学位論文要旨



No 116494
著者(漢字) 八森,祥隆
著者(英字)
著者(カナ) ハチモリ,ヨシタカ
標題(和) 楕円曲線の岩澤理論におけるμ不変量について
標題(洋) On the μ-invariants in Iwasawa theory of elliptic curves
報告番号 116494
報告番号 甲16494
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第165号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 加藤,和也
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
 学習院大学 教授 中島,匠一
内容要旨 要旨を表示する

 EをQ上の楕円曲線とする.pを素数とし,Q∞をQの円分Zp拡大とする.EのQ∞上の(p∞-)Selmer群をSelp∞(E∞/Q∞)とかく.この群は次の完全列を満たす.

ここでE(Q∞)はQ∞上のMordell-Wbil群であり,III(E/Q∞)はTate-Shafarevich群である.Se1p∞(E/Q∞)にはΓ:=Gal(Q∞/Q)が自然に作用するが,この作用により,Pontryagin dual

に対し,ΛA:=Zp[[T]]の作用を定めることができる.この作用でX(E/Q∞)は有限生成Λ-moduleとなる.このようにx(E/Q∞)をΛA-moduleとして研究する事は,イデアル類群を研究するclassicalな岩澤理論(cf.[Iw])の類似として,Mazurにより始められた(cf[Maz]).

 更にEがpでgood ordinary reductionをもつとする.RubinとKatoにより次の深い結果が知られている.

定理(Rubin,Kato).Eがpでgood ordinary reductionを持つとする.このとき,Λ-module X(E/Q∞)はΛ-torsionとなる.

 一般に,有限生成Λ-torsion Λ-module Mに対し,μ-不変量μ(M)∈Zが定義される.この不変量の重要性は次の事実による:μ(M)=0のときに限りMはZp-moduleとして有限生成になる.

 さて,μ(X(E/Q∞))について,Greenbergが次を示している.

定理(Greenberg[Gr]).Pを奇素数とする.E[p]はGal(Q/Q)-moduleとして可約とする.即ち,Gal(Q/Q-submodule Φ ⊂ E[p]でアーベル群としてΦ⊂Z/pであるものが存在するとする.ψをΦに対応するDirichlet指標とするこのとき

 (i)Φが“odd(ψ(-1)=-1)かつpでunramified(ψ(p)≠0)”または“even((ψ(-1)=1)かつPでramified(ψ(P)=0)”であれば,μ(X(E/Q∞))=0である.

 (ii)Φがodd(ψ(-1)=-1)かつPでramified(ψ(p)=0)であれば,μ(X/EI/Q∞))>0である.

 上の定理で議論されていない残された場合は,次の2つの場合である.

(A)E[p]は可約,即ちGal(Q/Q)-submoduleΦ⊂E[p]でΦ⊂z/pで,次を満たすものが存在する. even(ψ(-1)=1)かつpでunramified(ψ(p)≠O)であり,更に

 はGal(Q/Q)-moduleとしてsplitしない.

(B)E[p]は既約である.

 Greenbergは次を予想している.

予想([Gr]).Eのp-等分点の群E[p]が上の(A)か(B)を満たせばμ(X(E/Q∞))=0であろう.

 この予想はE[p]がGal(Q/Q)-moduleとして既約のとき((B)の場合)は難しい.しかしE[p]が可約((A)の場合)のときは以下に見るように手掛かりがある.

 本論文では,次の特別な場合について結果を得た.E/Qをp=3でgood ordinaryreductionを持つような楕円曲線とする.更に次の条件を考える.

(C):E(Q)は3等分点をもつ.すなわちアーベル群として〓である.更に次の完全列

はGal(Q/Q)-modulesとしてsplitしない.

注.(C)は(A)の特別な場合である.また,このような楕円曲線は存在する.

 主定理を述べるために今少し準備が必要である.p=3とする.Lを3-分点を全て付け加えた体Q(E[3])とする.条件(C)により〓であり,あるα∈Zにより〓である,〓とする.再び条件よりKにはp上の素点が2つあり,それらをp1,p2とおく.Kp1=Qp,[KP2:Qp]=2としてよい.K∞をKの円分Zp-拡大とする.p1,p2らはK∞/Kで完全分岐する.そこでK∞のp1,p2上の素点を再びp1,p2と書く.

 T∞={p2}とおく.MT∞(K∞)をK∞上のT∞の外で不分岐となる最大のアーベルp-拡大とする.

とおく.γT∞(K∞)にはΓ:=Gal(K∞/K)が作用し,これによりΛ-moduleとなる.更にΛ上有限生成である.

 本論文の主結果は次の通りである.

主定理.ρ=3とする.EをQ上の楕円曲線とし,p=3でgood ordinary reductionを持つものとする.更に.Eは条件(C)を満たすとする.K,T∞,YT∞(K∞)を上の通りとする.

 (i)YT∞(K∞)はΛ-torsionである.

(ii)μ(YT∞(K∞))=0であるための十分条件がある.

(iii)μ(YT∞(K∞))=0でありかつそのときに限りμ(X(E/Q∞))=0.

 始めに述べたGreenbergの結果は,X(E/Q∞)のμ-不変量の消滅を,あるアーベル体k上の円分Zp拡大体上の不分岐最大アーベルp-拡大のガロア群A(k∞)のμ-不変量の消滅に帰着することにより証明される.A(κ∞)はclassicalな岩澤理論で扱われるA-torsionmoduleであり,μ(A(k∞))=0はFerrero-Washingtonにより示されている.

 一方(C)では,X(E/Q∞)をアーベルなkのA(k∞)などのclassicalな岩澤理論で扱われる対象と関連づけることは出来ないが,我々はある非ガロアな体Kの円分Zp-拡大体上のガロア群YT∞(K∞)と関連付けることが出来た.更にYT∞(K∞)の性質を調べたのが主定理である.

 以下論文の構成について述べ,主結果について少し詳しく述べる.(定理A,命題B,定理C).

 Chapter2ではclassicalな岩澤理論における基本的事実を復習する.

 Chapter3に於ける結果は主定理(iii)(定理C)の証明に必要である.ここではK/QがGaloisのとき,〓(K∞)/pのGal(K/Q)-moduleとしての構造を考える.但し,〓(K∞)はK∞上pの外不分岐アーベルP-拡大のガロア群であり,classicalな岩澤理論における主要な対象の1つである.我々はQuestion 3.10について考え,特別な場合の答えとしてProposition 3.9とProposition 3.13を得た.

 Chapter4ではYT∞(K∞)について考える.我々はより一般の状況を考える.pを一般の素数とし,P(K)を一般の代数体Kのp上の素点全体の集合とする.T⊂P(K)を任意の部分集合とする.MT(K)をKのTの外不分岐最大アーベルP-拡大とする.

とおく.Kの円分Zp-拡大K∞に対し,T∞ ⊂ P(K∞)をT上の素点全体とする.YT∞(K∞)はΛ-module.このようなp上の素点が1部分岐するようなガロア群はこれまでclassicalな岩澤理論ではT∞=〓(不分岐拡大)かT∞=P(K∞)(pの外不分岐拡大),あるいはCM-楕円曲線で現れる特別な場合以外には考えられて来なかった.

 Chapter4の§1から§5においてYT∞(K∞)の一般論を展開する.まず基本的事実(Proposition 4.1, Proposition4.7など)を与えた後,Λ-rankとμ-不変量についての問題(Question 4.10)について考える.我々はこれについてγT∞(K∞)のΛ-rankの上限を与える結果を得た(Theorem 4.20).これは本質的にはAxとBrumerのLeopoldt予想に関する結果に於いて用いられた方法の応用である(cf.[Br]).

 然る後,Chapter4§6から§8に於いて,主定理に現れる特別な場合,〓について考え,次を得た.

定理A. (Theorem 4.24.)〓とするpを奇素数でKで(P)=p1p2,Kp1=Qp,[KP2:Qp]=2と分解するものとする.(主定理はP=3の場合である.)T∞={p2}とする.このときYT∞(K∞)はΛ-torsion.

 μ-不変量については次を得た.εn,p1,をη-th layer Knのglobalなp1-単数の群とする.Un,p2をKn.P2の局所主単数群とする.Cl{P1},n[p∞]をKnのP1-イデアル類群のかp-partとする.命題B.(Proposition 4.28.)Kとpは定理Aのとおりとする.

とおく.もしあるn〓Oが存在してen+1<∞であり(このとき,en<oo),更にen+1-en<ψ(pn+1)であれば,μ(YT∞(K∞))=0である.ここで`ψはEuler ψ-functionとする.

 YT∞(K∞)について他の応用も得た.我々は特別なKとpについてclassicalな岩澤不変量λ(K),μ(K)とv(K)が全て0になるための必要十分条件を与えた(Chapter 4§4Proposition 4.12).これはFukuda-Komatsuのcriterionの一般化である.

 Chapter5では楕円曲線の岩澤理論について復習し,上のGreenbergの定理を復習する.Chapter6で次を示す.

定理C.(Theorem 6.4 + Proposition 6.3.)p=3とする.E/Qを主定理のように条件(C)を満たす楕円曲線とする.このときSelmer群のPontryagin dual X(E/Q∞)がΛ-torsionかつμ=0であるのはYT∞(K∞)がΛ-torsionかつμ=0のときでありかつそのときにかぎる.ここでK∞,T∞,YT∞(K∞)は上の通り.

参考文献

[Br] Brumer, A.: “On the units of algebraic number fields”, Mathematika,14(1967),121-124.

[Gr] Greenberg, R.: “Iwasawa theory for elliptic curves”, L. N. M., 1716 Springer,(1999), 51-144.

[1w] Iwasawa, K.: “On ZL-extension of algebraic number fields”, Annals of Math.98 (1973), 246-326.

[Maz] Mazur, B.: “Rational points of abelian varieties with values in towers of number fields”, Invent. Math. 18 (1972), 183-266.

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は有理数体上の楕円曲線のSelmer群から生じる岩澤加群のμ-不変量を調べている.具体的にはGreenbergのある予想を扱い、予想の解決には到らないものの、次ぎのような成果を得ている.

(1)p=3のとき問題を代数体の岩澤理論から生ずる岩澤加群の問題に帰着させた.

(2)この(1)の問題に登場するQ上ガロア拡大でない体に関してμ=0となる十分条件を与えた.

(3)問題(1)に登場する新しい型の岩澤加群について一般的な結果を得た.

 素数pに対し,Q∞をQの円分Zp拡大とする.Q上の楕円曲線EのQ∞上の(p∞-)Selmer群をSelp∞(E/Q∞)と書くと,この群は次の完全列を満たす.

ここでE(Q∞)はQ∞上のMordell-Wdl群であり,III(E/Q∞)はTate-Shafarevich群である.Selp∞(E/Q∞)にはΓ:=Gal(Q∞/Q)が自然に作用するが,この作用により,Pontryagin双対X(E/Q∞):=Homzp(selp∞(E/Q∞),Qp/Zp)に対し,Λ:=zp[[T]]の作用を定めることができる.この作用でκ(E/Q∞)は有限生成Λ-moduleとなる.このようにK(E/Q∞)をΛ-moduleとして研究する事は,イデアル類群を研究する通常の岩澤理論の類似として,Mazurにより始められた.更にEがpでgood ordinary reductionをもつとする.RubinとKatoは独立に,このとき,Λ-moduleX(E/Q∞)はΛ-torsionとなる,ことを示した.

 一般に,有限生成Λ-torsion Λ-module,Mに対し,μ-不変量μ(M)∈Zが定義される.この不変量μ(M)=Oのときに限りMはZp-moduleとして有限生成になる.

 さてμ(X(E/Q∞))についてはGreenbergが次を示している.

定理(Greenberg).pを奇素数とする.E[p]はGal(Q/Q)-moduleとして可約とする.即ち,Gal(Q/Q)-submodule Φ⊂E[p]でアーベル群としてΦ〓Z/pであるものが存在するとする.ψをΦに対応するDirichlet指標とする.このとき

(i)Φが“odd(ψ(-1)=-1)かつpでunramified(ψ(P)≠0)“または”even(ψ(-1)=1)かつpでramified(ψ(p)=0)”であれば,μ(X(E/Q∞))=0である.

(ii)Φがoddかつpでramifedであれば,μ(X(E/Q∞))>Oである.

 上の定理で議論されていない残された場合は,次の2つの場合である.

(A)E[p]は可約,即ちGal(Q/Q)-submQdule Φ⊂E[p]でΦ〓Z/pで,次を満たすものが存在する.even(ψ(-1)=1)かつpでunramified(ψ(p)≠0)であり,更に

 はGal(Q/Q)-moduleとしてsplitしない・

(B)E[p]は既約である.

 さて所謂Greenberg予想とは、「Eのp-等分点の群E[p]が上の(A)か(B)を満たせばμ(X(E/Q∞))=0であろう」という主張である.この予想はE[p]がGal(Q/Q)-moduleとして既約のとき((B)の場合)は難しい.しかしE[p]が可約((A)の場合)のときは以下に見るように手掛かりがあると思われ,それがこの論文の主題である.

 本論文では,次の特別な場合について結果を得た.E/Qをp=3でgood ordinaryreductionを持つような楕円曲線であり,更に次ぎの条件をみたす.

(c):E(Q)は3等分点をもつ:すなわちアーベル群として〓であり.更に「完全列:0→Φ→E[3]→E[3]/Φ→0」はGal(Q/Q)-加群として分裂しない.

 主定理を述べるために今少し準備が必要である.p=3とする.条件(C)により3-分点を全て付け加えた体L=Q(E[3])に対し,〓であり,あるα∈Zにより〓である.〓とする.再び条件よりKにはp上の素点がP1,や2と2つあり,KP1=Qp,[KP2:Qp]=2としてよい.K∞をKの円分Zp-拡大とする.P1,p2らはK∞/Kで完全分岐する.そこでK∞のp1,p2上の素点を再びp1,p2と書く.

 T∞={p2}とおく.MT∞(K∞)をK∞上のT∞の外で不分岐となる最大のアーベルか拡大とすし,YT∞(K∞):=Ga1(MT∞/(K∞)とおく.YT∞(κ∞)にはΓ:=Gal(K∞/K)が作用し,これによりΛ-moduleとなり,更にΛ上有限生成である.

 これらの記号の下で、本論文の主結果は次の通りである.

主定理.p=3とする.EをQ上の楕円曲線とし,p=3でgood ordinary reductionを持ち,条件(C)を満たすとする.このとき次ぎが成立する.

(i)YT∞(K∞)はΛ-torsionである.

(ii)μ(YT∞(K∞))=0であるための十分条件がある.

(iii)μ(YT∞(K∞))=0でありかつそのときに限りμ(X(E/Q∞))=0.

 Greenbergの最初の結果は,X(E/Q∞)のμ-不変量の消滅を,あるアーベル体k上の円分Zp-拡大体上の不分岐最大アーベルP-拡大のガロア群A(k∞)のμ-不変量の消滅に帰着することにより証明される.この古典的な岩澤理論で扱われる加群に対して,μ(A(k∞))=OはFerrero-Washingtonにより示されている.

 一方(C)では,X(E/Q∞)をアーベルなkのA(k∞)などの古典的岩澤理論で扱われる対象と関連づけることは出来ないが,当論文ではある非ガロアな体Kの円分Zp-拡大体上のガロア群YT∞(K∞)と関連付け,更にYT∞(K∞)の性質を調べたのが主定理である.

 本論文は楕円曲線の岩澤理論と関連つけて、有理数体上の非ガロア拡大の岩澤理論に取り組む新たな野心的試みであり、証明などに関しても興味深い点が多々ある。今後当該分野の研究の進展に寄与する点が少なくない。よって、論文提出者八森祥隆は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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