学位論文要旨



No 117455
著者(漢字) 五味,清紀
著者(英字)
著者(カナ) ゴミ,キヨノリ
標題(和) Chern-Simons理論におけるgerbeの幾何
標題(洋) Geometry of gerbes in Chern-Simons theory
報告番号 117455
報告番号 甲17455
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第199号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 助教授 今野,宏
内容要旨 要旨を表示する

 境界をもつ3次元多様体M上の主SU(2)束Pが与えられたとき、P上の接続に対するChern-Simons汎関数の値はある境界条件に依る。その依存性は、閉じた2次元多様体上の主SU(2)束∂P→∂Mの接続の空間の上に定義される複素直線束(Chern-Simons直線束)を用いると、自然に記述することができる。これらは「対称性と局所性」と呼ばれる基本的な性質を満たし[3]、Chern-Simons理論が(2+1)次元の位相的量子場の理論を与える一つの理由となっている。

 境界を持つ2次元多様体上の主SU(2)束に付随するChern-Simons直線束を定義するためには、ある種の境界条件が必要である[3]。それを自然に記述するものとして、閉じた1次元多様体上の主SU(2)束には、gerbeとよばれる幾何学的な対象物が付随するということが、一般的な視点からFreed [4]により示唆されている。特に、構造群が有限群である場合には、閉じた1次元多様体に付随するgerbeは既にBrylinski-McLaughlin [2]やFreed [4]により調べられており、「量子化」を行うことでVerlinde algebraが得られることが知られている。

 本論文の目標は、閉じた1次元多様体上の主SU(2)束の接続の空間上にgerbeを定式化し、その幾何を調べることである。ここでgerbeとは、Dixmier-Douary gerbe [1,2]と呼ばれるものを指している。ある多様体上のDixmier-Douary gerbeはある種の圏の層として定式化される。その同型類は3次の整係数コホモロジー群で分類され、複素直線束の高次のアナロジーであるととらえることができる。Gerbeの幾何は、Brylinski [1]により深く研究されており、接続や曲率、道に沿う平行移動、群作用による同変gerbeの概念などが定式化されている。

 閉じた1次元多様体上のSU(2)束の接続の空間上のDixmier-Douad gerbeを定義するために、lifting gerbeについて簡単に説明する。Γをあるリー群とし、ΓをΓの〓によるある中心拡大とする。また、Pをある多様体X上の主Γ束とする。このとき、Xの勝手な開集合Uに対し、U上の主Γ束Pであって、PのUへの制限P|Uの構造群のΓへの持ち上げになっているもの全体のなす圏をC(U)と置く。この対応づけU〓C(U)が定義する圏の層はX上のDixmier-Douady gerbeになっており、PとΓに付随するlifting gerbeと呼ばれる。

 さて、境界のない向きづけられたコンパクト1次元多様体S上の主SU(2)束R上の接続の空間をARと書く。SからSU(2)への写像全体GSは群をなし、ループ群と呼ばれる。任意の整数κに対して、GSにはTによる非自明な中心拡大GSがあり、これはKac-Moody Lie群と呼ばれる。Rの断面の空間をSRと書く。直積空間PR:=AR×SRに、GSをSRにのみ作用させると、AR上の(自明な)主GS束が定義される。

定義1.AR上のDixmier-Douady gerbe CRを、PRとGSに付随するlifting gerbeとして定義し、Chern-Simons gerbe (CS gerbe)と呼ぶ。

 ここで、主SU(2)束R→Sが、向きづけられたコンパクト2次元多様体Σ上の主SU(2)束Q→Σを境界に制限することで得られているとする。このとき、Q上の接続の空間AQからARへの写像γ : AQ→ARが自然に得られる。この写像によるCS gerbeの引き戻しγ*CRは、主GS束PRの引き戻しγ*PRとGSに付随したlifting gerbeと自然に同型であることが示せる。従って、γ*CRの大域的な対象は、主GS束γ*PRの構造群のGSへの持ち上げである。そのような持ち上げの一つPQが、Wess-Zumino項を使うことで構成することができる。この持ち上げは、引き戻しγ*PR=AQ×SR上の主T束を与える。構成方法より、その主T束が導く複素直線束は、Freed [3]が定義したQ→Σに付随するChern-Simons直線束に一致する。この記述が、2次元多様体が境界を持つ場合のChern-Simons直線束のgerbeを用いた記述である。

 CS gerbeはlifting gerbeとして構成されていた。そこで、本論文では、一般のlifting gerbeの幾何を詳しく調べ、その結果を適用するという方法で、CS gerbeの幾何を調べた。接続の空間ARが可縮なのでCS gerbe CRは位相的には自明である。しかしながら、その幾何はいくつもの非自明な内容を含むことがわかる。

 まず、CS gerbeは次の基本的な性質を持つ。

定理1.(Functoriality) f : R'→Rを、向きづけられた境界のない1次元多様体の間の可微分同相写像f : S'→Sを覆うような、主SU(2)束の写像とし、φf : AR→AR'を、fによる引き戻しが導く写像とする。このとき自然な同型写像〓f : CR→φ*fCR'が存在する。

 (Orientation)主SU(2)束R→Sが導く、Sの向きを逆にした多様体−S上の主SU(2)束を−R→−Sと書く。このとき自然な同型写像C-R〓C*Rが存在する。ただし、C*RはCRのgerbeとしての逆(inverse)を表す。

 (Additivity)閉じた1次元多様体S1,S2上にそれぞれ主SU(2)束R1,R2があったする。このとき自然な同型写像〓が存在する。ただし〓はgerbeの外部積(external product)を表す。

 (Gluing)閉じた1次元多様体Sの、コンパクト2次元多様体Σへの埋め込みj : S→Σが与えられたとき、ΣをSに沿って切り開いて得られる2次元多様体をΣcで表す。主SU(2)束QがΣ上に与えられているとき、Σc上に導かれた主SU(2)束をQcによって表し、対応して得られる接続の空間上の写像をγ : AQ→A∂Q, γc : AQc→A∂Qc, c : AQ→AQcによって表す。このとき、自然な同型写像Tγ : c*γ*cC∂Qc→γ*C∂Qによる持ち上げの像Tr(c*PQc)とPQの間には自然な同型が存在する。

 特に、(Gluing)においてΣが境界を持たない場合を考えると、持ち上げPQcからChern-Simons直線束が得られることがわかる。

 定理1に本質的なのは、ループ群の中心拡大とWess-Zumino項が持つ基本的な性質[3]である。それらの性質をlifting gerbeに対する操作についての結果と組み合わせることにより、上の定理が証明される。

 Dixmier-Douady gerbeに対し、接続にあたるものはconnective structureとcurvingと呼ばれるものであり、曲率にあたるものは3-curvatureと呼ばれる3次微分形式である。

定理2.Chern-Simons gerbeは自然なconnective structureとcurvingを持ち、その3-curvatureは恒等的に0である。

 一般に、主Γ束PとΓの中心拡大Γに付随したlifting gerbeのconnective structureとcurvingは、Pの接続とsplittingと呼ばれるものから構成できる。特に、Pの接続が平坦であれば、lifting gerbeの3-curvatureが消える。従って、主束PR→AR上に自然な平坦接続とsplittingを与えることにより、定理2を示すことができる。

 Connective structureが与えられたDixmier-Douady gerbeには、道に沿った平行移動の概念がある。これらはgerbeのfiberとして得られる圏の間の同値として定義される。すなわち、道a : [0,1]→ARに沿うCS gerbe CRの平行移動とは圏の同値PTa : C(a(0))→C(a(1))である。一方で、定理1を使うことにより、円筒上の主束R×Iに付随する持ち上げPR×Iと、道aがR×I上に与える接続とから、別の圏の同値PT"a : C(a(0))→C(a(1))が得られる。

定理3.圏の同値PTaとPT"の間には自然な同値が存在する。

 主束PRの接続が定める平行移動PTa : PR|a(0)→PR|a(1)は、さらに別の圏の同値PT'a : C(a(0))→C(a(1))を定める。これを補助的に使うことで、定理3が示される。

 ある多様体に群作用があるときには、同変gerbeというものを考えることができる。CS gerbeは接続の空間AR上に定義されていた。ここでは特に、ARに作用する群としてゲージ変換群〓Rを考える。

定理4.Chern-Simons gerbe CRは、〓R同変gerbeである。

 接続の空間ARへの〓Rの作用は、自然な方法でPRに持ち上がる。これが、定理4の証明のポイントである。

 〓R同変なgerbeとしてCRが自明なときに消えている量を、同変コホモロジー群H3〓R(AR;Z)のコホモロジー類λ〓R(AR,GS)として与えることができる。閉じた1次元多様体としてS1を考えるとき、簡単な計算により、H3〓R(AR)〓H3(LBSU(2))〓H4(BSU(2))〓Zであることがわかる。CS gerbeに対応する同変コホモロジー類の計算結果は次の通りである。

定理5.S=S1のとき、H3〓R(AR;Z)〓Zという同型のもとで、同変コホモロジー類λ〓R(PR,GS)は、GSを定めるときに与えた整数kに対応する。

 この定理より、kが0でなければ、Chern-Simons gerbeは〓R同変gerbeとして非自明であることが結論できる。

謝辞.本論文を書くにあたり、数多くの有益な助言と暖かい励ましを下さった、指導教官の河野俊丈先生に、深く感謝致します。

参考文献

[1] J-L. Brylinski, Loop spaces, Characteristic Classes and Geometric Quantization, Birkhauser Boston, Inc., Boston, MA, 1993.

[2] J-L. Brylinski and D. A. McLaughlin, The geometry of degree-4 characteristic classes and of line bundles on loop spaces. II, Duke Math. J. 83 (1996), no. 1, 105-139.

[3] D. S. Freed, Classical Chern-Simons Theory. I, Adv. Math. 113(1995), no.2, 237-303.

[4] D. S. Freed, Higher algebraic structures and quantization, Comm. Math. Phys. 159(1994), no.2, 343-398.

審査要旨 要旨を表示する

 境界を持つ2次元多様体上の主SU(2)束に付随するChern-Simons直線束を定義するためには、ある種の境界条件が必要である。それを自然に記述するものとして、閉じた1次元多様体上の主SU(2)束には、gerbeとよばれる幾何学的な対象物が付随するということが、一般的な視点から示唆されている。論文提出者は本論文において、閉じた1次元多様体上の主SU(2)束の接続の空間上にgerbeの概念を定式化し、その基本的な幾何学的性質を記述した。ここに現れるgerbeはDixmier-Douady gerbeとよばれるある種の圏の層であり、その同型類は3次の整係数コホモロジー群で分類される。

 境界のない向きづけられたコンパクト1次元多様体S上の主SU(2)束R上の接続の空間をARと書く。SからSU(2)への写像全体GSのなすループ群に対して、整数kによって分類されるS1による非自明な中心拡大があり、これはKac-Moody Lie群と呼ばれる。AR上のある種の主GS束PRの構造群のKac-Moody Lie群への持ち上げ全体を考えることによって得られる圏のgerbeをCRとかき、これをChern-Simons gerbeと定義する。Chern-Simons gerbeについて、五味は、functoriality, additivity, gluing lawなどの基本的な性質を証明した。

 Gerbeの幾何学の一般論は、Brylinskiらにより深く研究されており、接続や曲率、道に沿う平行移動、群作用による同変gerbeの概念などが定式化されている。五味は、このようなgerbeの幾何学をChern-Simons gerbeの場合について、具体的に記述した。特に、Chern-Simons gerbeは自然なconnective structureとcurvingを持ち、その3-curvatureは恒等的に0であることを証明した。さらに、接続の空間ARにゲージ変換群〓Rの作用を考え、この作用について、Chern-Simons gerbe CRは、〓R同変gerbeであることを示した。また、この同変gerbeの特性類とよぶべきコホモロジー類をH3〓R(AR;Z)の要素として決定した。

 以上のように、論文提出者の結果は、gerbeの幾何学の研究において、基礎的でかつ重要なものである。よって、論文提出者 五味 清紀は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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