学位論文要旨



No 117456
著者(漢字) 近藤,智
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,サトシ
標題(和) ドリンフェルド加群のモジュライ曲線上のオイラー系とゼータ関数の特殊値
標題(洋) Euler systems on Drinfeld modular curves and zeta values
報告番号 117456
報告番号 甲17456
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第200号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,和也
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 辻,雄
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、ベイリンソンによる保型形式のゼータ関数の特殊値に関する結果[2]の正標数の大域体上への拡張である。ベイリンソンは一般的に代数体上定義されたスキームのハッセヴェイユL関数の特殊値に関する予想を提出している。レギュレーター写像とよばれる写像がそのスキームのK群からドリーニュコホモロジーにある。予想は、その像がL関数の特殊値と結びつくというものである。ベイリンソン予想が解かれている場合は数少なく、ボレルによる代数体の場合、虚数乗法を持つ楕円曲線の場合、モジュラーな楕円曲線の場合しかない。ベイリンソンは有理数倍を除いてL関数の値を決定したが、加藤[3]はより精密にL関数の値を与える元を構成した。ここでは加藤の結果をより詳しく述べる。まず、fをQ上定義されたGL2の同時固有保型形式とし、X(N)(Nは正整数)によりレベルNのモジュラー曲線を表す。ジーゲル単数と呼ばれるモジュラー曲線上の可逆元g1,g2を、テータ関数の等分点における特殊化として定義する。モジュラー曲線のK2の元κN={g1,g2}が定義できる。レギュレーター写像regの行き先はドリーニュコホモロジーに取らずにベッチコホモロジー、もしくは保型形式の空間とする。このとき、

 定理[3]〓

ここで、〈,〉は保型形式の内積、Pはピリオド、L(f,s)はfに附随するL関数を表す。

 この結果を正標数の大域体K=Fq(T)上のGL2の保型関数の場合に拡張する。モジュラー曲線の代わりにはドリンフェルド加群のモジュラー曲線Mを用いる。類似をたどる上で必要な問題意識は「あるK群の元が存在して、そのレギュレーター写像の像が、保型関数のL関数の特殊値と関係するか?」である。困難な点は

 1.K群の元の構成

 2.レギュレーター写像の定義

 3.ドリーニュコホモロジーの類似

である。K群の元κ∈K2(M)は朝日[1]により、加藤の元の類似が定義されている。楕円曲線の場合と同様にオイラー系をなすことが示されており、上のような形の定理が期待されていた。2番のドリーニュコホモロジーは複素数体を用いて定義されるもので関数体上では類がないが、ここでは保型関数の空間になっているモジュラー曲線のエタールコホモロジーを採用する。レギュレーター写像regとしてはしたがってK群からエタールコホモロジーヘの写像を定義しなければならない。そのためにドリンフェルド加群のモジュラー曲線が無限素点において解析的に一意化されていることを用いる。有限体上の固有な曲面の正規交叉因子の補空間となっているスキームのレギュレーターが加藤により定義されており、それを基に定義する。主結果は、同時固有保型関数fに対し、

 定理

ここで、〈,〉は保型形式の内積、Pはピリオド、L(f,s)はfに附随するL関数を表す。

 章の構成は次の通り。

 2、レギュレーター写像を定義する。K群全体は広すぎるため、K−コホモロジー〓を用いる。ここにmは余次元1の点をはしる。写像の行き先は解析的に一意化される曲線特有の調和コチェインの空間とする。この写像は単数群に制限すると対数と対数微分を用いて二重ログの形に表される。

 3、アイゼンシュタイン級数を定義しフーリエ係数を計算する。

 4、極限公式を示す。楕円曲線の場合の極限公式は重さ12のカスプ形式の絶対値の対数と実解析的アイゼンシュタイン級数のs=0での値を結ぶものである。ここでは、ジーゲル単数の解析的な表示を与え、対数と対数微分のフーリエ係数を計算する。それらをアイゼンシュタイン級数の係数と比較し等しいことをいう。

 5、保形関数に関する結果をはじめに述べる。カスプ形式、ヘッケ作用素、内積、L関数を定義する。3、4の結果によりレギュレーターの像は、重さ2の保型形式の類似物とアイゼンシュタイン級数の積になっており、関数体上のランキン−セルバーグ積分を計算することでL関数の特殊値と関係がつく。

参考文献

[1] H. Asahi. On some important elements in K-groups of Drinfeld modular schemes. master thesis.

[2] A. Beilinson. Higher regulators and values of L-functions. J. Soviet Math., 30:2038-2070, 1985.

[3] K. Kato. p-adic hodge theory and values of zeta functions of modular forms. preprint.

審査要旨 要旨を表示する

 Euler系の理論は、Kolyvaginによって始められ、岩沢理論とその一般化などにおいて重要な役割をはたしている。Euler系は、ゼータ関数(Euler積)の代数的な化身のようなものであり、regulator写像によってゼータ関数と関係する。Euler系はまた、自身の代数的な性質によってイデアル類群などの重要な代数的な群とも関係し、それによりゼータ関数と代数的な重要な群の間の仲介役となって、両者の間に存在する深遠な関係を解明する鍵としての役割を演ずる。このように大事なEuler系であるが、しかし現在までに知られているEuler系はそれ程多くなく、できる限り多くのEuler系を発見しその性質を理解することが望まれる。

 Kを有限体Fq上の一変数有理関数体とする。この論文において、近藤氏は、K上のDrinfeldのモジュラー曲線のK2群の中に現れるEuler系を考察し、それがGL2(K)の保型形式のゼータ関数と関係することを初めて解明した。

 有理数体Q上のモジュラー曲線について、1980年代初めに、BeilinsonがそのK2群の中に元を定義し、その元がregulator写像によって、GL2(Q)の重み2の正則固有保型形式fのゼータ関数L(f,s)と関係することを示した。もっと正確に言うと、その元のregulator写像での像のf成分が、lims→0s-1L(f,s)にほぼ等しいことを示した。

 近藤氏は、既に修士論文において、正標数の大域体上のd次元Drinfeldモジュラー多様体(階数d+1の楕円加群のモジュライ空間)のKd+1群の中にEuler系が現れることを示した。このEuler系の元は、d=1の場合には、上記のBeilinsonの元の、正標数の大域体における類似物であり、d〓2の場合は、Q上に対応物を持たない存在である。しかし修士論文においては、この近藤氏のEuler系をゼータ関数と結びつけることは、できていなかった。今回、本論文において、d=1の場合に、近藤氏はこの正標数の世界のEuler系を、ゼータ関数と結び付けることに成功したのである。氏の主定理は、Kを先のとおりとし、d=1とし、fをGL2(K)の固有保型形式とするとき、Euler系の元のregulator写像による像のf成分が、簡単に記述される数をかけることを除いて、lims→0s-1L(f,s)に等しいというものである。

 この近藤氏の結果は、Beilinsonの結果の正標数における類似であるが、その証明は、ただ類似をたどればすむというような安易なものではない。Beilsinsonが使うことのできたQ上のEisenstein級数の理論やRankin convolutionの理論やKroneckerの極限公式の理論が、正標数の世界ではまだ必要なだけ用意されておらなかったため、近藤氏は、自分でそれらの理論を作り上げてそれを応用しなければならなかったのである。これは、大変力のいる仕事である。

 近藤氏は、Derinfeldモジュラー曲線のK2群と保型形式の空間を結ぶregulator写像の定義、Siegel unitとEisenstein級数を結び付けるlog写像やdlog写像の定義と計算、regulator写像の解析的表示とlog写像dlog写像の関係、Kroneckerの極限公式の類似物の定式化と証明、Rankin convolutionの方法の類似物の定式化と証明などなど、すべて作り上げていく作業を行い成功したのである。

 近藤氏の仕事は、Euler系の分野の新局面を開いた画期的なものと言え、regulator写像とゼータ関数の世界的権威であるSpencer Bloch氏からも讃嘆されている。

 本論文はd=1の場合の研究であったが、一般のd次元のDrinfeldモジュラー多様体のKd+1群の中にある近藤氏のEuler系についても、同様の理論が作れるはずである。この論文はその方向への突破口を開いたという意味でも、意義深いものである。また、正標数の大域体上の保型形式や楕円曲線などの岩沢理論への応用も期待される。

 近藤氏のこの論文はこのように意義深いものであり、また大きい困難を克服して成し遂げられたものであり、世界的に評価されている。論文審査委員は全員一致で、近藤氏がこの論文により博士の学位を授与されるに相応しいと判定した。

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