学位論文要旨



No 117459
著者(漢字) 杉木,雄一
著者(英字)
著者(カナ) スギキ,ユウイチ
標題(和) 余層を使った積分変換理論とε−加群上のコーシー問題
標題(洋)
報告番号 117459
報告番号 甲17459
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第203号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 助教授 坂井,秀隆
 東京大学 助教授 平地,健吾
 筑波大学 講師 竹内,潔
内容要旨 要旨を表示する

 この論文は第一部と第二部の二つの部から成る。

 第一部:余層の圏とラプラス変換

 「The Category of Cosheaves and Laplace Transforms」

 「余層」とは「層」の双対概念である。即ち、位相空間Xを固定したとき、FがX上の余層であるとは、一つの開集合Uに対し一つの加群の射影系F(U)が対応し、また開集合の包含関係U⊂Vに対し一つの準同型F(U)→F(V)が対応していて、さらに局所化の条件を満たすものをいう。開集合に対し、単に加群を対応させただけでは豊富な結果は得られない。加群の射影系を対応させるというアイディアは、1987年、J. P. Schneidersによってなされた。彼は、余層の圏上でホモロジー理論を展開し、位相幾何への応用を与えた。

 タイトルにある「ラプラス変換」とは次のものである。柏原-Schapiraは1997年に、複素線形空間E上の錐的な構成可能層Fに対し、Laplace変換(の一般化)

を導来圏上の同型として与えた。さらに彼らは(2)に関して、構成可能層とは限らない一般の錘的な層Fに対してのLaplace変換を考えるために、層複体Otを定義し、同型

を導いた。

 本論文第一部の目的は、(1)のFが構成可能とは限らない場合への拡張を試みることである。筆者は、Schneidersによる余層の圏を発展させ、その圏上で(3)のアナロジーを見出した。

 第一部は次のように構成されている。

 まず第2章では、余層の圏を定義するために必要な一般論を準備する。kを可換環とするとき、k−加群の射影系を対象とするような圏をPro(k)と書き、その性質を調べる。また、アーベル圏に値をとる一般化された層についても述べる。

 第3章でSchneidersによる余層の圏を再定義する。余層はPro(k)opに値をとる層と定義される。また、余層の圏上での順像、逆像、固有的順像といった関手の性質を調べる。

 第4章では、余層の圏の導来圏とその導来関手について述べる。余層の圏は単射的対象(injective object)を十分に持つかどうかはわからないことが障害であった。その代わりとして、"c-injective"という新しい概念を導入し、余層の圏がc-injectiveな対象を十分に持つことを証明する。この結果によって、さまざまな導来関手が定義できるようになる。また、Poincare-Verdier双対(のアナロジー)を余層の導来圏上でも成り立つことを示す。

 弟5章では、余層を構成するための道具を2つ紹介する。一つは、前余層(precosheaf)を与えたとき、その誘導された余層(associated cosheaf)が存在することを示す。もう一つは、層の圏から余層の圏への関手cを定義し、その性質を調べる。cの定義は次のとおりである。Aに対し、前余層

が得られるが、その誘導された余層をc(A)と書く。cがある条件下で導来関手を定めることを証明し、その性質を調べる。

 第6章では、余層の理論を積分変換に応用する。まず、余層上でのPoincare-Verdier双対を使って、Fourier−佐藤変換を定義する。次に(1)に関して、Kashiwara-Schapiraが定義した層複体Otに相当する余層の複体Ocwを定義する。最後に、(3)のアナロジーである余層の導来圏上での同型〓を証明する。

 第二部:ε−加群に関するコーシー・コヴァレフスキーの定理について

 「Notes on the Cauchy-Kowalevski theorem for ε-modules」(竹内氏との共同研究)

 Xを複素多様体、Yをその部分多様体とし、Mを点p∈Y×XT*Xの近くで定義された(ある条件を満たす)連接なεX-加群とする。このとき、石村によって証明されたε−加群に関するコーシー・コヴァレフスキーの定理は次の同型として表現される。

ただし、〓は超局所逆像(microlocal inverse image)の関手である。この超局所逆像は、超局所切断(microlocal cut off)と通常の逆像〓の合成で書ける。しかしながら、石村の証明では通常の逆像〓と超局所逆像〓が厳密に区別されておらず、論理的なギャップがあった。

 本論文第二部の目的は、超局所逆像と通常の逆像を注意深く区別し、論理的なギャップを埋め、石村の定理の詳細な証明を与えることである。

 第二部は次のように構成されている。

 第2章では対象RHomεX(M, OX)の定義を復習する。この対象はある錘GおよびG−閉集合Zに依存して定義されるので、本論文中ではこの対象を〓と書いている。

 第3章では、〓に超局所切断を施したときのマイクロ台の評価を行う。この評価から別の集合の組(G0,Z0)を選び、

と表現できることがわかる。

 第4章では、この第3章の結果を用いて石村の定理の詳細な証明を与える。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者は,余層に関する一般論と線形偏微分方程式系の超局所解析への応用に関し,大きく2部から構成される内容の研究をおこなった。

 第1部は余層に関する一般論の建設,および柏原−Schapira型ラプラス変換理論への応用に充てられている。例えばRn上の緩増加超関数f(x)が多項式係数の線形偏微分方程式を満たしているときそのフーリエ変換〓(ξ)も同様の方程式を満たす。1997年に京都大学の柏原教授とパリ大学のSchapira教授らはこれを層の理論の立場から代数的に一般化し,実軸の概念の一般化である劣解析的集合などに台を限った緩増加正則関数解複体に関する同型定理,すなわち〓上の緩増加正則関数またはEの劣解析的集合に台を限った緩増加正則関数複体の多項式係数微分方程式系に対する解複体と〓上の同様の複体との間の同型定理を得た。厳密にはE上の錐的な構成可能層Fを与えたとき,F,をそのフーリエ−佐藤変換であるE*上の同様の層複体とすると彼らの結果は導来圏の意味での同型

として表現される。実際Fが劣解析集合に台を限る操作などの一般化を意味し,また〓,THom(・,・)は無限遠や劣解析集合に近づくときの増大度制限をも含む。さらに上の同型がE,またはE*上の多項式係数微分作用素がつくるワイル代数による自然な作用まで含めた同型であることを認めれば(1),(2)が古典的なフーリエ・ラプラス変換論の一般化であることがわかる。しかしながらこれらには構成可能層Fが常に顔を出し,またEやE*上の大域切断間の同型でもあるのでやや使いにくい。そこでFとしてE内の劣解析的境界をもつ開凸錐Uに対してF=CUと表されるものだけに限定してみる。そうすると(1), (2)はUおよびUの双対錐U°だけに関係した複体の同型を表す。Eの錐状開集合の中で劣解析的境界をもつ開凸錐は基本系をなすことは明らかであるからUに関し適当な帰納極限をとることにより(2)の同型はEおよびE*上の錐状緩増加正則関数層の間の同型定理を直ちに導く:

他方(1)についてはこのような定式化はうまくいかない。それはUに対応する複体がいわばコンパクト台をもつ層の切断全体のなす加群のようなものに対応するからである。そこで論文提出者はこの第1部において層の理論の双対である余層の一般理論を建設し(1)についてのこの問題を根本から解決することを試み,それらに完全に成功した。余層とは例えばディストリビューションの理論において試験関数のつくる空間の方を中心に考えるようなものであり層理論の双対としての定義は古くから知られている。しかしその定義のままでは層における帰納極限のかわりに射影極限が使われることになり完全性を重視する導来圏などの議論はうまくいかない。そこで1987年にベルギーのJ. P. Schneidersは加群を中心としてきた従来の余層の定義を捨てその関手論的拡張であるプロ加群を中心とした定義を産み出した。これはいわば位相ベクトル空間における弱収束を考えるようなものである。すなわち,任意のアーベル群AをとってHom(・,A)を施して考えることより「射影極限」を帰納極限のみを用いて定義することである。プロ加群自体は加群ではないが同様の関手論的性質はもつ。すなわち層のカテゴリーなどと同様に核や余核が定義できる,いわゆるアーベル圏となる。そして余層はプロ加群と一般のアーベル圏に値をとる層の理論を組み合わせて定義される。このように定義の基礎的な部分はJ. P. Schneidersによるが上記に上げた(1)の同型から余層の同型にまでたどりつくためには論文提出者による非自明ないくつかの貢献が必要であった。例えば層の理論からは類推されない2つの新しく決定的に重要な双関手Chom(・,・),・〓・の導入,導来圏の定義に必要なc−単射性とc−単射余層分解,また余層のフーリエ・佐藤変換にとって不可欠である余層に対するPoincare-Verdier型双対定理の証明,などである。これらの貢献は結果とあわせて高く評価できる。またこの理論は論文提出者が1年間指導を受け,この分野の指導者であるパリ第6大学のSchapira教授からも高い評価を受けている。

 第2部は擬微分方程式系に対するコーシー・コバレフスキー型定理の厳密な証明に充てられている。これは千葉大学の石村隆一教授による同題名の論文を研究中の論文提出者が定理の証明に一部に飛躍があることに気づき,筑波大学の竹内潔講師と共同して完全な証明をつけるべく試みた結果である。擬微分方程式系を考えることは複素領域においても重要なことであったが微分作用素が正則関数に層準同型として自然に作用するのに対して複素擬微分作用素の作用は非局所的であり従来の層の理論とは必ずしも相容れずこの方面での強力な道具である層のマイクロ台理論がそのままでは適用できない。これに対し上記の論文は初めて正面から取り組んだものであり今後この方面で重要な基礎的結果となることは間違いない。層の超局所カットオフを使う議論など結果と合わせて証明法も重要でありこの第2部についても高く評価できる。

 よって,論文提出者 杉木雄一は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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