No | 116509 | |
著者(漢字) | 野田,健夫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ノダ,タケオ | |
標題(和) | コンパクト葉を持つ正則な射影的アノソフ流 | |
標題(洋) | Regular Projectively Anosov Flows with Compact Leaves | |
報告番号 | 116509 | |
報告番号 | 甲16509 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第180号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 3次元多様体上の余次元1の葉層構造は完全積分可能な接平面場とみなすことができ、他方接触構造はいたるところで積分不可能な接平面場として特徴付けられている。かように正反対の性質を持つ二つの対象であるが、研究の手法においていくつかの類似点が見られ、近年これらの関係性は多くの数学者たちに注目されてきている。なかでもEliashbergとThurstonはコンフォリエーション(confoliation)の概念を導入することによって葉層構造と接触構造を統一的に扱うことに成功し、有向閉3次元多様体上の余次元1のC2級葉層構造は、S2×S1上のS2×{*}を葉とする積葉層を除いて、つねに正と負の接触構造でC0級近似することができる、ということを示した。 目下のところこの近似が常に変形、すなわち径数つきの平面場の族{ξt}によって表すことができるかどうかは分かっていないが、葉層構造が接触構造へ変形されるとき両者の関係はより深く理解されるといえる。EliashbergとThurstonはこの変形のうち更に特別なものとして線型変形(linear deformation)というものも定義した。これは平面場の族{ξt}で、ξ0が葉層構造であり、ξtはt>0では正、t<0では負の接触構造を定めるようなもののことをいう。 三松佳彦氏はEliashbergとThurstonの仕事に先立ってアノソフ葉層の線型変形を研究していた。アノソフ流の安定および不安定葉層は互いを定める1形式によって正と負の接触構造に線型変形されるのである。ここで得られる正と負の接触構造は、更に横断的に交わることもわかり、このような接触構造の組は双接触構造(bi-contact structure)と呼ばれる。つまり、アノソフ流の安定および不安定葉層は双接触構造に線型変形されるといえる。 では、双接触構造は常にアノソフ流に付随して得られるかというとそうではない。これを成り立たせるために三松氏はアノソフ流を一般化した射影的アノソフ流(projectively Anosov now)を定義した。実際、射影的アノソフ流には常に双接触構造が付随し、逆に双接触構造があれば必ずそれに接する射影的アノソフ流が存在することも示されている。ちなみに、同じ動機からEliashbergとThurstonが定義した等角的アノソフ流(conformally-Anosov flow)も射影的アノソフ流と同値な流である。 アノソフ流と同様、射影的アノソフ流にも安定および不安定葉層という流で不変な平面場が定義される。しかしアノソフ流の場合とは異なり、これらの平面場は一般にはC0級でしかなく、一意積分不可能な場合もありうるが、そのような平面場は通常の意味での葉層構造の定義からは外れてしまう。そこで葉層構造の接触構造への変形という観点から研究するには安定および不安定葉層が微分可能である場合を区別すべきであり、このようなものを正則(regular)であるという。正則な射影的アノソフ流についてはアノソフ流と同様、安定および不安定葉層が互いを定める1形式によって双接触構造に線型変形される。以下、主に正則な射影的アノソフ流のみを扱う。 射影的アノソフ流がアノソフ流と大きく異なる点のひとつに、安定および不安定葉層がコンパクト葉を持ちうるということが挙げられる。著者はかつて円周上の2次元トーラス束における正則な射影的アノソフ流を研究し、安定あるいは不安定葉層がコンパクト葉を持つ場合に関して分類を得た。具体的には、このような射影的アノソフ流はT2×I-モデルと呼ばれる成分の有限和しかない。このT2×I-モデルとは、T2×I上に定まった正則な射影的アノソフ流で、二つの境界成分は安定および不安定葉層のコンパクト葉からなるものである。一方、著者と坪井俊氏との共同研究では円周上の2次元トーラス束あるいは双曲閉曲面上の単位接束における正則な射影的アノソフ流で安定および不安定葉層がどちらもコンパクト葉を持たない場合について研究し、そのような流が実はアノソフ流であることを示した。特に、円周上の2次元トーラス束における正則な射影的アノソフ流に関しては完全な分類が与えられたことになる。 以上の結果をふまえて、正則な射影的アノソフ流の分類に関して次のような予想を立てることができよう。 予想 有向閉3次元多様体上の正則な射影的アノソフ流は次のいずれかである。 1.安定および不安定葉層がコンパクト葉を持ち、T2×1-モデルの有限和として表される。 2.安定および不安定葉層はコンパクト葉を持たず、実はアノソフ流である。 このうち、T2×I-モデルはその定義から円周上の2次元トーラス束にしか存在し得ないし、また正則なアノソフ流はE.Ghysによって分類されており、2次元トーラスの双曲自己同相写像の懸垂か準フックス流(quasi-Fuchsian flow)かのいずれかである。準フックス流が存在する多様体は有限被覆をとれば双曲閉曲面上の単位接束になるので、上記予想に現れる流はおおむね既知の部分的解決に出てきている。従って、予想の正当性を示すには、他の多様体における正則な射影的アノソフ流の非存在を証明していくことが中心になろう。 次の定理はこの論文の主結果であり、予想に新たな部分的解決を加えることになる。 定理 有向閉ザイフェルト多様体上の正則な射影的アノソフ流で安定あるいは不安定葉層がコンパクト葉を持つものはT2×I-モデルの有限和として表される。特に、そのような流はザイフェルト多様体では3次元トーラス上にしか存在しない。 坪井俊氏は有向閉ザイフェルト多様体上の正則な射影的アノソフ流は安定および不安定葉層がコンパクト葉を持たないならば準フックス流であることの証明の着想を得ていると著者に語った。これを考えると、上記の予想はザイフェルト多様体に関しては正しいということがいえそうである。 以下、主定理の証明の概略を述べる。 まずはじめに、安定および不安定葉層の位相を知るためにザイフェルト多様体上の葉層構造の性質を調べる。閉曲面上の円周束におけるコンパクト葉を持たない余次元1の葉層構造はイソトピーによりファイバーに横断的にできるということをThurstonが学位論文で示し、この結果はさらにLevitt、Eisenbud-Hirsh-Neumann、松元重則氏によって多くのザイフェルト多様体に対して拡張されてきた。与えられた仮定を満たす安定および不安定葉層の位相を調べるためには、コンパクト葉がある場合に関して同種の定理を得なくてはならない。具体的には次の定理を示した。 定理 有向閉ザイフェルト多様体で円周上の2次元トーラス束やクラインの壷上の非自明閉区間束の和ではないものを考える。この上に存在する余次元1の葉層構造がコンパクト葉を持ち、更にそのコンパクト葉はすべて圧縮不可能な2次元トーラスであり、すべてのコンパクト葉の線型ホロノミー群が非自明であるとする。すると、このような葉層構造はイソトピーによって次を満たすものに変形できる。 1.すべてのコンパクト葉はファイバーの和集合 2.コンパクト葉の外側ではファイバーに横断的 次に、安定葉層のコンパクト葉と不安定葉層のコンパクト葉は交わらないことを示す。コンパクト葉が交わると仮定すると、前定理より交わりがファイバーにイソトピックな閉軌道を含むことが分かり、このような閉軌道のホロノミーを比較することによって矛盾を導くことができる。 最後に、多様体をコンパクト葉で切り離すと各連結成分がT2×I-モデルになることを示す。証明は安定および不安定葉層の葉空間、そして流の軌道空間を調べることによって得られる。この論法はGhysによって行われ、さらにBarbot、Fenleyらによって発展したものである。 この論文では主結果のほかに以下に述べる二つの新しい結果を得ている。 一つは閉曲面上の円周束での双接触構造の具体的構成である。すべての有向閉3次元多様体上に双接触構造が存在することは三松氏によって示されていたが、その証明は具体的な構成法を示唆せず、実際に知られていた例は限られていた。この論文で与えた双接触構造の構成法は二つの多様体上の双接触構造を貼り合わせることによって得られるもので、この方法は閉曲面上の円周束だけでなく多くの多様体上に具体例を与えることになる。 もう一つは半正則な(semi-regular)射影的アノソフ流の定義である。これは安定あるいは不安定葉層のどちらか一方が微分可能であるような射影的アノソフ流を意味する。ここでは定義のほかに、3次元トーラス上の正則な射影的アノソフ流の安定および不安定葉層はコンパクト葉を持つ、という既知の事実に簡略化された別証明を与えている。 | |
審査要旨 | 3次元多様体を研究する上で、その上の幾何構造、葉層構造、接触構造、力学系などとのかかわりをを理解することは非常に重要である。 射影的アノソフ流は、3次元多様体上の流れであって、流れの横断面が、射影的安定方向と射影的不安定方向との直和となっているものである。これは、接触構造の研究の中で三松により定義され、エリアシュベルグーサーストン等により研究されてきたもので、アノソフ流の一般化である。アノソフ流では安定、不安定方向と流れの接方向をあわせた安定、不安定平面場が01級葉層構造として一意可積分であるが、射影的アノソフ流では、射影的安定、不安定方向と流れの接方向をあわせた安定、不安定平面場の一意可積分性は、一般には成立しない。 安定平面場、不安定平面場がともにC2級葉層構造となる射影的アノソフ流を正則な射影的アノソフ流と呼ぶ。正則な射影的アノソフ流は、正則なアノソフ流であるかまたはT2×Iモデルの有限和となることが予想されている。 論文提出者野田健夫は本論文において、この予想に関する以下の定理を証明した。 定理。ザイフェルトファイバー空間の正則な射影的アノソフ流は、付随する葉層がコンパクト葉を持てば、T2×Iモデルの有限和となる。 従って、ほとんどのザイフェルトファイバー空間にはコンパクト葉を持つような正則な射影的アノソフ流は存在しない。 正則なアノソフ流が存在する3次元多様体は円周上の2次元トーラス束か、ザイフェルトファイバー空間であることがジスにより示されている。また、論文提出者の以前の研究により、円周上の2次元トーラス束上のコンパクト葉を持つ正則な射影的アノソフ流の分類は出来ており、論文提出者および坪井により、このような多様体上のコンパクト葉を持たない正則な射影的アノソフ流は正則なアノソフ流であるということも示されている。従って、上記の定理は重要な多様体上の正則な射影的アノソフ流の分類を完成させるものである。 論文提出者は定理を証明するために、ザイフェルトファイバー空間のファイバーに横断的な葉層構造についてのサーストン、レビット、アイゼンブッド-ハーシュ-ノイマン、松元らによる結果を境界のみにコンパクト葉を持つ場合に拡張し、これを有効に使っている。実際、境界のみにコンパクト葉を持つ葉層は大部分ファイバーに横断的な位置に変更でき、内部の葉層の普遍被覆は積葉層となる。論文提出者は、これが正則な射影的アノソフ流の位相に大きな制限を与えることを見出し上の定理を導いた。 主定理以外にも、双接触構造についてのいくつかの構成を与え、また半正則な射影的アノソフ流の研究も行っている。これらの研究も非常に興味深いものである。 このように論文提出者の研究は、これからの3次元多様体の幾何構造、葉層構造、接触構造、力学系などのかかわりを研究する上で基礎となる非常に重要なものである。よって本論文提出者野田健夫は博士(数理科学)の学位を授与されるに十分な資格があるものと認める。 | |
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