学位論文要旨



No 117454
著者(漢字) 小林,真一
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,シンイチ
標題(和) 超特異な素点における楕円曲線の岩澤理論
標題(洋) Iwasawa theory for elliptic curves at supersingular primes
報告番号 117454
報告番号 甲17454
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第198号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 加藤,和也
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京都立大学 助教授 栗原,将人
内容要旨 要旨を表示する

 1970年代にMazurによって始められたgood ordinaryな素点における楕円曲線の岩澤理論は完全に満足のいく形で定式化され,現在では加藤[3]らの仕事によって様々な予想が証明されている.それに対しgood supersingularな素点における楕円曲線の岩澤理論は,加藤やPerrin-Riouによる定式化が存在し,やはり加藤[3]によって深い事実が知られてはいるものの,完全に満足のいくものではない.

 本論文では,good supersingularな素点における楕円曲線の岩澤理論の新しい定式化を試みる.この定式化はp-adic L−関数を用い,Mazurによるgood ordinaryな素点での楕円曲線の岩澤理論の定式化に沿うものである.そしてordinaryな素点における岩澤理論において示されていた重要な定理が,このsupersingularなときの岩澤理論においても同様に定式化され,ほぼ同じ手法によって証明されることをみる.このような点でこの定式化は非常に満足のいくものである.

 この論文の内容は,

 (1)新しいSelmer群の構成.

 (2)新しいPerrin-Riou写像の構成.

 (3)新しいSelmer群がA−ねじれ加群であることをみる.

 (4)Pollackのp−進L関数を使って岩澤主予想を定式化する.

 (5)加藤のEuler系を使って岩澤主予想の半分を証明する.

 (6)新しいSelmer群に関し,ある種のコントロール定理が成り立つことをみる.

 (7)岩澤λ,μ不変量を定義し基本的な性質をみる.

 よく知られているSelmer群のcyclotomicな族はsupersingularな岩澤理論を建設する上で,不適当なものであることが知られている.それはuniversal normと呼ばれる元が自明なものを除き存在しないことが原因である.本論文ではSelmer群の定義において,pでの局所的な条件を通常のものより適度に強めることにより,新しいSelmer群を定義する(1).このSelmer群を使った枠組みでは,別種のuniversal normが存在することになる.この局所的な条件は偶と奇と呼ばれる2種類のものが存在し2通りのSelmer群が定義される.そして(3)においてこのSelmer群のA-cotorion性が示される.そして(4)でその特性イデアルがPollackのp−進L関数によって生成されることを予想する(岩澤主予想の定式化).Pollackのp−進L関数とは近年定義された新しい種類のp−進L関数で,偶と奇と呼ばれる2種類のものがあり,ordinaryなときと同じくよい整性(Aの元)をもつものである.supersingularな素点では通常のp−進L関数は分母にpが無限に出てくるなど,整性の崩れが様々な障害を生んでいた.この岩澤主予想は(6)で,加藤のEuler系を使い,ordinaryなときに加藤が示していたように半分(不等式)が示される.この加藤によるアプローチをsupersingularなときにも可能にしたのが,(2)で構成された偶と奇と呼ばれる2種類のPerrin-Riou写像である.これは加藤のゼータ元を送るとPollackのp−進L−関数を生み出すという重要な性質を持っている.この論文の核心はこのPerrin-Riou写像の構成である.これは今までに知られていたPerrin-Riou写像の構成法に,本田の形式群の理論を使って新しい見方を与えることで実現される.またこの見方は,よい性質をもつ新しいSelmer群の定義に関し重要な示唆を与え,それにより(1)での新しいSelmer群の定義が見い出されたのであった.そして最後に簡単な系として(6),(7)でordinaryのときに知られていた様々な結果が,このsupersingularな枠組みの中でも同様に証明されることをみる.

参考文献

[1] T.Honda, On the theory of commutative formal groups, J. Math. Soc. Japan 22 1970 213-246.

[2] K. Kato, Lectures on the approach to Iwasawa theory for Hasse-Weil L-functions via BdR, Part I, in Arithmetic algebraic geometry (Trento, 1991), 50-163, Springer Lecture Notes in Math 1553 (1993).

[3] K. Kato, P-adic Hodge theory and values of zeta funcions of modular forms, Preprint series, Graduate School of Mathematical Sciences, The University of Tokyo.

[4] B. Perrin-Riou, Fonctions L p-adiques d'une courbe elliptique et points rationnels, Ann. Inst. Fourier (Grenoble) 43 (1993), no. 4, 945-995.

[5] B. Perrin-Riou, Fonctions L p-adiques des reprsentations p-adiques, Asterisque No. 229 (1995), 198 pp.

審査要旨 要旨を表示する

 小林君は本論文において,有理数体上の楕円曲線Eが超特異還元をもつような素数pでの岩澤理論を研究した.岩澤理論では,Selmer群が基本的対象だが,超特異還元をもつような素数については,Selmer群がねじれ加群でないため,p進L関数と関係させる形で岩澤主予想を定式化することでさえ,すでに困難な問題だった.小林君はSelmer群の定義を修正することにより,ねじれ加群となるSelmer群を定義し,この新しいSelmer群を使って,Pollackが定義していたp進L関数との関係に関する岩澤主予想を定式化した.さらに加藤が定義していたzeta元を使って,この主予想の"半分"を証明した.つまり通常還元をもつ素数での岩澤理論と並行する形に,超特異還元をもつ素数pでの岩澤理論を展開することができることを示したのである.

 Eを有理数体〓上の楕円曲線とし,pをEが超特異還元をもつような素数とする.さらにE mod pのFp有理点の個数がp+1であると仮定する.この仮定はpが5以上ならばいつも満たされる.E(〓)の部分群E+(〓),E-(〓)を

で定義する.ここでTrn/mはTr〓を表わす.Selmer群

の部分群Sel+(E/〓),Sel-(E/〓)を,上の式のE(〓)をE±(〓)で置き換えることにより定義する.Selmer群Sel(E/〓),Sel±(E/〓)の制限写像に関する順極限をそれぞれSel(E/〓),Sel±(E/〓)とおく.Pontryagin双対Sel(E/〓)V=Hom(Sel(E/〓)),〓)は,完備群環〓上の加群として,有限生成で階数1であるが,Sel±(E/〓)〓については次が成り立つ.

 定理1.偶奇Selmer群のPontragin双対Sel±(E/〓)〓は,〓加群として有限生成ねじれ加群である.

 定理1により,Sel±(E/〓)〓の特性イデアルChar Sel±(E/〓)〓が岩澤環〓のイデアルとして定義される.このイデアルについて,次のように岩澤主予想を定式化できる.〓をPollackによって定義されたp進L関数とする.α=±〓をX2+apX+p=X2+p=0の根とし,Lp(E,α,X)を,EのHasse-WeilL関数の特殊値をp進補間してえられるp進L関数とする.これは岩澤環〓には属さないが,Pollackのp進L関数によって

と表わされる.ここで〓は円分多項式を使って定義される簡単な巾級数である.

 予想2.Selmer群Sel±〓の双対の特性イデアルChar Sel±(E/〓)〓は,Pollackのp進L関数〓で生成される.

 この岩澤主予想について,さらに次の定理を証明した.

 定理3.整数nを十分大きくとれば,特性イデアルChar Sel±〓は,〓を含む.さらにEが虚数乗法をもたなければ,ほとんどすべての素数pに対し,n=0とできる.

 定理の証明は次のようにしてなされる.まずEの有理点Cn∈E〓の系で,Trn/n-1(Cn)=Cn-2をみたすものを,ある標準的なしかたで定義する.さらにこの系を使ってPerrin-Riou写像

を定義する.逆極限は余制限写像に関してとる.この写像について次がなりたつ.

 命題4.1.写像〓の核は,〓,〓のTateペアリングに関する零化域H1〓の逆極限H1IW,±(T)と等しい.

 2.P-:H1Iw(T)→〓は全射であり,P+:H1Iw(T)→〓の像は,全射〓による単位指標成分〓の逆像と等しい.

 加藤はEのTate加群T=TpEが定める層のエタール・コホモロジーの逆極限H1(T)=〓の中にzeta元z±∈H1(T)を定義した.この元と,上のPerrin-Riou写像について次がなりたつ.

 命題5.加藤のzeta元z±∈H1(T)のH1Iw(T)での像の,Perrin-Riou写像P±:H1(T)→〓による像は,Pollackのp進L関数〓の積と等しい.

 定理1は命題4, 5と完全系列

および,

の双対Sel0〓が有限生成ねじれ〓加群であることから従う.定理2は,さらに加藤によってChar〓が示されていることから従う.

 この論文の内容は,栗原,Perrin-Riou, Pollackらによる超特異還元をもつ楕円曲線の岩澤理論の研究を踏まえ,さらにそれを発展させる優れた業績である.よって論文提出者小林真一は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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