学位論文要旨



No 116504
著者(漢字) 竹縄,知之
著者(英字)
著者(カナ) タケナワ,トモユキ
標題(和) 不定型のルート系に付随する離散力学系
標題(洋) Discrete dynamical systems associated with root systems of indefinite type
報告番号 116504
報告番号 甲16504
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第175号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 坂井,秀隆
内容要旨 要旨を表示する

 特異点閉じ込め判定法は(有限または無限次元)離散力学系に対する可積分性の判定条件としてGrammaticos, Ramani, Papageorgiouによって提唱された方法である.ある初期値に対して特異性が現れても(その初期値を中心とするローラン展開を計算することにより)それが有限ステップ後には消え,初期値の情報が復元できるとき,判定条件を満たすと言う.従って,この力学系はそもそも可逆でなくてはならない.

 ところがその「反例」がHietarintaとVialletによって発見された.この力学系は特異点閉じ込め判定条件を満たすのに,カオス的な振舞を示す.また彼らはその複雑さを量るものとして,代数的エントロピーという概念を提唱した.代数的エントロピーはs:=limn→∞log(dn)/n,と定義される.ここでdnはn回繰り返したときの写像の次数である.この概念はArnordによって導入された複雑度と関係がある.なぜなら写像の次数は曲線と超曲面との交点数と一致するからである.通常の非線形力学系において,その次数は指数的に増大するのに対して,多くの可積分な力学系では多項式オーダーでしか増大しないことが知られている.

 離散パンルヴェ方程式は主にRamani, Grammaticos, Hietarinta, 神保, 坂井らによって発見され,多方面から研究されている.近年,拡大されたアフィンワイル群と有理曲面の関係を調べることで,それらが(対称性の観点から)全て得られることが,坂井によって示された.

 複素射影空間P2またはP1×P1をブローアップして得られる曲面に対しては,その曲面のピカール群上のクレモナ等長変換の成す群と,ワイル群との関係という観点からいくつかの研究があった.ここで有理曲面Xのピカール群とは,X上の可逆層の同値類全体の成す群のことであり,X上の因子の線形同値類の成す加法群と同型である.またクレモナ等長変換とはピカール群の同型であって,a)任意の2つの因子類の交叉数を保つ,b)標準因子Kxを変えない,c)有効因子類全体の成す集合を変えない,ものである.特にブローアップされる点が9点で(P2の場合,P1xP1の場合は8点),点が一般の位置にあるとき,クレモナ等長変換の成す群は41)型のアフィンワイル群を成す.9点が一般の位置にないときの,クレモナ等長変換の成す群と拡大されたアフィンワイル群との関係の分類については,Looijengaによる先駆的な研究があり,坂井によってより一般に調べられた.P2(またはP1×P1)上の双有理写像はブローダウンの仕方を変えることによって得られる.特に離散パンルヴェ方程式はアフィンワイル群の平行移動に対応する双有理写像として得られる.

 本論文の目的は有理曲面の理論の観点から,特異点閉じ込め判定条件を満たすがカオス的な振舞を示す力学系(双有理写像)を特徴づけることである.そのような力学系の初期値空間を考えることにより,不定型のルート系と関係する有理曲面を得る.逆に曲面から力学系を再構成し,結果として非自励的な力学系への拡張を得る.同様にして他のいくつかの力学系を構成する.また,行列の簡単な計算によってηステップ律の写像の次数を計算する方法を与える.離散パンルヴェ方程式の場合には次数の増加がO(n2)であることを示す.

 第2節ではHietarintaとVialletによって発見された次のような写像(HV方程式)を考える.

ここで(x,y)は(x,y)の像を意味する.ψの不確定点をブローアップによって解消することにより,ψが,その自己同型射に持ち上がるような初期値空間を構成する.ここでψが定義されている点でψとψ'が一致しているとき,ψ'はψの持ち上げであると言う.次の定理を得る.

THEOREM1ψはP1xP1を14回ブローアップすることで得られる有理曲面Xの自己同型射に持ち上げられる.

ここで,Xにおける反標準因子-KXの既約因子への分解を構成する因子Diたちの交叉の様子は次の図で表される.

 第3節では,初期値空間の対称性を調べる.次の定理及びその系を得る.

THEOREM 2 X上のピカール群のクレモナ等長変換全体は

というカルタン行列で表される双曲型のワイル群をそのディンキン図の自己同型群で拡大した群を成し,HV方程式のピカール群への作用はその元の一つである.

COROLLARY 3 X上の可換なクレモナ等長変換でψと可換なものはψmのみである.

 第4節では,曲面から拡大されたワイル群の元として,HV方程式を復元する.拡大されたワイル群の元は全て,クレモナ等長変換としてピカール群に作用するが,その作用はブローダウン構造の取り換えにより,P1×P1上のクレモナ変換,つまり双有理写像,として実現される.ここでブローダウン構造とは,ブローダウンの仕方を指定する列のことである.この結果として,次のような非自励的な方程式への拡張を得る.

この式はa2=a4=a5=a7=0かつa1=a3=a6=aのとき元のHV方程式と一致する.

 第5節では,適当な有理曲面に持ち上げられる写像のnステップ後の次数を計算する方法を与える.因子同士の交叉数を考えることにより,その次数は,写像のピカール群への作用から定まる行列をn乗することによって与えられることが分かる.この方法を離散パンルヴェ方程式に応用することにより,次のことが分かる.

THEOREM 4 離散パンルヴェ方程式に対して,nステップ後の次数deg(ψn)は高々0(n2)であり,従って代数的エントロピーは0である.

 第6節では,適当なワイル群から出発して他の写像を構成することを考える.いくつかの例を提示する.例えば次のような力学系を得る.

ただしa1,a4,a7,a8∈Cである.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者は不定型のルート系に付随する離散力学系について論じ、特異点閉じ込め判定条件を満たすがカオス的な振舞を示す力学系(双有理写像)の特徴づけを行った。また、そのような力学系の初期値空間を考えることにより、不定型のルート系と関係する有理曲面を得るとともに、逆に曲面から力学系を再構成することにより非自励的な力学系への拡張を得ている。さらに、行列の簡単な計算によってnステップ後の写像の次数を計算する方法を与え、離散パンルヴェ方程式の場合には次数の増加が0(n2)であることを示している。

 特異点閉じ込め判定法は(有限または無限次元)離散力学系に対する可積分性の判定条件としてGrammaticos、Ramani、Papageorgiouによって提唱された方法であり、ある初期値に対して特異性が現れてもそれが有限ステップ後には消え、初期値の情報が復元できるとき、判定条件を満たすと言う。ところが最近、その「反例」がHietarintaとVialletによって報告された。この力学系は特異点閉じ込め判定条件を満たすのに、カオス的な振舞を示す。また彼らはその複雑さを量るものとして、代数的エントロピーという概念を提案した。代数的エントロピーはs:=limn→∞log(dn)/nと定義される。ただし、dnはn回繰り返したときの写像の次数である。この概念はArnordによって導入された複雑度と関係があり、通常の非線形力学系においてその次数は指数的に増大するのに対して、多くの可積分な力学系では多項式オーダーでしか増大しないことが知られている。

 一方、離散パンルヴェ方程式は主にRamani、Grammaticos、Hietarinta、神保、坂井らによって発見され、多方面から研究されているε近年、拡大されたアフィンワイル群と有理曲面の関係を調べることで、それらが(対称性の観点から)全て得られることが坂井によって示された。複素射影空間P2またはP1×P1をブローアップして得られる曲面に対しては、その曲面のピカール群上のクレモナ等長変換のなす群と、ワイル群との関係という観点からいくつかの研究がなされているが、特にブローアップされる点が9点で、点が一般の位置にあるとき、クレモナ等長変換のなす群はE8(1)型のアフィンワイル群となることが知られている。ところで、9点が一般の位置にないときのクレモナ等長変換のなす群と拡大されたアフィンワイル群との関係の分類については、Looijengaによる先駆的な研究があり、また坂井によってより一般に調べられた。その中で上述のP2(またはP1×P1)上の双有理写像はブローダウンの仕方を変えることによって得られること、特に離散パンルヴェ方程式はアフィンワイル群の平行移動に対応する双有理写像として得られることが指摘された。

 本論文では第2章でHietarintaとVialletによって発見された写像(HV方程式)が、P1×P1を14回ブローアップすることで得られる有理曲面Xの自己同型射に持ち上げられることを示し、第3章で、初期値空間の対称性を調べることにより、X上のピカール群のクレモナ等長変換全体があるカルタン行列で表される双曲型のワイル群をそのディンキン図の自己同型群で拡大した群をなすこと、及びHV方程式のピカール群への作用はその元の一つであることを示している。また第4章では、曲面から拡大されたワイル群の元としてHV方程式を復元するとともに、非自励的な方程式への拡張を得ている。さらに第5章で、適当な有理曲面間の同型射に持ち上げられる写像のnステップの次数を計算する方法を与え、その応用として、離散パンルヴェ方程式の代数的エントロピーは0であることを示している。最後に第6章で、適当なワイル群から出発することによりしてHV方程式以外の同様の性質を持う力学系を提案している。

 以上、本論文は数学的基礎付けが求められていた特異点閉じこめ判定法に重要な解釈を与えるとともに、その結果として、未解明であったあるクラスの力学系の特性を明らかにし、さらに本質的な拡張を与えている。本論文の成果は離散可積分系の研究に新しい光を当てるものであり、そこで用いられている方法は数理科学的方法論の一つの方向性を示唆するものと考えられる。

 よって論文提出者竹縄知之は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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