学位論文要旨



No 116510
著者(漢字) 針谷,祐
著者(英字)
著者(カナ) ハリヤ,ユウ
標題(和) C(R;Rd)上のギブズ測度 : C(R;R)上のハードウオール測度への応用
標題(洋) Gibbs measures on C(R;Rd) : an application for hard-wall Gibbs measures on C(R;R)
報告番号 116510
報告番号 甲16510
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第181号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 名古屋大学 教授 長田,博文
内容要旨 要旨を表示する

 この論文の目的の一つは,infinite-volumeのpath空間C(R;R)上に相互作用を持つ“正に条件付けた”Gibbs測度を構成することである.

 Gibbs測度とは,Ising ferromagnetといった統計力学上のモデルの定常状態を記述するために導入された概念であり,1970年を前後して,R.L.DobrushinやD.Ruelleらによりその厳密な数学的意味付けが成された.その研究は,R.Langの1977年の研究に端を発する無限粒子系のような離散モデルの解析とともに発展してきており,それらの系の定常状態は与えられた相互作用に関するGibbs測度によって記述される.

 一方,連続モデルであるpath空間C(R;R)の場合には,

をHamiltonianとするGibbs測度μが,1999年になって長田-Spohn[9]によりこの空間上に構成された.ここにψはexternal potentialと呼ばれpathの存在領域を制限する外力項であり,ψはpath自身の相互作用を表すinteraction potentialである.冒頭に述べた“正に条件付ける”とは,potentialの言葉で言えば,

というexternal potential(hard-wall external potential)を考えることに対応している.このpotentialの下pathの値はR+に制限される.[9]では,ψについてある種のsymmetryを仮定しており,このようなhard-wallの場合が扱えなかった.

 本論文において筆者は,interaction potentialが空間変数について2次以下の増大度のとき,external potentialψが〓において2次の漸近挙動を持つhard wallであれば対応するGibbs測度が存在することを示した(Theorem 2.2, Coronary2.2).ここで注意すべきは,hard-wall external potentialの下,pathの挙動は反射壁Brown運動では記述されない,という点である.事実,論文内でも指摘した通り

というexternal potentialの下では,path Xは

と,3次元Bessel過程W(3)を用いて記述される.これは,格子上のspin系のような離散モデルにおいて近年J.L.Lebowitz, J.D.Deuschelらによって研究されているentropic repulsion[4,1]の効果が連続モデルにおいても表れた結果であると考えている.このようなhard-wall Gibbs測度の存在が得られたことの応用例の一つとして,interactionが下の(3)の形で与えられるときは,対応するGibbs測度が存在するためのexternal potentialの条件が極めて緩められるということが挙げられる.実際,論文内でも述べたとおり(Corollary 4.1),局所的にはmeasurable程度で十分であるということが確かめられる.

 さて,Gibbs測度の存在を論じる際,与えられたpotentialの下pathの挙動が局所化される.即ちlocalizationが起こる,ということを示すのが極めて重要となる.ところで(1)のobservationから,C(R;R)上のhard-wan Gibbs測度のlocalizationは,C(R;Rd)上に定義されるGibbs測度のlocalizationのd=3の場合として得られることが見て取れる.そこで論文では一般のd次元の場合のlocalizationを導出しており(Theorem 2.1),更にそれ自体から得られるC(R;Rd)上のGibbs測度の存在定理も,既存の[9]やLorinczi-Minlos[6]の結果に含まれないものとなっている.このことを次のようなinteraction potentialを例にとって見てみよう:

ここにρとωは予め与えられた適当な関数で,^はFourier変換を表す.尚,これはquantum physicsのNelson's scalar field modelと呼ばれるモデルに現れるinteractionである([7]).[9]で扱えるinteractionはferromagneticなもの,即ち

のように表されかつ〓が非負,vがconvexであるものに限られる.従って(2)は扱えない.また,[6]では,(2)は扱えるものの,external potentialの増大度が2次よりも真に大きい(=2次に比べてよりlocalizationが起こりやすい)場合かつψに掛けられるcoupling constantが十分小さい場合に限られる.一方,本論文の存在定理を適用すれば,external potentialの増大度は2次でよく,尚かつcoupling constantの大きさに関わらず対応するGibbs測度の存在が示されることが分かる.

 本論文において(d次元の場合の)localizationを導出する際のポイントは,(deterministicな)部分積分を用いる点で,これは[9]のある種のmonotonicityに依った議論や,[6]のcluster expansionを用いた議論とは全く異なる.

審査要旨 要旨を表示する

 ユークリッド空間のように連続的な空間の上で定義されたランダム場は、例えば量子場の理論等に関係して長く研究されてきた。特に2次元の量子場理論はP(φ)2理論とよばれ、数学的にはR2上の超関数のクラスの上に確率測度を定める問題として定式化される。それに対して1次元の場合、つまりP(φ)1理論では、ランダム場のサンプルは連続関数になることが知られてい乱したがって、問題はパス空間C(R,R)上の確率測度、より正確にいえばC(R,R)上のGibbs測度を定めることに帰着される。従来、量子場の理論等に関連して研究されてきたのは、R上のDirichlet形式に類似の形をした微分作用素によって与えられる最近接相互作用項に自由ポテンシャル項を加えた場合が主であった。しかし、長田とSpohnは最近、離れた2点間におけるパスの相互作用の効果を2重積分として取り込んだ相互作用ポテンシャル項を付け加えても、Gibbs測度が構成できることを証明した。ただし、ポテンシャル関数に対するある種の制限が必要であった。

 このような状況のなかで、論文提出者針谷は新たな方法を開発し、かなり一般的な枠組みの下でC(R,R)上のGibbs測度を構成することに成功した。針谷の結果を適用することにより初めて構成が可能になった例として、Nelsonのスカラー場モデルと剛体壁の2つの場合をあげることができる。Nelsonのスカラー場モデルにおける解析の困難は、相互作用ポテンシャルが凸性をもたないことにあった。最近、Minlosらは相互作用ポテンシャルが十分小さいとき、つまりポテンシャルの前にパラメーターを置きそれが十分小さいときに、クラスター展開の手法を用いてGibbs測度を構成したが、針谷の結果は相互作用ポテンシャルの強さに対する制限を全く必要とせず、Minlosらの結果を完全に含むものであって高く評価することができる。

 一方、原点に剛体壁が置かれた場合、自由ポテンシャルは場の値が負のとき+∞になる。これは、ランダム場が常に非負値であることを意味し、ポテンシャルの特異性のために従来の方法は適用できなかった。しかし、針谷は巧妙な変換を導入することによって、問題を場の値が3次元であってかつポテンシャルが滑らかであるような場合に帰着させ、Gibbs分布の構成問題を解決した。この手法は同時にNelsonのスカラー場モデルに対しても適用可能であったのである。

 これまで一般に、相互作用ポテンシャルをもつ無限体積Gibbs測度を構成する方法として、(1)Ruelleの超安定性評価(superstability estimates)、(2)クラスター展開、(3)対数型凹不等式やFKG不等式などの単調性不等式、(4)確率偏微分方程式、などの手段を用いることが行われてきた。しかしながら、手法(1)は基礎空間が離散のときや粒子系に対しては有効であるが、パス空間上の測度の構成には適用できない。最近接相互作用による相関が非常に強いからである。すなわち、パス空間のときは基礎測度としてピン止めWiener測度を用いるが、それは離散空間におけるBernoulli測度や粒子系の場合のPoisson測度がもつ独立性を欠くのである。手法(2)を用いると相互作用ポテンシャルが十分小さいという制約が必要になる。手法(3)はポテンシャルの凸性が必要になるものの、その大きさは任意でかまわない。しかし、剛体壁の場合には適用できなかった。手法(4)も、係数の滑らかさやある種の凸性が必要で(3)とほぼ同じ範疇でしか適用できない。

 このように、手法(1)によって通常得られるような極めて一般的な結果を、パス空間上のGibbs測度に対していかにして証明するのか、ということが重要な問題として残されていた。論文提出者針谷は、既に述べたような3次元への変換や部分積分といった手法を用いるという独自のアイデアに基づいて、この問題をみごとに解決することに成功したのである。その結果、単に可測というカテゴリーの関数や凸でない関数などをポテンシャルに付け加えることも可能にした。

 参考論文では、パス空間に値をとる無限次元拡散過程を構成した。これは、パスのランダムな運動を記述する確率過程で、この論文ではDirichlet形式理論に基づいて非常に一般的な結果を証明している。Dirichlet形式理論を用いる以上、得られた結果が特異なポテンシャルをカバーすることが求められるが、この論文は典型例として剛体壁の場合を含むのである。今後、構成された拡散過程について、流体力学極限、スペクトル・ギャップ、エルゴード性など、系の巨視的な性質に関する様々な間題が考察の対象となると期待される。

 以上のような理由により、論文提出者針谷祐は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があるものと認める。

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