。

第2章では、既設コンクリート構造物に発生した変状の数々について、詳細な調査により、その実態と原因を明らかにしている。特に、中性化と雨水等の相関や鋼材腐食とかぶり不足の因果関係等を確認すると共に、時代背景として、高度経済成長期に如何に早く物を造るかに重きが置かれた結果、施工や品質管理に問題があったことを指摘した。また、アルカリ骨材反応(ASR)抑制対策がJISとして制定された以降も、ASRの発生が続いていることを示した。

第3章では、施工に起因した変状を根絶するために、新設時における総合的な対策を示し、その有効性を論じた。具体的には、(1)中性化抑制の観点からセメント種別は普通ポルトランドセメントとすること、(2)最大水セメント比を小さくすること、(3)かぶり不足とならないように施工誤差を考慮して最小かぶりを設定し、コンクリート硬化後にかぶりの非破壊検査を実施すること、(4)水切りの設置方法と形状を変更すること、(5)打設前のコンクリートの水分検査を導入すること、(6)コンクリートに合成短繊維を混入することを総合的に実施するものである。

第4章では、アルカリ骨材反応の骨材判定基準および抑制対策について、JISの内容を上回る独自の規準を示している。具体的には、現行の骨材試験方法を変更することなく、判定方法を見直し、現在の「無害」、「無害でない」の2種類の判定区分から、「有害」、「準有害」、「無害」の3種類の判定区分として緩衝区分を設けた。その上で、3種類の判定区分それぞれに対応する対策方法を定め、効果が高いと考えられる混合セメントの使用を優先する対策を提示した。

第5章では、ASR対策として混合セメントを使用することを基本とした場合の問題点として、混合セメントを使用したコンクリートの中性化が速いとされている現行規準の妥当性を検証している。現状では、高炉スラグ微粉末やフライアッシュといった混和材の中性化抵抗性が十分には認められていないために、中性化対策として、普通ポルトランドセメントを使用した場合に比べてかぶりを増加するなどの対策が必要となる。そこで、混合セメントを使用した実構造物における中性化の進行について調査検証を行った。その結果、実構造物においては、混合セメントを使用したコンクリートの中性化の進行は、普通ポルトランドセメントと比べてほぼ同等であることを確認した。

第6章では、多種多様な変状に対する有効な補修方法選定や新たな技術開発を行っている。具体的には、既設構造物を対象として、既にコンクリート表面にひび割れが存在しており、防水工を施工しても温度などによるひび割れの動きに対して割れなどが生じない耐久性の高い防水工法の開発と施工事例を示した。また、コンクリート打設時における施工の不具合を改善するため、型枠組立方法を改良し、施工者の技量によらず要求品質が確保される施工方法を考案した。また、変状例に対し、原因分析を含めた診断結果と補修の要点を整理し、現場における維持管理の実務と教育に資する資料を整備した。

第7章では、既設構造物に対する取組みと新設構造物に対する取組みの有機的な連係の重要性を指摘し、コンクリート構造物において変状を繰り返さないための包括的な技術改善の要点について取りまとめている。まず、包括的な技術改善を効率的に行うための組織のあり方や、組織の中において維持管理業務を担うインハウスエンジニアのあり方と存在意義について、著者の考えを示している。また、変状を繰り返さないための包括的な技術改善の要点を、変状・不具合の発生から対策に至る一連のフローとして図示した。さらに、個人としてのエンジニアが保持すべき心構えと、人材の育成を行う組織が意識すべき観点について、著者の経験に基づいて論じている。

第8章はまとめであり、各章の内容をまとめ、本論文の結論を示している。

以上のように、多種多様な変状を生じるが故に体系的な対応が難しいコンクリート構造物の維持管理の実務に対して、既設・新設を問わずコンクリート構造物に変状を繰り返させないための様々な技術的な対応を包括的に実践したことの意義は極めて高く、本研究は、実務における有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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