学位論文要旨



No 217736
著者(漢字) 力丸,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) リキマル,ケンタロウ
標題(和) リガンド-タンパク複合体構造情報に基づくアシルスルホンアミド系PPARγ作動薬の分子設計と合成
標題(洋)
報告番号 217736
報告番号 乙17736
学位授与日 2012.10.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17736号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 客員教授 世永,雅弘
内容要旨 要旨を表示する

【背景】近年、タンパク結晶化およびX線解析技術の進歩により、標的タンパクとこれに作用する化合物との共結晶構造情報に基づく分子設計(Structure-Based Drug Design:SBDD)が可能となった1。しかし、特定の部分構造の設計には、いまだに試行錯誤あるいは化学者個人の知識・経験に頼ることが多い。科学的根拠に基づく設計を行うため、長年にわたる分子設計に関する知見を集約し、生物学的等価性という概念が案出され、創薬化学において広範に適用されている2。従って、新たな生物学的等価体の同定、および既存の生物学的等価体の適用範囲の拡大は、創薬化学にとって有用な知見となる。

これらの状況を踏まえ、我々はX線共結晶解析を駆使したリガンドータンパク複合体構造情報に基づく創薬、および新規生物学的等価体の創出を念頭に、新規ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PeroxisomeProliferator-Activated Receptor:PPAR)γリガンドの探索研究を実施した。PPARyは核内受容体スーパーファミリ-に属する転写制御因子の一種で、主に脂肪組織に発現し、エネルギー恒常性維持と脂肪量調節に関与する遺伝子発現を調節する3。

チアゾリジンジオン(Thiazolidinedione:TZD)誘導体である塩酸ピオグリタゾン(Actos(R))とマレイン酸ロシグリタゾン(Avandia(R))が2型糖床病治療薬として承認され、これらTZD誘導体がPPARγ活性化によりインスリン抵抗性改善作用を惹起することが判明している。上記薬剤に続く第2世代のインスリン抵抗性改善薬として多数のPPARγアゴニストが報告されているが、その多くはカルボン酸誘導体、またはヘテロ環状の生物学的等価体であるTZDやテトラゾール誘導体であり、非環状等価体の報告例は非常に少ない4。そこで、既存PPARγアゴニストとは異なる構造およびプロファイルを有するリガンドを複数創製するべく、非TZD・非カルボン酸構造を有する新規リガンドの創製研究を行った。

【ベンジルピラゾールアシルスルホンアミド誘導体のデザイン・合成】PPARγリガンドバインディングドメイン(Ligand-BindingDomain:LBD)はY字型の結合サイトを形成することが知られており5、当社ではY字型モチーフを有するベンジルピラゾールフェニル酢酸誘導体1を見出していた(Figurel)6。我々は1の合成中間体であるベンジルピラゾールプロピオン酸2が弱いながらも活性を示すことに注目し、ロシグリタゾンの共結晶構造7に対する1,2のドソキングモデルを作成した。特徴的な官能基であるTZDや1のカルボン酸はPPARγ一LBDのTyr473などのアミノ酸残基と水素結合を形成していた。一方、2のカルボン酸はロシグリタゾンのTZDが結合するポケット(以下、TZDポケットと記載)を十分に占有しておらず、Tyr473との相互作用も認められなかった。この結果を元に、TZDポケットの効果的な占有を狙って2のカルボン酸の生物学的等価体への変換を試みた。非環状カルボン酸等価体として、TZDの開環アナログとみなせるアシルスルホンアミドをデザインし、合成したところ、強力な活性を有する3cを見出すことに成功した。

【ベンジルピラゾール系アシルスルホンアミドの最適化研究】リード化合物3cは代謝速度が速く、げっ歯類2型糖尿病モデル動物にて薬効が確認できなかったため、代謝安定性改善を目標に最適化を行った。ベンジルピラゾールの各部位の置換基変換では代謝安定性の改善を達成することはできなかったが、エチレンスペーサーをビニレン基にして分子のフレキシビリティを下げることで代謝安定性の大幅な改善に成功し、30bを見出した(Figure2)。30bはPPARサブタイプ選択性が良好であり、代謝安定性の改善に伴って強力なin vivo抗糖尿病作用が確認された。

代表化合物の共結晶解析の結果、アシルスルホンアミド基はTyr473とは直接相互作用しないものの、TZDポケットの他の残基との相互作用が認められ、TZDポケットの効果的な占有が確認できた。また、ペンチル基はPPARγ-LBDのPhe363がフリップすることによって新たに生じた脂溶性ポケットを占有することが判明した。さらに、本誘導体のサブタイプ選択性は,アシルスルホンアミドのカルボニル基が相互作用するPPARγのTyr327が、PPARα,δではPheに置換していることが寄与している可能性が示唆された。

【スキャフォールド・ホッピングによるピリジルオキシベンゼン系アシルスルホンアミド誘導体の同定と最適化研究】ベンジルピラゾール系誘導体は比較的高い脂溶性が原因のためか、細胞傷害性が認められた。そこで、スキャフォールド・ホッピングを行った。具体的には、社内で見出されていたPPARγリガンドの脂溶性テンプレートを種々適用した結果、ベンジルピラゾールの代替テンプレートとして、ピリジルオキシベンゼン35を見出すことができた(Figure 3)。ドッキングモデルの解析により、中央ベンゼン環4位への置換基導入が効果的であることが示唆されたため、4位置換体のデザイン・合成を行ったところ、活性が大きく向上した41aを見出すことができた。

ピリジルオキシベンゼン誘導体35においても、ベンジルピラゾール系と同様に代謝安定性が問題であったため、その改善を目的として変換を行った。その結果、リンカーの変換によって、活性と代謝安定性の両面に優れたビニレン体41cを見出すことに成功した(Figure 4)。また、アシルスルホンアミドの生物学的等価体の検討で、スルポニルカルバマート62bやアシルスルファミド41Oがアシルスルホンアミドの代替基として機能することを明らかにした。見出した41cはサブタイプ選択性に優れ、良好な動態と薬効を示すと共に、ベンジルピラゾール系で問題となった細胞傷害性も認められなかった。

41cの周辺誘導体の合成および共結晶解析の結果、中央ベンゼン環4位のアルコキシ基および2位ピリジン環上の3,5位の脂溶性置換基と、PPARγ-LBDとの相互作用様式が明らかとなり、これらの置換基の重要性が確認された。また、ピリジン環窒素原子による活性向上はこ部分構造のエネルギー計算の結果、ビアリールエーテル部位の安定配座の変化によるものであると推察した。すなわち、窒素原子導入により、ジアリールエーテル部位の安定配座が共結晶構造の結合配座とほぼ同じになり、結合に有利となるためであると考えられる。

41cは、市販の36に対し2つの水酸基に位置選択的に置換基を導入することで38aとし、Horner-Wadsworth-Emmons反応による増炭反応後、エステル基を塩基性加水分解し、最後にスルホンアミドと脱水縮合反応に付すことで合成した(Scheme l)。

【総括】既知PPARγリガンドおよび関連化合物に対してドッキング夙タディを適用し、カルボン酸・TZDの非環状生物学的等価体アシルスルホンアミドを導入したベンジルピラゾール誘導体をデザインした。その最適化研究により新規PPARγアゴニスト、ベンジルビ。ラゾール系アシルスルホンアミド30bなどを見出した。また、スキャフォールド・ホッピングによって、ピリジルオキシベンゼン誘導体を見出し、リガンドータンパク複合体構造情報を活用した最適化によって、良好なプロファイルと'強力な薬効を示すPPARγアゴニスト41cを創製した。さらに、,PPARγアゴニストの重要な部分構造であるカルボン酸・TZDの生物学的等価体として、アシルスルホンアミドに加え、スルポニルカルバマート、アシルスルファミドが機能することを見出した。見出した新規リガンドとPPARγ一LBDとの共結晶解析により、これらの化合物の転写活性化作用およびサブタイプ選択性に重要な種々のリガンドータンパク相互作用を明らかにした。

(1) Williams, S. P. et al., Curr. Opin. Chem. Biol. 2005, 9, 371. (2) Meanwell, N. A. J. Med. Chem. 2011, 54, 2529. (3) Berger, J.; Moller, D. E. Annu. Rev. Med. 2002, 53, 409. (4) Cho, N. et al., Curr. Top. Med. Chem. 2008, 8, 1483. (5) (a) Nolte, R. T. et al., Nature 1998, 395, 137. (b) Uppenberg, J. et al., J. Biol. Chem. 1998, 395, 31108. (6) Takeda Pharmaceutical Co., Ltd., Maekawa, T. et al., PCT Int. Appl. WO2006/057448, 2006. (7) Gampe, R. T., Jr. et al., Mol. Cell 2000, 5, 545.

Figure 1. Design of an acylsulfonamide group as a ring-opened bioisostere of thiazolidine.

Figure 2. Incorporation of a double bond into the ethylene spacer and discovery of 30b.

Figure 3. Exploration of the alternative template and discovery of pyridyloxybenzene 35 and 41a.

Figure 4.Discovery of propenoate-acylsulfonamide 41c, sulfonyl carbamate 62b and acylsulfamide 41o.

Scheme 1.Synthesis of pyridyloxybenzene acylsulfonamide 41c.

審査要旨 要旨を表示する

ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(Peroxisome Proliferator-ActivatedReceptor:PPAR)γは核内受容体スーパーファミリーに属する転写制御因子の一種で、主に脂肪組織に発現し、エネルギー恒常性維持と脂肪量調節に関与する遺伝子発現を調節する。チアゾリジンジオン(Thiazolidinedione:TZD)誘導体である塩酸ピオグリタゾン(Actos(R))とマレイン酸ロシグリタゾン(Avandia(R))が2型糖尿病治療薬として承認され、これらTZD誘導体がPPARγ活性化によりインスリン抵抗性改善作用を惹起することが判明している。第2世代のインスリン抵抗性改善薬として多数のPPARγアゴニストが報告されているが、その多くはカルボン酸誘導体、またはヘテロ環状の生物学的等価体であるTZDやテトラゾール誘導体であり、非環状等価体の報告例は非常に少ない。

これらの状況を踏まえ、力丸はX線共結晶解析を駆使したリガンドータンパク複合体構造情報に基づく創薬、およびTZD・カルボン酸に代わる新規生物学的等価体の創出を指向して、PPARγリガンドの創製研究を実施した。

まず力丸は、ベンジルピラゾールプロピオン酸2が弱いながらも活性を示すことに注目し、ロ「シグリタゾンの共結晶構造に対する2のドッキングモデルを作成した。その結果、2のカルボン酸はロシグリタゾンのTZDが結合するポケットを十分に占有していないことに着目し、TZDボケットの効果的な占有を狙って2のカルボン酸の生物学的等価体への変換を試みた。非環状カルボン酸等価体として、TZDの開環アナログとみなせるアシルスルホンアミドをデザイン・合成し、強力な活性を有する3cを見出すことに成功した。

リード化合物3cは代謝速度が速く、げっ歯類2型糖尿病モデル動物にて薬効が確認できなかったため、代謝安定性改善を目標に最適化を行った。ベンジルピラゾールの各部位の置換基変換およびエチレンリンカーの変換の結果、エチレンスペーサーをビニレン基にして分子のフレキシビリティを下げることで代謝安定性が大幅に改善した30bを見出した。30bはPPARサブタイプ選択性が良好であり、代謝安定性の改善に伴って強力なin vivo抗糖尿病作用が確認された。このようにしてアシルスルホンアミドを有する新規PPARγリガンドの創出に成功した。

その後、ベンジルピラゾール系誘導体は比較的高い脂溶性が原因のためか、細胞傷害性が認められた。そこで、力丸はスキャフォールド・ホッピングを試み、脂溶性テンプレートを種々検討した結果、ベンジルピラゾールの代替テンプレートとして、ピリジルオキシベンゼン35を見出した。ドッキングモデルの解析により、中央ベンゼン環4位への置換基導入が効果的であることが示唆されたため、4位置換体をデザイン・合成し、活性が木きく向上した41aを見出した。さらに各部位の最適化研究の結果、細胞傷害性を回避し、代謝安定性と薬効に優れた41cを見出すことに成功した。また、アシルスルホンアミドの生物学的等価体の検討で、スルポニルカルバマート(62b)やアシルスルファミド(410)がアシルスルホンアミドの代替基として機能することも明らかにした。見出した41cはサブタイプ選択性に優れ、良好な動態と薬効を示すと共に、ベンジルピラゾール系で問題となった細胞傷害性も認められなかった。このように、力丸はアシルスルホンアミドを有するより安全性の高い誘導体の創製も達成した。

3dおよび41cの共結晶解析の結果、両誘導体の脂溶性テンプレートが効果的にポケットを占有していることを確認した。さらにPPARγリガンドとして新規性の高い部分構造であるアシルスルホンアミド基とPPARγの相互作用様式を明らかにした。

以上、力丸は、非TZD・非カルボン酸系PPARγリガンドの創製研究を実施し、ベンジルピラゾールまたはピリジルオキシベンゼンをスキャホールドとするアシルスルポソアミド系PPARγアゴニストの創出に成功した。また、カルボン酸の新たな生物学的等価体として、アシルスルファミド、スルポニルカルバマートが機能することを見出した。さらに見出した誘導体の共結晶解析を通じて、それらの誘導体とPPARγの相互作用に重要な部分構造を明らかにした。本研究はPPARyリガンドのみならず多くの創薬ターゲットに応用可能であり、薬学研究に寄与するところ大である。よって、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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