学位論文要旨



No 116496
著者(漢字) 高瀬,将道
著者(英字)
著者(カナ) タカセ,マサミチ
標題(和) 3次元多様体の5次元空間への埋め込みとはめ込みの幾何
標題(洋) The geometry of embeddings and immersions of 3-manifblds into5-space
報告番号 116496
報告番号 甲16496
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第167号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

 多様体を他のよく知られた多様体へ埋め込む,あるいははめ込むことは,多様体の形を明らかにする一つの方法であるから,埋め込みやはめ込みの問題は長い間位相幾何学の中心的な話題の一つであった.多様体間のはめ込みの正則ホモトピーによる分類問題は,SmaleとHirschの理論によって,ホモトピー論に帰着した.特にSmale不変量は,球面のユークリッド空間へのはめ込みの正則ホモトピーの完全不変量である.しかしながらSmaleとHirschの理論は,「与えられた正則ホモトピー類を表すはめ込みどのようなものなのか」,あるいは,「どの類が埋め込みによって表されるのか」といった幾何的な問いには答えていない.この論文の主たる目的は,有向閉3次元多様体の5次元空間へのはめ込みのこのような幾何的様相についての研究である.

 始めに,いくつかの既に知られている研究について述べる.Imm[X,Y]を多様体Xから多様体Yへのはめ込みの正則ホモトピー類全体からなる集合とし,Emb[X,Y]⊂Imm[X,Y]を埋め込みで表される類からなる部分集合とする.このとき,Imm[Sn,RN]には連結和による群構造が入り,Smale不変量は,群の同型Ω:Imm[Sn,RN]→πn(VN,n)を与える、Smale不変量を,与えられたはめ込みの(例えば,自己交差といった)幾何から読み取ろうとする研究は次のように比較的多く行われている.

(イ)(Whitneyの2重点公式)はめ込み〓のSmale不変量

 は,(自己横断的な)はめ込みの2重点の数で決まる.

(ロ)(Ekholm)〓と〓の場合にも,それらのSmale不変量は自己交差の言葉で表せる.

(ハ)(Hughes-Melvin)Imm[S4k-1,R4k+1](k〓1)の中で,埋め込みによって表される類は加算無限個ある.また,埋め込み〓のSmale不変量はfに対するSeifert膜(4k次元多様体)の指数で決定できる.

この(ハ)の結果は球面の埋め込みの正則ホモトピーによる分類を与えているという点で興味深い.同時に,はめ込み〓の正則ホモトピー類は一般にその自己交差の情報から決められないということを示している.しかしながら,埋め込みに対してはそのSmale不変量はSeifert膜の指数で決定できるという別の観点の幾何公式を与えているとも思えて,この意味で次は更なる一般化を与えている.

(ニ)(Ekholm-Szucs)はめ込み〓のSmale不変量は,与えられたはめ込みが境界になるような4k次元多様体のジェネリック写像(“特異Seifert膜”)の幾何的な情報(特異点の数など)で決定できる.

 この論文では,以上のような流れに沿った研究を,球面に限らない有向閉3次元多様体の5次元空間へのはめ込みに対して行う.以下,この論文の内容を概説する.M3を有向閉3次元多様体とする.

 第1章は,基本的な概念や記号の定義を含むイントロダクションである.第1章の第4節では,M3のR4へのはめ込みの正則ホモトピー類とM3の安定枠付け(stableframing)との関係について,短い考察を与える.

 第2章では,上の(ハ)の結果をZ2係数ホモロジー3球面M3のR5へのはめ込みの場合に拡張する.主な結果は次の通りである.M3の埋め込み〓を一つ固定する.球面のはめ込み〓に対して,Foとgの連結和を対応させて決まる写像を

とする.実際にはこの写像の像は自明な法束を持つはめ込みの類からなる部分集合Imm[M3,R5]0⊂Imm[M3,R5]の中にあって,次を得る.

命題.H2(M3;Z)が位数2の元を持たないとする.このとき,

は全単射である.

次の定理は,この写像がZ2係数ホモロジー3球面に対しては埋め込みが表す部分集合のあいだの全単射を与えること,さらにZ2係数ホモロジー3球面の埋め込みの正則ホモトピー類はそのSeifert膜の指数で完全に決定できることを示している.興味深いのは,下のσ(WF4)(mod 16)はM3のμ-不変量になることである、

定理.H1(M3;Z2)=0とする.このとき,

は全単射である.さらに,全単射〓のもとに,

ここでWF4はFのSeifert膜,σ(WF4)はその指数を表す.

 第3章では,一般の有向閉3次元多様体M3のR5へのはめ込みに対して(二)で与えられたSmale不変量の幾何公式の類似を与える.自動的に第2章の結果を拡張し,3次元トーラスの埋め込みに対してある奇妙な現象を観察する.第3章とその補足は佐伯修とAndras Szucsとの共同研究によるものである.

 以下に第3章の結果をまとめる.Γ2(M3):={C∈H2(M3;Z)|2C=0}とおく.我々はすでにWuの結果によって,M3の接束TM3の自明化を一つ固定することにより,全単射〓を得るが,その幾何的な内容は明らかでない.

 我々はまず,この写像の第一成分への射影c:Imm[M3,R5]o→Γ2(M3)をWu不変量と名づけ,これを次のように幾何的に解釈する(第3節).TM3の自明化を一つ固定したことにより,M3の各スピン構造はH1(M3;Z2)の元に対応することに注意する.すなわち我々が示すのは,自明な法束を持つはめ込み〓に対して,M3のスピン構造をρ:H1(M3;Z)→H1(M3;Z2)(ρはmod2写像Z→Z2に誘導される準同型)の像による違いを除いて決定でき,Gysinの完全系列による同型H1(M3;z2)/ρ(H1(M3;z))〓Γ2(M3)によるその像がWu不変量c(F)になることである.さらに我々は,任意のC∈Γ2(M3)に対し,c(F)=Cとなる埋め込みF:M'3→R5が存在することを示す.これは,〓の右辺の各Zが埋め込みで表される類を含んでいるということである.

 次に第4節で,各C∈Γ2(M3)に対し,埋め込みFo∈Imm[M3,R5]Co:=c-1(C)をひとつとると,第2章と同様に定義される写像

が全単射であることを示す.

 第5節では,我々は2種類の写像ia,abを下のように定義する.これらは,(二)で与えられたSmale不変量の2種類の幾何公式の類似である.下の定義中,〓を自明な法束を持つはめ込み,α(M3)をZ2ベクトル空間τH1(M3;Z)〓Z2の次元とする,ここでτH1(M3;Z)はH1(M3;Z)のねじれ部分群である.また,定義中の戸F:W4→R5(またはF:W4→R+6)を我々はしばしば‘特異Seifert膜'と呼ぶ.

定義.W4を∂W4=M3なるコンパクトな有向4次元多様体,F:W4→R5を境界の近傍に特異点を持たないジェネリック写像でF|∂W4=Fなるものとする.このとき,

と定義する.ここで,Fのカスプ特異点の代数的個数を#Σ1,1(F)とする.

定義.W4を上と同様,F:W4→R+6を境界の近傍に特異点を持たないジェネリック写像でF-1(R5)=∂W4かつF∂|W4=Fなるものとする.このとき,

と定義する.ここで,t(F)はFの3重点の代数的個数,l(F)はFの特異点集合とF(W4)との絡みをはかる数,L(F)はFの2重点集合とF(M3)の絡みをはかる数である.

第3章第5節で我々が示すのは,おもに

 ・上のia,ibが一致すること,

 ・この6=ia=ibが正則ホモトピーの整数値の不変量

 i:Imm[M3,R5]o→Z

  となること,さらに

 ・Wu不変量と合わせて,

 (c,i):Imm[M3,R5]0→Γ2(M3)×Z

 が,全単射になること

である.直接的な系として,次を得る.

系.Γ2(M3)=0とする.このとき,2つの埋め込み〓は,それらの張るSeifert膜の指数が等しいとき,またそのときに限り,互いに正則ホモトピックである.

 第6節では,3次元トーラスの場合には埋め込みの表する類が球面の場合の“2倍”ある,つまり,球面の場合は(ハ)の結果により

であったが,T3の場合には

であることを示し,今まで述べた結果と合わせ,次の系を得る.

系.S3のR5へのはめ込みgで次のような性質を持つものがある:

(A)gはどんな埋め込みにも正則ホモトピックでない.

(B)T3のR5への任意の埋め込みにgを連結和したものは,再びある埋め込みに正則ホモトピックである.

 第7節では,第5節のia,ibの整数性から従う,特異Seifert膜のとり得るカスプ特異点の数に関するいくつかの系を述べる.

 第3章の補足では,第6節の系と同様の現象がT3以外の3次元多様体でも多く観察されることを示す.同時に次のように,S3とT3の場合がある意味ですべてを網羅していることも示す:

命題.M3を任意の有向閉3次元多様体とする.このとき,〓の各Z-成分

の中で,埋め込みが表す類は,24Zまたは12Zに同型な部分群を成す(各Imm[M3,R5Fには,その中の埋め込みをひとつ固定して連結和とる操作により,Imm[S3,R5]から誘導される群構造が入る).

審査要旨 要旨を表示する

 与えられた多様体Mから別の多様体Nへのはめ込み(immersion)全体を正則ホモトピーで分類する理論は1950年代の終わりにS.SmaleとM.Hirschにより完成した.それによれば,MからNへのはめ込み全体を正則ホモトピーの関係で分類した集合1mm[M,N」は,接ベクトル束の間の単射線形ファイバー写像TM→TNの全体を線形ファイバーホモトピーの関係で分類した集合Mono[M,N]と全単射的に対応する.従って,はめ込みの分類はホモトピー論の計算に帰着されることになり,幾何学的なトポロジーとしては,はめ込みの分類理論は既に終わったものと考えられていた.

 ところが,1980年代の中頃から,おもに結び目理論の影響により,MからNへの埋めこみ(embedding)を正則ホモトピーで分類する問題が意識されるようになり,はめ込みの分類理論は新たな視点から興味を持たれるようになった.とくに著しい結果はJ.HughesとP.Melvinによるものである.彼らは,n次元球面からn+2次元空間への埋めこみを考え,n=4k-1(k〓1)のとき,はめ込みを分類した集合Imm[Sn,Rn+2]の中で,埋めこみによって代表される部分集合Emb[Sn,Rn+2]が可算無限集合をなすこと,一方,次元nがn≠4k-1である場合は,Emb[Sn,Rn+2]はただ一つの要素からなる集合であることを証明した.例えば,n=1の場合は,古典的な結び目(円周S1から3次元空間R3への埋めこみ)に相当するが,どんな埋めこみも,自己交差を許す正則ホモトピーで自明な結び目に変形できることが知られている(結び目解消操作).n=3の場合は,このような古典的な場合と著しい対照をなしており,3次元球面S3の5次元空間R5の中の結び目であって,いかなる結び目解消操作によっても解けないものが存在することがわかる.

 提出された論文は,このような結果を,一般の向き付けられた3次元閉多様体Mから5次元空間R5への埋めこみの分類の研究に拡張したものである.まず,論文の前半では,Hughes-Melvinの結果を3次元Z2-ホモロジー球面Mの場合に拡張し,次の定理を証明している.

 定理:自明な法ベクトル束を持つはめ込みを正則ホモトピーの関係で分類した集合Imm[M3,R3]oはSmale不変量を通してZと同型であり,そのなかで,埋めこみによって代表される類は24Zに対応する部分集合をなす.この同型

は次のように与えられる.MのR5への基準となる埋めこみFo:M→R5とFo(M)をR5のなかで張る4次元多様体Wb(「Seifert膜」)を固定しておく.任意の埋めこみF:M→R5に対し,F(M)の「Seifert膜」となるような4次元多様体Wをとれば,上の同型は

という対応で与えられる.

 興味深いことは,Wの符号数σ(W)を mod 16 で考えたものは,初めの多様体Mのμ不変量μ(M)という(埋めこみによらない)位相不変量なのであるが,μ(M)不変量の整数の群Zへの持ち上げσ(W)は,MのR5への特定の埋めこみの正則ホモトピー類を決めているということである.

 論文の後半では,一般の3次元多様体Mについて研究している.Γ2(M)={0∈H2(M;Z)|2C=0}とおくとき,既にW,-T.Wuにより,自明な法ベクトル束を持つはめ込みの分類に関して,

であることが証明されている.次の定理が論文後半の主結果である.

 定理:各々のC∈Γ2(M)に対し,上記の同型で{C}×Zに対応する因子は埋めこみを含む.各因子{C}×Zのなかで,埋めこみによって代表される類は{C}×12Zまたは{C}×24Zに対応する部分集合をなす.

 さらに,Mのはめ込みに3次元球面のはめ込みを連結和する操作の及ぼす影響を完全に決定している.このことから得られる一つの驚くべき事実として,次のことがわかる.3次元トーラスT3からR5への,正則ホモトピーで結べない二つの埋めこみFとGがあり,それ自身は埋めこみと正則ホモトピーで結ばれないある球面のはめ込みg:S3→R5を埋めこみFに連結和すると,その結果F#gは埋めこみGに正則ホモトピーで結ばれる.

 後半は論文提出者と佐伯修氏,Andras Szucs氏との共著であるが,共著者からは論文提出者の博士論文として提出することの同意が得られている.

 以上のように,提出された論文は,3次元多様体から5次元空間への埋めこみの正則ホモトピーによる分類について決定的な結果を証明したものである.

 よって,論文提出者高瀬 将道-は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な学識があると認める.

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