学位論文要旨



No 116507
著者(漢字) 寺嶋,郁二
著者(英字)
著者(カナ) テラシマ,ユウジ
標題(和) 平行移動の高次元化とその応用
標題(洋) HIGHER-DIMENSIONAL PARALLEL TRANSPORT AND ITS APPLICATION
報告番号 116507
報告番号 甲16507
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第178号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 助教授 今野,宏
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

 微分可能多様体Xの直線束の接続についての古典的な平行移動は、曲線

に対して、ファイバーの間の線型写像を与える。この論文ではまず、五味清紀氏(東大数理)との共著論文に基づき平行移動の概念を‘高次元化’し、その基本的な性質を証明する。つまり、1次元の境界つき微分可能多様体[0,1]の代わりに一般次元の境界つき微分可能多様体Mを用いて、微分可能写像

に対して平行移動の概念を拡張する。次に、その‘ホロノミー写像’がDeligneコホモロジー群とCheeger-Simons群の同型を幾何的かつ具体的にコサイクルのレベルで与えることを示す。最後に、平行移動の高次元化を用いて、P.DeligneとJ.-L.BrylinskLD.McLaughlinのアイデアを一般化し、一般次元の複素多様体のシンボルを構成し、それがSteinberg関係式と高次の相互律を満たすことを示す。

 平行移動の高次元化と古典的な場合との違いは二つある。まず、曲線を高次元化したことに対応して‘高次の接続’を導入する必要がある。ここで、Deligneが接続つきの直線束の同型類のなす群が1次元のDeligneコホモロジー群と同型であることを指摘したことにしたがって、‘高次の接続’として、一般次元のDeligneコサイクルを用いる。Deligneコホモロジー群は微分形式のなす層AKからなる複体

のハイパーコホモロジーとして定義され、例えば、接続つきのベクトル束の‘特性類’がDeligneコホモロジー群の元として得られ、曲率写像とよばれるDeligneコホモロジー群から微分形式への写像のもとでのその‘特性類’の像が通常のChem-Weil理論を用いて構成される微分形式に一致すると言う意味で、Deligneコホモロジー群は微分形式の精密化と考えられる。

 二つめの決定的な違いは、古典的な場合のように局所的に微分方程式を解くことで高次元の平行移動を得ることが出来ない点にある。

 つまり、古典的な場合は閉区問[0,1]を細かく小さな閉区間に分け局所的に微分方程式を解くことで平行移動を得ることができたが、一般の多様体Mを細かく分ける方法は多様で、しかもその過程で様々な多様体が‘局所的’に現れる。それらの‘局所的’な対象を同時に扱うための道具としてDeligneコチェインの転入写像を構成した。構成のアイデアは単体の代わりに単体のフラッグを使うことである。つまり、微分形式の場合の古典的な転入写像に現れる最高次数のすべての単体の足しあげ

をすべての単体のフラッグの足しあげ

に置き換え、それと高次のホモトピー作用素を組み合わせることでDeligneコチェインの転入写像を得た。J.-L. BrylinskiはDeligneコチェインの転入写像をMがS1の場合に構成し、一般の場合を問題として提出した。この問題を今のアイデアを用いて解決できた。

 平行移動の高次元化は、Deligneコチェインの転入写像の特殊な場合として、次の2ステップで得られる。まず、Deligneコチェインの転入写像は、微分可能多様体Xのm次元の各Deligneコサイクルに対して、次元m-1の閉多様体からXへの微分可能写像の空間上の接続つきの直線束を与える。したがって、次元mの境界つきのコンパクト多様体Mについて、境界の連結成分を{Ni}とすると各Niに付随する直線束Liを制限写像riで引き戻すことで、MからXへの微分可能写像の空間上の直線束〓を得る。次に、Deligneコチェインの転入写像は直線束εの大域的な切断Pを与える。連結成分N1,...,NsにMから誘導される向きと逆の向きを、残りの連結成分Ns+1,...,Ns+tにMから誘導される向きを入れると、各写像f:M→Xでの切断Pでの値はファイバーの間の写像

を与えることが分かる。この線型写像が‘曲線’fにそった高次元の平行移動である。

 高次元の平行移動の最も重要な性質は、それが写像の貼り合わせと両立することである:

定理.微分可能写像f1:M1→Xと微分可能写像f2:M2→XがM1とM2の共通の境界の連結成分Nで一致するときに、写像f1にそった‘平行移動’と写像f2にそった‘平行移動’の合成は貼り合わされた写像f1∪f2にそった‘平行移動’と一致する。

 多様体Mが境界を持たない場合、写像f:M→Xにそった平行移動はファイバーの間の写像ではなく、‘閉曲線’fの高次元のホロノミーと呼ばれる零でない複素数Holfをあたえる。古典的なホロノミーが閉曲線γ:S1→Xの2次元円盤からの写像γ:D2→Xに拡張がある場合に写像γにそった曲率形式の積分で表されることの類似として次の結果を得た。

定理.写像f:M→XがMを境界としてもつm+1次元の多様体Bからの写像f:B→Xに拡張される場合に、写像fにそった高次元のホロノミーは写像fにそった‘曲率形式’の積分で表される。

 このことからホロノミー写像がDeligneコホモロジー群からCheeger-Simonsの微分指標のなす群への写像を導くことが分かる。実際には、この写像が同型写像であることが示せる。そのような同型が存在するという事実は層の複体の擬同型を用いて知られており、今の構成はその事実にコチェインのレベルで具体的に幾何的な解釈を与える。Deligneコホモロジー群はCheeger-Simons群に比べて、コサイクルのレベルがあり、A.Beilinsonによる自然な積を持つという長所を持つ。この積は次の高次元の平行移動の応用、一般の複素多様体のシンボルの構成、で重要な役割を演じる。

 リーマン面Σ上の二つの有理関数f,gに対して、点p∈Σでの古典的なシンボル{f,g}pは零でない複素数であり、Steinberg関係式

と相互律

を満たす。P.Deligneはシンボル{f,g}pが有理関数fとgに付随する接続つき直線束のホロノミーとして解釈できることを発見しこの事からSteinberg関係式と相互律を導いた。J.-L BrylinskiとD.McLaughlinはこれを複素曲面に対してその上の三つの有理関数f,g,hに対し接続つき直線束の類似として圏束(gerbe)を構成しシンボルを与え、Steinberg関係式と相互律の高次の類似を満たすことを示した。彼らの構成を直接的にさらに高次元の複素多様体に拡張するためには、高次の圏束(gerbe)の概念が必要であり、現在のところそれは難しい。この問題を先程述べた高次元のホロノミーとして高次のシンボルを定義することで解消することができた。正確には次元ηの複素多様体X上のn+1個の有理関数f0,...,fnでその因子の交わりが滑らかなものに対し、Xの部分複素多様体のフラッグS0⊂…⊂Sn-1でのシンボル{f0,...,fn}S0⊂...⊂Sn-1をこの有理関数に付随するDeligneコホモロジー類のホロノミーとして与える。大事な点はこのDeligneコホモロジー類が高次の接続として平坦、つまりその‘曲率形式’が零であり、したがって‘曲線’の滑らかな変形によらないことである。

定理.シンボル{f0,...,fn}S0⊂...⊂Sn-1はSteinberg関係式

と高次の相互律

を満たす。ここで、各部分フラッグを拡張するすべてのフラッグの積をとる。

 S.Blochは古典的な相互律を用いて、二次元のWess-Zumino-Witten模型で中心的な役割をはたす(代数的な)ループ群の中心拡大を得て、さらにその中心拡大のための2-コサイクルの高次の類似物が値写像のもとでの写像空間のコホモロジー類の引き戻しに対応するだろう事を示唆した。この論文で得られた高次のシンボルが、まだ確立していない高次元のWess-Zumino-Witten模型でどのような役割を演じるのかを調べることは興味深いと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 多様体上Xのベクトル束とその接続が与えられると,その多様体上の道γ:[0,1]→Xに沿った平行移動の概念が定義され,ベクトル束のファイバーの間の,ホロノミーとよばれる線形写像が得られる.論文提出者は,複素直線束の場合に関して,上の平行移動の概念を高次元化し,一般次元の境界のある多様体Mと写像f:M→Xに対して,ホロノミーの概念を拡張した.接続付きの複素直線束の同型類は,1次元のDeligneコホモロジーとよばれる微分形式の層のなすある複体のハイパーコホモロジーを用いて,記述される.論文提出者は,一般次元のDeligneコサイクルに対応して,高次の接続を定式化し,これを用いて,一般化されたホロノミーの概念を得た.その際,多様体Mの局所的な寄与を大域的に扱う手法として,Deligneコチェインに対する転入写像が構成されている.転入写像は,M=S1の場合に,Brylinskiが構成し,一般の場合には問題として挙げたもので,論文提出者の構成は,Brylinskiの問題への解答を与えている.

 平行移動の高次元化は,次のような方法でなされる.まず,Xのm次のDeligneコサイクルに対して,転入写像を用いて,m次元多様体からXへの写像全体の空間上の直線束とその接続が定義される.さらに,この接続のホロノミーとして,多様体Mに沿った平行移動の概念が得られる.重要な性質として,この平行移動が写像のはり合わせと両立することが示されている.

 また,応用として,論文提出者は,上の高次元化されたホロノミー写像が,Deligneコホモロジー群とCheeger-Simons群の同型を,具体的にコサイクルのレベルで与えることを示した.さらに,別の応用として,Riemann面の上の有理型関数f,gに対して定義されるシンボル{f,g}pの概念を一般のη次元複素多様体とその上の有理型関数f0,...,fnに,高次元化されたホロノミー写像の概念を用いて拡張し,それらの間のSteinberg関係式と相互律を証明した.

 本論文で得られた結果は、独創的で深い内容を含んでおり,幾何学の分野に大きく貢献するものである。よって、論文提出者 寺嶋郁二は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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