学位論文要旨



No 217705
著者(漢字) 植,晴美
著者(英字)
著者(カナ) ウエ,ハルミ
標題(和) Micrococcineae 亜目に属する放線菌の系統分類とリン脂質に関する分類学的研究
標題(洋)
報告番号 217705
報告番号 乙17705
学位授与日 2012.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17705号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 大塚,重人
 北里大学 教授 高橋,洋子
 東邦大学 准教授 安齋,洋次郎
 製品評価技術基盤機構 参事 鈴木,健一朗
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

放線菌は生理活性物質やアミノ酸の生産、環境汚染物質や難分解化合物の分解菌として注目される。有用な生産物や酵素を見出すには新規な菌株の探索は有効であり、同時に正確な分類・同定がなされ、その知見を探索にフィードバックすることはメリットがある。分類・同定の基準は、当初、形態や生理的性状などの表現形質によるものであった。1970年頃からは、生物間に普遍的に存在し分類群を反映した菌体成分に基づく化学分類が導入された。化学分類における指標には、細胞壁ペプチドグリカンのアミノ酸、菌体中の還元糖、脂肪酸、キノン、リン脂質が用いられ、主に属及び科レベルの分類に重要視された。1990年代に入りDNA塩基配列の解析技術の発展に伴って16S rRNA遺伝子配列に基づく系統解析など遺伝子レベルの手法が導入された。本研究では、海洋環境などから分離されたMicrococcineae亜目に属する新規な放線菌について分類学的解析を行ない、不明瞭領域の分類体系の構築を試みた。さらに、近年技術発展が著しい質量分析を微生物の化学分類におけるリン脂質、キノン及び細胞壁のアミノ酸の分析に応用した。

Micrococcineae 亜目に属する放線菌の系統分類

生態学的研究のみならず新規有用代謝産物や酵素の探索研究においても新規な放線菌を自然界から分離することが必要不可欠である。Micrococcineae 亜目はActinobacteria綱Actinobacteridae 亜綱Actinomycetales 目内の亜目の一つであり、形態的にも化学分類的にも多様である。本研究では、海洋環境などから分離されたMicrococcineae 亜目に属する分離株5菌株について分類学的に解析し、新規提案及び分類体系の構築を行なった。

Leucobacter 属はMicrococcineae亜目Microbacteriaceae科に属する。現在報告されている菌種のうちペプチドグリカンにおいてγ-aminobutyric acid (GABA)を有する点で他属にはない特徴を有するが、その分類学的知見はまだ得られていない。本研究では家畜の肥料由来mixed cultureから単離されたK-540B株について分類学的性状を調べ、新種Leucobacter exalbidus sp. nov.を提案した。K-540B株はGABAを含むがスレオニンやリジンを含まず、 ペプチドグリカンのアミノ酸組成は近縁既知種5株とは異なった。近隣結合法及び最大制約法による系統樹においてGABAの有無による分離は生じなかったため、GABAの分類学的意義を追求するには更に詳細な研究が必要である。GABAについては、キャピラリー電気泳動質量分析(CE-MS)により、他の成分と完全に分離し、保持時間と分子量による正確な同定を行なうことができた。微生物分類学の分野において、CE-MSを用いた分析の報告はこれまでにないが、誘導体化の必要性もなく、CE-MS法はペプチドグリカン加水分解物のアミノ酸分析において有効であることが示された。

海洋環境は新しい有用物質や酵素生産菌の探索源として大いに開拓の余地があり、生息する放線菌の分類や研究もまだあまりなされていないため分類体系も不明瞭な領域が多い。海砂から分離されたYM24-125株、Zostera marina Linnaeus(アマモ科)由来のYM05-1041株、及び海藻由来のYM12-102株について分類学的解析を行い、それぞれDemequina属の新種Demequina globuliformis sp. nov.、Demequina oxidasica sp. nov.及びDemequina aurantiaca sp. nov.として提案した。これらの分離株は高い塩耐性を有し、嫌気性下でも生育できるなど、海洋性の特徴を示した。Demequina属はZhi, et al. (2009)によってCellulomonadaceae科として提案されているが、Demequina属の既知種3菌株及び分離株3菌株は他のCellulomonadaceae科の属菌とはデメチルメナキノンを有する点で異なった。また、系統樹においてDemequina属6菌株が明確に単一の群を形成し、16S rRNA 遺伝子配列のシグネチャー配列のパターンがMicrococcineae亜目内の他科とは異なったことから、Demequina属6菌株からなる新科Demequinaceae fam. nov.を設立した。

海砂から分離されたYM18-15株は非運動性の球菌-桿菌であり、通性嫌気性である。Beutenbergiaceae科は3属(Salana属、Beutenbergia属及びSerinibacter属)各1菌種ずつのみしか報告されていない。YM18-15株はBeutenbergiaceae科の3属と化学分類的性状及び16S rRNA遺伝子シグネチャー配列のパターンが異なることから、YM18-15株を新属新種Miniimonas arenae gen. nov., sp. nov.として提唱した。

LC-ESI-MSを利用したリン脂質の解析

リン脂質は、その豊富なバリエーションに基づき微生物の分類指標として有効的に用いられている。リン脂質の分析は薄層クロマトグラフィー(TLC)が広く用いられているが、 この手法は標準物質と同時に分析できないなどの難点がある。そこで、本研究においては液体クロマトグラフィーエレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(LC-ESI-MS) をリン脂質分析に用いた。LC-ESI-MSはTLC法より高感度であり、LCの保持時間とMS分析の分子量の測定によりリン脂質のタイプとTLC法では推定できない側鎖の長さが決定でき、また、精密分子量からはリン脂質の側鎖とヘッドグループの間の結合様式を推定することができる。本研究ではLC-ESI-MSを用いて分離株5菌株のリン脂質の解析を行ない分類指標に利用し、さらに、その結合様式を解析した。その結果、K-540B株において細菌では稀なジエーテル結合を有する2つのリン脂質dialkyl (33:0) phosphatidylglycerol 及びdialkyl (32:0)phosphatidylglycerolが検出された。Propionibacterium propionicumにおいて モノアルキルエーテル型リン脂質が見出されているが、Actinobacteria門においてこれまで ジアルキルエーテル型リン脂質の報告はない。ジアルキルエーテル型のリン脂質がActinobacteria門から本研究において初めて見出されたことになる。

一般的に、細菌のリン脂質は、側鎖とヘッドグループがエステル結合で結合しており、古細菌の結合様式はエーテル結合である。しかし、これまで細菌からプラズマローゲン以外にもエーテル結合を有するリン脂質がいくつか報告されている。ジエーテル結合は深く分岐した好熱性細菌のAquifex pyrophilusやAmmonifex degensii、好熱性硫酸還元細菌のThermodesulfotobacterium commune、及びmyxobacteriumのStigmatella aurantiacaから報告されている。エーテル/エステル結合混合リン脂質は好熱性細菌のA. pyrophilusやThermotoga martima、中温菌の硫酸還元細菌Desulfosarcina variabilis及びDesulforhabdus amnigenus、S. aurantiaca及び放線菌のPropionibacterium propionicumから見出された。エーテル結合はエステル結合より耐熱性が高いといわれておりエーテル型脂質をもつ真正細菌の報告の殆んどは好熱菌であるが、好熱菌以外の古細菌がエーテル型脂質を有する生理学的意味合いはまだ明らかにされていない。強度の酸性やアルカリ状態下ではエーテル結合の方がエステル結合より化学的または酵素的攻撃に対して有効であるが、Leucobacter exalbidus K-540BT株は極限環境で分離されたわけでもなく生育もしない。エーテル型リン脂質が、D. variabilis及びD. amnigenus、S. aurantiaca、Propionibacterium propionicumに加えて、本研究においてLeucobacter exalbidus K-540BT株から見出されたことは、細菌において以前考えられたより初期の分岐や極限環境に関係なく膜脂質に存在することが示唆されたことになる。ジアルキルエーテル型リン脂質はLeucobacter exalbidus K-540BT株の分類学的特徴であるか、あるいは進化によりエーテル型リン脂質が退化した菌と残存している菌が存在するのかもしれない。分析技術の発展と普及により細菌からのエーテル型リン脂質の報告が増えると、エーテル結合の存在の意義も明確になるであろう。

まとめ

Micrococcineae亜目に属する分離株5菌株について分類学的解析を行い、4新種、1新属新種の創立、及びデメチルメナキノンを特徴とするDemequina属のみからなる新科Demequinaceae科の創立を提案した(図1)。LC-ESI-MSを用いてリン脂質の詳細な解析を行い、Leucobacter exalbidus K-540BT株において2つのジアルキルエーテル型phosphatidylglycerolが見出された。本研究により、ジアルキルエーテル型リン脂質がActinobacteria門から初めて見出されたことになり、リン脂質におけるエーテル結合の存在意義について知見を示した。

各分岐の数値は1000回繰り返しbootstrap解析で評価した信頼値(50%以上)を示す。OutgroupとしてKineosporia aurantiaca NRRL B-16913T株の配列を用いた。'N'はNJ法においても形成された分岐を表す。括弧内の数はGeneBankのアクセッション番号を示す。本研究で決定された配列は太字で示されている。バーは0.01(K(nuc))。

図1. 提案した新規5 菌株とMicrococcineae亜目のすべての科の関連既知種のタイプ株との系統関係を示す16S rRNA 遺伝子配列に基づくML法により作製した系統樹

審査要旨 要旨を表示する

放線菌は生理活性物質やアミノ酸の生産、環境汚染物質や難分解化合物の分解菌として有用である。本論文は、海洋環境などから分離されたMicrococcineae亜目の放線菌の分類学的研究を行ない新規提案と不明瞭領域の分類体系の構築を試み、質量分析法をリン脂質の分析に適用して微生物の化学分類学的特徴付けを簡便化したものである。

序論に続く第2章では、Micrococcineae 亜目に属する放線菌の系統分類に関する研究を行った。海洋環境は新規な有用物質や酵素生産菌の探索源として期待されるが、生息する放線菌の分類研究は十分には行われていなかった。本論文では海砂由来YM24-125株、アマモ由来YM05-1041株および海藻由来YM12-102株について生理生化学的、化学分類学的、系統分類学的手法により特徴づけを行い、新種Demequina globuliformis sp. nov.、Demequina oxidasica sp. nov.及びDemequina aurantiaca sp. nov.として提案した。Demequina属はCellulomonadaceae科とされていたが、デメチルメナキノンをもつ特徴などに基づいて新科を提案し、Demequinaceae科を設立した。次に、海砂由来放線菌M18-15株について分類学的検討を行い、16S rRNA 遺伝子配列の相同性に基づいてBeutenbergiaceae科に分類し、シグネチャー配列の相違などより新属新種Miniimonas arenae gen. nov., sp. nov.を提案した。次に、海洋環境とは異なるが、家畜肥料から単離された放線菌K-540B株について検討を行い、新種Leucobacter exalbidus sp. nov.として提案した。Leucobacter属は細胞壁のアミノ酸にγ-aminobutyric acid (GABA)を有する特徴をもつが、GABAの分析法について、微生物分類学の研究では報告のないキャピラリー電気泳動マススペクトロメトリー法で同定を行い、この測定法の有効性を示した。

第3章では、微生物分類学で重要な指標となっているリン脂質組成の分析法について検討を行い、液体クロマトグラフィーエレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(LC-ESI-MS)を利用したリン脂質の分析法の開発を行った。従来、リン脂質の分析には薄層クロマトグラフィーが用いられてきたが正確性に欠けていた。 そこで、LC-ESI-MS法を用い、リン脂質のタイプと側鎖の長さを決定し、精密分子量よりリン脂質の側鎖とヘッドグループの間の結合様式を推定した。細菌のリン脂質は、脂肪酸とグリセロール部分がエステル結合であるのが一般的であるが、Leucobacter exalbidus K-540B株には細菌では稀なジエーテル結合を有する2つのジアルキルエーテル型phosphatidylglycerolが検出された。本論文ではActinobacteria門にジアルキルエーテル型リン脂質が存在することを世界で初めて見出した。細菌においてジアルキルエーテル型リン脂質は極限環境に生息する菌種に分布しているものと考えられてきたが、極限環境に生息しない菌種にも広く分布していることが示唆された。

以上、本論文は、放線菌類の分類学的検討を行い、新科、新属、新種を設立し、細菌リン脂質の新しい分析法を確立したもので、学術上、応用上で貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク