学位論文要旨



No 115680
著者(漢字) 松浦,真也
著者(英字)
著者(カナ) マツウラ,マサヤ
標題(和) 退化した流れに対するKM2O-ランジュヴァン方程式論
標題(洋)
報告番号 115680
報告番号 甲15680
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4796号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,靖憲
 東京大学 教授 南谷,崇
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 助教授 村重,淳
 東京大学 講師 堀田,武彦
内容要旨 要旨を表示する

 KM20-ランジュヴァン方程式論は計量ベクトル空間内の流れの理論であり、時系列解析に用いられる。本研究では、流れが退化している場合について、ウエイト変換の観点から解析し、応用としてマサニ・ウィーナーの非線形予測問題を解決した。さらに、時系列の定常性の判定に際し、ウエイト変換の有効性を検証した。

 まず、マサニ・ウィーナーの非線形予測問題の概略を述べる。X=(X(n);n∈Z)を次を満たす確率空間(Ω,β,P)上の1次元確率過程とする:

(GSS) Xは強定常性をもつ;

 (GB) Xは有界である。すなわち、|X(n)(ω)|〓c(n∈Z,a.s.ω∈Ω)を満たす正の数cが存在する;

 (GM) E(X(n))=0 (n∈Z);

 (GP) 任意の有限個数の整数κj∈Z(1〓j〓ρ,κ1<κ2<…<κρ)に対し、有限次元確率分布Pt(X(k1),X(k2),...,X(κρ))の支えは正のルベーグ測度をもつ。

確率過程Xの非線形予測子とは条件付期待値E(X(n+p)|βn-∞(X))(n∈Z,ρ∈N)のことであり、これを具体的に求めるのがマサニ・ウィーナーの非線形予測問題である。ここで、βn-∞(X)≡σ(X(κ);-∞<k〓n)とする。各確率変数X(n)をL2(Ω,β,P)の元とみなすと、非線形予測子は、X(n+P)をL2(Ω,β,P)の部分空間Nn-∞(X)に射影して得られるベクトルPNn-∞(X)X(n+P)に一致する。ただし、Nn-∞(X)≡L2(Ω,βn-∞(X),P)とする。マサニ・ウィーナーは1959年の論文で、上述の問題を数学的には解決したが、条件(GB)、(GP)が厳しいこと、非線形予測子を具体的に求めるアルゴリズムが得られなかったことなどから、応用上は不十分な結果であった。条件(GB)は、ドブルーシン・ミンロスが1977年の論文で用いた条件

(GE) 任意のn∈Zに対し、〓を満たす正の定数λo(n)が存在する

で緩和される。また、岡部・大塚は1995年の論文で、マサニ・ウィーナーと同じ条件のもと、非退化な流れに対するKM20-ランジュヴァン方程式論を用いて非線形予測子を計算するアルゴリズムを求めている。条件(GP)を外し、非線形予測問題を完全に解決するには,退化した流れに対するKM20-ランジュヴァン方程式論が必要であり、これを構築するのが本研究の主題である。以下で詳しく述べる。

 X=(X(n);0〓n〓N)を計量ベクトル空間(W,(★,*))内のd次元の流れとする。即ち、X(n)=t(X1(n),X2(n),…,Xd(n)),Xj(n)∈Wとする。2乗可積分な確率変数からなる確率過程は、流れとみなすことができる。〓がW内で一次従属であるとき、流れXは退化しているという。X(n)の各成分を空間〓に射影することにより、揺動流υ+(X)=(υ+(X)(n);0〓n〓N)を抜き出す:

PMon-1(X)X(n)の各成分は、Xj(κ)の一次結合として表現できる。したがって、

次を満たす行列関数〓が存在する

上の関係式を満たす仲は一般には一意的でないので、これらの全体をLMD+(X)とおく。このとき、LMD+(X)の元の一意性に関して、次の定理が成り立つ。

定理1

(i)流れXが非退化ならば#(LMD+(x))=1.

(ii)LMD+(X)の元で、ノルム〓が最小となるものが一意的に定まる。

Xが非退化のとき、LMD+(X)の唯一の元をγ+(X)と書く。一般に、LMD+(X)のノルム最小元をγ+0(X)と書き、流れXに付随するKM20-ランジュヴァン散逸行列関数と呼ぶ。そして、γ+0(X)を用いた流れXの時間発展を記述する方程式

をXに付随するKM20-ランジュヴァン方程式と呼ぶ。

 γ+0(X)を具体的に求めるために、任意の正数ωに対して流れ〓を

で定義する(ウエイト変換)。ここで、ξ=(ξ(n);0〓n〓N)はXと直交する非退化なd次元の流れである。ウエイト変換に関する以下の定理は重要である。

定理2

(i)流れXωは非退化(ω>0)

(ii)〓が存在いしγ+0(X;ξ)∈LMD+(X).

(iii)ξがホワイトノイズ流、即ち、(ξ(m),tξ(n))=λσmnIを満たすλ>0が存在するとき、γ+0(X;ξ)=γ+0(X)

定理3 dimW>(N+1)dとし、〓をW内の非退化な6次元の流れとする。このとき、(MN0(ξ))⊥内の任意のd次元の流れ〓に対してγ+0(X;ξ)=γ+0(X)が成り立つなら、ξはホワイトノイズ流である。以上が、退化した流れに対するKM20-ランジュヴァン方程式論の骨格である。これを用いて冒頭のマサニ・ウィーナーの非線形予測問題を解いていく。まず、流れXに対する線形予測子PMn0(X)X(n+ρ)を求める。そのために、行列関数〓を次で定める:

このとき、線形予測子は次で与えられる。

定理4 整数〓に対して、次が成り立つ:

 次に、時間域が局所的な確率過程の非線形予測子を求める。1次元確率過程〓が次を満たすとする:

 (E) 任意の〓に対し、〓を満たす正の定数λo(n)が存在する:

条件(E)により、ワイヤストラスの多項式近似定理を用いて、次を満たす多次元確率過程の列〓を構成することができる。

確率過程X(q)は、ベクトル空間内の流れとみなせるが、この流れは退化している。定理4を流れX(q)に適用して、次の定理を得る。

定理5 整数〓に対して、次が成り立つ:

ここで、dqはqに依存して定まる整数である。もとの確率過程Xが強定常性を満たすときには、ユニタリ演算子を用いることにより、次が得られる。

定理6 整数〓に対して、次が成り立つ:

ただし、σ(j)はjに依存して定まる自然数である。

 最後に、条件(GSS)、(GE)、(GM)を満たす時間域が大域的な1次元確率過程X=(X(n);n∈Z)を考える。このとき、局所的な確率過程に対する場合と同様にして、Nn-∞(X)の生成系を与える確率過程の列X(q)=(X(q)(n);n∈Z)(q∈N)が構成でき、次の定理により、マサニ・ウィーナーの非線形予測問題が解決される。

定理7 整数n,p(n∈Z,p∈N)に対して、次が成り立つ:

 退化した流れに対するKM20-ランジュヴァン方程式論は、非線形予測問題のみならず、時系列の因果解析や決定性解析に対しても重要な役割を果たす。

 本研究の最後に、ウエイト変換に関するシミュレーションを行なった、力学系から得られる退化した時系列に対して、KM20-ランジュヴァン方程式論に基づく定常性のテスト-Test(S)-を行なうと、正しい判定結果が得られない場合がある。これは、Test(S)が非退化な流れに対する理論に基づいていることによる。このとき、ウエイト変換を用いて、退化した時系列を非退化な時系列に変換してからTest(S)を行なうことの有効性をシミュレーションにより確かめた。

審査要旨 要旨を表示する

 マサニ・ウイーナーは1959年に大域的な1次元確率過程X=(X(n);n∈Z)に関する次の3条件

 (S) 強定常性、(β) 有界性、(P) 有限次元分布の支えのルベーグ測度が正であるの下で、確率過程Xに対する非線形予測子〓を確率変数X(n)(n〓0)の多項式の極限としてフーリエ級数展開を用いて表現した。

 上の3条件の中で特に2条件(B)、(P)を緩めることと共に非線形予測子を構成的に計算するアルゴリムを求める問題は、41年後の今でも、マサニ・ウイーナーの非線形予測問題として確率論における大きな未解決問題である。

 条件(3)と大域性を除くことを目的として、線形予測問題とは異なり、1961年のカールマンによって、マルコフ性をもつ局所的な確率過程を入力とする線形な推定(フィルター)問題が研究され、推定とその誤差を計算するアルゴリズムが求まり、工学で応用された。しかし、非線形推定問題は未解決である。

 一方、統計物理学における揺動散逸定理の数学的構造の研究と確率過程の非線形情報解析の研究を基盤に、「始めにモデルありき」で壁なく「データからモデル」の姿勢で、時系列テータの定常性と因果性を検証し、時系列データの背後にあるモデルとしてのKM20-ランジュヴァン方程式を必要条件として導き出し、時系列の将来を予測することを目的とするKM20-ランジュヴァン方程式論が岡部によって展開されてきた。

 今までのKM20-ランジュヴァン方程式論は非退化な確率過程を主として対象として研究されてきた。その応用として、岡部・大塚は1995年にマサニ・ウイーナーの研究で仮定された同じ3条件の下で、非線形予測子を構成的に計算するアルゴリズムを求めた。

 しかし、上の条件(B)、(P)を緩めることは未解決であった。特に、条件(P)を緩めることは、KM20-ランジュヴァン方程式論の立場からは退化した確率過程を扱う必要がある。さらに、時系列の決定性の研究にも退化した確率過程を扱わねばならず、計量ベクトル空間内の退化した流れに対するKM20-ランジュヴァン方程式論の建設は急務であった。

 本論文は「退化した流れに対するKM20-ランジュヴァン方程式論」と題し、6章からなり、第1章「序論」ではマサニ・ウイーナーの非線形予測問題の解決に際し、退した流れに対するKM20-ランジュヴァン方程式論を構築する必要性を説明している。

 第2章「KM20-ランジュヴァン方程式論と揺動散逸定理」では、計量ベクトル空間内の多次元のー般の流れを対象とし、流れの時間発展を記述するKM20-ランジュヴァン方程式が導かれている。その際、散逸的な部分と揺動的な部分にいつも分解できるが、散逸的な部分の係数行列を何らかの条件の要請無しでは一意的に決めることはできないことを注意する必要がある。そこで、流れの共分散行列関数から作られるブロックテープリッツ行列のブロックコレスキー分解を用いて、流れの散逸的な部分の係数行列を求める一つの方法を与え、流れの時間発展を記述する方程式(KM20-ランジュヴァン方程式)を導いている。さらに、散逸的な部分の係数行列と揺動的な部分の分散行列の間にあるパラメ_ターを導入することによって一定の関係式が成り立つという揺動散逸定理を示している。さらに、流れが定常性を満たすとき、上の揺動散逸定理がパラメーターを導入することなく簡潔に書き直せることを証明している。

 第3章「ウエイト変換」では、退化した一般の流れの散逸的部分の係数行列を構成的に求めるアルゴリズムを求めるために、与えられた流れに無相関な非退化な流れをウエイトをつけて加えるというウエイト変換を導入する。このとき、流れは非退化になるので、その散逸的部分の係数行列は一意的に定まる。この章でのポイントはこれらの係数行列がウエイトを0に近づけたとき収束することを収束の速度に対する評価と共に示し、極限として求められる係数行列の特徴付けが行列ノルムが最小という形で与えられる事を示したことである。さらに、ウエイト変換の応用として、二つの流れの間の線形因果性を特徴付ける因果関数の具体的な表現式を退化した場合にも求めている。これは、一つの流れの決定性を調べる場合は退化した流れを扱うことになり、非線形な推定問題の研究にも有力な手がかりを与え、重要な結果である。

 第4章「非線形予測問題」では、確率空間(Ω,β,P)上で定義された局所的な1次元の確率過程〓を対象とする。この章では、条件(B)をドブルーシン・ミンロスの研究で調べられた次の条件

 (E):任意の〓に対して、正数λoが存在して、任意の実数〓に対し、E(exp{λX(n)})<∞が成立するで置き換えるのみで、条件(S)、(P)を仮定せず、第3章で証明した退化した一般の流れの散逸的部分の係数行列を構成的に求めるアルゴリズムと確率過程の非線形情報解析・線形予測解析を用いることによって、確率過程Xの非線形予測子を計算するアルゴリズムが求められた。

 第5章「実証解析」では、ウエイト変換が導入されるきっかけとなったKM20-ランジュヴァン方程式論に基づく時系列の定常性のテスト-Test(S)-を対象として、力学系写像から得られる退化した定常な時系列に対し、ウエイト変換を施した時系列がTest(S)を通過するかどうかを、ウエイトの木きさをいろいろ変えて調べている。特に、ロジスティック写像に付随する退化した強定常過程に対するKM20-ランジュヴァン行列を具体的に求め、第3章で与えられた散逸行列に関する収束の速度の評価が最良であることを示している。さらに、力学系写像から得られる非定常な時系列に対しても同様のシミュレーションを行い、定常な場合と比較している。

 第6章「結論」では、全体の総括が述べられ、本研究の学問的な位置づけと今後の問題に触れている。

 本研究の独創的な点は、ウエイト変換の理論的な研究を通じて、退化した流れを非退化な流れに帰着させる手法を確立させ、退化した流れの時間発展を記述するノルム最小型のKM20-ランジュヴァン方程式を導いた点と局所的な確率過程に対する非線形情報解析の理論を用いることによって、1次元の局所的な確率過程の非線形予測子を構成的に計算するアルゴリムを求める問題を、条件(B)をドブルーシン・ミンロスの研究で調べられた条件(E)に緩めるのみで、条件(S)、(P)を全く必要なく、解決した点である。非線形予測問題を解決しただけでなく、非線形因果問題・非線形推定問題・非線形時系列解析の理論的・応用的基盤を与える新たな道を開いたといえるので、数理工学に寄与するところ大であると判断する。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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