学位論文要旨



No 117463
著者(漢字) 松田,浩
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,ヒロシ
標題(和) スモール結び目とスモール絡み目について
標題(洋) Small knots and links
報告番号 117463
報告番号 甲17463
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第207号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

 3次元多様体の持つ性質を研究するために、その中に埋め込まれた圧縮不能曲面を使うことは有効な方法であることがよく知られている。例えば、圧縮不能曲面を含む3次元多様体はそのような曲面を使って各部品が3次元球体になるまで分解できることがわかっている[11]。またこれとはほとんど反対の性質、埋め込まれた圧縮不能閉曲面を含まないという性質、を持つ3次元多様体についてもいくつかの研究がなされている。このような性質を持つ3次元多様体はスモール(small)であると呼ばれている。スモール多様体を研究したものとして[10],[8]などがある。しかしスモール多様体がどれくらいたくさん存在するのかについては、ほとんど知られていない。この論文では、境界がいくつかのトーラスだけから成るスモール多様体の存在性について研究した。

 1.本論文の内容

 絡み目とは、3次元多様体内になめらかに埋め込まれた閉1次元多様体である。結び目とは、成分数が1の絡み目である。閉3次元多様体内に埋め込まれた成分数がnの絡み目の外部は、境界がn個のトーラスだけから成る3次元多様体である。閉3次元多様体内の絡み目がスモールであるとはその絡み目の外部がスモール多様体であることと定義されている。

 結び目がスモールであるという概念は[10]などで使われていて、代数幾何学を用いる結び目理論において扱われることの多い結び目の種類の1つである。例えば、スモール結び目の外部の基本群から構成される指標多様体(character variety)の各既約成分は複素1次元であることが示されている[1]。

 現在までに知られているスモール結び目の例には、3次元球面内の2橋結び目[4],[3]、長さが3のモンテシーノス結び目[9]や、閉3次元多様体内の結び目でその外部が円周上の1つ穴開きトーラス束の構造を許容するものなどがある。この論文の前半では、上記の例とは本質的に異なるスモール結び目の例を構成した。

 定理.スモール結び目を含むサファイア空間は無限個存在する。またこのスモール結び目の外部は3次元球面内のどのような結び目の外部とも同相ではなく、円周上の1つ穴開きトーラス束の構造を許容しない。

 定理の後半部分より、ここで構成した結び目の外部は境界が1つのトーラスだけから成る3次元スモール多様体として上記の例とは異なる新しい例であることがわかる。

 ここで森元氏[7]により定義されたサファイア空間を紹介する。Kb1,Kb2を2つのクラインボトルとし、Kb1〓I,Kb2〓IをそれぞれKb1,Kb2上のひねり単位区間束とする。サファイア空間とは、この2つの多様体Kb1〓I,Kb2〓Iをそれらの境界であるトーラスに沿って貼り合わせて得られる閉3次元多様体である。

 この論文の後半では、3次元球面内のスモール絡み目について研究した。現在までにスモールであると証明されている絡み目には、2橋絡み目[4],[3]、ボロミアン環[5]などがある。

 第6節では、Lozano氏[5]とは異なる方法でボロミアン環がスモール絡み目であることの初等的で新しい証明を得た。

 第7節では、3次元球面内の与えられた絡み目がスモールでないことを判定する条件として現在までに知られているものをいくつか紹介する。

 第8節では、Finkelstein氏[2]の定理の証明から次の定理が得られることを指摘した。

 定理.Lを3次元球面内の絡み目とする。Lは閉3糸組み紐として表示されていて、Lの外部には本質的トーラスが埋め込まれていないと仮定する。このとき、Lとその組み紐表示の軸である自明な結び目とを合わせて得られる絡み目はスモール絡み目である。

 この定理の中で用いる絡み目Lは一般にはスモール絡み目ではない、ということをFinkelstein氏[2]とLozano氏、Przytycki氏[6]が示している。

 第9節では、8節での定理を次のようなある1つの閉4糸組み紐の場合の定理に拡張した。

 定理.Lを3次元球面内の4成分絡み目とする。Lはσ-21σ-22σ-23を組み紐の語とする閉4糸組み紐として表示されていると仮定する。このとき、Lとその組み紐表示の軸である自明な結び目とを合わせて得られる5成分絡み目はスモール絡み目である。ここで、σ1,σ2,σ3は4糸組み紐群の標準生成元である。

 9節の最後では、ここで構成した5成分絡み目の外部はモンテシーノス絡み目〓の外部と同相であることを指摘する。

 第10節では、9節で得られた結果を次のようなモンテシーノス絡み目の場合の定理に拡張した。

 定理.任意の整数aに対して、5成分モンテシーノス絡み目〓はスモール絡み目である。

 またこの定理は6成分モンテシーノス絡み目の場合に単純には拡張できないこと、つまり、全ての整数aに対して6成分モンテシーノス絡み目〓はスモール絡み目ではないこと、も示した。

 2.参考論文

 題目Tangle decompositions of doubled knots.

 (Tokyo Journal of Mathematics掲載)

 2重化結び目の本質的タングル分解を与える球面は、そのコンパニオン結び目の本質的タングル分解を自然に与えることを示した。

 題目Tangle decompositions of satellite knots.

 (Revista Matematica Complutense掲載、林忠一郎氏、小沢誠氏と共著)

 前述の参考論文"Tangle decompositions of doubled knots"での定理をサテライト結び目の場合について考察した。

 題目Free genus one knots do not admit essential tangle decompositions.

 (Journal of Knot Theory and Its Ramifications掲載、小沢誠氏と共著)

 自由種数が1の結び目は全ての自然数nに対し、本質的n糸タングル分解を持たないことを示した。

 題目Complements of hyperbolic knots of braid index four contain no closed embedded totally geodesic surfaces.

 (Topology and Its Application掲載予定)

 組み紐指数が4である結び目Kの外部に埋め込まれた本質的閉曲面Fは、次の3つの条件のうち少なくとも1つを満たしていることを示した。

 (1)Fはメリディアン的に圧縮可能である。

 (2)FとKの外部に埋め込まれ、その境界をF上に持つ本質的アニュラスが存在する。

 (3)KはF上の単純閉曲線にアイソトピックである。

 この系として、Kが双曲的結び目である時FはKの外部で全測地的ではないということがわかった。

 題目Genus one knots which admit (1,1)-decompositions.

 (Proceedings of the American Mathematical Society掲載予定)

 種数が1であり、(1,1)分解をもつ結び目の型を決定した。

 題目On the additivity of the clasp number of knots.

 3次元球面内の結び目に対して定義されるクラスプ数の加法性について次の定理を得た。

 定理.K1,K2を3次元球面内の自明でない2つの結び目とし、この2つを連結和して得られる結び目をK1#K2で表す。このときK1#K2のクラスプ数が3であれば、K1,K2のクラスプ数はそれぞれ1,2である。

 謝辞

 この博士論文作製に際しての松本幸夫先生、Gordon,Cameron先生、Reid,Alan先生のご指導、ご助言に心より感謝いたします。また著者の研究活動を支援して下さった日本学術振興会の皆様にも御礼申し上げます。

 参考文献

[1] D. Cooper, M. Culler, H. Gillet, D. Long, P. Shalen, Plane curves associated to character varieties of 3-manifolds, Invent. Math. 118 (1994), no. 1, 47-84.

[2] E. Finkelstein, Closed incompressible surfaces in closed braid complements, J. Knot Theory Ramifications 7 (1998), no. 3, 335-379.

[3] C. Gordon, R. Litherland, Incompressible surfaces in branched coverings, The Smith conjecture (New York, 1979), 139-152, Pure Appl. Math., 112, Academic Press, Orlando, FL, 1984.

[4] A. Hatcher, W. Thurston, Incompressible surfaces in 2-bridge knot complements, Invent. Math. 79 (1985), no. 2, 225-246.

[5] M. Lozano, Arcbodies, Math. Proc. Cambridge Philos. Soc. 94 (1983), no. 2, 253-260.

[6] M. Lozano, J. Przytycki, Incompressible surfaces in the exterior of a closed 3-braid I, surfaces with holizontal boundary components, Math. Proc. Camb. Phil. Soc. 98 (1985), no. 2, 275-299.

[7] K. Morimoto, Some orientable 3-manifolds containing Klein bottles, Kobe J. Math. 2 (1985), no. 1, 37-44.

[8] K. Morimoto, J. Schultens, Tunnel numbers of small knots do not go down under connected sum. Proc. Amer. Math. Soc. 128 (2000), no. 1, 269-278.

[9] U. Oertel, Closed incompressible surfaces in complements of star links, Pacific J. Math. 111 (1984), no. 1, 209-230.

[10] P. Shalen, The proof in the case of no incompressible surface. The Smith conjecture (New York, 1979), 21-36, Pure Appl. Math., 112, Academic Press, Orlando, FL, 1984.

[11] F. Waldhausen, On irreducible 3-manifolds which are sufficiently large. Ann. of Math. (2) 87 (1968), 56-88.

審査要旨 要旨を表示する

 3次元多様体Mに固有に埋め込まれた曲面(G.∂G)が圧縮不能であるとは,Gの上の可縮でない単純閉曲線はMに埋め込まれたいかなる円板の境界にもならないことを言う.3次元多様体のトポロジーの研究において,与えられた3次元多様体が圧縮不能曲面を含むか否かは,まず調べるべき大切な問題である.多様体が圧縮不能曲面を含めば,それに沿って多様体を切り開き基本的な要素に分解して研究する方法が,W. HakenやF. Waldhausenにより確立されている.他方,圧縮不能曲面を含まない多様体の研究方法は確立しておらず,例えば,ある場合には,基本群の表現の指標多様体を調べるなどの特別の方法を必要とする.圧縮不能曲面を含まない多様体はスモールであるという.

 結び目理論においても,3次元多様体のなかの結び目や絡み目の外部がスモールな多様体であるとき,その結び目や絡み目はスモールであるといわれる.多様体の場合と同様に,スモールな結び目や絡み目の研究方法は確立しておらず,しかも,例も少ないという別の困難がある.現在までに,3次元球面のなかの2橋結び目,長さ3のモンテシノス結び目,閉3次元多様体の中の結び目でその外部が1つ穴開きトーラス束の構造を持つものなどがスモール結び目として知られており,これらがスモールであることが知られている結び目のほぼ全部である.

 提出された論文の前半では次の定理が証明されている.

定理:スモール結び目を含むサファイア空間は無限個存在する.しかも,その結び目の補空間には完備双曲構造が入るようにできる.また,こうして得られるスモール結び目は従来型のどのスモール結び目とも一致しない.

 サファイア空間は森元勘治により定義された特別な3次元多様体であって,次のように構成される.クラインの壷の上の単位区間束で,全空間Mが向き付け可能であるものを考える.全空間Mの境界∂Mはトーラスであることが知られている.このようなMのコピーを2つとり,それらをM1,M2とし,それらの境界を微分同相φによって張り合わせて得られる3次元多様体Mφがサファイア空間である.クラインの壷の上の標準的な分離的閉曲線と非分離的閉曲線に沿って,上記の単位区間束は自明になっているので,それらの∂Mjへの持ち上げΓj,Γ'jが考えられるが,上の定理のサファイア空間は,φ(Γ1)≠Γ2,φ(Γ1)≠Γ'2,φ(Γ'1)≠Γ2,φ(Γ'1)≠Γ'2という特別の条件を満たすφによって張り合わせて得られるサファイア空間である.また,定理にいう結び目はM1とM2のなかの単位区間ファイバーを両端点でつないだものが一番簡単な例になっている.

 サファイア空間は圧縮不能なトーラスを含み,かつ既約である.このような3次元多様体に含まれる結び目は,多くの場合,スモールでないことが予想される.実際,圧縮不可能な曲面を含み,かつ既約であるような3次元多様体であって,そのなかに含まれる全ての結び目がスモールでないような多様体の例をL.M. LopezやA. Reidが構成している.このことからも分かるように,上記定理で述べられた状況において,ある結び目がスモールであることを証明するには相当に困難な議論を必要とする.

 論文の後半では3次元球面のなかの5成分のスモールな絡み目を閉4糸組みひもを用いて構成している.これも,従来知られていないスモール絡み目の例である.

 以上のように,論文提出者は,結び目理論と3次元多様体論に特有の精緻な議論を積み上げることによって,スモールな結び目と絡み目の多くの例の構成に成功し,この方面の研究に新生面を切り開いたということができる.

 よって,論文提出者 松田 浩は,博士(数理科学)の学位を受けるに十分な資格があると認める.

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