学位論文要旨



No 117442
著者(漢字) 今井,隆太
著者(英字)
著者(カナ) イマイ,リュウタ
標題(和) Hardy-Orlicz空間の特徴付けとコロナ型分解への応用
標題(洋) Characterizations of Hardy-Orlicz spaces and applications to corona type decomposition
報告番号 117442
報告番号 甲17442
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第186号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 教授 野口,潤次郎
 東京大学 教授 中村,周
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,コロナ型問題を議論する舞台となる正則関数空間(holomorphic space)のある候補について考察する.

 S.Kakutani(角谷静夫)によって予想されたコロナ問題は,1962年にL.Carlesonによって,1変数の単位円板の場合に肯定的に解決された.しかし多変数の場合のコロナ問題は,多重円板や単位球のような基本的な領域に対しても未解決のままである.一方,多変数の場合には次善の策として,コロナ解をH∞よりも少し大きい関数空間であるHardy空間Hpの中に見付けるという問題設定が行われた.これをHp−コロナ型問題と呼ぶ.現在までのところ,Hp−コロナ型問題は,Amar, Anderson, Krantz-Liら多くの数学者によって肯定的に解かれている.

 それでは,X−コロナ解を持つような正則関数空間XでH∞に近付くことはできるかという問題が考えられる.つまり,Hp以外の正則関数空間Xでコロナ解の評価が得られるかという問題である.これが本論文の動機付けであり,より自由にH∞へ近付く正則関数空間の候補として,Hardy-Orlicz空間Hφを考察の対象とする.

 以下では,とくに断らない限りφはΔ2−条件及び∇2−条件を満たすN−関数とする.また,Ω⊂CnをC3−級の滑らかな境界を持つ有界強擬凸領域とする.このとき,Hardy-Orlicz空間Hφ(Ω)を次のように定義する.

明らかにf∈Hφ(Ω)はNevanlinna族に属するので,境界上のほとんど到るところで非接境界値を持つ.従って,Hardy-Orlicz空間Hφ(Ω)の関数を境界∂Ω上の関数と同一視する.

 本論文では,Hardy-Orlicz空間Hφ(Ω)の性質を調べて,いくつかの特徴付けを与えるために,実関数論的手法を積極的に適用している.とくに,Marcinkiewiczの補間定理をOrlicz空間の場合に改良し,Orlicz空間におけるMarcinkiewicz型補間定理の応用として主な結果を得ている.

 そこで先ず始めに,Orlicz空間におけるMarcinkiewicz型補間定理を示す.

定理

φ,φ1,φ2∈Δ2∩∇2をN−関数とし,〓を満たすとする.また,準加法的作用素Tは弱(φ1,φ1)型かつ弱(φ2,φ2)型とする.このとき,作用素TはOrlicz空間Lφ(X)上で有界になる.

 Lebesgue空間LpとLqの間にあるOrlicz空間Lφへの補間定理については,例えばRao-RenやGenebashviliらの結果が知られているが,包含関係を規定する条件などが本定理と異なっている.

 このOrlicz空間におけるMarcinkiewicz型補間定理は,極大作用素や特異積分作用素と組み合わせることでHardy-Orlicz空間Hφ(Ω)の特徴付けの有効な道具となっている.先ず,近似定理による特徴付けとして次を得た.

定理

φ∈Δ2∩∇2とする.このとき,Hardy-Orlicz空間Hφ(Ω)の関数は,境界∂Ω上の関数としてA(∂Ω)の関数でLuxembergノルムに関して近似される.つまり,次が成り立つ.

ここで,A(∂Ω)はC(〓)∩〓(Ω)の境界∂Ωへの制限であり,[A(∂Ω)]Lφ(∂Ω)はA(∂Ω)のLuxembergノルム‖・‖(φ)に関する閉包とし,〓は境界∂Ω上の関数空間として等しいこととする.

 また,Szego射影による特徴付けとして次を得た.

定理

φ∈Δ2∩∇2とする.このとき,Hardy-Orlicz空間Hφ(Ω)は,Orlicz空間Lφ(∂Ω)のSzego射影Sによる像と一致する.

 更に,このSzego射影による特徴付けと補間定理を組み合わせることで,Hardy-Orlicz空間上の作用素に対する補間定理を得た.

定理

φ,φ2∈Δ2∩∇2が〓1を満たすとする.このとき,H1(Ω)及びHφ2(Ω)上で定義された準加法的作用素Bが弱(1,1)型かつ弱(φ2,φ2)型ならば,BはHφ(Ω)上で定義され,次を満たす.

 現在のところHp−コロナ型問題が肯定的に解かれており,とくにHp−コロナ解を与える構成手続きが積分作用素として表されることが知られている.従って,上述の定理の系として,Δ2かつΔ2条件というmoderateな増大度をもつHardy-Orlicz空間Hφ(Ω)がHφ(Ω)−コロナ解をもつことが証明される.

定理

φ∈Δ2∩∇2とし,G1,…,Gm∈H∞(Ω)をコロナデータとする.つまり,Σmi=1|Gi(z)|2〓δ>0,(z∈Ω)を満たすとする.このとき,有界な積分作用素Ti:Hφ(Ω)→Hφ(Ω),(i=1,…,m)が存在して,

が成り立つ.更に次が成り立つ.

 こうして,Hardy-Orlicz空間Hφ(Ω)がHφ(Ω)−コロナ解をもつためにはφ∈Δ2∩∇2が十分条件であることが示される.それでは,増大度を上から制限するΔ2条件を課すことは妥当であろうか?という問題が考えられる.この問題に対する回答のひとつとして次を得た.

定理

φをN−関数とする.このとき,Szego射影Sが弱(φ,φ)型,つまり,

ならば,φ∈Δ2となる.

 また,G1,…,Gm∈H∞(Ω)をΣmi=1‖Gi‖∞<1となるコロナデータとし,Ti:H∞(Ω)→H1(Ω),(i=1,…,m)をh=Σmi=1 GiTihを充たす線型作用素とするとき,次を得た.

定理

φをN−関数とする.このとき,各作用素Tiが次を満たすとする.

このとき,φ∈Δ2となる.

 更に,Hardy-Littlewoodの極大作用素がLφ(∂Ω)上で有界であるためにはφが∇2−条件を満たすことが必要十分であることも知られている.

 さて,正則関数空間上の典型的な作用素であるToeplitz型作用素及びHankel型作用素はHardy-Orlicz空間上でどのように振る舞うであろうか.ここで,Toeplitz型作用素及びHankel型作用素とは以下のように定められるとする.つまり,Henkin-Ramirezの積分核を〓とするとき,g∈L∞(∂Ω)をシンボルとするToeplitz型作用素Tgは,

とする.Tgfが境界上のほとんど到るところで(非接)境界値をもつとき,Hankel型作用素は

とする.Tg及びHgのHardy-Orlicz空間上の性質を調べるために,gの連続性の新しい概念を導入する.即ち,Dini関数という連続性をより精密化して,ψ∈Δ2に対するψ-Dini関数という連続性を導入する.g∈C(∂Ω)がψ-Dini関数であるとは,

が成り立つこととする.このとき,次を得た.

定理

φ∈∇2とψ∈Δ2を互いに相補的なN−関数とし,gを∂Ω上のψ-Dini関数とする.このとき,次が成り立つ.

 (a)Hankel型作用素Hgは,Hφ(Ω)の閉単位球をC(Ω)の同程度連続な部分集合に写像する.

 (b)Toeplitz型作用素Tgは,H*φ(Ω)をH*φ(Ω)に,H+φ(Ω)をH+φ(Ω)にそれぞれ写像する.

 (c)∫∂Ωφ(|Hgf|)dσ〓C1∫∂Ωφ(C2|f|)dσ,(f∈H*φ(Ω)).

 (d)‖Tgf‖(φ)〓C‖f‖(φ),(f∈H*φ(Ω)).

gがLipschitz関数のとき,次が成り立つ.

 (a)TgはBMOAをBMOAに写像する.

 (b)∫∂Ωφ(|Hgf|)dσ〓C1∫∂Ωφ(C2|f|)dσ,(f∈H*φ(Ω),φ∈∇2).

 (c)‖Tgf‖(φ)〓C‖f‖(φ),(f∈H*φ(Ω),φ∈∇2).

 Hardy-Orlicz空間上のToeplitz型作用素に関する上述の定理の応用として,Hardy-Orlicz空間に対してもGleason問題が解ける.領域Ω∈Cn上の正則関数空間Xに対するGleason問題とは,任意のf∈Xと任意のα∈Ωに対して,f(z)−f(a)=Σni=1(zi−ai)gi(z),(z∈Ω)となるgi∈X,(i=1,…,n)が存在するかどうかという問題である.

定理

次の正則関数空間Xに対して,Gleason問題が解ける.

 (a)X=H+φ(Ω),H*φ(Ω).ここで,φ∈∇2である.

 (b)X=BMOA.

 これらの結果は,Szego射影などの場合と異なり,必ずしもΔ2条件を満たすとは限らない(真に大きい増大度をもつ)Hardy-Orlicz空間に対しても成り立つ結果である.

 その他の関連話題としては,(1)Carleson-Hormanderの不等式のHardy-Orlicz空間版,(2)Hardy-Orlicz空間の別の流儀による定義(Hasumi-Kataokaの結果の多変数の単位球への拡張)などに関して得られた結果を述べる.

審査要旨 要旨を表示する

 提出論文の題目はCharacterizations of Hardy-Orlicz spaces and applications to corona type decompositionである.この論文では,Hardy-Orlicz空間のいくつかの特徴づけ,ならびにそのコロナ問題,Toeplitz作用素,Gleason問題への応用が与えられた.

 本論文における学位申請者の研究の動機は,実解析学と複素解析学にまたがる重要な未解決問題の一つであるコロナ問題にある.この問題は,Ωをn次元複素空間Cnの領域としたとき,Ω上の有界正則関数f1,…,fNで,ある定数δ>0が存在し,Ωのすべての点zに対して|f1(z)|+…+|fN(z)|〓δが成り立つとき,f1g1+…+fNgN=1なる有界正則関数g1,…,gNが存在するか?というものである.f1,…,fNをコロナ・データといい,g1,…,gNをそのコロナ解という.コロナ問題は,Ωが単位円板の場合はすでに1962年にL.Carlesonによって肯定的に解かれているが,多変数の場合,たとえば単位球,多重円板でコロナ問題が正しいか否かは現在のところ未解決である.現在までにある多変数の場合の研究方向の一つは,コロナ解を有界正則関数の中から見出すことが困難なため,それをHardy空間Hpから見出すというものである.この方向の研究としては,E.Amar, M.Andersson, H.Carlssonらのものが知られている.申請者の論文では,Hardy空間よりもよりコロナ問題に直接的にアプローチできるであろうHardy-Orlicz空間Hφを用いて問題を研究することを目的に,この関数空間が系統的に研究されている.さらにコロナ問題に対する新たな部分的結果をはじめ,さまざまな応用も与えられている.

 申請論文の内容を詳しく述べる.本申請論文では主にCnのC3級の境界をもつ有界擬凸領域Ω上のHardy-Orlicz空間が扱われている.まずHardy-Orlicz空間の基本的な性質をHenkinによる積分核の理論と実解析的方法を用いることにより導いている.たとえばHardy-Orlicz空間に属する関数が境界までこめて連続なΩ上の正則関数でHardy-Orlicz空間のLuxembergノルムで近似できるという基本的な結果が証明されている.また実解析学の古典的な定理の一つであるMarcinkiewiczの補間定理をモデルにOrlicz空間に関する補間定理を改良し,それをもとにHardy-Orlicz空間の理論を深めた.たとえば,Hardy-Orlicz空間がOrlicz空間のSzegoe射影による像と一致していること,さらにそれを用いてHardy-Orlicz空間の双対空間を求めるというHardy-Orlicz空間を今後研究する上で,基礎的でありかつ重要な結果が証明されている.これらが申請論文の主に前半に記されている結果である.申請論文の後半では,前半の結果を基にして,まずコロナ型分解が論じられている.コロナ型分解はコロナ問題を一般化した形の分解で,これが有界正則関数に対して成り立てばコロナ問題が肯定的に解けるというものである.これまで知られている結果はHardy空間に対するコロナ型分解であるが,申請論文においてそれがHardy-Orlicz空間で成り立つことが証明された.さらに申請論文ではコロナ型分解を与える線形作用素について,それが弱(φ,φ)型評価をみたすためのある種の必要条件まで証明されている.これはコロナ型分解をHardy空間の範疇で議論していたのでは見えなかったことである.この他,Szegoe射影に対しても同様の結果を証明している.申請論文では今まで述べてきた結果に加えて,Henkin-Ramirez核を積分核とするToeplitz型作用素への応用も与えている.Toeplitz作用素の研究は作用素論と複素解析にまたがるテーマで,さまざまな研究がなされているが,申請論文では本論文で構築してきたHardy-Orlicz空間の理論を適用して,Toeplitz型作用素がHardy-Orlicz空間で有界になるための表象の十分条件を見出した.さらにそれを応用して,Hardy-Orlicz空間ならびにBMOAでGleason問題が解けることが証明された.この他にも,付随的な成果としてCarleson-Hormander型不等式のHardy-Orlicz空間への一般化,単位円板上のHardy-Orlicz空間に関するHasumi-Kataokaの定理の強擬凸領域への一般化なども証明されている.

 本論文で得られている数々の結果は,今後の多次元複素領域におけるHardy-Orlicz空間の研究の基礎となる重要なものである.よって論文提出者今井隆太は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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