学位論文要旨



No 117705
著者(漢字) 石川,昌治
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,マサハル
標題(和) 曲面にはめ込まれた曲線から構成される接円束の正オープンブック分解について
標題(洋)
報告番号 117705
報告番号 甲17705
学位授与日 2003.02.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第213号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 河澄,響矢
 東京都立大学 教授 岡,睦雄
 青山学院大学 教授 矢野,公一
内容要旨 要旨を表示する

 1960年代にJ.Milnorは、複素超曲面特異点の補空間にファイバー束を構成し、その研究を行った。いわゆるミルナー束である。

 1970年代に、N.A'CampoとS.M.Gusein-Zadeは複素平面曲線孤立特異点の実モース化の研究を行い、任意の平面曲線特異点には実モース化が存在することを独立に証明した。実モース化の重要な応用として、実モース化で得られる実平面上にgenericにはめ込まれた曲線からDynkin図形が定義され、ミルナー束のモノドロミー写像をそのDynkin図形から読み取ることができるということが知られている。

 1998年にA'Campoはdivideとそこから構成されるファイバー束を導入した。Divideとは、単位円盤内にgeneric,relativeにはめ込まれた曲線のことである。実モース化理論に現れる「実平面にはめ込まれた曲線」も単位円盤上で考えればdivideということになる。A'Campoの試みは、実モース化の曲線とミルナー束との関係の任意のはめ込まれた曲線への一般化である。

 Divideのファイバー束を構成するに際し、まずはリンクを定義する必要がある。単位円盤をD={x=(x1,x2)∈R2|x21+x22≦1}とし、Pをdivide、つまり、単位円盤内にはめ込まれた曲線とする。R2の接束T(R2)の縦方向の座標をu=(u1,u2)とし、ST(R2):={(x,u)∈T(R2)||x|2+|u|2=1}とおく。ST(R2)は接束の単位球面であり、特にS3に同相である。このとき、divideのリンクL(P)をL(P):={(x,u)∈ST(R2)|x∈P,u∈Tx(P)}と定義する。ここで、Tx(P)はxにおけるPの接ベクトルの集合である。

 Pを0レベル集合として持ち、かつ、Pに囲まれた領域にはただ1つの最大値あるいは最小値しか持たないモース関数fP:R2→Rを適当に選び、写像θp,η:T(R2)→Cをθp,η(x)=fP(x)+iηdfP(x)(u)-1/2η2χ(x)HfP(x)(u,u)で定義する。ここで、ηは十分小さい正の実数、χ(x)はfPのモース特異点の微小近傍におけるbump関数、HfPはヘッシアンである。A'Campoはdivideの曲線が連結な場合、偏角写像θP,η/|θP,η|:ST(R2)\L(P)→S1が局所自明なファイバー束であり、そのモノドロミーは正のデーン捻りの積で表されることを示した。さらに、divideの曲線が平面曲線孤立特異点の実モース化で得られる曲線と一致している場合には、divideのファイバー束はその特異点のミルナー束と同値となることを示した。よって、divideとそのファイバー束は、平面曲線孤立特異点とそのミルナー束の一般化になっている。

 結び目理論において、ファイバー絡み目のファイバー曲面は、Hopf plumbingとその逆操作Hopf deplumbingにより特徴付けられる。Hopf plumbingとは、Hopf bandを貼り付ける操作であり、Hopf bandの捻りの向きに正負があるため、positive Hopf bandのplumbingとnegative Hopf bandのplumbingがある。J.Harerは全てのファイバー絡み目のファイバー曲面が円盤にHopf plumbing、Hopf deplumbing、twistingの3操作を繰り返し行うことで構成できることを示した。彼はさらに3操作のうち2つしか必要ないのでは、という問題提起をし、実際、近年E.GirouxがHopf plumbing、Hopf deplumbingの2操作ですぺてのファイバー絡み目の曲面が得られることを証明した。

 Divideのファイバー曲面に関する自然な問題として、ファイバー曲面がどのようなplumbingにより得られるか、という問題が生じる。M.Hirasawaはdivideのファイバー曲面が円盤からpositive Hopf bandのplumbingとdeplumbingを繰り返すことで得られることを証明した。このような場合、「ファイバー曲面はstable positive Hopf plumbingである」という言い方をする。ファイバー曲面が円盤からpositive Hopf bandのplumbingのみを繰り返すことで得られる場合は、「ファイバー曲面はpositive Hopf plumbingである」と言う。

 本論文の前半では以下のことを証明する。

 定理1.Divideのファイバー曲面はpositive Hopf plumbingである。

 特に、先程述べたように、divideのファイバー束はミルナー束の一般化であるので、次のことが言える。

 系2.平面曲線孤立特異点のミルナー束のファイバー曲面はpositive Hopf plumbingである。

 定理1の証明はdivideの曲線を使ってファイバー曲面を幾何的に理解するという手法を用いる。特に、Hopf plumbingで貼り付けられる各々のHopf bandは、関数θP,ηのモース特異点と1対1に対応している。

 本論文の後半では、divideとそのファイバー束の構成を向き付けられたコンパクトな曲面Σg,n上に描かれたdivideへと拡張する。ここでg≧0は曲面の種数(genus)であり、n≧0は境界成分の数である。ファイバー束は、Σg,nの接円束から境界の各点上の接円を1点に潰す(zipping)ことにより得られる多様体に構成される。ここではその多様体を∂Nε(Σg,n)と書く。

 PをΣg,n上のdivideとする。そのリンクは∂Nε(Σg,n)内に構成され、円盤上のdivideのリンクのときと同様に、Pの接ベクトルを使って定義される。定理を述べるためには、admissibleという条件を必要であるが、ここでは述べないことにする。本論文の後半では以下のことを証明する。

 定理3.Pをadmissibleなdivideとする。このとき多様体∂Nε(Σg,n)はPのリンクをバインディングとする正オープンブック分解を持つ。

 ここでオープンブック分解が正であるとは、モノドロミー写像が正のデーン捻りの積で表される場合を指す。

 定理3を証明するためには、Lefschetz束の分解を用いる。この手法はA'Campoが円盤上のdivideのファイバー束の存在証明に使った手法とは全く異なるものであり、Lefschetz束の分解そのものがモノドロミー写像のデーン捻りの積への分解に対応しているため、ファイバー束の存在証明、及び、モノドロミー写像の特徴付けを明解に行うことができる。特に、この手法はA'Campoの手法では扱えない「divideの曲線がΣg,nの境界と交わらない場合」でも有効である。

 定理3と、∂Nε(Σg,n)内の任意のリンクに対しそのregular frontが存在するという事実から、∂Nε(Σg,n)内の任意のリンクに対し、それに沿った正オープンブック分解が存在することが示せる。

 定理4.∂Nε(Σg,n)内の任意のリンクLに対し、ある結び目Kで、L∪Kが∂Nε(Σg,n)の正オープンブック分解のバインディングになるものが存在する。

 なお、g=0かつn=1の場合については円盤上のdivide理論の応用としてW.Gibsonと筆者により同様の手法を用いて証明されている。

審査要旨 要旨を表示する

 複素超曲面特異点の補空間のトポロジーは、ミルナーによりそのファイバー束構造が明らかにされて以後、大きく発展した。特に複素平面曲線の特異点に対しては、実平面上にはめ込まれた曲線を対応させて、特異点の補空間のトポロジーが理解されることが知られていた。

 この研究に大きな役割を果たしたアカンポ氏は、逆に実平面の円板上に一般の位置にプロパーにはめ込まれた曲線が、3次元球面に自然に定義するリンクとその補空間の研究を行ない、複素平面曲線の特異点の理論の多くの部分が一般化され、補空間がファイバー束構造をもつだけでなく、ノットやリンクの理論に多くの応用があることを見出した。このような曲線をデバイドと呼ぶ。

 デバイドからのリンクとその補空間のファイバー束を構成は次のようになされた。単位円板D={x=(x1,x2)∈R2|x21+x22≦1}とし、単位円盤内にはめ込まれた曲線P(デバイド)に対し、ST(R2)={(x,u)∈T(R2)||x|2+|u|2=1}内のリンクはL(P)={(x,u)∈ST(R2)|x∈P,u∈Tx(P)}と定義される。円板上のモース関数で、Pを0レベル集合とし、Pに囲まれた領域にはただ1つの最大値あるいは最小値しか持たないfP:R2→Rを適当に選び、写像θP,η:T(R2)→CをθP,η(x)=fP(x)+iηdfP(x)(u)-1/2η2χ(x)HfP(x)(u,u)(ηは十分小さい正の実数、χ(x)はfPのモース特異点の小近傍に台を持ち、さらに小さい近傍で1となる関数、HfPはヘッシアン)で定義する。アカンポ氏は、連結なデバイドに対し、偏角写像θP,η/|θP,η|:ST(R2)\L(P)→S1が局所自明なファイバー束であり、そのモノドロミーは正のデーンツイストの積で表されることを示した。

 一方、結び目理論において、ハーラー氏はファイバー絡み目のファイバー曲面は、円板に正または負のホップバンドのプランビング、その逆操作、及びツイスティング操作の3操作を繰り返し行うことで構成できることを示し、さらにジルー氏はホップバンドのプランビング、その逆操作の2操作ですべてのファイバー絡み目の曲面が得られることを証明した。

 論文提出者石川昌治はデバイドのファイバー曲面に関する自然な問題として、ファイバー曲面がどのようなプランビングにより得られるかという問題に取り組み、デバイドの曲線を分解することにより、次の結果を得た。

定理。デバイドのファイバー曲面は円板に正のホップバンドのプランビングだけを行なって得られる。

 特に、平面曲線孤立特異点のミルナー束のファイバー曲面は円板に正のホップバンドのプランビングだけを行なって得られたものであることがわかる。これは先行する平澤氏の、デバイドのファイバー曲面が正のホップバンドのプランビングとその逆操作を繰り返すことで得られるという結果を精密化したものである。

 さらに論文提出者は論文の後半で、デバイドとそのファイバー束の構成を種数g≧0、境界成分の数n≧0であるような向き付けられたコンパクトな曲面Σg,n上に描かれたデバイドヘと拡張した。リンクとその補空間のファイバー束は、Σg,nの接円束から境界の各点上のファイバーを1点に同一視することにより得られる多様体∂Nε(Σg,n)に構成される。論文提出者は上記のθP,η(x)と同様の関数をレフシェッツの意味のファイバー束とみて、それを分解することにより次を示した。

定理。Pを曲面を十分に分割するデバイドのとき、多様体∂Nε(Σg,n)はPのリンクをバインディングとするモノドロミー写像が正のデーンツイストの積で表されるオープンブック分解を持つ。

 このことから、∂Nε(Σg,n)内の任意のリンクに対し、それを含むリンクをバインディングとする上のようなオープンブック分解が存在することもわかる。

 上記の結果は、デバイドの理論の3次元多様体のトポロジーの研究への優れた応用であり、今後のこの分野の研究に重要な意味を持つものである。よって論文提出者石川昌治は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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