学位論文要旨



No 117467
著者(漢字) 森山,哲裕
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,テツヒロ
標題(和) 配置空間のホモロジーについて
標題(洋) On the homology of the configuration spaces
報告番号 117467
報告番号 甲17467
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第211号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
内容要旨 要旨を表示する

 この論文ではn点配置空間のn次元ホモロジー群について調べた.正確には,次のようなある代数について調べた.まず,Rを単位元を持つ可換環,〓nをn次対称群,(X,x0)を基点付き空間とする.そして,△nをXnのbig-diagonal subet, Anをある成分がx0に一致しているようなXnの点全体から成る部分空間とする.そして(X,x0)n=(Xn,Dn∪An)(n=0の場合には一点から成る集合と定義する)とおく.(X,x0)nには自然にn次対称群が作用している.これらの無限個の直和の空間(X,x0)0∪(X,x0)1∪(X,x0)2∪(X,x0)3∪…は,自然な写像Xm×Xn→Xm+nにより半群の構造を持つ.そして,

と定義すると,これはR上の次数付き代数で,各次数nの部分加群は〓加群である.Xが滑らかな多様体の場合には,Hn((X,x0)n;R)はXのn点の配置空間Xn−Dnのあるcompact supportedなコホモロジー群のに同型である.この論文では,代数H(X,x0;R)について調べた.

 K.T.Chen[2]は多様体のループ空間のホモロジー群を反復積分を用いて書き表した(この論文ではつねに基点付きのループ空間を考える).特に,非単連結な多様体について,ループ空間の連結成分,つまりもとの空間の基本群とdifferentiable 1-formの反復積分との関係を明かにした.Iを基本群の群環〓のaugmentation ideal,あるiについてxi=xi+1が成り立つ点(x1,x2,…,xn)∈Xn全体から成る部分集合を△'nとする.Beilinson([3])はChenの反復積分のアイデアをもとに,任意の位相多様体についてHn(Xn,D'n∪An;〓)がI/In+1に同型になることを示した.今回考えるHn((X,x0)n;R)はD'nをDnでおきかえたものであり,若干複雑になっている.

 Bott-Cattaneo[1]は,3次元ホモロジー球面Mに対し,M上の点配置空間上の積分を用いてある不変量定義した.MにHeegaard分解が与えられているとき,Heegaard曲面において他の微分同相写像によってひねって貼り合わせて別の3次元多様体を構成したとき,Bott-Cattaneoの不変量がどのように変化するかは興味ある問題である.このとき,写像類群の曲面上の点の配置空間のホモロジー群への作用を調べることは重要である.これが動機となって,[4]において,Xが種数gの閉曲面から一点を取り除いた曲面Σg,1である場合に,写像類群Mg,1=π0(Diff+(Σg,1,x0)))のHn((Σg,1,x0)n;〓)への作用をn〓3の場合にJohnson準同型tを用い具体的に調べ,作用のkernelを決定した.また,[5]においてkernelを任意のn〓0について決定した.

 〓(X,x0;R)が満たすべき次のような一般的な性質を持つ代数を,この論文では〓−代数(〓-algebra)と呼ぶことにする.

Definition 1.Rを可換環,M=〓MnをR上の次数付き代数とする.各次数nについて,MnがR〓n-加群であり,任意のσi∈〓, ui∈Mn,i=1,2について,

が成り立つとき,MをR上の〓代数という.ここで,σ1×σ2∈〓n1+n2はσ1,σ2の直積,〓(n1+n2)∈〓n1+n2は1〓i〓n1の場合には〓(n1,n2)(i)=n1+i,n1

 そしてこの論文では,任意の離散群Gに対しても,ある方法(後述)でR上の〓代数〓grp(G;R)を定義した.単位元を持つ〓代数の圏をC1Rとする.〓や〓grpは位相空間または群の圏からC1Rへの共変関手である.そして,次を証明した.

Theorem 2.Rを単位元を持つ可換環,(X,x0)を基点付き有限CW−複体とする.このとき,次のようなR上の〓代数としての自然な同型が存在する.

Theorem 3.Theorem 2の仮定のもとで,IR⊂Rπ1(X,x0)をaugmentation ideal,そしてRπ1(X,x0)=〓Rπ1(X,x0)/IRnとおく.このとき,二つの自然な写像

が存在し,それぞれ単射である.ただし,φ'nはR−加群としての,〓はR上代数としてのある準同型である(後で定義する).

 〓grp(G;R)を定義の概略を述べる.整数の組n〓κ〓1に対して,n点集合{1,2,…,n}のk個のブロックへの"順序付けられた"分割全体から成る集合をPn,kとする.そして,n>0の場合にはPn,0=φ,P0,0={1}と定義する.整数およびブロックの置換により,Pn,kへ〓n×〓κが作用する.一方,R上Gで生成されるtensor代数〓の各次数kの部分加群もR〓κ-加群である.そこで,次数付き代数

を考えると,これはR上の〓代数になる.

 この〓代数(1)の元のイメージは次のようなものである.まず,P=((1))∈P1,1,γ∈Gの場合,P〓γはpathγの上に一点が配置されている様子を表わていると思うことにする.P'=((2,1))の場合は,P〓γはγの上にその向きに関して2,1の順に配置されている様子と思うことにする.すると,より一般にP"=(P1,P2,P3,P4)=((3,5,1),(),(6,2),(4))∈P6,4,u=γ1〓…〓γ4∈RG〓4,の場合には,P″〓uはpathγiの上に順序を込めて点Piが配置されている様子を表わしていると思える.i=2の部分はγ2の上に何も点が無い状態を表わしている.つまり,RPn,k〓kRG〓kは,n個の点がk本のpathの上に並べて配置されている状態全体から張られるR上のベクトル空間と思える.点の数nがホモロジー類としての次元に対応している.このようにして,〓代数としての自然な写像

を定義できる.実はこの〓代数準同型〓はkernelを持つ.すぐ分かるのが反復積分でよく知られた関係式であり,(i)pathの積に由来するものと,(ii)shuffle積に由来するものである.関係(i)(ii)で生成される"〓−イデアル"をJG,Rとする.JG,Rによる〓代数(1)の商〓代数を〓grp(G;R)と定義する:

〓grp(G;R)は〓−代数であり,〓はTheorem 2の同型を与える〓−代数準同型〓:〓grp(G;R)→〓(X,x0;R)を導く.

 さて,Xを滑らかな多様体とする.△nをn次元単体,cnγ:△n→Xnをcnγ(t1,t2,…,tn)=(γ(t1),γ(t2),…,γ(tn))で定義される写像とする.このときγに沿ったChenの反復積分は,いくつかの微分形式の直積(Xn上の微分形式)のcnγによる引き戻しの△n上の積分であった.cnγは(X,x0)nのn次元サイクルであり,そのホモロジー類のをφn(γ)と書くとき,等式

が成り立つ.したがって,写像

を定義できる.ここで,〓(X,x0;R)は完備化された〓−代数である.〓はR上の代数としての準同型になる.反復積分が持つ性質はそのままφnに反映され,その結果,IRn+1⊂Kerφnであることが容易に確かめられ,Theorem 3のような準同型φ'n,〓が導かれる.

いくつかの例

 詳細はここでは省くが,一般に圏C1Rにおいて,〓algebraの準同型hi:L→Mi,i=1,2があるとき,これらのコファイバー積M1●LM2が常に存在する.このことや定理などを用いて,いくつか計算例を挙げることができる.

Example 4.〓(S1,x0;R)=〓.これをSRとかくことにする.積はshuffle積により与えられる.例えば,1n∈〓nを単位元とするとき,1mと1nのshuffle積は,σ-1(1)<…<σ-1(m),σ-1(m+1)<…<σ-1(m+n)を満たすようなσ∈〓m+n全体の符合付きの和Σσsgn(σ)σである.

Example 5.X=Σg,rを種数gの向き付けられた閉曲面からr点を除いた空間とする(g〓0,r〓1).すると,〓(Σg,r,x0;R)〓SR●(2g+r).これはΣg,rがwedge和V2g+rS1にホモトピックだからである.そしてR〓n-加群として次のような同型が成り立つ.

さらに,Σg,1の場合,写像類群Mg,1=π0(Diff+(Σg,1,∂Σg,1))の〓n(Σg,1,x0;〓)への作用のkernelはπ1(Σg,1,x0)のn次降中心商群への作用のkernelに等しい([4]).

Example 6.X=Σgを向き付けられた閉曲面とする.このとき,〓(Σg,x0;R)〓grp(G;R).ここで,G=π1(Σg,x0)=〈α1,…,αg,β1,…,βg〓=[α1,β1]…[γg,βg]=1〉であり,Iは〓によって生成される〓(Σg,x0;R)の〓部分代数の次数〓1なる部分により生成される〓-ideal.(Σg,x0)の写像類群Mg,*の〓n(Σ,x0;〓)への作用のkernelは,Gのn次降中心商群への作用のkernelに等しい.

Example 7.M=M+∪ΣgM_を向き付けられた3次元閉多様体と,そのHeegaard分解とするとき,

ただし,コファイバー積はΣの埋め込み方に依存する.

Example 8.Xを代数多様体とすると,〓n(X,x0;〓)=Hn((X,x0)n;〓)は混合Hodge構造,特に重みフィルターWを持つ(ホモロジーで考えているため一般に負の重みを持つ).Wは〓(X,x0;〓)にフィルター付き〓−代数の構造を与える.Xを種数gの閉リーマン面から一点を取り除いたものとすると,〓n(X,x0;〓)は−1から−nの重みを持つ重みフィルターを持ち,Sp(2g;〓)−加群としての同型

が成り立つ.〓は第一種Stirling数の絶対値.

謝辞

 この博士論文作成にあたり,数々の励ましと助言をして下さいました指導教官の古田幹雄先生に深く感謝致します.また,配置空間に関して多くの助言をして下さいました河野俊丈先生,写像類群全般に関して助言をして下さいました森田茂之先生,河澄響矢先生,混合Hodge構造等についての知識,情報等を提供して下さいました寺杣友秀先生,松本眞先生,北野晃明先生にも感謝申し上げます.

参考文献

[1] R Bott, A. S. Cattaneo, Integral invariants of 3-manifolds, J.Differential Geom. 48(1998), no-1 1-13

[2] Chen K.-T., Iterated path integrals, Bull. Amer. Math. Soc. 83 (1977) 323-338

[3] Goncharov A. B, Multiple polylogarithms and mixed Tate motives, math.AG/0103059 2001

[4] T Moriyama, Johnson準同型と曲面上の点の配置空間,Art of Low Dimensional Topology VII, (2001) 111-121

[5] T Moriyama, The mapping class group action on the homology of the configuration spaces of surfaces, preprint, 2001.

審査要旨 要旨を表示する

 提出論文「On the homology of the configuration spaces」において論文提出者は,配置空間のホモロジー群のある部分と基本群の関係における対称群作用の役割を,明示的に表現した.

 応用として,曲面の写像類群に入る自然なfiltrationとしてよく知られているものを,ある種の配置空間のホモロジーを用いて記述した.「ある種の」というのは,big diagonalと呼ばれる部分集合に関するrelative homology群である.「記述」とは,ある次数までの配置空間のホモロジーへ作用が自明であるか否かによってfiltrationが再現されるということである.

 背景あるいは動機としては,配置空間を利用して定義される一連の3次元多様体の不変量であるBott-Cattaneo不変量の性質を調べることがあった.2000年にD. Thurstonによってこれらの不変量が有限型不変量であることが証明された.結果として,一連の有限型不変量が配置空間上の一種のMassey積として表示された.

 Massey積のような2次特性類の系統的な構成において,配置空間に対する対称群作用が基本的な役割を果たすことは,ordinary cohomology, K-cohomologyに対してAtiyahによって指摘されていた.

 論文提出者の構想は,有限型不変量の振る舞いを対称群の作用によって統制する理論にあった.

 提出論文は,その第一歩である.従来BeilinsonによってChenの反復積分のアイディアに基づき,配置空間のホモロジーと基本群との関係がしられていた.(証明の細部はGoncharovの2001年のプレプリントに述べられている.)基本的な構成は,ループをその上にのっている有限個の点よる近似を用いる.ループ上に乗った点列には自然な順序がついている.これらの構成と比較するなら,論文提出者の定式化は,この順序を取りかえることによる効果を記述することに相当する.

 結果的に,論文提出者の仕事は,Beilinsonの仕事に極めてよりそうものとして定式化された.これは,有限型不変量の考察に新しい道具を導入する可能性を開いたものとも評価される.

 以下,提出論文の結果を具体的に述べる.論文提出者はS代数の概念を次のように定義する:Mを可換環R嬢の次数付代数とする.各次数nについて,MnがRS〓加群であり,任意のσi∈Sni,ui∈Mn,i=1,2について(σ1*u1)(σ2*u2)=(σ1×σ2)(u1u2), u2u1〓(n1,n2)*(u1u2)が成り立つ.ここでσ1×σ2∈S〓∽〓∈はσ1,σ2の直積,〓(n1,n2)∈Sn1+n2は1〓i〓n1の場合には〓(n1,n2)(i)=n2+iでありn1

 論文提出者は,任意の基点付CW複体(X,x0)に対して,Xの配置空間のある種のホモロジーを利用して,S代数〓(X,x0;R)を構成した.また,任意の離散群Гに対してもS代数〓grp(Г;R)を構成した.基本定理は次の通りである.

定理1 次のS代数としての自然な同型がある.

この基本定理のもとで,次のことが示される.

 1.基本定理の両辺において,適当なfiltrationが自然に対応している.

 2.有向閉曲面に対するS代数のfiltrationは,写像類群のfiltrationを誘導する.これは基本群の降中心商群に伴うfiltrationと一致する.

 3.単位元をもつS代数のカテゴリーにおいて常にコファイバー積が存在する.3次元多様体のHeegaard分解にともない,対応するS代数をコファイバー積によって記述できる.

以上の成果により,論文提出者森山哲裕は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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