学位論文要旨



No 217756
著者(漢字) 大庭,光商
著者(英字)
著者(カナ) オオバ,ミツアキ
標題(和) 高密度軸方向鉄筋群とスパイラル帯鉄筋により補強した超じん性部材の開発と新橋りょうシステム
標題(洋)
報告番号 217756
報告番号 乙17756
学位授与日 2012.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17756号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 准教授 長井,宏平
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,長大橋梁において,主桁短縮により過剰な角変化を受ける吊材に,過去に前例の無いPC部材を用いた新たな構造形式となる3径間連続PCアーチ橋の実現,および駅構内の線路上空に人工地盤を構築する際,狭隘な空間で柱径に大幅な制約を受ける条件下において,従来の極厚鋼管柱等に代わる安価で耐震性能に優れるRC柱の構築を目的とした,高密度配筋鉄筋コンクリート円形柱の開発に関する研究についてまとめたものである.

著者は新たな構造形式の3径間連続PCアーチ橋を考案した.連続PCアーチ橋はアーチ部材を橋台・橋脚の下部工に剛結し,連続桁形式の主桁はPC吊材によりアーチ部材から支持するもので,連続桁橋としての優位性の他,主桁には軸引張力が入らないため桁断面の縮小化が可能で,あわせて下部工の簡素化も図られることから経済的な構造形式となる.

しかしながら,橋長180.4mの3径間連続の長大PC橋りょうでは,クリープ・乾燥収縮,温度変化等により桁端で最大170mm程度の桁短縮が生じる.主桁短縮により主桁,およびアーチ材の接合部において過剰な角変化を受けるPC吊材は,その後さらに列車荷重の繰返し載荷により軸力と曲げによる応力変動を受けることになる.

PC吊材を用いた新たな構造形式の3径間連続PCアーチ橋を実現するためには,主桁短縮により発生する過剰な角変化に対して追随可能なPC吊材の開発が課題となる.

一方,鉄道における駅構内の改良工事等で線路上空に人工地盤を構築する場合は,鉄道線路の建築限界内を避けて限られたスペース内に柱を建込むことが必要になり,この限られたスペースを活用するためには柱径に大幅な制約を受ける.この場合,従来の鉄筋コンクリート構造の柱では,設計において現行基準である軸方向鉄筋比6%未満という制限を満足しなくなり適用できなくなる.この様な場合の柱構造としては,極厚の鋼管を用いた鋼管柱や鋼管柱よりも鋼管厚を幾分薄くできるコンクリート充填鋼管柱(CFT柱)があり,一般的には経済性等からCFT柱が用いられている.しかしながら,極厚鋼管のCFT柱は,特注となることから経済性や材料入手に多大な日数を要する等,現実的には多くの制約を受けることになる.

以上の様な課題に対して,著者は安価で材料入手が容易な鉄筋コンクリートの柱構造に着目し,従来の鉄筋コンクリート柱の適用範囲を大幅に超える,柱断面積に対して最大で25%程度の量の軸方向鉄筋を高密度に配置し,これをスパイラル帯鉄筋で補強することで所要の曲げ耐力を確保した上で部材角1/10以上の格段に大きな変形性能を有する新たな鉄筋コンクリート柱(以下「高密度配筋RC円形柱」という)を考案し,開発を行った.

本柱構造は設計基準を大幅に超過する軸方向鉄筋量を配置することになるため,軸方向鉄筋は多段に束ねて配置し,柱内部には充填性を考慮してモルタルを充填する.このような,高密度配筋RC円形柱の損傷形態,変形性能,および曲げ耐力等は不明であることから,最初に基本実験として,軸方向鉄筋比,せん断スパン比,曲げせん断耐力比,軸圧縮応力度を実験変数とした静的正負交番載荷実験を行った.

次に構造上,軸引張力が卓越する実橋の吊材では,高密度配筋RC円形柱にプレストレス力が導入されることから,実橋と同一寸法で応力状態を再現した試験体を用いて,実橋において使用時に作用する吊材の角変化量に相当する最大水平変位を与えた載荷実験,およびその後の列車荷重による繰返し載荷を想定し,鉛直・一方向水平繰返し載荷実験等を行い,高密度配筋RC円形柱の使用時の挙動と安全性を確認した.

基本実験の結果から,高密度軸方向鉄筋をスパイラル帯鉄筋で補強した高密度配筋RC円形柱は,所要の耐力が確保できると共にいずれの試験体も最大荷重以降に荷重が急激に低下することはなく,部材の回転角1/10以上の格段に大きな変形性能を確保できることがわかった.

また,試験体の損傷形態は,軸方向鉄筋比,せん断スパン比,曲げせん断耐力比の違いによって異なることがわかり,損傷が柱基部に集中する曲げ破壊(柱基部),損傷がフーチング表面部に集中する曲げ破壊(フーチング),および軸方向鉄筋間のモルタルが粉砕し軸方向鉄筋の付着が切れる付着破壊の3タイプがあることを示した.

曲げ終局耐力に関しては,最大荷重時の損傷状況を考慮することで評価が可能であることを示し,曲げ破壊(柱基部),および曲げ破壊(フーチング)となる試験体では,最大荷重時に剥落するかぶりモルタルを無視して曲げ終局耐力を算定する.付着破壊となる試験体では,最大荷重時においてかぶりモルタルの剥落と軸方向鉄筋の周囲のモルタルが損傷することから,断面内の充填モルタルを計算において全て無視し,軸方向鉄筋のみにより平面保持を仮定し,圧縮鉄筋,引張鉄筋,および軸力との力の釣合により中立軸を求めることで曲げ耐力が算定できることを示した.

次に実橋の吊材を模擬した実験では,部材の回転角1/25程度の水平変位を与えた時に柱基部のかぶりモルタルは圧壊して剥落するが,その後,継続実施した鉛直繰返し載荷実験,一方向水平繰返し載荷実験では,損傷の進展や軸方向鉄筋ひずみの顕著な増加はみられず,安定した挙動を示すことが確認できた.また,同じ試験体を用いた水平交番載荷実験の結果では,試験装置の限界である部材の回転角1/6.7まで曲げ耐力が低下することなく,格段に大きな変形性能を有することがわかった.

以上の研究成果が得られたことから,高密度配筋RC円形柱にプレストレス力を導入したPC吊材の実用化が可能となり,過剰な変形に対して追随可能で経済性と維持管理等に優れる3径間連続PCアーチ橋という新たな橋りょうシステムが完成した.本橋は河川改修事業で改築した鉄道橋に採用し,開業後既に7年経過しているが,何の問題もなく供用できている.

また,本研究で開発した高密度配筋RC円形柱は,柱径に大幅な制約を受ける条件下において,高密度に配置した軸方向鉄筋が所要の曲げ耐力を確保し,大変形時においても圧縮領域を安定的に確保し続けるため,最大荷重以降も荷重が急激に低下することはなく,部材の回転角1/10以上の格段に大きな変形性能を有する従来にはない超じん性部材で,これを用いることで新たな可能性を拓く画期的な構造である.

高密度配筋RC円形柱断面略図

配筋状況例(鉄筋比23.1%)

審査要旨 要旨を表示する

都市機能の更新と再生には、既に存在する社会基盤ストックを維持管理しつつ、構造部材の再配列や性能向上策を、狭隘な環境においても進めることが必要となる。都市における自然災害からの急速な修復・復旧には、危機的状況においても確保可能な資材のみで緊急対応できる復旧性が必要である。これらの要件に対して、少量かつ安価な資材を最大限に利用して、高い構造性能を達成する設計施工技術が有効となる。

論文提出者は構造用鋼材に比較して安価、かつ入手が容易な鉄筋を主要材料として、軸力および水平力を負担可能な超高靱性部材を考案した。従来の鉄筋コンクリートの設計とは異なり、曲げ圧縮力の大半と部材せん断力も、主として鉄筋で負担するものである。鉄筋群周辺に施工されるモルタルは、並列に配置される多数の鉄筋を相互に束ね、鉄筋線材相互の摩擦を有効に維持することが役割となっている。この新たな設計概念を鉄道系社会基盤ストックの設計施工に適用し、新構造形式の実現を可能としたものである。論文は以下の章から構成されている。

第一章は序論であり、本研究の目的と超靱性部材の開発に至る背景を述べている。鉄道駅近傍の再開発で採用されている人工地盤の建設では、鉄道事業を継続しつつ狭隘な空間と限定された時間内で、高靱性柱部材を建設することが不可欠となる。大スパン構造の吊材では、常時引張軸力下で大きな変位を許容できる高靱性部材が有効となる。変位角で10%を超える超靱性軸部材がこれらの鉄道基盤ストックの形成に有利であることを示している。

第二章では、第一章で述べた対象構造の実現において、軸圧縮並びに軸引張部材に求められる水平変位靱性の開発目標を明確にしている。多径間連続PCアーチ橋を具体的な対象に選定して実地盤の特性を考慮し、構造系として求められる常時並びに地震時の許容変位を算出した。ストッパーを含む橋梁上部工に適用する際には、部材変位角にして10%におよぶ超靱性部材の開発が必要であることが示されている。

第三章は本論文の中核をなすものであり、高密度軸方向鉄筋群とスパイラル帯鉄筋による超靱性構造部材の開発について述べたものである。既往の設計概念を大幅に超過する軸方向鉄筋量を配置するため、損傷形態、変形性能、曲げ耐力等が不明である。そこで軸方向鉄筋比、せん断スパン比、曲げせん断耐力比、軸圧縮応力度、鉄筋径を実験変数とした静的正負交番載荷を、軸圧縮力を受ける柱部材に対して実施した。常時の軸引張力に対しては、第二章で算定された、使用状態に作用する吊材の角変化量に相当する最大水平変位を与えた載荷実験を行った。これらにより、高密度配筋RC円形柱の使用時の挙動と安全性が確認された。その結果、損傷が柱基部に集中する曲げ破壊(柱基部)、損傷がフーチング表面部に集中する曲げ破壊、および軸方向鉄筋間のモルタルが粉砕する付着破壊の三タイプに破壊モードを分類できることを示している。高密度配筋RC円形柱は,所要の曲げ耐力が確保できると共に、最大荷重以降に耐力が急激に低下することはなく、部材の回転角1/10以上の、格段に大きな変形性能を確保できることが実証された。部材諸元から破壊モードを判定する設計方法も併せて提示し、橋梁橋脚及び橋梁上部工のストッパーも含めた標準的な設計方法を提示している。

第四章では、第三章で実現した超靱性部材を用いた新橋梁システムの開発について述べている。実施工で解決しなければならない構造詳細と、短時間かつ作業の容易な施工を実現するための課題(プレキャスト化、鋼材端部定着工法、鋼材建込法など)を整理して、それぞれに解決策を与えている。更に、長期使用性能の確認のために高サイクル疲労実験を行い、高い疲労寿命が期待できることを確認している。これらの成果を実橋梁設計に適用し、新構造タイプの3径間連続PCアーチ橋を実現した。また、従来工法との経済性比較を行い、その有効性を述べている。

第五章は結論であって、本研究による一連の技術開発を取りまとめ、今後の実務設計施工への展開にあたっての課題を整理している。

以上のとおり、本研究の成果は大変位を受けるPC吊材に適用され、新たな形式の三径間連続PCアーチ橋に結びついた。高い耐震性を要求される柱部材にも適用され、鉄道駅構内の線路上空に人工地盤を構築することを、狭隘な施工環境においても可能としている。さらに、橋梁上部工の水平変位を地震時に制限する高靱性ストッパーにも適用されている。これらの部材を用いた建設では、従来設計に比較して、実に八割程のコスト減を可能としており(従来施工の二割程度のコストで実現)、工学的価値の高い優れた研究であると判定できる。資材確保で安価な鉄筋を主材料とするため、緊急復旧性能―レジリアンス―に優れた点も高く評価される。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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