学位論文要旨



No 116508
著者(漢字) 西川,貴雄
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,タカオ
標題(和) 保存量を持つギンズブルグーランダウ▽φ界面モデルに対する流体力学極限
標題(洋) Hydrodynamic Limit for the Ginzburg-Landau▽φInterface Model with a Conservation Law
報告番号 116508
報告番号 甲16508
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第179号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 名古屋大学 教授 長田,博文
内容要旨 要旨を表示する

1 問題とその背景

 2つの相を分離する界面のモデルとして、保存量をもつ場合のGinzburg-Landau▽φ界面モデルを取り上げ、その流体力学極限について考える。

 Zd上のスカラー場φはEd+1内に埋め込まれた離散的な超曲面{(x,φ(x))∈Rd+1;x∈Zd}を定義する。あるいは、適当な補間をすることにより得られる連続超曲面と同一視して考えてもよい。言い換えれば、φ(x)は格子点xにおける超曲面の高さ(height)を与える変数である。物理的には、2つの相を分離する界面(interface)を定めるものと解釈できる。超曲面φのもつエネルギーを与えるハミルトニアンH(φ)として

を採用したモデルを▽φ界面モデルと呼ぶ。

 この▽φ界面モデルは、分子レベルで構成される界面を記述するモデルである。ところが、我々の目では分子一つ一つを見ることはできない。我々が観測するのは、それらが集団となって引き起こす巨視的な現象である。これはスケールの違いによって説明される。前者の微視的なモデルに対して、スケール変換を施し(視点を変えることに相当する)巨視的な現象を記述する方程式を導出することは流体力学極限と呼ばれている。

 (1)のハミルトニアンH(φ)に対応して、様々な力学系、すなわち超曲面φの時間発展を導入することができる。例えば[2]ではH(φ)の勾配流にランダムな揺動を加え、周期格子ΓN≡(Z/NZ)d上で確率微分方程式

を考えている。周期境界条件の下で系を考えたのである。ただし、{wt(x);x∈ΓN}は独立な1次元ブラウン運動の族である。特に[2]では、微視的な系φt0について拡散スケーリングを施し極限として現れる巨視的な系を調べ、二階の非線形偏微分方程式

を導出している。ここで、σ=σ(u)は表面張力(surface tension)と呼ばれる関数であり、対応するギブス分布から定められる。この方程式は〓のとき平均曲率流と呼ばれる方程式であり、例えば、反応拡散方程式に対する特異極限として得られることが知られている。

 この系は時間発展に関し、保存量を持っていない。無限粒子系で言えばGlauber力学に相当する系と考えられる。これに対して、同一のハミルトニアン(1)の下で、粒子数を保存量として持つKawasaki力学に相当する系も考えることができる。そのような系は、微視的界面φに対する次の確率微分方程式により導入することができる:

ここで、ΔΓNは周期格子ΓN上の離散的Laplacianである。このとき、界面の体積Σx∈ΓNφ(x)が保存されることが、方程式の形からみてとることができる。この論文では、この力学系に対する流体力学極限を考えることにする。

 [4]では数々の界面のモデルを扱っているが、その中で表面拡散(surface diffusion)というモデルについても議論している。これは2つの金属が触れ合うことによって現れる界面を説明するモデルである。それぞれの相の体積は保存されており、従って相を構成する粒子は2つの相を分離する界面に沿って移動すると考えられる。ある基準とする超平面からみて、積み重なっている一方の相の粒子数を高さ変数として採用したモデルを考えると、このような微視的な現象が説明できるであろう。このようなモデルはSOS(Solid On Solid)モデルと呼ばれる。力学系(2)あるいは(4)はSOSモデルにおいて、空間的な構造は離散化したまま、その高さ変数のみを連続化して得られるモデルと考えることができる。

2 定式化と主定理

 (4)の系を数学的に定式化し、主定理を述べることにする。微視的な界面φ={φ(x);x∈ΓN}の力学系を次の確率微分方程式で与える:

ここで、{wt(x),x∈ΓN}は平均0、共分散

を持つガウス過程で、ドリフト項のUx(φ)は

で与えられる。(5)は(4)を正確に述べたものである。

 この微視的な系に対して、巨視的な系を次のようなスケール変換により導入する:

ここで、B(θ,a)=Πd=1d[θα-a/2,θα+a/2)⊂Tdである。このモデルでは、空間に対してN-1、時間に対してN4のスケーリングが適合する。一般に用いられる、空間に対してN-1、時間に対してN2のスケーリング、いわゆる拡散スケーリングは適切ではないことを注意しておく。(5)の系は(2)に比べて、近接する粒子の間でより強い相互作用が働いた下で運動するため、平衡状態に達するまでに時間がより長くかかり、従ってスケーリング(6)が必要になると考えられる。

 巨視的な系hN(t,θ)のN→∞における極限として、どのような系が現れるかに興味がある。これを調べるにあたって、運動を記述する確率微分方程式(5)に対していくつかの仮定をおく必要がある。まず、ポテンシャルVに対して、次の仮定をおく。

 (Vl)(微分可能性)V∈C2(R)

 (V2)(対称性) V(η)=V(-η),η∈R

 (V3)(狭義凸性) 定数0<c-,c+<∞が存在して、任意のη∈Rに対して〓が成立する。

また、(5)の初期条件φ0に対して次のことを仮定する。

(I1)あるh0∈L2(Td)が存在して、〓が成立する。

 (I2)対応する巨視的配置の列{hN(0)}は〓をみたす。

 以上の仮定の下で、次の結果が得られた。

定理1.(V1)-(V3),(Il)-(12)を仮定する。このとき、任意のt>0に対し、hN(t)は初期条件h0をもつ偏微分方程式

の一意的弱解h(t)にH-1(Td)の意味で収束する。つまり、任意のt>0に対して

3 証明の方針

 もしポテンシャルVが2次関数、つまりガウス型と呼ばれるV(η)=κη2/2の場合は、単に部分積分をすることによって方程式(7)を導くことができる。ポテンシャルが2次でない場合には、非平衡統計力学においてよく知られている局所平衡の概念、つまり、局所的にみれば系は平衡状態に従っていることを証明し、それを用いて非線形項の処理をする必要がある。この局所平衡は、「巨視的レベルからみて小さく、微視的レベルからみて大きな領域の上で、そこでの系の時空平均は平衡状態を表す測度で積分したものに置き換えることができる」と数学的に定式化することができ、このような置き換えの後に巨視的な系を記述する方程式を導くことができるのである。

 このような議論を行うためには、勾配場の平衡状態を表すギブス測度を完全に特徴付けておく必要がある。非保存系を扱った[2]では、力学系に対するエネルギー評価を基にして定常測度の一意性を証明し、それに基づいて定常測度であるギブス測度の一意性を示している。しかしながら、ここで扱っているモデルに対し同様の議論を行ってもうまく機能しない。そこでその代わりに、保存系に対応するギブス測度と非保存系に対応するそれとが、平行移動不変という範曙では一致することを証明した。この事実により、我々の問題は彼らが示したギブス測度の存在および一意性に関する結果に帰着することができる。ここでの結果は、[2]よりも弱く、ギブス測度を特徴付けたことに限られるのであるが、[3]における議論を適用して流体力学極限を示す上では、これで十分である。

 ギブス測度の特徴付けの後に、局所平衡が成立することを証明し、それを用いて方程式(7)を導出する。[2]で行われているH-1法と呼ばれる一連の議論に対して適切な修正を加えた上で、定理の証明を完成させた。彼らはL2ノルムを基礎にして議論しているが、今考えているモデルでは、H-1ノルムを基礎にするのが適切である。このノルムを用いてhN(t)および偏微分方程式(7)の解h(t)に対する必要な評価を得た。このとき重要になるのが、[1]で証明されている表面張力σの凸性に関する結果である。

参考文献

[1] J.-D. Deuschel, G. Giacomin and D. Ioffe, Large deviations and concentration properties for ▽ψ interface models, Probab. Theory Relat. Fields, 117 (2000), pp. 49-111.

[2] T. Funaki and H. Spohn, Motion by mean curvature from the Ginzburg-Landau ▽φ interface model, Commun. Math. Phys., 185 (1997), pp. 1-36.

[3] M.Z. Guo, G.C. Papanicolaou and S.R.S. Varadhan, Nonlinear diffusion limit for a system with nearest neighbor interactions, Cornmun. Math. Phys., 118 (1988), pp. 31-59.

[4] H. Spohn, Interface motion in models with stochastic dynamics, J. Stat. Phys., 71 (1993), pp. 1081-1132.

審査要旨 要旨を表示する

 原子・分子といった微視的レベルにおける複雑な相互作用をもつ系から出発して、巨視的な現象の時間発展を記述する非線形偏微分方程式等を導く操作は流体力学極限とよばれる。流体力学極限は、非平衡統計力学における最も基本的な問題の一つであるが、1980年代後半にVaradhanらによってきわめて広範囲の確率モデルに対して適用可能な一般的手法が提唱され、数学的基礎付けが与えられた。統計力学におけるもう一つの基本的な問題は、相転移の理解である。相転移が起こる状況の下では、2つの相を分離する界面が現れる。

 論文提出者西川が考察したのは、そうした界面の構造を微視的にモデル化して得られる、いわゆる▽ψ界面モデルである。対応する時間発展として、いくつかの系を導入することができるが、それらはまとめてGinzburg-Landau▽ψ界面モデルとよばれる。このような時間発展のうち、保存則をもたない場合は舟木とSpohnによって研究された。彼らは、微視的な系に対して拡散型の時空のスケール変換を作用し極限をとれば、巨視的レベルにおける界面の時間発展が導かれ、それは異方的な平均曲率運動によって支配されることを証明した。

 西川が提出論文で扱ったのは、微視的レベルにおける2つの相のそれぞれが体積を保存する場合である。いいかえれば、微視的には系は2種類の粒子(原子)からなるが、それぞれの種類の粒子の総和が常に保存されるという場合である。これは、例えば2種原子による合金のモデルとして用いられ、粒子の移動は界面の表面でのみ起こると考えてもよいから、表面拡散の問題とよばれることがある。このような現象をモデル化するに当たって、対象とする秩序変数として用いられるのは、高さ変数である。高さ変数とは、ある超平面を基準としてその上に(あるいはその下に)一方の種類の粒子が何個積み上げられているかを測ったものである。ただし、異種粒子が幾重にも重ね合わさるという、いわゆるハングアップはないものと仮定する。対象は粒子数だから高さ変数は整数の値をとる。このようなモデルはSOSモデルとよばれている。

 ▽ψ界面モデルはSOSモデルの一種の連続版であり、高さ変数は実数値をとる。微視的レベルにおける時間発展は、非常に大きなサイズの確率微分方程式によって規定される。このような系に対して流体力学極限を示すには、高さ変数から決まる勾配場の時間発展に対応する平衡状態、いわゆるGibbs分布の族を完全に特徴付ける必要がある。しかしながら、舟木とSpohnが非保存系に対して用いたエネルギー評価およびカップリングの方法は、保存系に対してはうまく機能しない。保存則の影響によりGibbs分布の族は広がり、問題がより複雑になるからである。しかし、西川は平行移動に関して不変なクラスに限れば、保存則をもつGibbs分布(いわゆるカノニカルなGibbs分布)は非保存系の時間発展についても可逆であることを示し、このことと舟木一Spohnの結果を組み合わせることによりGibbs分布の族を完全に特徴付けることに成功した。

 保存則の影響により平衡状態に至る緩和時間は長くなり、したがって系の巨視的な挙動を観測するために必要な時空のスケール変換はN4:Nの割合になる。ただしNは空間のスケールを表す巨大な数である。拡散型スケール変換ではN2:Nだから、これは系をより長時間にわたって観察する必要があることを示唆している。このようなスケール変換の極限として、西川は4階の放物型偏微分方程式を導いた。保存系を記述する方程式として、例えばCahn-Hilliard方程式が知られているが、西川が導いた方程式は、この方程式から特異極限を経て導かれるものと、異方性を除き基本的に一致する。あるいは、極限方程式は状態空間にH-1-内積に基づいたリーマン構造を導入したときの、全表面張力を緩和する力学系であると考えることもできる。

 なお参考論文では、非保存系に対する流体力学極限に関して、大偏差原理を証明している。

 論文提出者西川は、平衡状態が長距離相関をもつ場合に4階の偏微分方程式を導くことに成功した。これは、平衡系の巨視的理論において重要な役割を果たす、いわゆるWulff形状の力学的な基礎付けへと道を開くものであり、今後の研究の進展が期待される。

 よって、論文提出者西川貴雄は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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