学位論文要旨



No 117451
著者(漢字) 垣見,信之
著者(英字)
著者(カナ) カキミ,ノブユキ
標題(和) 3次元正規射影多様体上のGorenstein端末特異点、およびGorensteinではないQ−分解的端末特異点、およびある種の商特異点における線形系の自由性について
標題(洋) Freeness of adjoint linear systems on threefolds with terminal Gorenstein singularities, non-Gorenstein Q-factorial terminal singularities or some quotient singularities
報告番号 117451
報告番号 甲17451
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第195号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 堀川,穎二
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
内容要旨 要旨を表示する

 以下、すべて複素数体C上で考える。また敬称は略して表記する。自分がこの論文で扱う題材は「特異点を持つ3次元正規射影多様体X上の線形系|KX+L|のある種の特異点における自由性について」である。

 自分の結果は次にあげる藤田自由性予想の3次元正規射影多様体上のある種の特異点における一般化である。

予想0.1.Xを滑らかな射影多様体でLはX上の豊富な因子であるとする.もしm〓dimX+1ならば,線形系|KX+mL|は自由である.

 滑らかな2次元射影多様体上では,Reider[Rdr]が曲面上の線形系|KX+L|の研究にBogomolov's instability theoremを適用することにより藤田自由性予想よりも強い形で証明した.そのため次ぎにあげる強い形の自由性に関する予想(藤田自由性強予想)が考えられるようになった.

予想0.2.Xをn次元正規射影多様体とし,x0∈Xを滑らかな点,かつLを豊富なカルティエ因子とする.点x0を含む任意のp次元部分多様体Wに対してLp・W〓np(1〓p〓n-1)かつLn>nnが成り立つとする.そのとき|KX+L|は点x0で自由となる.

 EinとLazarsfeld[EL]によって3次元の藤田自由性予想は証明されたが,その証明はとても難しい.川又[Ka]は3次元の藤田自由性強予想を解決し、さらに4次元の藤田自由性予想を解決した.Helmke[He1][He2]はn次元の藤田自由性強予想解決に向けて取り組んでいる。

 正規射影曲面上の特異点に対する他の人の結果を述べておく.EinとLazarsfeld[EL],松下[Mat],川内[KM][Kwc],とMasek[Ma]らはReider[Rdr]の結果を特異点の場合に拡張している.これらの特異点における結果はすべて滑らかな場合よりも条件が良くなっている.さらにLanger[La1][La2]がランク2の再帰的な層を正規射影曲面に適用することにより最も良い2次元上の結果を得ている.これらの2次元の結果より,任意の次元でも特異点であるほど滑らかな点よりも条件が良くなるであろうことが一般的に予想されることになった.3次元の特異点上でもEinとLazarsfeld[EL]の滑らかな点での結果を拡張することによりいくつか結果(小木曽とPeternell[OP]またはEin, LazarsfeldとMasek[ELM]または松下[Mat]の結果)がでていた.しかしそれらの結果は特異点において滑らかな点よりも条件が悪くなるものばかりであった.そのため3次元上では特異点であっても滑らかな場合の条件よりも悪くなるのではないか,と考える人もでてきていた.

 我々は3次元正規射影多様体が特異点をもつ場合についてある種の特異点における線形系|KX+L|が自由となるための条件を考える.Xを3次元正規射影多様体とし、x0をX上の点とし、Lを豊富なQ−カルティエ因子でKX+Lが点x0でカルティエ因子であるようなものとする。そのとき,以下の結果を示した.

定理0.3.点x0∈XをGorenstein端末特異点とする。L3>(〓)3,点x0を含むすべての曲面Sに対してL2S>(〓)2,かつ点x0で滑らかとなるようなすべての曲線Cに対してLC>(〓)/〓を仮定する。そのとき,線形系|KX+L|は点x0で自由になる(注2.991<〓<3).

定理0.4.点x0∈Xを(1/r,a/r,b/r)という型の孤立商特異点とする.(注:ある整数r>0に対して,(r,a)=1かつ(r,b)=1である.)L3>33/rかつ(S,x0)〓C2/Zr(1,a')(1,a')=(1,a),(1,b),または(a,b)となるようなすべての曲面Sに対してL2S〓32/rかつ(S,x0)〓(x2+f(y,z)=0またはxy+zn+1=0⊂C3/Zr(1,a",b"))(1,a",b")=(1,a,b),(1,b,a),(a,1,b),(a,b,1),(b,1,a),または(b,a,1)となるようなすべての曲面Sに対してL2S〓3/rかつ点x0で滑らかとなるようなすべての曲線Cに対してLC〓3/rを仮定する.そのとき,線形系|KX+L|は点x0で自由になる.

定理0.5.点x0∈Xをindx0X=r>0であるような商特異点でないQ−分解的な端末特異点とする.L3>23・2/r,点x0を含むすべての曲面SにたいしてL2S〓22・2/rかつ点x0で滑らかとなるようなすべての曲線Cに対してLC〓2/rを仮定する.そのとき,線形系|KX+L|は点x0で自由になる.

系0.6.XをQ−分解的端末特異点しか持たないような多様体とする.x0∈Xをindx0X=r>0であるような点とする.L3>33/r,点x0を含むすべての曲面SにたいしてL2S〓32/rかつ点x0で滑らかとなるようなすべての曲線Cに対してLC〓3/rを仮定する.そのとき,線形系|KX+L|は点x0で自由になる.

 我々[K1]は川又[Ka]の手法を正規射影多様体上の端末Gorenstein特異点または1/r(1,1,1)という型の商特異点に適用することにより,それらの点で線形系が自由となる条件が滑らかな場合より良くなるという予想どうりの結果を得た.注意するべきこととしては、我々[K1,Theorem 3.8]のなかで標準だが端末特異点でない場合の証明が間違っている。そのため[K1,Theorem 3.8,Corollary 3.9,Corollary 3.10]は間違っている。Lee[L1][L2]は自分とは独立に多様体に分解的かつGorenstein標準特異点のみをもつという仮定をつけることにより自由性に関するある種の結果を出している。

 我々[K3]はさらに研究をすすめるため正規多様体上の点とその点における重みつきブローアップを考えあわせて,重みつきmultiplicityという概念とQ−カルティエ因子に対する重みつきorderという概念を定義した.

定義0.7.Xをn次元正規多様体,x0はX上の点,μ:Y→Xは例外因子Eを持つ点x0での重みつきブローアップとする.W⊂Xを点x0で正規であるような次元pの部分多様体とし,WをWの厳密変換とし,W上のDWをW上の効果的なQ−カルティエ因子DWの厳密変換とする.W上の点x0とその点でのμにおける重みつきmultiplicity(w-multμ:x0W)は次のように定義される.

W上の因子DWに対する点x0とその点でのμにおける重みつきorderは次のように定義される.(w-ordμ:x0DW)は

 そして重みつきmultiplicityの計算を任意次元のある商特異点と商特異点でない3次元端末特異点に対して計算した.

定理0.8.(X,x0)〓Cn/Zr(1,a1,…an-1)(r>0,(r,a1)=1,かつ0〓aj<(1〓j〓n-1),r,aj∈Z)という商特異点とする.l:=min{i|aji≡i(mod r)(1〓j〓n-1)for 0

定理0.9.(X,x0)をC上indx0X=r>1となるような商特異点でない3次元端末特異点であって,μ:Y→Xをwt(x,y,z,u)=(1,1,1,1)でμの例外因子Eを持ちKY=μ*KX+Eとなるような重みつきブローアップとする.そのとき,

 この重みつきmultiplicitiesを適用することにより,我々は,定理(定理0.4,0.5)のように3次元正規射影多様体上で線形系|KX+L|がある種の商特異点または商特異点でないQ−分解的端末特異点で自由となる数値的な条件を得た.これらの条件は滑らかな場合よりもよくなっている.さらに定理0.4が最良であることを示す例もある.

例0.10.X=P(1,1,1,r)かつx0=(0:0:0:1)とする.そのときx0はC3/Zr(1,1,1)という型の商特異点であり,標準因子はKX=〓(-r-3)となっている.もし点x0でKX+Lがカルティエであり,Lが効果的とすると,L=〓(rk+3)(k∈Z,rk+3〓0)である.もしL=〓(3)であり曲面S=P(1,1,r)であり曲線C=P(1,r)であるならば,|KX+L|は点x0で自由でなくてかつL3=27/rで,L2S=9/rであり,LC=3/rとなる.

 L3>27/rだがLC<3/rとなる曲線CがありKX+Lが商端末特異点で自由でないという例もある.

例0.11.X=P(1,a,r-a,r)(r>2a)かつx0=(0:0:0:1)とする.x0はC3/Zr(1,a,r-a)という型の商端末特異点であり,標準因子はKX=〓(-2r-1)となっている.もしKX+Lが点x0でカルティエであり,Lが効果的とすると,L=〓(rk+1)(k∈Z,rk+1〓0)である.もしL=〓(r+1)でC=P(r-a,r)であるならば,|KX+L|は点x0で自由でなくかつL3=(r+1)3/ra(r−a)>27/rだがLC=(r+1)/r(r−a)<3/rとなる.

 さらに我々は自由性に関するLangerの結果[La2]の一部であるA型となるログ端末特異点における線形系|KX+L|が自由となる条件の別証明をあたえた.3次元の場合と同様にその定理がA型となるログ端末特異点に対して最良であることを示す例もあり、L2>4/rだがLC<2/rとなる曲線Cがあって|KX+L|がA型のログ端末特異点で自由でないという例もある.

 次にあげる命題が自由性に関する我々の結果の証明において重要な役割を果たしている。

命題0.12([K1,2.2]cf[Ka,2.3]).Xをn次元正規射影多様体とする。x0∈XはKLTな点とする。そしてLを豊富なQ−カルティエ因子であって点x0でKX+Lがカルティエ因子となるようなものとする。以下3つの条件を満たすような効果的なQ−カルティエ因子Dが存在すると仮定する:

(1)D〜QtLでかつt<1となるような有理数tが存在する。

(2)点x0で(X,D)がLCである。

(3){x0}∈CLC(X,D)である。

そのとき線形系|KX+L|は点x0で自由となる。

 この命題の仮定を満たすような効果的なQ−カルティエ因子Dを上手に構成すればよい。我々の自由性に対する証明は川又[Ka]の証明方法とその部分的な改良版であるHelmke[He2]の証明方法をほとんどそのまま我々が考える特異点上に拡張し適用しているので川又[Ka]およびHelmke[He2]の証明と非常によく似ている.しかしながら,重みつきブローアップと重みつきmultiplicityと局所的な重みつきdiscrepancyと重みつきwildnessに対してより注意深くかつ細かい解析が必要である.

 謝辞この論文を書くにあたって、著者は多くの数学的示唆、激励を下さった川又雄二郎教授には深く感謝しております。また、著者を様々な面で励ましてくださった藤田隆夫教授、小木曽啓示助教授、小林正典助教授、松下大介助教授、高木寛通助手、皆川龍博助手、佐藤拓博士にはたいへん感謝しております。最後にこの論文について有益な議論を交わした上原北斗さん、川北真之君にこの場を借りて感謝します。

参考文献

[EL] L. Ein and R. Lazarsfeld: Global generation of pluricanonical and adjoint linear series on smooth projective threefolds. J. Amer. Math. Soc. 6(1993)875-903

[ELM] L. Ein, R. Lazarsfeld, and V. Masek: Global generation of linear series on terminal threefolds. Internat. J. Math. 6(1995)1-18

[F] T. Fujita: Remarks on Ein-Lazarsfeld criterion of spannedness of adjoint bundles of polarized threefold. preprint e-prints/alggeom/9311013

[He1] S. Helmke: On Fujita's conjecture, Duke Math. J. 88(1997),201-216

[He2] S. Helmke: On global generation of adjoint linear systems, Math. Ann. 313(1999),635-652

[K1] N. Kakimi: Freeness of adjoint linear systems on threefolds with terminal Gorenstein singularities or some quotient singularities. J. Math. Sci. Univ. Tokyo 7(2000)347-368

[K2] N. Kakimi: On the multiplicity of terminal singularities on three-folds. preprint e-prints/math.AG/0004105

[K3] N. Kakimi: Freeness of adjoint linear systems on threefolds with non-Gorenstein Q-factorial terminal singularities or some quo-tient singularities, preprint

[KM] T. Kawachi and V. Masek: Reider-type theorems on normal surface. J. Alg. Geom. 7(1998)239-249

[Kwc] T. Kawachi: On the base point freeness of adjoint bundles on normal surfaces. manuscripta math. 101(2000)23-38

[Ka] Y. Kawamata: On Fujita's freeness conjecture for 3-folds and 4-folds. Math. Ann. 308(1997)491-505

[L] R. Lazarsfeld: Lectures on linear series. Complex Algebraic Geometry-Park City/IAS Math. Ser.,1996

[La1] A. Langer: Adjoint linear systems on normal surfaces II. J. Alg. Geom. 9(2000)71-92

[La2] A. Langer: Adjoint linear systems on normal log surface. ICTP preprint March 1999 to appear Compositio Math.

[L1] S. Lee: Remarks on the pluricanonical and the adjoint linear series on projective threefolds. Comm. Alg. 27(1999)4459-4476

[L2] S. Lee: Quartic-canonical systems on canonical threefolds of index 1.preprint

[Ma] V. Masek: Kawachi's invariant for normal surface singularities. Internat. J. Math. 9(1998), no.5, 623-640

[Mat] D. Matsushita: Effective base point freeness. Kodai. Math. J. 19(1996)87-116

[OP] K. Oguiso and T. Peternell: On polarized canonical Calabi-Yau threefolds. Math. Ann. 301(1995)237-248

[Rdr] I. Reider: Vector bundles of rank 2 and linear systems on algebraic surface, Ann. Math. 127(1988)309-316

審査要旨 要旨を表示する

 論文提出者垣見信之は,特異点を持つような代数多様体に対する一般化された藤田の自由予想を研究した.

 n次元の滑らかな射影的代数多様体Xとその上の豊富因子H,およびn+1以上の整数mに対して,随伴線形系|KX+mH|が自由になるというのが,もともとの藤田の自由予想であるが,この予想は次のような局所的な予想に一般化される:「n次元の正規な射影的代数多様体X,その上の滑らかな点x0∈X,および豊富なカルティエ因子Lにおいて,もしも不等式Ln>nnが成り立ち,しかも任意の整数pおよびx0を含む任意のp次元部分多様体Wに対して,不等式Lp・W〓npが成り立つならば,線形系|KX+L|は点x0で自由となる.」もともとの藤田の自由予想は4次元まで,局所バーションは3次元までは正しいことが知られている.

 垣見氏は点x0∈Xが特異点である場合を考えた.この場合,Lp・Wなどの評価式の右辺は特異点の不変量にも依存することになる.

 この問題はn=2の場合にはよく研究されていて,ほぼ完璧な答えが得られている.そこで注目すべきことは,評価式の右辺が,特異点に対してのほうが非特異点の場合よりも小さくなり,弱い仮定の下で自由性が従うことである.ところが,n=3の場合に得られている結果では,評価式の右辺が,特異点に対してのほうが非特異点の場合よりも大きくなってしまい,最善の結果ではないと思われていた.

 垣見氏の得た結果を述べる.3次元正規射影多様体X,その上の点x0,および豊富なQ−カルティエ因子LでKX+Lが点x0でカルティエ因子であるようなものを考える.

 (1)点x0∈XがGorenstein端末特異点であるとする.もしも,以下の不等式が成り立つならば,線形系|KX+L|は点x0で自由になる:

 (i)L3>(〓),

 (ii)点x0を含む任意の曲面Sに対してL2・S>(〓)2,

 (iii)点x0で滑らかとなるような任意の曲線Cに対してL・C>(〓)/〓.

 (2)点x0∈XがC2/Zr(a1,a2,a3)−型の孤立商特異点であるとする.ここで(r,ai)=1(i=1,2,3)である.もしも,以下の不等式が成り立つならば,線形系|KX+L|は点x0で自由になる:

 (i)L3>33/r,

 (ii)(S,x0)〓C2/Zr(ai,aj)(i≠j)となるような任意の曲面Sに対してL2S〓32/r,(S,x0)〓(x2+f(y,z)=0)⊂C3/Zr(ai,aj,ak)(i≠j≠k)または(S,x0)〓xy+zn+1=0⊂C3/Zr(ai,aj,ak)(i≠j≠k)となるような任意の曲面Sに対してL2・S〓3/r,

 (iii)点x0で滑らかとなるような任意の曲線Cに対してL・C〓3/r.

 (3)点x0∈Xが超曲面でも商特異点でもないQ-分解的な端末特異点とする.もしも,以下の不等式が成り立つならば,線形系|KX+L|は点x0で自由になる:

 (i)L3>23・2/r,

 (ii)点x0を含む任意の曲面Sに対してL2・S〓22・2/r,

 (iii)点x0で滑らかとなるような任意の曲線Cに対してL・C〓2/r.

 系として,以下の主張が証明された:XがQ-分解的な端末特異点しか持たない3次元射影的代数多様体で,x0∈Xを特異点指数がrである点とする.もしも,以下の不等式が成り立つならば,線形系|KX+L|は点x0で自由になる:

 (i)L3>33/r,

 (ii)点x0を含む任意の曲面Sに対してL2・S〓32/r,

 (iii)点x0で滑らかとなるような任意の曲線Cに対してL・C〓3/r.

 以上の結果は3次元多様体上の線形系の理論に大きく貢献するものである.よって,論文提出者垣見信之は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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