No | 115894 | |
著者(漢字) | 山崎(井上),玲 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマザキ(イノウエ),レイ | |
標題(和) | 代数的手法による離散可積分系とソリトンセルオートマトンの構成 | |
標題(洋) | Construction of Discrete lntegrable Systems and Soliton Cellular Automata based on the Algebraic Structure | |
報告番号 | 115894 | |
報告番号 | 甲15894 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3938号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 「可積分系」とは、初期値問題を解くことができる力学系を指す。一般に、系の自由度数の独立な保存量を持てば、Liouvilleの定理により可積分である-この様な視点による非線型方程式の研究はKorteweg-deVries(KdV)方程式に始まった。KdV方程式は、百年程前にScott-Russellにより発見された浅水波を記述する非線型偏微分方程式で、この方程式の特徴的な孤立波解は後にソリトンと命名された。当初ソリトンはこの方程式に固有の解だと考えられていたが、その後の研究により、ソリトンを記述する方程式は実に無限個存在することが明らかになった。これらソリトン方程式は、その背後に豊かな解析的、代数的構造を持っており、その研究は今日の数理物理学に新しい分野を切り拓いた。 ソリトン方程式に代表される可積分系は様々な立場から研究されており、モデルの可積分性を保った量子化・離散化(差分化)・拡張も盛んに議論されてきた問題である。それらと並行して発展したモデルの対称性に関する研究は、量子群や共形場の理論等現在の数理物理学における重要な理論に結び付いている。また最近では、セルオートマトン(CA)と可積分系の関係についての議論が興味を集めている。CAは、系の座標だけでなく力学変数の値も離散的な値を取る時間発展のモデルの総称で、自然科学の様々な分野において計算機の発展とともに盛んに研究されてきたテーマである。CAの時間発展を記述する方程式や、CAを数理的に扱える模型と結び付けることは、計算機と数理的解析をつなぐ重要な課題であり数理物理としても興味深い問題である。 本論文では、ソリトン方程式の離散化を議論する。まず系の座標を離散化し、次に力学変数のとる値を離散化して、最終的にはソリトンの様に振る舞う解を持つCA、ソリトンセルオートマトン(SCA)を導き出す。一般に微分方程式の離散化は一意には決まらないが、元のモデルが持つ可積分性に基づいた方法によって可積分性を保った離散化を実現することが出来る。ここでは、(a)双線形方程式によるソリトン解の離散化、(b)モデルの代数構造に基づいた離散化を論ずる。これらは、その非線形性のために解くのが困難とされていたソリトン方程式の解法を研究する過程で発見された手法に基づいている。まず(b)は、1967年に発見されたLax形式に関係している。Lax形式は、非線形方程式の画期的な解法である逆散乱法で導入され、方程式のLiouvilleの意味での可積分性を証明し、その背後にある対称性を知る有力な手掛かりとなった。一方、(a)の双線形方程式は、ソリトン解を導く強力な方法として1970年代に導入された。これは、元の方程式をγ関数の満たす双線形方程式に変換し、後者を解くというものである。さらに本論文では、離散化されたことで明らかになった、モデルどうしの関係や古典・量子可積分系間の興味深い関係を明らかにする。 本論文は大きく分けて三つの部分から成り、その概要は以下の図のとおりである。我々の議論は、重要なソリトン方程式の一つである「二次元Toda方程式」から出発し、方法(a)、(b)による離散化を用いてそれぞれの離散可積分系「Bogoyavlensky格子」と「格子Toda場方程式」を導く(第一部一点線矢印)。Bogoyavlensky格子の離散化をさらに進めると、SCA「箱と玉の系」が得られる(第二部-実線矢印)。それぞれの導出過程で、モデルの対称性やモデル間の関係を調べる。一方、(b)に基づいた格子Toda場方程式の拡張も行う(第三部-破線矢印)。 具体的には以下の様な議論を行う。まず第一部では、二次元Toda方程式の離散化を論ずる。二次元Toda方程式は、一次元格子上の原子間相互作用を記述するToda格子方程式の拡張として導入されたものである。このモデルのHamiltonian構造をLie代数の立場で解釈すると、様々なLie代数に付随したモデルの拡張が可能になる。この様な代数構造に基づいたToda方程式の可積分性の議論は、Toda場の理論と呼ばれている。離散化は、方程式が持つ可積分性に因る二つの方法(a)双線形方程式によるソリトン解の離散化、(b)Toda場の理論に基づいたHamiltonian構造の離散化を用い、それぞれの方法によってBogoyavlensky格子、格子Toda場方程式を得る。特に格子Toda場方程式の可積分性は、格子W代数で記述される離散KP方程式が持つ無限個の独立な保存量の存在によって保証される。方法(a)、(b)は全く違った差分方程式を導くかの様にみえるが、実はBogoyavlensky格子と、離散KP方程式は変数変換で結び付く。さらに方法(b)によって、格子Toda場方程式の量子化も議論する。 第二部では、Bogoyavlensky格子から箱と玉の系を導出する方法を述べる。箱と玉の系は、一次元格子上に並んだ「箱」の中に入れられた何種類かの有限個の「玉」をあるルールに従って時間発展させるモデルで、ソリトンの様に振る舞う玉の並べ方があることが知られている。まず、「超離散化」の方法を説明すると共に、これとは異なる新しい方法「結晶化(crystallization)」を紹介する。これら二つの方法は、Bogoyavlensky格子のソリトン解と、可積分なHamiltonian構造のそれぞれに立脚している。超離散化は、Bogoyavlensky格子を双線形化した方程式に対する極限操作で、SCAの時間発展方程式を導出する。一方結晶化は、Bogoyavlensky格子のLax形式を量子化して得られる頂点模型に対する極限操作である。多くの統計力学的な模型と同様、この頂点模型でも同じ境界条件に対する各辺の状態は一般に一意には決まらないが、結晶化の極限操作によって一意に決定され、それが箱と玉の系の時間発展と一致する。各辺の状態が一意に決まった状態は、温度ゼロの極限で系全体がある基底状態に落ちた場合に対応している。「結晶化」は、やはり最近示された箱と玉の系とA型Lie代数の結晶基底(crystal base)との関係とともに、量子可積分系とSCAの新たなつながりを与えるものとして興味深い。次に、超対称性を持つLie代数に付随する結晶基底によって記述される箱と玉の系を論ずる。これは、もとのモデルがBoson的な性質を持つ玉を記述していたの対しFermion的な玉も加えるような拡張になっている。また、超離散化と結晶基底の理論の両方を用いて箱と玉の系のソリトン解を構成する。このソリトン解は超離散双線形方程式を満たすが、ソリトンの散乱因子はcrystal同型写像から求められる。ここにもソリトン系と量子可積分系の興味深い関わりが現れている。 第三部では、方法(b)に基づいて格子Toda場の理論を様々なLie代数に対して構成し、格子Toda場方程式の拡張を議論する。第一部で紹介した、二次元Toda方程式とその離散化である格子Toda場方程式は、A型のLie代数に関係している。Toda場の理論自体は任意のLie代数に対して構成されているが、ここではその離散化を目標に、任意の有限次元単純Lie代数gに対する格子Toda場方程式を議論する。まずHamiltonian構造を離散化して、格子g-Toda場方程式を得る。この方程式は、γ関数を導入するとTシステムと呼ばれる関数方程式と関係付けられる。Tシステムは、様々なLie代数に付随する量子可解模型の可換な転送行列の満たす関係式で、A型の場合には有名な双線形方程式、Hirota-Miwa方程式に一致することが知られている。ここで導入された格子g-Toda場方程式とTシステムの関係はこの関係を一般化している。また、格子g-Toda場方程式の代数構造はW代数のq変形の議論で扱われているものと本質的に同じであり、今後、格子W代数の構成につながると考えられる。 以上のように本論文では、可積分性を持つモデルの(a)ソリトン系としての性質と、(b)代数的構造に基づいて、モデルの離散化とSCAを議論した。また、元のモデルの持つ側面(a)、(b)の関係、SCAと古典ソリトン系や量子可積分系との関係を知る新しい視点を獲得した。数理物理だけでなく、自然科学の様々な分野で行われているCAを含む離散的なモデルの研究が、ここで発見・導入された幾つかの手法を用いて発展することを期待している。 | |
審査要旨 | 本学位論文は8章によりなり、その構成は主に次の3つの部分に分けることができる。 まずパート1では後のパートで述べる本学位論文の主結果を理解する上で本質的な離散可解系の結果がまとめられている。これらは山崎氏が主に修士課程の間に研究した内容でもある。低次元の可解系の代表的な例として有名な2次元戸田場の理論があげられるが、この系は2次元の場の理論であり、解ける場の理論のプロトタイプとして様々なアプローチにより研究されている。そのうちの一つとしては例えばτ関数を用いた双線形方程式などがある。第一章では戸田理論の双線形方程式の離散化をまとめ・第二章ではそれと関連深いBogoyavlensky格子の可解構造をまとめている。この模型におけるLax形式をワイル基底を用いて書き下すことがパート2で述べられる本学位論文の主結果を理解する上で本質的である。第三章では戸田場の離散化の問題を対称性の観点から眺めている。特にその非線形な対称性である格子W代数の解説を行っている。このような非線形な対称性はリー環でラベルづけられることが知られているがこの章ではもっとも構造が単純なA型と呼ばれるものについての結果がまとめてある。これらの結果についてはパート3で任意のリー環への拡張が議論される。第四章では3次元における離散可解系についての山崎氏の考察が述べられている。 パート2においては、箱玉系というCellular Automataシステムについて考察しているが、この部分が本学位論文の主結果と見なすべきものである。この系は1次元的に無限個並んだ箱の中の玉をある規則により移動させていくものであるが、何個か並んだ玉がソリトン的な振る舞い(時間を進めても集団の様子が変わらない)を行う事が知られていたので、何らかの可解構造があることが予想されていた。第五章ではまず、時弘氏らにより議論されたBogoyavlensky格子の双線形方程式からUltra discretizationという手続きを経てCellular Automataの時間発展が得られることをまとめている。この意味で箱玉系の可解性はある程度明らかになったのであるが、山崎氏は樋上氏との共同研究でこの系の可解性を示すもう一つの考え方、つまりLax pairの手法を当てはめることが可能であることを発見した。つまりBogoyavlensky格子で得られていたLax pairを適当な極限(Crystallization)をとることによりCellular automataのシステムが可解格子の系と同一視できることを示している。本来格子統計模型ではいろいろな配位を全て足しあげることにより分配関数を得るわけであるが、結晶化(あるいは絶対零度)の極限の元では基底状態以外の状態はエネルギーのコストが非常に大きくなってしまうため分配関数の計算には現れてこない。一方基底状態は系の境界の値(=初期値)を決めてしまえば内部の値が全て決まってしまう。したがってCellular automataのような決定論的な現象を統計系の手法を用いて解析できてしまうことになる。このような考え方を導入することにより例えば系の無限個存在する保存量などを見通しよく構成できるので、山崎氏の結果は箱玉系の理解の上で有用な結果であると考えることができる。 次に箱玉系は戸田場の理論と同様にリー環を用いて一般化、および分類をすることができることが知られている。山崎氏は上記の結果と併せて第六章でスーパーリー環に対応する拡張を考察した。特にスーパーリー環の場合について結晶化された基底について、そこに作用する柏原演算子の性質をまとめ、そこから得られる新しい箱玉系の時間発展のルールを与えている。この拡張された系では従来の箱玉系に現れていた励起とは少し振る舞いが異なるソリトンが現れてくる。それらは排他的な振る舞いを示し、従来のものとは違った「フェルミオン」的な状態を記述しているらしい事が示唆している。この系については現時点ではその系が実際可解であるかなどについては未解決であるが、これからの分野として興味深い。第7章は箱玉系や関連するBogoyavlensky格子について具体的なソリトン解の形とそこに作用する格子W代数の性質についてのまとめである。 パート3(第8章)では一般の単純リー環に関連づけられる格子戸田場についての考察を行っている。最初に連続場の理論の場合についてどのような拡張をなされているかをまとめた後、格子の場合について離散変数のPoisson括弧式がどのように定義されるべきかを議論した後、τ関数やTシステムとの関連を簡単にまとめてある。 以上のように離散戸田場のリー環を用いた拡張、箱玉系の可解性をLax pairを用いて書き下したこと、さらに新しいタイプの箱玉系の提唱がこの学位論文の主結果である。なお、この論文の多くの結果は樋口氏との共同研究に基づいているが山崎氏は十分主体的に論文の内容に貢献したことが認められる。したがって、審査委員全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認めた | |
UTokyo Repositoryリンク |