学位論文要旨



No 116855
著者(漢字) 西野,晃徳
著者(英字)
著者(カナ) ニシノ,アキノリ
標題(和) Calogero-Sutherland型の量子多体系に対する代数的なアプローチ
標題(洋) Algebraic Approach to Quantum Many-Body Systems of Calogero-Sutherland Type
報告番号 116855
報告番号 甲16855
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4118号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 佐野,雅己
 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 大塚,孝治
内容要旨 要旨を表示する

 現代物理学の発展の中で,厳密に解ける模型は重要な役割を果たしてきた.水素原子のエネルギースペクトルの厳密な記述は量子力学の妥当性の証拠の一つであったし,Ising模型の厳密解は統計力学の枠組みで相転移が扱えることを教えてくれた.20世紀後半,低次元系においてさまざまな厳密に解ける系が発見された.実験技術の進歩により,低次元系が実験室で実現可能となった今,これらの厳密に扱える低次元系の重要度はさらに増している.本論文では,厳密に扱える1次元量子多体系の中でも長距離相互作用を持つ一つのクラス,Calogero-Sutherland模型を議論する.

 1971年,Calogeroは1次元調和振動子ポテンシャル内において粒子間距離の逆二乗に比例する相互作用を持つ量子多体系を導入した:

ここでN, ω, aはそれぞれ全粒子数,調和振動子ポテンシャルの強さ,相互作用の結合定数である.この量子多体系をCalogero模型と呼ぶ.Calogeroはこの系のエネルギースペクトルが厳密に計算できることを示した,

ここでμは分割,すなわち〓を満たす非負整数列で,

とした.Calogeroの仕事をうけ,Sutherlandは周期的境界条件で逆二乗型の相互作用をする模型(Sutherland模型)のエネルギースペクトルを厳密に計算した,

これらの量子多体系はCalogero-Sutherland型の模型(CS模型)と呼ばれ,現在さまざまなバリエーションが知られている.本論文で議論するCS模型は特に次のような性質を持つことが特徴的である:

 i)ハミルトニアンを含む自由度と同数の可換な保存演算子を持つ(量子可積分性).

 ii)全ての保存演算子を同時対角化する固有状態が存在し,同時固有空間が1次元になる.従って,これらの同時固有状態はヒルベルト空間の直交系を与える.

 iii)同時固有状態の波動関数が基底状態の波動関数と多変数直交多項式に因子化できる.

i)の量子可積分性は,例えば「Dunkl演算子を用いた定式化」で示される.これはDunklやCherednikによって与えられた可換な演算子を用いると,CS模型のハミルトニアンを含む可換な保存演算子の組が系統的に構成できるという定式化で,Polychronakosによって導入された.また上に挙げたSutherland模型,Calogero模型に対しては,ボソン的な粒子を想定した場合,iii)で言う多項式部分がそれぞれJack多項式,多変数Hermite多項式と呼ばれる直交多項式で与えられることが,前者はHeckman-OpdamやForrester,後者は宇治野−和達によって明らかにされた.本論文の目的は,上の系を含めた広いクラスのCS模型に対して代数的な方法で全ての保存演算子を同時対角化する固有状態を構成し,これを用いて固有状態のノルムを計算する新しい方法を与えることである.

 CS模型の固有状態を上昇演算子(あるいは生成演算子)によって代数的に構成しようという試みはこれまでにもなされてきた;例えばBrink-Hansson-Vasilievによる方法,Lapointe-Vinetの方法などがある.前者で得られた状態はハミルトニアンを対角化するが,それ以外の保存演算子は対角化せず,直交系をなさない.後者で得られた状態は全ての保存演算子を対角化し,直交系を与える.しかしその性質上,調和振動子模型のときのようなノルム計算への応用は期待できない.本論文では,問題を内部自由度を持ち識別可能な粒子を記述するCS模型に拡張し,ノルム計算への応用が可能な上昇演算子が導入できることを示す.

 Calogero模型は次のように拡張する:

ここでsijはN変数の関数fに対して次のように作用する:

この系の基底状態は変数{xi}の入れ替えに関して対称な

で与えられる.しかし一般の励起状態は変数{xi}の入れ替えに関して非対称なため,系(3)は識別可能な粒子に対する(あるいは多成分)Calogero模型と呼ばれる.この非対称な固有状態は,上記のボソンの場合と同様に,基底状態の波動関数φgと非対称多変数Hermite多項式と呼ばれる多項式jμの積で書ける:φμ(x)=φg(x)jμ(x).ここでφμすなわちjμは非負整数列〓で指定される.これらの多変数多項式は|φg(x)|2を重み関数とした内積<.,.>(H)に関して直交する,

このことから非対称な固有状態φμの直交性が直ちに分かる.

 このような非対称な固有状態に対して上昇演算子を用いた代数的なアプローチを与える.二つの演算子A*μ,(μは分割),Si,(1〓i〓N-1)を導入する.演算子A*μをj0=1に作用させると分割μを持つ多項式jμが得られる:

 A*μj0=cjμ, μ:分割,c∈C.

一方Siは非負整数列μの成分μiとμi+1を入れ替える役割を持つ:

A*μとSiを組み合わせて用いることで,非負整数列で指定される全ての非対称多変数Hermite多項式を与えるRodrigues型の公式が得られる.調和振動子模型と同様に,上昇演算子A*μとその共役演算子(A*μ)*=Aμの積AμA*μが非対称多変数Hermite多項式が対角化できることを用いると,多項式の内積の対角項<jμ, jμ>(H)の計算が実行される.すなわち,非対称な固有状態のノルムが得られる.例えば,μが分割の場合は

ここでΓ(z)はガンマ関数である.

 次にハミルトニアン(3)に対して,sij=±1の空間を考え,ボソン,フェルミオンに対するCalogero模型を考える.相互作用のない量子多体系においては,一体の固有関数の積を対称化,反対称化することによってボソン的,フェルミオン的状態を構成することができる.この方法は一般の相互作用を持つ系に対しては適用できないが,Calogero模型に対しては上の非対称な固有状態を対称化,反対称化することでボソン的,フェルミオン的状態が構成できる.多項式部分に注目すれば,非対称多変数Hermite多項式の適当な線形結合を作ることでボソン的,フェルミオン的固有状態〓の多項式部分,対称,反対称多変数Hermite多項式が得られる,

ここでμは分割,νはμにN次の対称群〓Nを作用させて得られる非負整数列である.このようにして得られた多変数Hermite多項式はLassalle,宇治野−和達,筧,Baker-Forrester,van Diejenらによって議論されているものと同一のものを与える.また非対称な固有状態のノルムを対称化,反対称化することで,ボソン的,フェルミオン的固有状態のノルムが計算できる,

対称な場合のノルムはvan Diejenによって得られた結果を再現している.以上の非対称多変数Hermite多項式のRodrigues型公式の導出,対称化,反対称化(5),またノルムの計算(4),(6)においては,有限次元単純リー代数のルート系とそれに作用するワイル群の性質が駆使される.また境界不純物を持つCalogero模型と,その固有状態の多項式部分,多変数Laguerre多項式に対しても同様なアプローチが適用できる.

 一方,上記のSutherland模型(2)に対しても,境界不純物,あるいは三体相互作用を入れるような拡張ができることが知られている.数学の言葉を使えば,Sutherland模型は全ての既約な古典ルート系に付随させて一般化できる.これらの一般化されたSutherland模型も,ハミルトニアンを含む可換な保存演算子を構成することにより,その量子可積分性を示すことができる.またその保存演算子の同時固有状態は基底状態の波動関数と多変数直交多項式に因子化できる.この多項式部分はHeckman-Opdam多項式と呼ばれ,一変数のJacobi多項式の拡張にあたる.

 一般化されたSutherland模型の保存演算子の存在は(退化した)アフィンヘッケ代数の表現論を用いることでよく理解されている.アフィンヘッケ代数とは拡張アフィンワイル群の群環の変形であるが次のような性質を持つ:

 ・可換部分代数が存在する.

 ・多項式環上の差分(微分)演算子として表現できる.

つまりアフィンヘッケ代数を多項式に作用する演算子として表現すれば,その可換部分代数の表現として可換な演算子の組が系統的に得られる.この可換な演算子の組が上に述べたDunkl演算子に他ならない.

 以上の内容をふまえて,一般化されたSutherland模型の固有状態を構成する代数的なアプローチを導入する.すなわちCalogero模型の場合と同様に,識別可能な粒子に対する一般化されたSutherland模型を考え,その多項式部分,非対称Heckman-Opdam多項式に対するRodrigues型の公式を与え,非対称な固有状態のノルムの計算を実行する.また非対称な固有状態を対称化,反対称化しボソン的,フェルミオン的な固有状態を構成し,固有状態のノルム計算を行う.本論文では,全ての古典ルート系に付随する一般化されたSutherland模型とその固有状態が同時に扱われる.これはアフィンリー代数に付随するアフィンルート系をKac流に扱ったことにより可能になる.

 上のようなアプローチはCS模型の相対論的拡張である(三角関数型)Ruijsennars模型に対して,より威力を発揮する.Ruijsennars模型の固有状態も,同様に基底状態の波動関数と多変数直交多項式に因子化できるが,その多項式部分はMacdonald多項式と呼ばれる数理物理学においても重要な直交多項式で記述される.CherednikはこのMacdonald多項式に対してアフィンヘッケ代数のアプローチを開発し,差分演算子の構成法,多項式の重み関数の定数値,多項式の内積値などの証明を与えた.一方,Koornwinderによって導入された多項式,Macdonald-Koornwinder多項式は6つのパラメータを持ち,現在知られている多変数直交多項式の中で最も一般的なものだと考えられている(すなわちパラメータの特殊化や極限操作によって既存の多項式が得られる).Macdonald-Koornwinder多項式を固有状態に持つ量子多体系はvan Diejenによって導入され,その量子可積分性が示されている.この多項式に対してもアフィンヘッケ代数のアプローチが適用できるということは野海によって示された.本論文ではKac流のアフィンリー代数,アフィンルート系の分類を用いることにより,Macdonald多項式,Macdonald-Koornwinder多項式を統一的に扱えるアフィンヘッケ代数のアプローチを導入する.また上記の固有状態を代数的に構成する方法を適用し,多項式の内積値に対する新しい証明を与える.

 このようにCalogero模型,Sutherland模型,Ruijsennars模型に対して,その量子可積分性と固有状態に現れる多変数直交多項式に着目し,非対称的,ボソン的,フェルミオン的な固有状態を扱うための代数的なアプローチを与えた.以上が本論文の成果である.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文の主題は、長距離相互作用を持つ1次元量子多体系の厳密解の研究である。具体的にはカロジェロ・サザーランド模型と総称される一群の模型に対して、ハミルトニアンの固有関数を系統的に構成し、それらの内積値に明示公式を与える。これらの結果の一部は既知のものであるが、本論文ではこれまでで最も包括的な代数的アプローチが展開されており、多くの証明がオリジナルで簡潔なものとなっている。その主な特徴は三つある。第一は、始めに識別可能な粒子系について基礎事項を定式化し、ボゾンやフェルミオン状態への対称化・反対称化操作と分離する事によって見通しのよい理論構成を与えている事。第二は、全てのアフィン・リー環のルート系について完備された記法を用い、統一的な記述を与えている事。第三はハミルトニアンを含む可換な演算子を構成する際に、アフィン・ヘッケ代数(の種々のバージョン)の可換部分代数という統一的な指導原理を採用している事である。以下、各章ごとにその内容を概観する。

 第1章では導入として、1970年代のカロジェロとサザーランドの発見に始まる問題の背景、関連するこれまでの研究やその問題点等が議論され、本論文の動機やその位置づけ等が述べられている。

 第2章ではカロジェロ模型とその固有状態について議論している。これは調和的なポテンシャルに閉じ込められ、互いに距離の逆二乗で相互作用する量子多体系である。上昇演算子により非対称な固有状態を構成し、ノルム公式を導出した。固有関数の多項式部分はエルミート、ラゲール多項式の多変数版に相当する。特に識別可能な粒子に対するB型カロジェロ模型について、変数の偶奇性が一般の場合の固有状態とノルムの結果は本論文オリジナルのものである。

 第3章、第4章の内容はほぼ並行しており、前者では一般化されたサザーランド模型、後者では一般化されたルイセナール模型を取り扱った。元々のサザーランド模型とは、円周上で弦の長さの2乗に逆比例するポテンシャルで相互作用する量子多体系である。またルイセナール模型は楕円関数を係数とする差分演算子で定式化されるが、本論文ではそれを三角関数に退化させたものを扱っている。それはローレンツブースト生成子とポアンカレ代数の交換関係を満たす差分演算子をハミルトニアンとするもので、光速度無限大の極限でサザーランド模型に帰着する相対論的模型である。

 第3、4章では、これらのハミルトニアンを全てのアフィン・リー環のルート系に付随させて一般化した模型を考察し、固有状態、ノルムについての結果を与えている。固有関数の多項式部分はサザーランド模型の場合はヘックマン・オプダム多項式、ルイセナール模型の場合はマクドナルド・コーロンビンダー多項式と総称される。本論文ではまずカッツによるアフィン・ルート系に関する結果を要約し、それに基づいてダブルアフィン・ヘッケ代数およびその退化変種を再定式化した。これにより、従来のようなBC型のサザーランド模型やマクドナルド・コーロンビンダー多項式に対する例外的な取り扱いの必要性を解消し、初めての統一的な記述を達成している。拡張アフィン・ワイル群の元の最短表示とダブルアフィン・ヘッケ代数のintertwinerを用いて非対称な固有状態の多項式部分を生成する上昇演算子を構成し、ノルム公式を系統的に導出した。内容としては記述の統一化以外にも種々のオリジナルな成果が含まれている。例えばねじれ型のアフィン・リー環に付随する非対称マクドナルド多項式の構成や、非対称マクドナルド・コーロンビンダー多項式のノルム公式などは新しい結果である。特にノルム公式の証明はワイル群のポアンカレ多項式の性質を巧妙に利用する独自のもので、高く評価される。更に3章の末には1章で得られたエルミート、ラゲール多項式がBC型のヘックマン・オプダム多項式の退化として位置づけられる事が詳細に議論されている。第五章は論文全般の要約と展望が述べられている。

 付録には、本文で必要な種々のデータや補題の他に、非対称エルミート、ラゲール、マクドナルド・コーロンビンダー多項式などの具体形の例も与えられている。

 これらの成果は1次元量子多体系の厳密な結果であり、量子可積分系の理論にも新たな知見を提供するもので、学位論文として十分な内容を持っている。

 なお、本論文2、3、4章の一部は小森靖氏、宇治野秀晃氏、和達三樹氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上のことから、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク