学位論文要旨



No 117465
著者(漢字) ガルトバヤル,アルトバザル
著者(英字) Galtbayar,Artbazar
著者(カナ) ガルトバヤル,アルトバザル
標題(和) 量子力学のいくつかの問題の数学的研究
標題(洋) Mathematical Study of Quantum Mechanical Problems
報告番号 117465
報告番号 甲17465
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第209号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 教授 片岡,清臣
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、量子力学に関連する2つの問題を考える。

1 光子数2より小さいNelsonモデルについて

 第1部では,場の量子論の1つのモデルであるNelsonモデルを考える.光子数は2より小さいとする.このモデルは,ボゾン場における非相対論的粒子の相互作用の系をあらわす.このとき,ハミルトニアンはHilbert空間

上の作用素として,次のように与えられる.

ここで,〓△+VはSchrodinger作用素で,V(x)は電子と原子核の相互作用に対するポテンシャルである.〓で,〓は光子の質量,μ>0は定数とする.

 電子と光子の相互作用を表わす作用素〓と〓は次のように定義する:

ここで〓は,運動量切断である.χ(κ)を滑らかな正値球対称な関数とし,|κ|→∞で単調減少すると仮定する.さらにある十分大きなNに対して〓が成り立つとする.H2(R3)を次数2のSobolev空間とするとき,〓は定義域がD(H)=H2(R3)である自己共役作用素であるとを仮定する.また,V(χ)≡0であるときHをH0と書く.すると,Hは定義域が

である自己共役作用素になる.ここで,〓は重み付きL2空間とする:〓

 このモデルでの主たる問題は関連するハミルトニアンの基底状態の一意存在と,propagatorの漸近挙動である.この問題に関連したいくつかの問題は,[MS],[DG],[FGS]で研究されている.原子のハミルトニアンがconfinedの場合には,基底状態の一意存在と漸近完全性が[MS],[DG]によって得られている.[FGS]では,エネルギーをある値で上から切断する条件のもとで,原子のハミルトニアンがN体のSchrodinger作用素であるときの,Rayleigh散乱の漸近完全性が示されている.

 本論文の内容は以下のとおりである.第2節では,いくつかの記号の導入と,後節で必要なものの定義をする.第3節では,H0のレゾルベントに対して,極限吸収原理を使うために重要な役割を果たす関数F(z,ζ)の性質を調べる.第4節では,H0のスペクトルとレゾルベントを調べる.第5節では,この論文の主要な結果として,e-itH0の詳しい挙動について述べる.第6節では,いくつかの単純なチャネルハミルトニアンについての波動作用素の存在を証明する.第7節では,前節までに得られた結果を用いて,波動作用素W0±=s−limt→±∞eitHe-itH0の存在を証明する.

2 時間周期的な系に対する局所時間減衰について

 時間周期的な実数値のポテンシャルをもつ,時間依存型Schrodinger方程式

を考える.ここで,ポテンシャルVはV(t,x)=V(t+2π,x)をみたす.T=R/2πZとする.ポテンシャルは,次の条件をみたすとする.

ここで,〓,〈x〉=(1+x2)1/2である.条件(2.2)のもとで,L2(R3)上(2.1)のunitary propagator〓が一意に存在することが知られている([Y2]).

 この論文では,対応するFloquet Hamiltonian

が生成するpropagatorを用いて,(2.1)の解の漸近挙動を調べる.自由なFloquet Hamiltonian K0は,〓の最大作用素で,定義域は〓である.ここで,微分は超関数の意味とする.

 V(t,x)は有界な摂動であるから,Kは定義域がD(K)=D(K0)である自己共役作用素である.K0とKが生成するユニタリ群とpropargator U(t,s),eit△の間には,次のような関係がある.

さらに,tによらないυ(x),ν(x)に対して,次に等式が成立する.

このことから,e-iσKのσ→∞のときの時間減衰から,U(t,s)の時間減衰を得ることができると予想される.

 Kに対して,次のことを仮定する.

 (A2)Kは整数でない固有値をもたないとする.

定義 s>1/2に対して〈x〉su(x,t)∈Кをみたす(K−n)u=0の解が存在するとき,n∈ZはКのresonanceであるという.

定義 整数のKの固有値やresonanceが存在しないとき、V(t,x)はgenericであるという.それ以外のとき,V(t,x)はexceptionalであるという.

 この論文の主結果は,以下の定理である.(これらの定理で使われている記号は,本文を参照のこと.)

定理 Vはgenericであるとする.(A1),(A2)がδ>5/2,β>2δ,u0(x)∈L2δ(R3)に対して成立するとする.このとき,К-δ上で次の展開が成り立つ.

ここで,‖Θ(σ-3/2)‖К-δ=0(σ-3/2)(σ→∞),〓である。

定理 Vはexceptionalであるとする.(A1),(A2)がδ>15/2,β>2δ+3/2,u0(x)∈L2δ(R3)に対して成立するとする.このとき,К-δ上で次の展開が成り立つ.

参考文献

[DG] J. Derezinski and C. Gerard, Asymptotic completeness in Quantum Field Theory. Massive Pauli-Fierz Hamiltonians, Rev. Math. Phys. 11 No 4. (1999), 383-450.

[FGS] J. Frohlich.,M. Griesemer and B. Schlein, Asymptotic completeness for Rayleigh Scattering, 2001, Preprint.

[MS] R. Minlos and H. Spohn, The three-body problem in radioactive decay: The case of one atom and at most two photons, Amer. Math. Soc. Transl. (2) 177 (1996), 159-193. Academic Press, New York, 1975.

[Y2] K. Yajima. Existence of Solutions for Schrodinger Evolution Equations, Commun. Math. Phys. 110 (1987), 415-426.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では量子力学における2つの数学的問題,すなわち非相対論的場の量子論におけるNelsonモデルの光子数<2の領域における散乱理論と,時間に周期的に依存するポテンシャルをもつシュレーディンガー方程式の解の時間→∞における局所減衰の問題が取り扱われている。

 散乱理論を構成することは場の量子論における基本的であるが困難な問題として知られている.Minlos-SpohnやDerezinski-Gerardの論文では電子が束縛状態のみをもつ場合に,またFrohlich-Griesmer-Schleinではエネルギーを制限して漸近場の理論の枠で散乱理論の完備性が示されているが,この様な制限なしでは数学的に厳密な結果は殆どない.この論文の第一部では粒子数を最も簡単な場合に制限して,Nelsonモデルを光子数<2の部分空間

に射影した作用素

をとりあげ,Hによって生成される時間発展e-itHにt→±∞における漸近挙動を解析している。ここで,ω(κ)=〓,m〓0はボゾンの質量,Vは電子・核の相互作用のポテンシャル,μ>0はcoupling constant, |g〉:〓0→〓1,|g〉:〓1→〓0は電子とボゾンの相互作用を記述する作用素で紫外切断の関数χ(κ)を用いて

である.χ∈C∞は球対称,単調減少で|κ|→∞で十分速く0に収束すると仮定する.

と定義する.γ(ζ)=inf〓とすると,F(ζ,λ)は領域λ=Rez<γ(ζ)において実解析的で,あるρc>0が存在してF(ζ,λ)=0は,|ζ|<ρcの時一意的な解λ=λ(ζ)をもつが|ζ|>ρcでは解をもたない.第一部の主定理は次のようである.V∈L2(R3)∩L∞(R3)と仮定する.V=0の時のHをH0と書く.

定理1 (1)任意のu0=(υ0,υ1)∈Hに対して,ν1∈H1と,ν0が|ζ|<ρcに台をもつν0∈H0が存在して,t→∞の時

となる.ただし,ν0(x,κ)=(〓(D-κ)2+ω(κ)−λ(D))-1υ0(x)である.

(2)Hにおける強極限〓eitHe-itH0が存在する.

(3)Ω(x)を〓△+Vの固有値Eの固有関数とする.任意の〓∈L2(R3κ)に対してHにおける次の極限が存在する:

H0に対しては時間的な漸近挙動をレゾルベントの境界値の研究と停留位相法を用いて詳細に調べる.波動作用素の存在はこれと黒田の方法で得られる.この定理によって次の段階の完全性の研究のための基礎を作り上げたといえる.

 第二部では|x|→∞において十分速く減少し,tに関して十分滑らかで2π周期的ポテンシャルV(t,x)をもつシュレーディンガー方程式の初期値問題

の解のt→±∞における局所減衰の問題をいわゆる拡張相空間の定式化によって論じている.U(t,s)を(1)の生成する発展作用素とするとき,拡張相空間К=L2(T,L2(R3)),T=R/2πZ,上のユニタリ群U(σ)をU(σ)u(t)=U(t,t−σ)u(t−σ)によって定義し,その生成作用素をKとする.

で,e-i2πiKはI〓U(2π,0)とユニタリ同値である.U(2nπ)=U(2nπ+t,t)であるから,t→∞での解の漸近挙動の研究はU(σ)のσ→∞での挙動の研究とほぼ同値である.Kは整数値以外に固有値をもたないと仮定する.

定義2 nは−i∂tu−△u+V(x,t)u=nu(t,x)の解で

をみたす解が存在する時,レゾナンスであるという.e-intKeint=K+nだからnがレゾナンス,固有値であることと0がレゾナンス,固有値であることは同値である.

L2β(R3)を重み付きL2空間,Кβ=L2(T,L2β(R3))とする.第二部での主定理は次のようである.x∈R3の関数u0に対して(Ju0)(t,x)=u0(x)とする.

定理3 (1)β>2δ>5とする.Zがレゾナンスでも固有値でもないとする.u0∈L2δの時,К-δ-値関数としてのσ→∞における漸近展開

が成立する.ただし,B(n)はその像空間が{eint}に等しい階数1の作用素で‖B(n)‖〓C〈n〉-3をみたす.

(2)Zがレゾナンスあるいは固有値の時には,К-δ-値関数としての漸近展開

が成立する.ただしPnはKのn固有空間への射影,C1nはnレゾナンス関数を値域とする階数1の作用素,C2nはn固有関数を像とする有限次元作用素,Dnも有限次元作用素である.

時間周期系の一般の解の局所減衰の漸近展開を得たのはこの論文が最初である.拡張相空間を用いて,減少度をいわゆるFloquet作用素のスペクトル論的な概念を用いて特徴付ける着想は独創的である.いわゆる時間的方法によってこの様な特徴付けをするのは困難のように思われる.またこのような設定によって,既存の定常ポテンシャルに関する加藤・Jensenあるいは村田実などの理論と,時間周期系を統一的に論ずることを可能にしたのは重要である.よって,論文提出者Galtbayar Artbazarは、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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