学位論文要旨



No 116505
著者(漢字) 津川,光太郎
著者(英字)
著者(カナ) ツガワ,コウタロウ
標題(和) 伝播速度の違う波動方程式のカツプルしたシステムの解の存在、及び漸近挙動について
標題(洋) Existence and asymptotic behavior of the solutions of the coulped system of wave equations with different propagation speeds
報告番号 116505
報告番号 甲16505
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第176号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東京大学 助教授 Weiss,Georg
 東北大学 教授 堤,誉志雄
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,伝播速度の違う波動方程式のカップルしたシステムに対して,次の二つの問題を考える.第一章では,様々なタイプの2次の非線形項を持つ場合に対して初期値問題の時間局所適切性(解の一意存在、初期値に対する解の連続依存性)について考える.物理に現れる方程式にはエネルギーを持つものが多く,エネルギークラスで適切性を示す事が出来ると時間大域可解性や変分法的手法の研究に役に立つため,出来るだけ広いクラスの初期値に対して適切性を考える事が重要だと思われる.第二章では,|u|pj|v|qjというタイプの非線形項に対する,自己相似解の存在問題について考える.非線形波動方程式の解の時間無限大での解の振る舞いを調べる手法としては,非線形散乱理論が有用だが,他のアプローチとして自己相似解の解析がある.この為,自己相似解の特徴を調べる事は重要であると思われる.いずれの場合も単独の波動方程式や同じ伝播速度の波動方程式のカップルしたシステムの場合に対しては多くの研究がなされているが,伝播速度の違う波動方程式がカップルしたシステムの場合には,特異性の伝播のずれにより解の性質が良くなる可能性があるため,どのような違いが現れるかを考察するのが目的である.

 以下,各章における主結果を述べる.第一章では以下のようなシステムの初期値問題を考える.

ここで∂は∂xj(〓)もしくは∂t,伝播速度sはs>1とする,出来るだけ小さなaに対して時間局所適切性を示すのが目標である.非線形項については本論文では4つの場合を考えているが,ここでは以下の2つの場合についてのみ述べる.

各々の場合においてFはFijのいずれか,GはGijのいずれかとする.〓の代わりに∂としても以下同様の議論が成り立つ.今までに知られている結果としてs=1の場合に対しては以下を満たすaに対して時間局所適切性が示されている.

 この結果はエネルギー法と波動方程式に対するStricharz評価式により示される.Stricharz評価式は波動方程式の分散効果から得られる評価式だが,低次元では良い評価が得られない事が知られており,これによりCase2の場合の結果において〓ではaの値の下限が(n-1)/2より大きくなっている.またCaseOにおいては別の理由によりa<0で示す事は難しい.さらにLindblad('93)によってn=3ではCaseOとCase2に対してそれぞれa=0とa=1で適切で無い事が示されている.これに対してs>1の場合にはOzawa, Tsutaya, Tsutsumi('99)及びT('00)によってn=3でCase2のいくつかの場合に対してα>1で時間局所適切である事が示された.参考論文においてこれをMszwellとscalar場がカップルしたシステムに対して応用し,エネルギークラスにおいて時間大域適切性を示した.これらの結果は伝播速度の違いがaの値の下限を下げるのに役立つ事を示唆しており,本論文ではn=1,2の場合に対して以下の結果を得た.

定理1. s>1とすると,以下を満たすαに対して(1)-(4)のシステムは時間局所適切である.

 この結果はStricharz評価式においてn=2,1において失われていた分散効果が伝播速度の違いにより,それぞれ1/4と1/2回復される事を示している.また本論文において,ある非線形項に対してはそれぞれ等号も含めた〓と〓で適切である事や,他のある非線形項に対してはa=1/2とa=0で必要となるbilinear estimateが成立しない事も示した.CaseOの場合に対しては以下の結果を得た.

定理2. s>1,F≠F02,G≠G02とすると以下を満たすaに対して(1)-(4)のシステムは時間局所適切である.

 この結果は伝播速度が同じ場合に比べて1/4回復する事を示している.以上のように,n=3の場合には等号が含まれる違いしか現れなかったがn=1,2では,真に1/2や1/4回復しなければならない点が証明の困難な点である.

 第二章では以下のようなシステムの自己相似解の存在について考える.

ここで伝播速度はs>1もしくは0<s<1としp1+q1=p2+q2=α+1とする.また(5)-(8)の解(u(x,t),v(x,t))で任意のλ>0に対して(u(x,t),v(x,t))≡λ2/α(u(λx,λt),v(λx,λt))を満たす解を,自己相似解と呼ぶ.出来るだけ小さなpj,qj,αに対して自己相似解の存在を示すのが目標である.ここで,今までに知られている結果として以下のような単独の方程式に対する結果を述べる.

Pecher('00)は(9)は〓に対して自己相似解が存在し,〓に対しては小さな初期値に対しても一般には自己相似解が存在しない事を示した.ここで現れるという〓値は時間大域解の存在問題と関係があり,〓ならば滑らかで小さな初期値に対して時間大域解が存在し,〓ならば爆発解が存在する事が知られている.一方,伝播速度の違う波動方程式のシステム(5)-(8)に対しては最近Kuboにより〓で時間大域解が存在する事が示された.この結果においては特異性を持たない初期値を扱っているため自己相似解の存在を含んでいない.また〓厄の場合については考えられていない.しかし,この結果は伝播速度の違いを利用する事によって自己相似解が存在するためαの値を下げられるかもしれない事を示唆している.そこで以下の結果を得た.

定理3. 2>α>1とする.j=1,2に対して〓とし,fj(x)∈C1(R*3),gj(x)∈C0(R*3)は以下を満たすとすると,

十分小さなε>0に対して,(5)-(8)の時間大域解(u,v)が一意に存在する.

 この定理の系としてFj∈C1,Gj∈C0,j=1,2に対しての初期値を以下の様に取ると,

定理3により時間大域解が一意に存在し,その解は自動的に自己相似解になる.また,あるクラスの解が漸近的に自己相似解の様に振る舞う事も示される.反例については以下の結果を得た.

定理4. 〓とする.(p1,q1)∈Ωもしくは(p2,q2)∈Ωならば小さな初期値に対しても一般には自己相似解が存在しない.

 定理3と定理4より,p1=q1=p2=q2の場合にはα>1がoptimalな条件である事がわかる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者津川光太郎は、次のような伝播速度の異なる非線形波動方程式系に対して,初期値問題の適切性及び自己相似解の存在とその安定性について研究した.

但し,∂u=(∂tu,▽u),1〓n〓3であり,cはc≠1在る正定数とする.

 まず,初期値問題の可解性については, Strichartz評価式とよばれる,解の時空間可積分性に関する不等式が重要な役割を果たすことが,近年のさまざまな研究により明らかになった.しかし,Strichartz評価式は,〓,n=3,〓のそれぞれの場合に対応して,かなり成立条件が異なる.これは,1<n<eのときはある意味でStrichartz評価式が退化している事による.この退化性がほどけるような状況の下では,初期値問題はより広い関数空間で一意可解となることが期待される.このようなStricharz評価式の退化性がほどける十分条件としては,KlainermanやChristodoulouによって導入された“null condition”があり,これは応用上も大きな成果をあげた.これとは異なる状況として,伝播速度の異なる場合が,η=3のときOzawa,Tsutaya and Tsutsumiによって考察された.本論文提出者は,より退化の度合いが大きいn=1,2の場合について,伝播速度の異なる場合,すなわちc≠1の場合に対して,初期値問題の一意可解性を研究し,非線形項F,Gの性質と初期値問題が適切となる関数空間の関係を明らかにした.

 次に,非線形波動方程式の解の時刻無限大での漸近挙動は,従来非線形散乱理論の枠組で調べられることが多かった.一方,最近非線形放物型方程式に対しては,自己相似解とその安定性を調べることにより,解の漸近挙動を解析する研究が盛んに行なわれている.単独の非線形波動方程式に対しては,このような方向での研究がすでに始まっているが,本論文提出者はこの問題を伝播速度の異なるシステムについて研究した.具体的には,n=3のとき,

という非線形関数を考え,指数pj,qjに関する自己相似解の存在・非存在のための条件を求め,さらに自己相似解が存在する場合にそれが安定であることを示した.ここで,非線形関数FとGが(5)で与えられるとき,方程式(1)-(2)の解(u,v)が自己相似解であるとは,α=p1+q1-1(したがって,α=p2+q2-1でもある)とおくとき,

となるような解のことである.本論文提出者は,伝播速度の相違が自己相似解の存在・非存在にどのような影響を与えるのかについて,詳細な解析を行なった.

 このように,本学位申請論文は,非線形波動方程式の数学的研究の分野において,顕著な貢献をしたものと認められる.よって,論文提出者津川光太郎は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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