学位論文要旨



No 115873
著者(漢字) 竹田,晃人
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,コウジン
標題(和) 1次元ランダムマスフェルミオンモデルにおけるアンダーソン転移
標題(洋) Anderson Transition in One Dimensional Random Mass Fermion Model
報告番号 115873
報告番号 甲15873
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3917号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚田,捷
 東京大学 教授 安藤,恒也
 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 助教授 金行,健治
内容要旨 要旨を表示する

 Andersonが系のランダムネスの強さをコントロールすることによって起きる金属・絶縁体転移(Anderson転移)を指摘した後、この相転移現象について様々な研究が行われている。そして、Abrahamsらのスケーリング理論により、一般にはAnderson転移が起きるのは3次元以上のランダム系で、1・2次元ランダム系では固有状態は必ず局在するという認識が得られている。その後、非線形シグマ模型の繰り込み群による解析、ランダム行列理論、エネルギー準位統計および臨界指数の計算等の結果から、Anderson転移には普遍性(universality)があることが指摘されている。Anderson転移の性質を考える際には、ランダム系は系の時間反転対称性の有無及びスピン回転対称性の有無により3つの普遍類(universality class)に分類されることが知られている。

 しかし、上記の認識に反し、1・2次元においても非局在状態が存在する(Anderson転移が起きる)例外的なランダム系があることが知られている。まず、非線形シグマ模型の解析より、2次元でスピン軌道相互作用が存在するランダム系は、スケーリング理論の予想に反してAnderson転移が起きることが示唆されている。また、2次元の整数量子ホール系においては、各Landau準位の中心に非局在状態があることが分かっている。

 ところで、以上の研究はランダムネスの空間的相関が全く無い(ホワイトノイズ的相関)ことを仮定した上でなされている。

 我々の研究は、上記の研究とは異なりランダムネスに空間的な相関があるようなランダム系についてのAnderson転移の様相を調べることを目的とする。その動機としては次のようなものが挙げられる。

 ・上記のようにAnderson転移の普遍性はランダムネスがホワイトノイズ的な場合についてのみ確かめられているため、ランダムネスに空間的相関があるような系のAnderson転移の性質は既知のAnderson転移の普遍性から予想される性質とは異なる可能性がある。そのようなことが実際に起こり得るのかを確かめてみたい。

 ・最近、ランダムネスに空間的相関がある場合についての低次元ランダム系のAnderson転移の研究が幾つかなされ、先程挙げたAnderson転移の普遍性からの逸脱を示唆する結果が報告されている。具体的には、1次元系でもランダムネスに空間的相関がある場合にはAnderson転移が起きるという結果である。これらの結果を踏まえた上で、我々は比較の為にそれらの研究で取り上げた系とは異なるランダム系を用い、上記のようにランダムネスに空間的相関がある場合のAnderson転移の性質を調べ、それらの結果を検証したい。

 ・系のランダムネスが空間的相関を持つ場合については、系の取り扱いが困難になるために今まで研究が殆んど行われていない。そこで、そのようなランダムネスを持つ系を扱えるような解析手法を確立したい。

 ・現実のランダム系ではホワイトノイズ的なランダムネスは実現しない。具体的に言えば不純物の位置やランダムポテンシャルの大きさに空間的な相関が全く無いという状況は現実にはあり得ない。つまり、ランダムネスが空間的相関を持つ場合は、現実の系のAnderson転移を考える上でも重要であり、我々はこのような設定下でのAnderson転移の様子を調べる必要があると考える。

 当研究では1次元のランダムマスDiracフェルミオン系を取り上げた。この系においては質量項の値が空間的にランダムに変化する。また、この系は1次元ランダムホッピングタイトバインディング系と関係付けられ、ランダム質量はランダムホッピングに対応する事が知られている。

 我々はこの系について、ランダム質量が空間的相関を持つ場合でも用いることが出来る解析手法を開発した。また、その手法を用いてこの系の局在長のエネルギー依存性を計算した。この系には1次元ランダム系としては例外的にホワイトノイズ的なランダム質量の下でもE=0に非局在状態が存在する、つまり局在長がE=0で発散することが知られている。我々はランダム質量が空間的相関を持つように設定した上で局在長のエネルギー依存性を数値的に計算し、エネルギー依存性がホワイトノイズ的相関の場合からずれるか、またホワイトノイズ的相関の場合と異なり、E=0以外の点でも局在長が発散するか(E=0以外に非局在状態が現れるか)どうかをを調べた。

 以下、研究内容の詳細について述べる。

 1次元のランダムな質量をもつDiracフェルミオン系は、次のHamiltonianによって記述される。

ここで、ψは2成分の波動関数、m(x)は質量項であり、m(x)が空間的にランダムな値を取るように設定する。

 上記のランダム質量を持つフェルミオン系を扱うに当たり、我々はm(x)の形を多重キンク・アンチキンクの形に限定した。その上でキンクとアンチキンクの間隔をランダムにすることにより系にランダムネスを取り入れることとした。このような設定の下では、この2成分波動関数に対するSchrodinger方程式及び境界条件は簡単な形に書けることが分かる。具体的には、境界条件が多数の2行2列の行列の積に対する条件として表されることが分かる(転送行列法)。そしてこの条件は数値計算により解く事が出来、この系の固有状態及びエネルギー固有値を得る事が出来る。また、キンク間隔の具体的な値は確率分布に基づいてランダムに取ることとする。我々は以上のような手法を考案し、この系を解析することを試みた。

 まず、我々はこの転送行列法を実際に用いて系を解析し、計算結果が既知の結果を正しく再現するか、そして我々の方法が解析手法として信頼できるかを調べる事とした。始めにキンク間隔の確率分布がガウス分布の場合に固有状態を実際に計算し波動関数の具体的な形を調べた。そしてガウス分布の分散が増すにつれて状態が局在状態へと移行する様子を観察した。つまり、これによりAnderson局在の一般的な性質が確認されたということになる。

 次にキンク間隔の確率分布が指数分布の場合について系の状態密度を計算した。キンク間隔の分布を指数分布に選ぶと、質量の相関は次の形のように指数関数的相関となることが知られている。

ここで、λはランダム質量の相関長に対応する。ところで、この場合については状態密度がλの摂動で3次までについて解析的に求められているが、この解析計算におけるλ展開が収束するという保障はされていない。また一方で我々の数値計算は有限系でしか行えない。そこで、我々は数値計算法とλ展開による解析的手法の相互チェックの為に、数値計算で指数関数的相関の場合の状態密度を求め、上記のλ展開の解析的な結果と比較した。そして、これらはほぼ一致することが分かった。この結果からそれぞれの解析手法の正しさが互いに保障されたといえる。

 また、我々はE=0に存在する非局在状態の多重フラクタル指数を、基底状態の波動関数を用いてホワイトノイズ的相関の場合について計算した。そして、解析的に計算されている既知の多重フラクタル指数がほぼ再現される事を確認した。

 これより局在長の計算について述べる。羽田野・Nelsonは系に複素ベクトルポテンシャルを導入することにより波動関数の局在長が求められることを指摘したが、我々はこの方法と転送行列法とを組み合わせた波動関数の局在長の計算法を考案した。

 この計算法の正しさを確認する為、我々はまずホワイトノイズ的相関の場合の局在長のエネルギー依存性を計算した。局在長の定義の方法は2つ知られている。1つは典型長(1つの系の固有状態の局在長を求め、そのアンサンブル平均を取った量)、もう1つは平均長(アンサンブル平均をとったグリーン関数の減衰率から求まる量)である。我々はこの2つの量のエネルギー依存性を数値計算によって求め、既知の結果と一致する事を確認した。以上から、この解析手法が信頼できることが示されたといえる。

 次に、指数関数的相関をもつランダム質量の下での局在長のエネルギー依存性を調べた。局在長についても先程述べたλ展開を用いた解析的手法による結果が知られているが、我々は、先程の式でλ〜1の場合までについて(つまり、λ展開を用いた解析的な計算の結果が適用できない場合までについて)局在長のエネルギー依存性を調べた。そして、エネルギー依存性はホワイトノイズの場合と殆んど同じであるという結果を得た。この結果より、今述べたようなランダム質量の相関は相転移に影響を及ぼさないということが予想される。

 また、我々はランダム質量が長距離の相関を持つ場合について調べた。というのは、このようなランダム質量の設定は系の性質に与える影響が大きいと考えられるからである。

 まずキンク間隔の確率分布がガウス分布の場合に再び着目した。そして、分布の分散が小さい場合には非局在状態(系のサイズを上回るような局在長を持つ状態)がE=0以外にも存在するという結果を得た。しかし、これらの状態は系が大きくなるにつれ局在状態に移行することが分かった。一方でE=0付近には系のサイズに関わらず非局在状態が存在するという結果が得られた。つまり、このようなランダム質量の下では、無限系においては非局在状態はE=0にしか存在しないということが予想される。

 その他に、質量の相関が巾関数の形になる場合、及びキンク間の距離間隔の相関が巾関数の形になる場合についても調べたが、これらの場合にE=0以外に非局在状態が存在するかどうかについてはまだ明確な結論を得ていない。

 以上、解析手法及びこれまでの計算の結果について説明した。まとめると、現在までの計算からは相関をもつランダム質量の下で無限系にE=0以外に非局在状態があるという結果は得られなかったということになる。ただ結果には幾つか曖昧な点もあり、さらなる研究が今後必要だと思われる。また、ランダム1次元系でのAnderson転移を示唆する論文は幾つかあるので、本研究で得た結果とこれらの結果との関係を調べることが今後の課題であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は1次元ランダムマスフェルミオン系のアンダーソン転移の性質を、数値計算によって解析したものである。論文は6章からなり、第1章は序論を述べ、第2章でランダム系における局在理論を概観し、第3章でランダムマスフェルミオン系およびこれと関連するランダム系を紹介し、第4章では模型と数値解析の手法を述べた。5章では数値計算の結果を論述し、6章で結論と種々の考察を述べた。

 アブラハムらのスケーリング理論によれば、1次元および2次元ランダム系の固有関数は必ず局在するとされる。また3次元以上のランダム系で現れるアンダーソン転移には普遍性が存在し、系の時間反転対称性、スピン対称性によって分類される。ところが1、2次元ランダム系でも、スピン軌道相互作用のある2次元系、整数量子ホール系のランダウ準位の中心の状態など、非局在状態が存在する例外がある。本研究で取り上げた1次元ランダムマスフェルミオン系もその例外の一つであり、エネルギーゼロの状態が非局在状態になることが知られている。ところがこの性質が確認されているのはランダムネスの空間相関が全くない場合(ホワイトノイズ相関)のみであり、空間的な相関がある場合にはアンダーソン転移の普遍性が変更を受ける例が報告されている。本論文は非局所相関をもつ1次元ランダムマスフェルミオン系について、アンダーソン転移の詳細がホワイトノイズ相関の場合からどのように変化するかをしらべた。

 模型としては質量項がキンク・アンチキンクソリトン形状をとり、ソリトン間の距離がランダムであるDiracフェルミオン系を採用した。この模型では2成分波動関数に対する境界条件は、転送行列の方法によって2行2列行列の成分についての条件式になる。これを数値的に解くことによって、系の固有関数とエネルギー固有値が得られる。ソリトン間隔の値は適当な分布関数によって発生させるが、ガウス分布または指数分布の場合を調べた。間隔の分布関数が指数関数型の場合、質量の位置相関は指数関数で表される。この場合の状態密度について、質量相関の減衰長の3次までの摂動論による解析式が知られている。本研究による計算結果はこの解析式を再現することが確かめられた。

 次に局在長を数値的にきめるため、羽田野・Nelsonの複素ベクトルポテンシャルを取り入れて転送行列を計算する方法を考案した。この方法の正しさは、ホワイトノイズ相関系の局在長のエネルギー依存性を、既知の結果と比較して確認された。指数関数的空間相関をもつランダム質量系では、相関長が系のサイズより短距離ならば、局在長のエネルギー依存性は相関の影響が殆どないことが示された。

 ソリトン間の距離分布がガウス分布である場合、質量の2点相関はほぼ指数関数的になり、長距離相関の系をも扱うことができる。分散が小さい場合には、系のサイズを上回る局在長が出現することがわかった。このような状態は系が大きくなると共に局在へと向かうが、系のサイズに関わらずエネルギーがゼロのごく近傍に非局在状態が存在する。計算結果を総合的に分析すると、ランダムネスが小さく系のサイズが大きくないときはエネルギーがゼロでない非局在状態が存在する。しかし、無限系ではランダム質量の相関長を長くしても、非局在状態はエネルギーゼロの状態に限られると予想される。

 さらに本研究では、上記以外のランダムネスの系についても、局在の性質を調べた。一つは質量の位置相関が冪関数となる場合である。ただし、この系ではソリトン間の距離を固定して、質量の値そのものをランダム変数にとる。この系では、エネルギーがランダム質量の最大値より大きい領域で非局在状態があらわれることを見い出したが、これはランダムマスの設定によって生じたと思われる。

 本論文で得られた結果をまとめると、有限系においてはゼロエネルギー以外の状態で系のスケールをこえる局在長を持つ状態が見い出された。しかしこれらの状態はサイズが大きくなるにつれ、局在状態へと向かう。したがって無限系ではゼロエネルギー以外の状態は局在すると思われるが、これはホワイトノイズの系と変わらない。本研究の結果から、ランダムネスの非局所性はアンダーソン転移やそのユニバーサリテイに、本質的でないことが示唆された。これは1次元ランダムマスフェルミオン系の局在とアンダーソン転移に関する重要な知見である。

 本論文は鶴丸豊広、一瀬郁夫、木村昌臣との共同研究であるが、論文提出者が主体となり考究および計算を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって博士(理学)の学位を授与できると認める。

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