学位論文要旨



No 117443
著者(漢字) 鈴岡,啓一
著者(英字)
著者(カナ) スズオカ,ケイイチ
標題(和) 4次元多様体から平面への球面型折り目写像のトポロジーについて
標題(洋) On the topology of sphere type fold maps of 4-manifolds into the plane
報告番号 117443
報告番号 甲17443
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第187号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

1 序

 多様体上にはMorse関数と呼ばれるすべての特異点が非退化であるような実数値関数が存在する。この特異点は孤立特異点であり、その近傍での関数の性質は特異点の指数に集約される。Morse理論(cf.[12])により多様体はこの孤立特異点とその指数に対応したいくつかのハンドルに分解される。すなわち関数とその特異点の情報により多様体のトポロジーに関する重要な情報が得られると考えられる。Thom [20]はこれを実数値関数から一般の多様体間の写像へと拡張するという問題を考えた。この問題に関して、我々は特に4次元多様体から平面への写像について、その特異点から多様体のトポロジーについてどの様な情報が得られるのかを考える。この場合に関してはすでに結果いくつかの結果が知られている。(cf.[2,3,4,6,7,8,13,14,20])

2 4次元多様体から平面への安定写像とそのStein分解

 以下すべてのM4は向き付けられた連結かつ閉じた4次元多様体であるとする。M4から平面へのC∞級写像全体をC∞(M4,R2)と書きそこにWhitney C∞を位相を入れる。C∞(M4,R2)には自然にDiff(M4)×Diff(R2)が作用する。f∈C∞(M4,R2)が安定写像であるとは、この作用によるfの軌道空間が開集合になることである。Mather [11]により安定写像全体の集合はC∞(M4,R2)の中で開かつ稠密な部分集合になることが知られている。f∈C∞(M4,R2)とする。p∈M4がfの特異点であるとはrankdfp<2であることであり特異点のなす集合をS(f)と書く。fが安定写像であることは以下の性質を満たすことと同値であることが知られている。([5])。

 任意のp∈S(f)に対して、(L1)または(L2)のいずれかが成り立ち、かつ(G1)かつ(G2)を満たす。pの座標近傍(u,z1,z2,z3)で原点がpでありf(p)の座標近傍(U,Y)でf(p)が原点になるものが存在して(L1) U〓f=u, Y〓f=Σ±z2i,(pを折り目特異点と呼ぶ)

pの座標近傍(u,x,z1,z2)で原点がpでありf(p)の座標近傍(U,Y)でf(p)が原点になるものが存在して〓(pをカスプ型特異点と呼ぶ)

(G1)すべてのカスプ型特異点pに対し f-1f(p)∩S(f)={p}

(G2)f|(S(f)\cusp points)が正則なはめ込みである。

pを折り目特異点とするとき、(L1)の和の記号内のすべての正負が一致していればpを定値折り目特異点と呼び、そうならない時pを非定値折り目特異点と呼ぶ。

 定義(Stein分解)M4の点に対して安定写像fにより次の同値関係を導入する。P0, P1∈M4に対しf(P0)=f(P1)=QかつP0とP1がf-1(Q)の同じ連結成分に含まれる時P0とP1が同値であるとする。この同値関係による商空間Wfが定義され、商写像qf:M4→Wfが以下の図式を可換にするf:Wf→R2を誘導する。

この図式による写像fの分解、または商空間Wf自身のことをStein分解と呼ぶ。

 定義(折り目写像) fのすべての特異点が折り目特異点の時fを折り目写像と呼ぶ。特に、すべての特異点が定値折り目特異点の時、fをスペシャルジェネリック写像と呼ぶ。

 定義(球面型折り目写像) fを折り目写像とする。任意のq∈f(M4\f(S(f))に対しf-1(q)がいくつかのS2の直和となる時、fを球面型折り目写像と呼ぶ。

 注意 1 球面型折り目写像(sphere type fold map)はこの論文において定義されたものである。

注意 2 スペシャルジェネリック写像は常に球面型折り目写像である。

3 主定理

 この論文では以下の定理を得た。

 定理 Stein分解qf:M4→Wfが誘導する、基本群の準同型写像(qf)*:π1(M)→π1(Wf)は同型写像である。

注意 fがスペシャルジェネリック写像の時に上の定理が成立することはすでに知られていた。cf.[13,14]従ってこの論文では、これを球面型折り目写像の場合に拡張したことになる。

 またこの論文では以下の問題について考察した。

 問題 曲線の平面へのはめ込みを与えた時、それが特異点の像になる球面型折り目写像を持つのはどのような多様体か。

 これに対しては以下の結果を得た。

 定理 図1の平面曲線に対して1番外側の円周が定値折り目特異点の像になり、それ以外の曲線が非定値折り目特異点の像になる球面型折り目写像を持つM4はS2×S2かS2×S2に微分同相である。またここで考察した球面型折り目写像によりM4内の2つの成分を持つ2次元絡み目でその補空間がS1上のファイバーバンドルの構造を持ちファイバーが(S1×S2)\(D3ЦD3)になるものが存在することを指摘した。

 同様に次の結果を得た

 定理 図2の平面曲線に対して1番外側の円周が定値折り目特異点の像になり、それ以外の曲線が非定値折り目特異点の像になるような、球面型折り目写像をもつM4は、そのStein分解の位相により2つのケースに別れる

1.Stein分解により誘導された商空間が円盤とトーラスとアニュラスの張り合わせでできるものの時S2×S2かS2×S2のいずれかに微分同相である。

2..Stein分解により誘導された商空間が円盤とクラインの壺とアニュラスの張り合わせでできるものの時RP2上のS2バンドルの全空間でかつ向きづけ可能なもののうちいずれかに微分同相である。

またここで考察した球面型折り目写像によりM4内の2次元結び目でその補空間がS1上のファイバーバンドルの構造を持ちファイバーが

(S1×S2)\D3になるものが存在することを指摘した。

参考文献

 [1] J. M. Eliasberg, On singularities of folding type, Math. USSR-Izv. 4 (1970), 1119-1134.

 [2] J. M. Eliasberg, Surgery of singularities of smooth mappings, Math. USSR-Izv. 6(1972), 1302-1326.

 [3] T. Fukuda, Topology of folds, cusps and Morin singularities, in "A Fete of Topology", eds. Y. Matsumoto, T. Mizutani and S. Morita, Academic Press, 1987, pp.331-353.

 [4] Y.K.S. Furuya, Sobre aplicacoes genericas M4→R2, Doctor Thesis, ICMSC, University of Sao Paulo, 1986. 591-631.

 [5] M. Golubitsky and V. Guillemin, Stable mappings and their singularities, Grad. Texts in Math. 14, Springer, New York, Heidelberg, Berlin, 1973.

 [6] M. Kobayashi, Simplifying certain mappings from a simply connected 4-manifold into the plane, Tokyo J. Math. 15 (1992), 327-349.

 [7] M. Kobayashi and O. Saeki, Simplifying stable mappings into the plane from a global viewpoint, Trans. Amer. Math. Soc. 348 (1996), 2607-2636.

 [8] H. Levine, Elimination of cusps, Topology 3 (suppl. 2) (1965), 263-296.

 [9] H. Levine, Mappings of manifolds into the plane, Amer. J. Math. 88 (1966), 357-365.

 [10] H. Levine, Classifying immersions into R4 over stable maps of 3-manifolds into R2, Lect. Notes in Math. 1157, Springer, Berlin, 1985.

 [11] J. N. Mather, Stability of C∞ mappings: VI, the nice dimensions, Lect. Notes in Math. 192, Springer, 1971, pp.207-253.

 [12] J. Milnor, Morse theory, Ann. of Math. Stud. 51, Princeton Univ. Press, 1963.

 [13] P. Porto and Y. K. S. Furuya, On special generic maps from a closed manifold into the plane, Topology Appl. 35 (1990), 41-52.

 [14] O. Saeki, Topology of special generic maps of manifolds into Euclidean spaces, Topology Appl. 49 (1993), 265-293.

 [15] O. Saeki, Notes on the topology of folds, J. Math. Soc. Japan 44 (1992), 551-566.

 [16] O. Saeki, Simple stable maps of 3-manifolds into surfaces, Topology.

 [17] O. Saeki, Simple stable maps of 3-manifolds into surfaces II, J. Fac. Sci. Univ. Tokyo 40 (1993), 73-124.

 [18] O. Saeki, Studying the topology of Morin singularities from a global viewpoint, Math. Proc. Camb. Phil. Soc. 117 (1995), 223-235.

 [19] K. Sakuma, On the topology of simple fold maps, Tokyo J. Math. 17 (1994), 21-31.

 [20] R. Thom, Les singularites des applications differentiables, Ann. Inst. Fourier (Grenoble) 6 (1955-56), 43-87.

図1

図2

審査要旨 要旨を表示する

 有限次元に限って解釈すると,古典的なMorse理論は,多様体Mから実数直線Rへの安定写像M→Rの研究と考えることができる.1950年代にR.Thomはこの研究を,閉多様体Mから別の多様体Nへの写像f:M→Nを通して,多様体Mのトポロジーを研究するシナリオへと拡張した.この方向での研究はその後,さまざまなヴァリエーションを生んでいる.その多くのものは,標的となる多様体Nとしてユークリッド空間Rpをとるものである.

 C∞級写像f:M→Rpの臨界点qが折り目臨界点であるとは,qとf(q)のまわりの局所座標によって,fが標準的に

 (x1,x2,...,xn)〓(x1,...,xp-1,±x2p±…±x2n)

という形に書けることである.そして,f:M→Rpの全ての臨界点が折り目臨界点であるとき,fを折り目写像という.

 上記のThomのシナリオの特別の場合として,多様体Mからユークリッド空間Rpへの折り目写像f:M→Rpに基づいてMのトポロジーを調べるという研究がある.特に,折り目写像fの全ての臨界点において,その局所表示の±x2p±…±x2nの部分が定値であるとき,すなわち,x2p+…+x2nであるとき,f:M→Rpはスペシアル・ジェネリック写像と呼ばれる.

 このいささか自己矛盾したような呼称はO.BurletとG.de Rham(1974)によるものであるが,彼等は3次元多様体M3からR2へのスペシアル・ジェネリック写像が存在するという条件のもとで,3次元多様体M3の構造を調べた.スペシアル・ジェネリック写像の研究は,P.Porto, Y.K.S.Furuya,佐伯 修 達により引き継がれている.

 スペシアル・ジェネリック写像より一般の折り目写像に関しても,J.M.Eliasberg, H.Levine,佐伯 修 達の研究があるが,まだそれほど多くのことが分かっているわけではない.

 提出された論文において,スペシアル・ジェネリック写像と一般の折り目写像の中間に位置する球面型折り目写像(spherical fold maps)の概念が導入された.これは次元対(n,p)が(4,2)という特別の場合に限り導入されたものであるが,そのままでは極めて見難い4次元多様体を平面上に素描することに相当している.その定義は次のように述べられる.折り目写像f:M4→R2が球面型であるとは,f(M)に含まれる任意の正則値pの逆像f-1(p)が有限個の2次元球面の非交和になることである.

 論文では,球面型折り目写像f:M4→R2が与えられたとき,平面上に描かれた臨界値の曲線の形状と,それによって区切られた平面の領域にその領域に属する正則値の逆像の連結成分の個数を割り当てた図から,もとの4次元多様体を復元する方法をいくつかの具体例に基づいて研究している.

 特に興味ある場合は,臨界値曲線が図1のように与えられている場合である.この図については,次の事実が証明されている.

定理:図1により与えられる4次元多様体は2次元球面の直積S2×S2または球面上の非自明な球面束S2〓S2のどちらかであり,しかもどちらの多様体も図1の表示をもつ.

 この例が興味ある一つの理由は,この図の「中心点」の逆像は二つの2次元球面の非交和であり,それがM4のなかのファイバー絡み目になっていることが図から直ちに見てとれることである.

 平面上の臨界値曲線からM4を復元するとき,基本群の理解が意外に難しい.図1の場合,上記のファイバー絡み目の構造に即して考えるとあたかもπ1(M4)〓Z2であるかように見えるが,実際にはM4は単連結である.このような基本群に関する考察は次の定理に一般化されている.

定理:f:M4→R2を球面型折り目写像とし,M4→Wf→R2をそのStein分解とすれば,自然な写像は基本群の同型π1(M4)〓π1(Wf)を導く.

 初めの例における4次元多様体M4の復元は,与えられたf:M4→R2の臨界値曲線の図を,Morse関数の臨界値集合を原点のまわりに回転させたものとみることから出発する.そして,動径の逆像として与えられる3次元多様体の間のモノドロミーを用いて,MのKirby図式を構成するのである.このように,提出された論文は,写像の特異性を通して多様体のトポロジーを研究する分野に,新しい研究方法と対象をもたらしたものと考えられる.

 よって,論文提出者 鈴岡 啓一は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

図1:S2×S2およびS2〓S2の表示

UTokyo Repositoryリンク