学位論文要旨



No 116495
著者(漢字) 池田,京司
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,アツシ
標題(和) ヤコビ多様体上の代数的サイクルと無限小不変量
標題(洋) AIgebraic cycles and infinitesimal invariants on Jacobian varieties
報告番号 116495
報告番号 甲16495
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第166号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 加藤,和也
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 辻,雄
 名古屋大学 教授 斎藤,秀司
内容要旨 要旨を表示する

 Cを複素数体上の種数gの非特異射影的代数曲線,JをCのヤコビ多様体とする.Cの閉点pを与えると,0のl次対称積SymlCからJへの写像が

により定まる.〓のとき,この写像の像Wlは余次元g-lのJの既約部分多様体である.J上の代数的サイクルWl-(-1)*Wlのホモロジー類はゼロであるが,アーベル-ヤコビ写像によるJの中間ヤコビアンへの像を調べることによって,Ceresaは一般の代数曲線において〓のときWlと(-1)*Wlが代数的に同値でないことを証明した[C].

 アーベル多様体の有理チャウ群に関するBeauvilleの結果[B]により,Jのアーベル多様体としての整数k倍写像によって,Wlは〓の中で

と分解される.v≠0のときWlvのホモロジー類はゼロで,さらにv≠1のときWlvのアーベル-ヤコビ写像の像はゼロなので,Ceresaの結果はWl1が代数的にゼロと同値でないと解釈することができる.本論文ではWlvが〓のときに,以下で述べる意味で代数的にゼロと同値かどうかという問題を扱う.v=1の場合と異なり代数的サイクルをアーベル-ヤコビ写像を使って幾何学的対象でとらえることができないところが難しいところである.

 Griflithsは代数多様体の族において,ホモロジー類がゼロであるような代数的サイクルの族に対し,そのアーベル-ヤコビ写像による像を中間ヤコビアンの族の正則切断としてとらえ,その変動を表す量として無限小不変量を定義した[G].非特異射影的代数多様体Xに対し,Saitoはホモロジー類がゼロのサイクルのなす部分群がF1CHr(X)と一致するような降下フィルターFをCHr(X)に定義し,FvCHr(X)に含まれるサイクルの族をとらえる量としてGrifHthsの無限小不変量を一般化した[AS].このFは,混合モチーフの理論が存在するという予想のもとチャウ群にフィルトレーションFMが定まるというBlochとBeilinsonの考察に基づいて定義されている.彼はまたFvCHr(X)の部分群を

 (Yは非特異射影的代数多様体,ΓはCHr(Y×X)の元)

と定義し,これを代数的同値という概念の自然な一般化と考え,高次グリフィス群を

と定義した.

 先に述べたBeauvilleの分解を混合モチーフを使って解釈すれば,Wlvは〓に含まれるべきサイクルであり,実際〓に含まれていることが示される.本論文の主題はWlvに付随する無限小不変量を計算することであり,それによって高次グリフィス群に関する次の定理を得る.

定理1.S1,〓,Sm∈CをQ上代数的独立な元とし,Csを

で定まるP2内の代数曲線とする.〓かつ〓のときWlvは〓の元としてゼロでない.

 定理1は代数多様体の定義体のQ上の超越次数を高くするに応じて,チャウ群のフィルターの次数が高いところに非自明なサイクルが存在し得るという現象をよく表している.

 以下で無限小不変量の計算によりこの結果を導く過程の概略を解説する.

 無限小不変量はGriflithsがホッヂ構造の変形理論により解析的に定義したものであるが,以下のように代数的に考えることによって高次化が可能になっている.非特異射影的代数多様体の族X→Sのs∈S(C)におけるファイバーをXsで表すとき,X上の代数的微分形式の層ΩXrのファイバーへの制限〓にとなるようなフィルターFilsを定義する.一方Fvに含まれるサイクルの族を定めるようなCHr(X)の部分群FSvCHr(X)を定義することにより,ホッヂコホモロジーへのサイクル写像

はこれらのフィルターを保つ.このサイクル写像によってζ∈FsvCHr(X)に対応するGrvFilsvHr(Xs,ΩXr|Xs)の元をζのsにおける無限小不変量として定義する,ここでGrFilsvHr(Xs,ΩXr|Xs)は次の複体のホモロジーと同型になる:

 無限小不変量の計算からサイクルがZoFvCHr(Xs)に含まれるかどうかを判定するときに有用な次の命題2を証明した.

命題2.ζ∈FsvCHr(X)が3の生成点ηにおけるファイバーに制限してZoFvCHr(Xη)に含まれるなら,ζのηにおける無限小不変量は

に含まれる.ここでM'は

と定義する.

 命題2を適用して代数的サイクルに関する結果を得るには,無限小不変量を計算し,それがMに含まれないことを示さなければならない.実際にそれを行うために,ここからは代数曲線の族C→Sを考える.ヤコビ多様体上の代数的サイクルについて,CollinoとPirolaはW1-(-1)*W1の無限小不変量をGriffthsの定義に従い幾何的な考察に基づいて計算している[CP].そこで得られた無限小不変量の計算公式は,Beauvilleの分解を用いて解釈することによって,代数的な別証を与えることができる.この手法はWlvの無限小不変量φs,lvを計算することを可能にし,以下の定理3に拡張することに成功した.l=1かつm=1の場合がCollinoとPirolaの公式である.

 双対定理によりφs,lvを線形写像

と見ていることと,同型〓に注意しておく.

定理3.〓について次を仮定する.

・〓のとき,

・〓について

 このとき

が成り立つ.ここでωjはωjのHo(Ωc1|Cs)における持ち上げで,〓に対し,その補集合を{k1,...,kl-1}とするとき,

と定義する.

 定理3における写像αsmは合成写像

で定義され,この写像を具体的に計算することが,定理3の仮定を確かめ無限小不変量を計算するときに重要になる.

 αsmを具体的に計算するために,扱う対象を平面曲線のヤコビ多様体に制限する.JsのコホモロジーHq(ΩJsp)はCsの定義方程式Fsのヤコビ環

を用いて表すことができる.これを用いてαsmが次のように計算できることを証明した.

定理4.ωj∈Ho(ΩCs1)に対応する斉次多項式をBj∈Ho(Op2(e-3)),ξi∈TS,sに対し小平-スペンサー類ρ(ξi)∈H1(TCs)を代表する多項式をGi∈Ho(OP2(e))とする.

満たすDi,j(k)∈Ho(OP2(e-2))がとれるとき,ξi・ωj=0∈H1(OCs)で,

とおくときEi,j(k)はωjのH0(Ωc1|Cs)における持ち上げωjを定める.Ai∈HO(OP2(e-3))を〓に対応する斉次多項式とするとき,Aiは次の関係式で決まる:

 定理1の方程式が定める平面曲線の族に対し,定理3と定理4を適用し,

となるような〓を命題3における空間Mの直交補空間の中から具体的に見つけ出すことによって,代数的サイクルに関する結果である定理1を導いた.

参考文献

[AS] M. Asakura and S. Saito: Filtration on Chow groups and higher normal functions, preprint.

[B] A. Beauville: Sur l'anneau de Chow d'une variete abelienne, Math. Ann. 273 (1986), 647-651.

[C] G. Ceresa: C is not algebraically equivalent to C in its Jacobian, Ann. of Math. 117 (1983),285-291.

[CP] A. Collino and G. Pirola: The Griffiths infinitesimal invariant for curve in its Jacobian, Duke Math. J. 78 (1995), 59-88.

[G] P. Griffiths: Infinitesimal variations of lodge structure (III): Determinantal varieties and the infin-itesimal invariant of normal functions, Compositio Math. 50 (1983), 267-324.V

審査要旨 要旨を表示する

 池田君は本論文において,代数曲線の対称積が定めるJacobianの代数的サイクルについて研究し,ある種の平面曲線に対し,このサイクルの類が高次Griffiths群とよばれる群の自明でない元を与えた.

 代数多様体Xに対し,その余次元rの代数的サイクルのなす群を有理同値でわった群OHr(X)は,Chow群とよばれ代数幾何,数論幾何の重要な研究対象である.次のようなモティーフの哲学に基づき斉藤秀司は,体k上の射影非特異代数多様体XのChow群OHr(X)Qの減少フィルトレーションFvCHr(X)Qを定義した.Chow群CHr(X)Qはモチヴィック・コホモロジー群HM2r(X,Q(r))と一致し,スペクトル系列HMp(k,HMp(Xk,Q(r)))⇒HMp+q(X,Q(r))がある.さらに彼は高次Griffiths群Griffr,v(X)を商

として定義した.ただしここでYは体k上の射影非特異代数多様体を走り,Γは代数的対応CHr(X×Y)を走るものとする.これは部分商GrvFHr(X,ΩX/Qr)=FvHr(X,ΩX/Qr)/Fv+1Hr(X,ΩX/Qr)のうちで,代数的に0と同値なもの全体のなす部分群である.

 この論文で考察される代数的サイクルは,次のように定義されるものである.Cを体κ上定義された射影非特異な種数gの代数曲線とする.Cのk有理点を1つとってCのl次対称積SymlCからJacobianJへの射を定める.Wl∈CHg-l(J)を,この射の像が定めるサイクル類とする.JはAbel多様体だから,CHr(J)は

 CHr(J)(v)={a∈CHr(J)|すべての整数kに対しk*α=k2r-va}

とおくと,〓のように直和分解する.CHr(J)のフィルトレーションFvCHr(J)は,〓として与えられる.この直和分解に従いWl=ΣWlvとおく.このWlv∈CHr(J)(v)=GrFvCHr(J)が,この論文で考える代数的サイクルである.

 このサイクルWlv∈FvCHr(J)がGriffiths群のOでない元を与えることを示すために,無限小不変量とよばれる写像を次のように定義する.これはHodgeコホモロジーへのサイクル写像から生じるものである.一般にXを標数Oの体k上の射影非特異代数多様体とし,CHr(X)→Hr(X,ΩX|Qr)をサイクル写像とする.完全系列0→Ωk|Q1→Ωx|Q1によりΩx|Qrにフィルトレーションが定まり,これはさらにコホモロジーHr(X,Ωx|Qr)のフィルトレーションFvHr(X,Ωx|Qr)をひきおこす.部分商GrFvHr(X,Ωx|Qr)=FvHr(X,Ωx|Qr)/Fv+1Hr(X,Ωx|Qr)は,複体のコホモロジー群と自然に同一視される.このフィルトレーションはde Rhamコホモロジーに対するLerayスペクトル系列から生じるもののHodgeフィルトレーションに関する部分商をとったものと考えることができる.サイクル写像CHr(X)→Hr(X,Ωx|Qr)はフィルトレーションFvCHr(X)をFvHr(X,Ωx|Qr)に写す.したがって,部分商の間の写像GrFv(X)→GrFvHr(X,Ωx|Qr)がひきおこされる.Xを上で考えたJacobianJとして,この写像によるWlの像を調べることにより,WlがGriffiths群の元として0でないことを示すのが証明の方針である.

 この論文の主結果は次のとおりである.0を有理数体Q上のm変数有理関数体k=Q(s1,...,sm,)上の方程式

(ただし〓)で定義された平面代数曲線とする.〓かつ〓ならばWlがGriffiths群の元として0でない.

 l=1の場合にはこの代数的サイクルはCeresa,Collino-Pirolaらにより研究された.この場合には彼らによりこのサイクルがGriffiths群の非自明な元を与えることが示されていた.しかし,高次元の場合において無限小不変量を研究し,Griffiths群の非自明な元を与えたのは,初めてのことと思われる.

 よって論文提出者池田京司は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク