学位論文要旨



No 117453
著者(漢字) 児玉,大樹
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,ヒロキ
標題(和) ルジャンドリアンなベクトル場を持つ複素接触多様体
標題(洋) Complex Contact Manifolds with Legendrian Vector Fields
報告番号 117453
報告番号 甲17453
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第197号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 野口,潤次郎
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 今野,宏
内容要旨 要旨を表示する

 実3次元多様体において,余次元1の葉層構造は完全可積分な接平面場と見なすことができ,一方で接触構造は至る所で積分不可能な接平面場と見なすことができる.この二つは研究の手法において,様々な類似点が見られる.特にYasha Eliashberg氏とWilliam Thurston氏はコンフォリエーションという概念を導入することにより,葉層構造と接触構造を統一的に扱うことに成功し,向きづけられた閉3次元多様体上の余次元1のC2級葉層構造は,S2×S1上のS2×{pt}を葉とする積葉層構造を除き,常に正および負の接触構造でC0−近似出来ることを示した.彼らは更に,近似よりも強い条件として,線型変形とよばれる概念を考えた.これは平面場の族{ξt}で,t=0のとき葉層構造,t>0のとき正の接触構造,t<0のとき負の接触構造を定めるようなものである.

 一方,三松佳彦氏は彼らに先立って,アノソフ葉層の線型変形を研究していた.良く知られているように,アノソフ流の安定及び不安定葉層は,互いを定める1形式によって正と負の接触構造に線型変形される.このような接触構造の組は双接触構造と呼ばれる.しかしながら,このような双接触構造は必ずしもアノソフ流から付随して得られるとは限らない.三松佳彦氏はアノソフ流の概念を拡張して得られる射影的アノソフ流を定義した.射影的アノソフ流には常に双接触構造が付随し,逆に双接触構造があれば必ずその双方にルジャンドリアンな射影的アノソフ流が存在する.

 実3次元多様体の場合と異なり,複素3次元多様体においては,アノソフ性は必ずしも正則接触構造の存在を保証しない.Etienne Ghys氏が定義した正則アノソフ流や,それを一般化した正則射影的アノソフ流のなかに,それをルジャンドル流として持つような正則接触構造を許容しない物が多数あることを,筆者は修士論文において示した.

 複素3次元多様体における接触構造と葉層構造の変形を考えよう.正則平面場の正則な族{ξt}(t∈U⊂C)であり,有限個のtを除けば{ξt}は正則接触構造を定めるようなものを考える.特に,ξ0は接触構造であるとする.このとき,多様体の各点pの近傍において,ξ0にルジャンドリアンなベクトル場〓を次のように定める;〓の定めるC作用φSによるξ0のpush-forwardをξSとするとき,〓と〓が一致する.〓の取り方には自由度があるが,点pにおけるベクトル〓はこれによって一意に定まる.これらの各点pでベクトル〓を対応させるベクトル場をXで表す.このときXは多様体上の正則なベクトル場でξ0にルジャンドリアンであり,この対応により,Xは正則接触構造ξ0の正則な変形の1-jetを表すことが分かる.本論文では,〓が至る所消えない場合,つまりルジャンドリアンなベクトル場Xが至るところ0にならない場合を扱う.

 さて,実3次元上のCrという条件と異なり,複素3次元上の正則的という条件は非常に厳しいため,そのような構造を許容する多様体は限られると考えられる.本論文において,筆者はまず,次のような定理を示した.

定理 (M,ξ)は複素3次元接触多様体で,Xはξにルジャンドリアンな非特異ベクトル場であるとする.このとき,次のいずれかが成立する.

(i)(parabolic)

 Mの座標近傍近傍系u={U={(x,y,z)}}が存在して,各座標近傍U上で,ξとXがξ=ker(dy-xdz)および〓によって与えられる.

(ii)(loxodromic)

 Mの座標近傍近傍系u={U={(x,y,z)}}が存在して,各座標近傍U上で,ξとXがξ=ker(dy-exp(ax)dz)および〓によって与えられる.

 ルジャンドリアンなベクトル場がloxodromicであるならば,そのベクトル場は正則射影的アノソフ流を定め,逆に,正則射影的アノソフ流が接触構造を許容するならば,それに対応するベクトル場は接触構造に対してloxodromicである.

 ルジャンドリアンなベクトル場を持つ接触構造の最も典型的な例は非可換な3次元リー群の等質空間上の接触構造である.多様体上に非可換な二つの非特異なベクトル場X,Zがあれば,CX〓CZは接触構造を定め,αX+bZはその接触構造にルジャンドリアンなベクトル場である.このときY=[X,Z]とすればYもまた非特異なベクトル場となるので,元の多様体は等質空間であることが分かる.この場合,接触構造を定める正則な1形式をω(X)=ω(Z)=0,ω(Y)=1で定めることが出来る.

 本論文では逆に,ルジャンドリアンなベクトル場を許容する接触多様体で,接触構造を定める正則な1形式が存在しないもの,つまり,3次元リー群の等質空間ではない例を構成した.

 次に,接触構造を定める1形式ωが存在する場合は,ルジャンドリアンなベクトル場Xが存在すれば元の多様体は等質空間であるか,という問題が考えられる.接触形式ωのレーブベクトル場をYとしたときに[X,Y]について次のような条件で場合分けが出来る.

命題 次の3つの条件のうちいずれかが成立する;

(i)[X,Y]がCX〓CYと横断的.

(ii)0でない定数cが存在して[X,Y]=cX.

(iii)[X,Y]=0.

 (i)のときには自動的に,(ii)のときにはEtienne Ghys氏とAlberto Verjovsky氏の結果を使うことにより,問題は肯定的に解決される.一方,(iii)のときには問題は未解決であるが,この論文では次のように局所的,および大域的構造を得た.

定理 Mの座標近傍近傍系u={U={(x,y,z)}}が存在して,各座標近傍U上で,ωとXがω=kerdy-xdzおよび〓によって与えられる.Mの普遍被覆はC上のC2−バンドルであり,各ファイバーC2の接空間はCX〓CYに一致する.

 また,特にMの普遍被覆がC3で,ω=kerdy−xdzおよび〓のときを考察した.まず,(C,ω,X)の自己同型群は

で与えられることを示した.この条件の下でのMの分類はΓ\C3が3次元閉多様体になるようなAut(C3,ω,X)の部分群Γの分類と対応する.そのような部分群Γに対して,次の定理を示した.

定理 ΓがAut(C3,ω,X)の部分群でΓ\C3が3次元閉多様体になるようなとき,うまく元σをとれば,任意の(f,C)∈σ-1Γσについてfはr(z)exp(αz)(r(z)は4次以下の多項式,αは定数)の形の式の,高々16個の線形結合と定数の和で表される.

審査要旨 要旨を表示する

 複素3次元多様体上の複素解析的接触構造は、まだ組織的な研究の行われていない分野であるが、複素力学系、複素解析的葉層構造、幾何構造とかかわる分野であり、実3次元多様体上の接触構造の理論とも関係して研究を進めるべき重要な分野である。

 実3次元多様体においては、あらゆる多様体に接触構造が存在し、その上の非特異なルジャンドルベクトル場は、接触構造の平面場が位相的に自明であれば存在し、そのような例は豊富にある。

 一方、複素3次元多様体上の複素解析的な複素接触構造は、その存在する多様体が限られることが予想され、さらに複素解析的なルジャンドルベクトル場をもつことは非常に大きな制約となることが期待される。

 論文提出者児玉大樹は本論文において、まず、非特異な複素解析的なルジャンドルベクトル場をもつ複素3次元多様体上の複素解析的な複素接触構造(複素平面場と複素ベクトル場の組)は、放物型、捩れ双曲型の2通りに分類されることを示した。すなわち局所的に

のいずれかに複素解析的に同型である。

 さらに、複素接触構造が、複素解析的な微分1形式によって定義されているとき、この複素解析的な微分1形式によって定まる複素レーブベクトル場を用い、複素3次元多様体と複素微分形式の分類を行った。ルジャンドルベクトル場をX,レーブベクトル場をYとするときに、括弧積[X,Y]が、X,Yと独立な場合(i)、Xの非零定数倍になる場合(ii)、0となる場合(iii)の3通りがあることを導いたあと、(i),(ii)については、複素3次元多様体は3次元リー群のコンパクト商になることを示した。これにはジス・ベルジョフスキーの研究結果を応用している。(iii)の場合に複素3次元多様体の普遍被覆空間がC上のC2束となること、微分形式自体が放物型となること、さらにC2束の変換群の形を明らかにした。この普遍被覆空間がC3と複素解析的に同型となるとき、さらに、被覆変換の形を有限の自由度まで特定した。

 定理。コンパクト複素3次元多様体Mの複素解析的微分形式ωで、ω∧dωが零点をもたず、非特異複素ベクトル場Xでω(X)=0となるものが存在するとする。このとき、普遍被覆空間〓が3次元複素リー群で、ωは不変微分形式,Xは不変ベクトル場となるか、または〓はC上のC2束で、(ω,X)は放物型である。特に、〓がC3と同型の時、被覆変換は(x+f′(z),y+f(z),z+c)の形で、f(z)は指数関数と多項式の積の和の形である。

 論文提出者はこれらの定理を証明するために、複素アノソフ流の理論を用い、また様々な複素変数関数の差分方程式の解析を行っており、これらの研究も非常に興味深いものである。

 このように論文提出者の研究は、これからの複素3次元多様体の接触構造、複素力学系、複素解析的葉層構造、幾何構造などのかかわりを研究する上で基礎となる非常に重要なものである。よって本論文提出者児玉大樹は博士(数理科学)の学位を授与されるに十分な資格があるものと認める。

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