学位論文要旨



No 117461
著者(漢字) 野邊,厚
著者(英字)
著者(カナ) ノベ,アツシ
標題(和) セルオートマトンに附随する安定な力学系
標題(洋) Stable Dynamical Systems Associated with Cellular Automata
報告番号 117461
報告番号 甲17461
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第205号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 石岡,圭一
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

 セルオートマトンとは,セルの列からなる離散力学系である.各々のセルのとり得る状態は有限個であり,各セルは局所的な規則により次の状態へ時間発展する.時間発展の規則は単純であるにもかかわらず,一般にセルオートマトンは複雑な挙動を示す.1980年代,Wolframらによりその挙動が詳しく調べられ,セルオートマトンはclass 1から4の四つのクラスに分類された.中でも,class 3, 4に分類されるセルオートマトンの挙動は複雑である(図1).

 セルオートマトンはその挙動が乱流,非線形波動および化学反応などの自然現象と似ており,それらの自然現象を記述する微分方程式との対応を明らかにすることが一つの課題とされている.実際,それはWolframの提唱したセルオートマトンにおける20の問題の9番目に挙げられている.

 1990年代,高橋・薩摩により発見されたソリトンセルオートマトンとKdV方程式などの可積分な偏微分方程式との直接的対応が明らかにされた.この事実は,上に挙げたWolframの9番目の問題のソリトンセルオートマトンにおける一つの解答と見なせる.これらの一連の研究において,超離散化とよばれる次の手続きが鍵となった.

 1.適切な(有理写像で与えられる)差分方程式の1パラメータ(ε)族を構成する.

 2.パラメータεの極限(ε↓0)をとり,区分線形関数で与えられる差分方程式を得る.この差分方程式が整数値で閉じていればセルオートマトンの時間発展規則と見なせる.

超離散化においては,次の恒等式が重要である.

超離散化の利点の一つは,適切な差分方程式の解の極限が存在すれば,それが対応するセルオートマトンの解となることである.

 さらに,超離散化を逆方向に行うことも可能であり,それは逆超離散化とよばれる.すなわち,セルオートマトンの時間発展を記述する区分線形な差分方程式が得られれば,そのセルオートマトンを極限とする適切な差分方程式が形式的に得られる.(逆)超離散化そのものは方程式の可積分性とは無関係であり,非可積分系にも適用可能である.したがって,逆超離散化により,冒頭に挙げたclass 3, 4の複雑な挙動を示すセルオートマトン等に対しても対応する適切な差分方程式を得ることが可能と考えられる.しかし,逆超離散化によるセルオートマトンと適切な差分方程式との対応付けに成功したという報告はいまだなされていない.

 本研究の目的は,セルオートマトンと適切な差分方程式の逆超離散化による対応付けである.そのため,差分方程式を与える写像に対し,セルオートマトンに関する安定性を定義する.ある写像がセルオートマトンに関して安定であるとは,その写像の与える力学系が初期値の摂動に対してセルオートマトンの時間発展パターンを保つことである.また,フィルター写像を定義し,それを用いてセルオートマトンに関して安定な写像を構成する.

2 セルオートマトンに関する安定性

 セルオートマトンの時間発展はその規則(局所写像)から誘導される離散的な大域写像Ψ:SL→SLにより定まる.ただし,S={0,1,2,…,M-1}はセルオートマトンのとる値の集合,Lはセルの個数とする.セルオートマトンをこの離散写像と同一視し,Ψで表す.任意の離散写像Ψに対し,それに附随する(セルオートマトンΨと同じ解を与える)区分線形写像KΨを構成することが可能である.しかし,KΨから単純な逆超離散化により得られる差分方程式はセルオートマトンΨの時間発展パターンを必ずしも保たない(図2).そこで,セルオートマトンの時間発展パターンを保つ十分条件として,セルオートマトンに関する安定性を定義する.

定義1次をみたす正数δ(<1/2)が存在するとき,セルオートマトンΨに附随する区分線形写像KΨはΨに関して安定である.

ただし,U∈SLおよびX∈RL.

 さらに,区分線形写像KΨを安定化させるフィルター写像〓を次のように定義する.定義2次の条件をみたすとき,区分線形写像〓はフィルター写像とよばれる.

フィルター写像の具体例を挙げる.

 これらから次の定理を得る.

定理1合成写像〓および〓はセルオートマトンに関して安定な区分線形写像である.

 区分線形写像KΨおよ〓は逆超離散化が可能である.これらから逆超離散化により得られる滑らかな写像をそれぞれkΨ[ε]および〓とする.〓を滑らかなフィルター写像とよぶ.上の具体例に対応する滑らかなフィルター写像〓は

である.定義1と同様に滑らかな関数に対し安定性を定義する(十分小さいεに対し,定義1と同様の正数δが存在するならば安定とする)と,次の定理が得られる.

定理2合成写像〓および〓はセルオートマトンに関して安定かつ滑らかな写像である.

3 セルオートマトンに附随する安定な力学系の具体例

 セルオートマトンに関して安定かつ滑らかな写像の与える差分方程式の具体例を挙げる.class 3に属するセルオートマトンとして,ルール90のelementaryセルオートマトンを考える.このとき,kΨ[ε]は次のようになる.

定理2から,次の差分方程式はルール90のelementaryセルオートマトンに関して安定である.

ただし,X=(X1,X2,…,XL)とし,〓でXの次の時刻での値を表す.この差分方程式の解の挙動はセルオートマトンの時間発展パターンを保存している(図3).

class 4に属するセルオートマトンに対しても同様に安定な差分方程式を構成できる.

 また,QRT系とよばれる2次元の力学系をある条件のもとで超離散化すると,周期的なセルオートマトンを得る.このセルオートマトンに附随する安定な力学系はフィルター写像〓と次の写像kΨ[ε]により与えられる.

得られた力学系は,滑らかな関数で与えられかつ近似的に周期的な解を持つ(図4).

4 まとめ

 差分方程式がセルオートマトンの時間発展パターンを保存する十分条件として,セルオートマトンに関する安定性を定義した.フィルター写像を導入し,セルオートマトンに附随する任意の区分線形写像(もしくは,その写像の与える力学系)を安定化する一般的手法を得た.

図1:class 3(左)およびclass 4(右)に分類されるセルオートマトンの挙動.

横一列のセルが上から下へ時間発展している.黒が1,空白が0を表す.

図2:単純な超離散化で得られる差分方程式の解の挙動.

図1のクラス3のセルオートマトンに附随する.灰色の濃淡により0から1の間の実数値を表す.時間とともにパターンが消失する.

図3:差分方程式(1)の時間発展パターン.ルール90のelementaryセルオートマトン(図1のclass 3)に附随する.灰色の濃淡により0から1の間の実数値を表す.初期値は0から1の間の実数値をとる.図2と異なり,パターンが消滅しない.

図4:QRT系の超離散化で得られるセルオートマトン(左),およびその逆超離散化で得られる安定な(〓で与えられる)力学系(右)の解の様子.初期値をそれぞれ(4,5),(4,10),(4,15),(4,20),(4,25)および(4.4,5.4),(4.4,10.4),(4.4,15.4),(4.4,20.4),(4.4,25.4)とする.また,〓のパラメータを△=0.499およびε=0.01とし,kΨ[ε]のパラメータを〓とする.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者はセルオートマトンに附随する差分方程式について論じ、差分方程式がセルオートマトンの時間発展パターンを保存する十分条件として、セルオートマトンに関する安定性を定義している。また、フィルター写像を導入し、セルオートマトンに附随する任意の区分線形写像(もしくはその写像の与える力学系)を安定化する一般的手法を得ている。さらに、その手法を用い、さまざまなセルオートマトンに対して、安定な差分方程式を提案している。

 セルオートマトンは,有限個の値をとるセルの列からなる離散力学系であり、各セルは局所的な規則により次の状態へ時間発展する。時間発展の規則は単純であるにもかかわらず、一般にセルオートマトンは複雑な挙動を示す。1980年代、Wolframらによりその挙動が詳しく調べられ、基本的セルオートマトンの挙動は四つのクラスに分類された。その中でも、クラス3, 4の挙動は複雑である。セルオートマトンはその挙動が乱流,非線形波動および化学反応などの自然現象と似ており,それらの自然現象を記述する微分方程式との対応を明らかにすることが一つの課題とされている。実際、それはWolframの提唱したセルオートマトンにおける20の問題の9番目に挙げられている。

 1990年代、高橋・薩摩により発見されたソリトンセルオートマトンとKdV方程式などの可積分な偏微分方程式との直接的対応が明らかにされたが、そこにおいては超離散化とよばれる手続きが鍵となっている。超離散化の利点の一つは、適切な差分方程式の解の極限が存在すれば、それが対応するセルオートマトンの解となることである。さらに、超離散化を逆方向に行うことも可能である(逆超離散化)。すなわち、セルオートマトンの時間発展を記述する区分線形な差分方程式が得られれば、そのセルオートマトンを極限とする適切な差分方程式が形式的に得られる。

 本論文ではセルオートマトンに対して逆超離散化を行い、対応する安定かつ適切な差分方程式を得ることに成功している。第1章で研究の背景、動機付けを説明した後、第2章では一般次元のセルオートマトンを導入し、それらに対して区分線形な差分方程式を得る方法を提出するとともに、超離散化・逆超離散化の基本的考え方を述べ、単純な逆超離散化により得られる差分方程式はセルオートマトンの時間発展パターンを必ずしも保たないことを指摘している。次に第3章で、差分方程式を与える写像に対し、セルオートマトンに関する安定性を「ある写像がセルオートマトンに関して安定であるとは,その写像の与える力学系が初期値の摂動に対してセルオートマトンの時間発展パターンを保つことである」と定義するとともに、フィルター写像を導入して、セルオートマトンの時間発展パターンを保つ安定な区分線形差分方程式を得る方法を提案している。またその際に、フィルター写像が重要な役割を果たすことを指摘している。さらに第4章では、セルオートマトンに関して安定かつ滑らかな差分方程式の具体例を基本的セルオートマトン、クラス4セルオートマトン、可積分写像について示している。最後に第4章では、今後の展望について述べている。

 以上、本論文はセルオートマトンと微分方程式との対応を明らかにするという未解決の問題に対して、フィルター写像を導入することにより、安定な差分方程式を構成し、一定の解答を与えている。本論文の成果は離散問題と連続問題を繋ぐという研究に新しい光を当てるものであり、そこで用いられている方法は数理科学的方法論の一つの方向性を示唆するものと考えられる。

 よって論文提出者 野邊厚 は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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