学位論文要旨



No 217801
著者(漢字) 辻本,惠一
著者(英字)
著者(カナ) ツジモト,ケイイチ
標題(和) 複数廃棄体から構成される高レベル放射性廃棄物処分場モデルの不確実性解析に関する研究
標題(洋) Study on Uncertainty Analysis of HLW Geologic Repository Model with Multiple Canisters
報告番号 217801
報告番号 乙17801
学位授与日 2013.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17801号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 教授 徳永,朋祥
 東京大学 准教授 陳,昱
 東京大学 講師 渡邉,浩志
内容要旨 要旨を表示する

(1) 序論

高レベル放射性廃棄物は、再処理で発生した高レベル廃液を、ガラス固化して製造される。高レベル放射性廃棄物を、鋼鉄製のオーバーパックに封入し、不透水性の緩衝剤で覆い、地下300mより深い場所に埋設する地層処分が日本で計画されている。(図 1)高レベル放射性廃棄物4万体を埋設する地層処分場の建設が予定されており、現在処分場の建設予定地の選定が行われている。

処分場の建設に当たっては、人間環境への影響を評価するために、処分場の内部領域から外部領域へ放出される核種の放出量など、処分場の環境影響を評価すること、即ち性能評価の実施が必要である。地層処分では、廃棄体を十万年以上の長期間にわたり埋設すること、及び、天然の地層という大規模空間を取り扱うこと、という特徴がある。そのため、人工的に地層処分場のプロトタイプを作成して、実験を行うことが不可能であるため、計算機シミュレーションが不可欠であると考えられる。

従来は、単純化された処分場モデルを用いて、性能評価が実施されていた。例えば、日本では、地層処分の成立性を示すために、廃棄体1体から構成される処分場モデルを利用して保守的な評価が行われていた。他国でも、廃棄体間の相互作用を無視したモデル化が行われてきた。また、処分場の内部の母岩中の亀裂は、主要な亀裂のみモデル化する、亀裂を直線状の亀裂でモデル化する、或いは、亀裂を無視する等、単純化したモデル化が行われていた。

そこで、本論文では、(1)処分場を複数の廃棄体から構成されるようモデル化し、(2)母岩中の亀裂を考慮して、亀裂を経路とした地下水流れ、及び、核種の移行をモデル化し、さらに、(3)地質環境及び物性値の不確実性に基づく処分場の不確実性を考慮した、現実的な処分場モデルの解析を行った。現実的な処分場の性能評価は、将来、地質環境に最適化した処分場設計を行うために必要であるが、計算負荷が高い大規模かつ複雑な計算モデルを利用するため、高い計算負荷が問題となる。そこで、本論文では、地球シミュレータを計算環境に利用し、大規模計算技術を適用して、高い計算負荷の問題を解決した。

本論文では、現実的な高レベル放射性廃棄物処分場の計算モデルのシミュレーションを実現するための、要素技術の開発及び、それらの有効性の検証を行った。

(2) 多孔質を考慮した複数廃棄体処分場モデルの解析コードの開発

複数廃棄体から構成される処分場モデルの物質移行を計算するVRコードを開発した。VRコードでは廃棄体、緩衝材、母岩は平板モデル化され、緩衝材、母岩は多孔質媒体でモデル化されている。(図 2)

VRコードは、オブジェクト指向アプローチを採用して、廃棄体など処分場の構成要素をモジュール化したプログラム構造となっているため、柔軟なモデル作成が可能である。さらにPCクラスタを利用した並列計算機能を持っている。VRコードを使って処分場モデルの解析を行い、モジュール構造により柔軟なモデル構築が可能なこと、及び、複数廃棄体処分場モデルに特有である、廃棄体間の濃度干渉効果が評価できることを示した。

次に、燃焼度の異なる使用済燃料から製造された、複数種類の廃棄体から構成される廃棄体4万体構成の処分場モデルの解析をVRコードにより実施して、処分場の環境影響(Np-237の処分場外領域における蓄積値)を評価した。その結果、廃棄体毎に燃焼度が異なる効果(0.4%)は、廃棄体間の濃度干渉効果(約7倍)に比べると無視できるほど小さいこと、及び、廃棄体が地下水の流れ方向に沿って配置されている場合には、濃度干渉効果のため、廃棄体数が200から300個に変化しても、環境影響に与える影響(1.2%)は無視できることが示された。

更に、VRコードの地球シミュレータへの移植と最適化を行った。地球シミュレータのアーキテクチャの階層構造を考慮した最適化手法(プロセッサのベクトル化、計算ノード内の共有メモリ型並列化、及び、計算ノード間の並列化)をVRコードに適用して、地球シミュレータで試験計算を行った結果、ベクトル化率96.54%、並列化率99.99%の高い計算性能が実現出来た。この方法は、現在のスーパーコンピュータ(京速計算機、及び、現状の地球シミュレータ)にも適用可能である。

本論文により、世界で初めて、廃棄体4万体から構成されるフル処分場モデルの物質移行解析が現実的時間で実施可能となった。

(3) 亀裂を考慮した複数廃棄体処分場モデルの解析コードの開発

母岩中の亀裂を経路とする地下水流れ、及び、核種の移行を考慮した処分場モデルに対する、地下水及び核種移行の解析コードを開発した。処分場を2次元の円形モデル化し、亀裂クラスタの生成、地下水流れのFEM解析、及び、粒子追跡法による核種移行解析を行うFFDFコードが既に開発されている。本論文では、FFDFコードを、複数廃棄体を扱えるように改良し、地球シミュレータへ移植した。

FFDFコードにより、廃棄体109体構成の処分場モデルの解析を行い、処分場モデル中の亀裂数が、処分場特性(亀裂クラスタによる連結廃棄体数、及び、核種の滞留時間)に与える効果を評価した。(図 3)その結果、処分場モデルに存在する亀裂数が、処分場特性に対して支配的であることが判明した。

次に、廃棄体20体構成の処分場モデルを用いて、廃棄体4万体構成のフル処分場の解析に必要な計算量を評価した結果、地球シミュレータを利用しても、現在のFFDFコードでは、計算負荷の観点から、廃棄体約40体構成の処分場の解析が限界であることが判明した。また、京速計算機を利用しても、計算限界は廃棄体約250体であることが示された。

本論文により、世界で初めて、廃棄体109体を含む、半径60mの大規模処分場モデル中に、亀裂クラスタを地質統計データに従い発生させた条件下で、地下水及び物質移行計算が可能となった。但し、廃棄体4万体構成のフル処分場モデルの解析の実現には、効率の良い亀裂交差の判定アルゴリズムの開発、及び、FFDFコードの更なる最適化・高速化が必要である。

(4) 処分場モデルの不確実性解析

複数廃棄体から構成され、母岩中の亀裂を考慮した処分場モデルの不確実性解析を行った。亀裂の地質統計データ、及び、溶解度など物性値の不確実性データを入力データとして、廃棄体100体以上から構成される処分場モデルの不確実性解析を行い、処分場の環境影響(Np-237の処分場外への放出率)を評価した。計算環境に地球シミュレータを利用して、計算負荷の問題を解決した。解析では、FFDFコードを利用して、亀裂により連結される廃棄体数の確率密度関数を計算した。次に、確率密度関数を入力データとしてVRコードを利用して、複数廃棄体から構成される処分場モデルの不確実性解析を実施した。解析の結果、以下が判明した。

(1)従来の廃棄体1体から構成される処分場モデルは、放出率の平均値を過大評価している。

(2)処分場モデル中の亀裂数が増加すると、処分場外への放出率の平均値は増加するが、標準偏差は減少する。

(3)環境影響には、亀裂による廃棄体の連結、及び、亀裂クラスタ内の濃度干渉効果が影響を与える。また、パラメータでは、緩衝材の吸着係数、溶解度、母岩の間隙率、及び、亀裂による連結廃棄体数が影響を与える。

本論文により、世界で初めて、亀裂クラスタを地質統計データに従い発生させた条件下で、廃棄体100体以上から構成される大規模処分場モデルに対して、不確実性解析が可能となった。

今後の課題としては、地下水流れの非均質性を物質移行解析に反映するため、VRコードの2次元への拡張、及び、VRコードとFFDFコードの更なる最適化、が必要であると考えられる。また、使用済燃料の直接処分、及び、福島原子力発電所から発生する高レベル放射性廃棄物など、将来の核燃料サイクルで予想される多様な廃棄物に対応して、環境影響を最小限にするなどの機能を持つ、処分場モデルの開発が必要であると考えられる。

図 1 高レベル放射性廃棄物処分場の概念

図 2 複数廃棄体の処分場モデル

図 3 処分場モデルと亀裂クラスタ

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。

第1章は序論である。原子力発電所で発生した使用済み燃料を再処理した後に発生する、高レベル放射性廃棄物4万体を、地下深部に埋設する地層処分場を、将来建設する事が日本で計画されている。従来は、地層処分の成立性を示すために、単純化、保守化された評価が行われていた。しかし将来の処分場設計では、建設コストの低減等の為に、地質環境に最適化して設計を行う必要があり、現実的な処分場モデルによる解析が必要である。そこで本論文では、(1)複数廃棄体、(2)母岩中の亀裂、(3)地質環境及び物性値の不確実性、を考慮した現実的な処分場モデルの解析を提案している。更に、地球シミュレータを計算環境に利用した、現実的な処分場モデルに特有である解析の大規模性への対応の提案をしている。

第2章では、母岩を多孔質媒体でモデル化した、複数廃棄体から構成される処分場モデルの核種移行解析コード(VRコード)の開発について述べられている。VRコードを使って処分場モデルの解析を行い、複数廃棄体処分場モデルに特有である、廃棄体間の濃度干渉効果が評価できることが示された。

第3章では、VRコードの現実的な処分場モデルへの適用事例が示されている。燃焼度の異なる使用済燃料から製造された廃棄体から構成される、廃棄体4万体構成の処分場モデルをVRコードにより解析した。その結果、廃棄体毎に燃焼度が異なる効果は、廃棄体間の濃度干渉効果に比べると無視できるほど小さいことが示された。

第4章では、VRコードの地球シミュレータへの移植と最適化が述べられている。地球シミュレータのアーキテクチャの階層構造を考慮した最適化手法を適用した結果、高い計算性能が達成された事が示されている。また本論文により、世界で初めて廃棄体4万体構成のフル処分場モデルの物質移行解析が現実的時間で実施可能となったことが述べられている。

第5章では、母岩中の亀裂を考慮した複数廃棄体処分場モデルの解析コード(FFDFコード)の開発が述べられている。廃棄体1体、及び亀裂を含む周囲の母岩を、2次元の円形体系にモデル化して、地下水及び核種移行解析を行うFFDFコードが既に開発されている。FFDFコードが、複数廃棄体に対応化され、及び、地球シミュレータへ移植された。次にFFDFコードにより、廃棄体109体構成の処分場モデルが解析され、処分場モデル中に存在する亀裂数が、処分場特性に対して支配的であることが示されている。又FFDFコードを用いて、フル処分場の解析に必要な計算量を評価した結果、地球シミュレータを利用しても、現在のFFDFコードでは、廃棄体約40体構成の処分場の解析が限界であることが示されている。

第6章では、VRコード及びFFDFコードを組み合わせて実現した、廃棄体100体以上から構成され、母岩中の亀裂を考慮した処分場モデルの不確実性解析が述べられている。解析では、亀裂により連結される廃棄体数、Np-237核種の溶解度、及び、緩衝剤の吸着係数の確率密度関数を入力データとして、処分場モデルの不確実性解析を、地球シミュレータを利用して実施している。解析結果より、核種溶解度の不確実性が、処分場性能(処分場外への核種放出率)に与える影響の方が、影響緩衝剤の吸着係数の不確実性の影響よりも大きい事、及び、亀裂による連結廃棄体数の不確実性が、処分場性能に対して最も支配的である事が示されている。

第7章では、VRコード及びFFDFコードを組み合わせて実現した、複数廃棄体から構成され、母岩中の亀裂を考慮した処分場モデルの不確実性解析が述べられている。解析の手順は第6章と同じであるが、本章では、亀裂による連結廃棄体数、及び、母岩の空隙率の確率密度関数を入力データとして、不確実性解析を実施している。解析結果より、(1)従来の廃棄体1体構成の処分場モデルは、処分場外への核種放出率を過大評価している、(2)処分場モデル中の亀裂数が増加すると、処分場外への核種放出率の平均値は増加するが、標準偏差は減少する、(3)処分場性能には、亀裂による廃棄体の連結、及び、亀裂クラスタ内の濃度干渉効果が影響を与える事が示されている。本論文により、世界で初めて、母岩中の亀裂をモデル化し、廃棄体100体以上から構成される大規模処分場モデルの不確実性解析が可能となったことが述べられている。

第8章では、論文全体としての結論と今後の課題が示されている。

以上を要すると、本論文により開発された解析手法により、母岩中の亀裂をモデル化した、廃棄体100体以上から構成される大規模処分場モデルに対して、不確実性解析が可能となった。この解析手法は、高レベル放射性廃棄物の性能評価、及び、計算環境学の発展に寄与することが大きい。

従って、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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