学位論文要旨



No 217698
著者(漢字) 安藤,尚基
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ナオキ
標題(和) 2-アミノイミダゾール骨格を有する天然有機化合物及びその類縁体の合成研究
標題(洋)
報告番号 217698
報告番号 乙17698
学位授与日 2012.06.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17698号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

オロイジン(1)などに代表される2一アミノイミダゾール骨格を有する天然有機化合物群は、非常に種類が豊富であると共に幅広い薬理活性を示すことが最近明らかとなってきた(Figure 1)。その中にはマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)阻害やロイコトリエンB4(LTB4)拮抗作用など、創薬に携わる研究者の興味を引く生理活性を示す化合物も数多く存在する。また、これらの天然有機化合物群は、構造的にも既存のライブラリー化合物とは異なる構造を有しており、この点からも非常に興味深い化合物群と言える。そのため、数多くの研究者によって、この一連の天然有機化合物の全合成研究が進められ、今もなお精力的に取り組まれているのが現状である。

これら一連の天然有機化合物合成の大きなポイントとしては、特徴的な構造である2-アミノイミダゾール環を如何にして導入するかにある。これまでの報告を見ると、その導入法は多種多様であるが、大きくは以下の2つに分類される。1つ目は、全合成の終盤に2-アミノイミダゾール環を構築する方法、2つ目は、同じく全合成の終盤にイミダゾール環の2位にアミノユニットを導入する方法である。前者は、あまり安定ではないα-ハロケトンやα-アミノケトンなどを経由する必要があり、後者は、爆発性のアジドやジアゾニウム試薬を使用するなどの問題がある。また、いずれも全合成の終盤に実施されることが多いことから、2・アミノイミダゾール骨格を有する多様な化合物群の合成を考えた場合には、それぞれ異なる出発物質から合成を開始する必要が生じると共に、その誘導体合成には、多くの制限がかけられ、効率的な合成法とは言い難い。以上のように、これまで報告されている合成法では、多様な2-アミノイミダゾール骨格を有する天然有機化合物やその誘導体を幅広く効率的に合成することは難しい。そこでこれまでとは異なるアプローチの仕方で、一連の天然有機化合物及びその誘導体の効率的な合成法の確立を目指すことにした。具体的には、共通の骨格である2一アミノイミダゾールを有する合成素子を出発原料とする合成ルートの確立を目指した。

その合成素子としては、2-アミノイミダゾール-4(5)-カルボアルデヒド誘導体1が最も適した構造であると考え、これを用いた一連の天然有機化合物及びその類縁体合成を計画した(Figure 2)。ところが、意外なことに、最適な合成素子と考えていた2-アミノイミダゾールー4(5)-カルボアルデヒド誘導体1の合成法は、単純な構造にもかかわらずほとんど知られていないことが文献調査より明らかとなった。唯一知られている方法も、熱分解など過酷な反応条件が多く、工程数も多いことから、利用し難い方法であった。そこで、まずは2-アミノイミダゾール-4(5)-カルボアルデヒド誘導体Iの簡便且つ効率的な合成研究から本研究を開始した。

種々検討を重ねた結果、Scheme 1に示すように、3-プロモ-1,1-ジメトキシメチルプロパン-2-オン(7)とt-ブトキシカルボニルグアニジン(8)を用いることにより、簡便且つ効率的に目的の合成素子である2-アミノイミダゾール-4(5)-カルボアルデヒド誘導体10や11を合成することに成功した。

そこで次にこの合成素子を用いた天然有機化合物の全合成を実際に行い、この合成素子の有用性を明らかにすることとした。まずは、2-アミノイミダゾールを有する代表的な化合物であるオロイジン(1)やヒメニジン(2)の合成を行った。ポイントとなるE体のオレフィン部分の構築は、Julia/Kocienskiオレフィネーション反応を応用することで達成し、合成素子11からトータル4工程で、それぞれ1を46%、2を52%の収率で得ることに成功した(Scheme 2)。

次に、1や2の酸化体であるディスパカミド類の合成を行った。ポイントとなる酸化反応は、前述の中間体13から3工程で導いた14に対し、テトラブチルアンモニウムトリブロミドを作用させることによって達成した。その結果、中間体13からトータル7工程で、それぞれ3を22%、4を18%の収率で得ることに成功した(Scheme 3)。

次に、これまで全合成の報告力が無かったアゲラジンA(6)の合成を開始した。合成素子である10から容易に合成される16とピロールアルデヒド誘導体17とのPictet-Spengler反応を鍵反応とする合成ルートを考案し、全合成を試みた。その結果、期待通り、Pictet-Spengler反応は進行し、目的のアゲラジン骨格を有するテトラヒドロ体を収率良く得ることに成功した。その後の脱水素化反応に苦労したものの、最終的にはピロール環の保護基をSEM基にし、脱水素化を2段階(IBX→MnO2)にすることで収率の改善を図ることに成功し、10からトータル7工程で31%の収率で全合成を達成することができた(Scheme 4)。

アゲラジンA(6)は、2003年に伏谷らによって、海綿Agelas nakaznuraiから単離された天然有機化合物である。6は天然有機化合物には珍しく、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)、例えばMMP-1,-2,-8,-9,-12や-13に対し阻害を示す化合物である。MMPsは、その活性中心に亜鉛イオンを有し、細胞外マトリックスを分解するメタロプロテアーゼの一種である。MMPsには、これまでに30以上のサブタイプが報告されており、それぞれ異なる機能を有することがわかっている。例えばMMP-2やMMP-9は、血管新生に関与すると考えられており、その阻害剤は抗がん剤などとして現在期待されている。また、MMP-3は、関節リウマチの発症に深く関わっている酵素と考えられており、関節リウマチ患者のバイオマーカーとして広く認識されている。このように様々な機能に関与しているMMPsであるが、その中で今回筆者はMMP-12に着目した。MMP-12は免疫系細胞の1つであるマクロファージから主に分泌される分泌型のMMPであり、炎症部位でのマクロファージの浸潤に深く関わっていると考えられている。したがって、MMP-12の阻害剤は、マクロファージの浸潤によって引き起こされる様々な炎症性の疾患、例えば慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息、肺気腫、リウマチなどの関節炎や動脈硬化症などの治療薬になりうると期待される。そこで次に、本化合物を基にした新規MMP-12阻害剤の創製を目指し、今回確立した全合成ルートを応用した類縁体合成を実施した。その結果、主にピロール環部分の変換を中心に、40化合物以上の類縁体合成を効率良く行うことができた。得られた類縁体のMMP-12阻害活性測定を実施した結果、以下の構造活性相関が明らかとなると共に、天然型6を上回る阻害活性を有する5類縁体(Figure 3)を得ることに成功した。

1)MMP-12阻害活性を発現するためには、アゲラジンA(6)の2位に相当する位置に臭素原子や塩素原子を導入することが必須である。

2)高いMMP-12阻害活性を発現するためには、6の3位に相当する位置に臭素原子の導入が必要である。ただし、阻害活性発現という点では、3位は2位よりも置換基の許容性は大きい。

3)高いMMP-12阻害活性を発現するためには、6の1位に相当する窒素原子上のプロトンの酸性度の強度が重要であり、強度が高いほど高い阻害活性を示す。

以上まとめると、本研究で筆者は、現在非常に注目を浴びている2-アミノイミダゾール骨格を有する天然有機化合物及びその誘導体の効率的な合成法の確立を目指し、研究を行ってきた。その結果、2一アミノイミダゾール-4(5)-カルボアルデヒド誘導体を出発原料とすることで、効率的且つ簡便に2-アミノイミダゾール骨格を有する一連の化合物、オロイジン(1)、ヒメニジン(2)、ディスパカミド(3)、モノブロモディスパカミド(4)、及びアゲラジンA(6)を合成することに成功した。また、これまでほとんど合成例が知られていなかつた出発原料である2一アミノイミダゾールー4(5)-カルボアルデヒド誘導体10、11の簡便な合成法も合わせて開発することに成功した。更に、同一の出発原料からMMP-12阻害活性を有するアゲラジンAの誘導体合成も行い、MMP-12阻害活性発現に必要な部位を明らかにすると共に、天然物よりも4倍程度阻害活性の高い化合物23を見出すことができた。

以上のように、本研究成果は多くの2-アミノイミダゾール骨格を有する天然有機化合物及びその誘導体合成に非常に有用であり、今後本研究成果が新たな創薬の一助を担うことに期待する。以上

Figure 1. Structures of representative 2-amino- 1H-imidazole alkaloids.

Figure 2. Retrosynthetic analysis of 2-aminoimidazole alkaloids using 2-amino-1 H-imidazol-4-carbaldehyde derivatives (I) as starting materials.

Scheme 1.Synthesis of 2-amino-1 H-imidazol-4-carbaldehyde derivatives (10 and 11)

Scheme 2. Total synthesis of oroidin (1) and hymenidin (2).

Scheme 3. Total synthesis of dispacamide (3) and monobromodispacamide (4).

Scheme 4.Total synthesis of ageladine A (6).

Figure 3. MMP-12 inhibitory activity of ageladine A(6) and its analogs 20-24.

審査要旨 要旨を表示する

安藤は、「2-アミノイミダゾール骨格を有する天然有機化合物及びその類縁体の合成研究」のタイトルで、以下の博士研究を行った。

オロイジン(1)に代表される2-アミノイミダゾール骨格を有する天然有機化合物群は、非常に種類が豊富であると共に幅広い薬理活性を示す(Figure 1)。その中にはマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)障害やロイコトリエンB4(LTB4)拮抗作用など、興味深い生物活性を示す化合物も数多く存在する。また、これらの天然有機化合物群は、構造的にも既存のライブラリー化合物とは異なる構造を有している。安藤は、今まで簡便な合成法が報告されていなかった2一アミノイミダゾール-4(5)-カルボアルデヒド誘導体6,7の実用的合成法を開発するとともに、1~5の合成を達成した。特にアゲラジン(5)の全合成は世界初の達成例であり、確立した合成ルートに基づき40種類以上の類縁体合成をおこなった。得られた類縁体のMMP-12阻害活性測定を実施した結果、天然物5を上回る阻害活性を有する5類縁体を得ることに成功した。

6や7は、単純な構造であるにもかかわらず、その良好な合成法はなかった。唯一報告されている方法も、熱分解など過酷な反応条件が多く、工程数も多いことから、全合成には利用し難い方法であった。まず安藤は、3-プロモ-1,1-ジメトキシメチルプロパン-2-オン(8)とt-ブトキシカルボニルグアニジン(9)の位置選択的環化反応を見出すことにより、簡便且つ効率的に目的の合成素子である2-アミノイミダゾール-4(5)-カルボアルデヒド誘導体6や7を合成することに成功した(Scheme 1)。

これらの化合物を鍵中間体として、Julia/Kocienskiオレフィン化反応やイミダゾール環の酸化反応などを経て、1~4の天然物の全合成を高収率で達成した。

次に、これまで全合成の報告が無かったアゲラジンA(5)の合成をおこなった。鍵中間体7から容易に合成される10とピロールアルデヒド誘導体11とのPictet-Spengler反応は期待通りに進行し、目的のアゲラジン骨格を有するテトラヒドロ体を収率良く得ることに成功した。その後の脱水素芳香化反応(12→13)には苦労したものの、最終的にはピロール環の保護基をSEM基にし、脱水素化を2段階(IBX→MnO2)でおこなうことで収率の改善を図ることに成功し、10からトータル7工程で31%の収率で全合成を達成することができた(Scheme 2)。

MMP-12は免疫系細胞の1つであるマクロファージから主に分泌される分泌型のMMPであり、炎症部位でのマクロファージの浸潤に深く関わっていると考えられている。したがって、MMP-12の阻害剤は、マクロファージの浸潤によって引き起こされる様々な炎症性の疾患、例えば慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息、肺気腫、リウマチなどの関節炎や動脈硬化症などの治療薬になりうると期待される。安藤は、5をリードとした新規MMP-12阻害剤の創製を目指し、独自に確立した全合成ルートを応用した類縁体合成を実施した。主にピロール環部分の変換を中心に合成を行い、得られた類縁体のMMP-12阻害活性測定を実施した結果、以下の構造活性相関が明らかとなると共に、天然型6を上回る阻害活性を有する5類縁体(Figure2)を得ることに成功した。

1)MMP-12阻害活性を発現するためには、アゲラジンA(5)の2位に臭素原子や塩素原子を導入することが必須である。

2)高いMMP-12阻害活性を発現するためには、5の3位に臭素原子の導入が必要である。ただし、阻害活性発現という点では、3位は2位よりも置換基の許容性は大きい。

3)高いMMP-12阻害活性を発現するためには、5の1位窒素原子上のプロトンの酸性度が重要であり、酸性度が高いほど高い阻害活性を示す。

以上の業績は、創薬科学の進展に有意に貢献するものと評価され、博士(薬学)の授与に値するものと判断した。

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