学位論文要旨



No 117803
著者(漢字) 山口,貴史
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,アツシ
標題(和) C=1の商空間共形場理論におけるツイストされた境界状態
標題(洋) Twisted boundary states in c=1 coset conformal field theories
報告番号 117803
報告番号 甲17803
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第439号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 助教授 加藤,晃史
内容要旨 要旨を表示する

 D-braneの発見は、弦理論の非摂動的な性質の理解を著しく促進させたが、一般の背景中におけるD-braneの全貌は今だ不明であり更なる研究が求められている。そのような背景中の弦理論は世界面上の共形場理論(CFT)により記述され、特にD-braneが存在する場合、世界面はD-brane上に束縛された境界を持つことが可能になる。境界を含んだ世界面上のCFTはBCFTと呼ばれ、D-braneの研究のための強力な道具を与えている。

 BCFTでは相関関数を得る目的で導入された、境界状態と呼ばれる一般化されたコヒーレント状態が有用になる。任意の境界αに一つの境界状態|α〉が対応するため、境界状態は一般化されたD-braneと見なせる。全ての境界状態は共形不変性の制限(Lη-Lη)|α〉=0 (1)を満たさねばならないが、いわゆるDirichlet,Neumann型の境界状態はより厳しい制限(αμ±aμ) |α〉=0 (2)を満たしているため極めて特殊な例であることがわかる。全ての共形不変な境界状態を調べ上げることは、弦理論の非摂動的な側面を見るために非常に重要であるにも関わらず、現在のところ、我々は特殊な例しか知ることができない。その理由は、CFTのHilbert空間が一般に無限個のVirasoro代数の既約表現を含んでいるからに他ならない。

 そのような無限個の既約表現が出現する場合は、Virasoro代数の中心電荷がc〓1 (3)の条件を満たす時であるのだが、厳密にc=1の場合はその構造が完全に調べられている。c=1のVirasoro代数の既約表現は2種類あり、その共形ウェイトhの値により分類される。(4)の場合は表現空間にヌル状態が存在せず、(5) の場合は表現空間のレベル2j+1にヌル状態が存在する縮退表現となる。

 これらの事実をもとに、一般の境界状態を探す試みが、S1上の自由ボソンの理論においてなされ[1]、S1の半径が(6) の場合に、標準のDirichlet,Neumann境界状態のほかに縮退表現のみから構成された境界状態が得られ、これらは共形境界状態とよばれている。特にレベル1のSU(2)Wess-Zumino-Witten模型(WZW)を記述しているR=√2の場合には、理論の全ての状態が縮退表現に属し、この共形境界状態はいわゆる〓(2)1のCardy境界状態を、SU(2)の内部自己同型でツイストして構成したものと同じであることが示されている。それらは群SU(2)の要素をパラメーターとして持つものであり、ここでは|g〉(g∈SU(2))と表すことにする。

 以上の結果を導出するに際し用いた事実は非自明な同等性レベル1のSU(2)WZW〜半径R=√2のS1理論 (7)であった。この経験が教えることはCFT同士が非自明な同等性を有するならば、それはより一般的な境界状態を導く可能性を秘めているということである。この観点で、我々が着目したのは次のような同等性である:(8) この関係により商空間共形場理論の側で構成した境界状態をオービフォールドの側で再解釈することが可能になる。商空間共形場理論G/Eは重要なCFTの種類で様々な応用性を持つため、既に境界状態の構成についてはいくらかの例が与えられている。この論文で用いるものはGおよびHに付随した有限Lie代数の外部自己同型で同時にツイストした境界状態である。So(2κ)の外部自己同型は一般には〓に同型で、κ=4の時はそれに加えさらにトライアリティーと呼ばれる〓に同型なのものが存在する。

 仮に商空間共形場理論のカイラルカレントのモードをJn,〓により表すとすると、外部自己同型ωによりツイストされた境界状態|α〉ωとは境界条件(Jn-(-1)hω(〓-n))|α〉ω=0 (9)を満たすものをいう。ここでhはカレントの共形ウェイトである。式(9)の一般解はIshibashi状態とよばれる基底により張られる。それを|i》ωで表すとすると、ツイストされた境界状態はIshibashi状態の線形結合となる:(10)ここで、Sは商空間共形場理論の指標のS行列であり、ψは文献[2]で与えられたツイステッド・アファインLie代数のS行列と密接に関係したユニタリーな行列である。この論文で用いる重要な事実はツイストされているIshibashi状態とされていないIshibashi状態の間の関係(11)である。ここで、〓がツイステッド・アファインLie代数の指標の分岐関数として現れるところが多少自明でないところである。

 一般論に基づいて、実際に〓外部自己同型でツイストした境界状態を構成すると、それはオービフォールド側では既知の境界状態(つまりDirichletまたはNeumann)が対応していることを示すことができる。一方、〓外部自己同型でツイストした境界状態は既知のものとは対応せず、次のような形になる:ここでσi(i=1,2,3)はPauli行列であり、g3=1-iσ1-iσ2-iσ3∈SU(2)である。これらはNeumann型でもDirichlet型でもなく、さらに縮退表現のみから構成されているためオービフォールドにおける共形境界状態として解釈可能である。

 ここで〓={1,iσ1,iσ2,iσ3}とおいて、最後の結果を次のように書き表すことは示唆的である:(12)

 なぜなら、半径(18)のオービフォールドS1/Z2は非アーベリアン・オービフォールドSU(2)/〓の〓が位数4の2面体群D2の場合と同等であるからである。さらに〓は随伴作用のもとでD2と同型である。この例から類推し、我々は表式(12)をもって一般のC=1オービフォールドSU(2)/〓における共形境界状態を提案する。

 厳密にはこの表式が許されるのはgがオービフォールド群の固定点でない場合である。仮に固定点があるにも関わらずこの表式をそのまま用いれば、境界状態の既約性が失われてしまう。これは一般のオービフォールで起こり得る現象であり、通常、固定点において、フラクショナル境界状態と呼ばれるものを導入し、既約性を回復する必要がある。我々は〓が位数ηの巡回群Cnと位数2nの2面体群Dnの場合にこれを実際に実行した。

 最後に今後の課題を述べる。最も直接的なものは〓(2)1を〓(n)1(n>2)に拡張することである。このとき同時にVirasoro代数はWn代数に置き換わる。なぜなら、Wnは〓(n)1のカシミア代数であるからである。〓(n)1はn-1次元トーラスにより実現できるが、我々の構成により、そのオービフォールドで一般のWn対称性を保つ境界状態が得られることが期待される。

参考文献

[1]M.R.Gaberdiel and A.Recknagel,JHEP O111,016(2001)[arXiv:hep-th/0108238].

[2]H.Ishikawa,Nucl,Phys.B629,209(2002)[arXiv:hep-th/0111230].

審査要旨 要旨を表示する

 数年前に発見されたD-braneは弦理論の非摂動的な理解の進展に著しく貢献してきた。まず、D-braneは様々な次元に広がった媒質を表し、空間p次元に広がるD-braneはDp-braneと呼ばれる。D-braneは巨視的な観点からは特殊な電荷(RRチャージ)を帯びた弦理論のソリトンと考えられるが、微視的には開いた弦(open string)の端点が掃く部分空間として定義される。このためDp-brane上には(P+1)次元超対称ゲージ理論が誘起される。

 平坦な時空ではDp-braneは単に(p+1)次元の超空間RP,1であるが、曲がった空間(複素多様体)の中ではDp-braneは(1)正則な部分多様体にそって存在するか、(2)ラグランジアンと呼ばれる中間次元の部分多様体に巻きついて存在しなければならないことが知られている。

 また、Dp-braneは時空のq-サイクルに巻きつくことによりD(p-q)-braneに変化する。特に、D2-braneは複素多様体の中の正則曲線に巻きつく時にD0-brane、即ち粒子に転化する。最も重要な例は消滅サイクルに巻きつくD2-braneの場合で、ADE型特異点の消滅サイクルに巻きつく時にD2-braneはADE型ゲージ理論のゲージ粒子を与える。このためADE型特異点を含むALE空間上にコンパクト化された弦理論には非摂動的にADE型のゲージ対称性が生成される。

 D-braneを研究する上で重要な道具となるものに境界状態(boundary state)がある。上に述べたようにD-braneにはopen stringの端点が着くため、D-braneは境界状態の理論を用いて記述することが出来る。一般に境界状態|α〉はワールド・シートの境界における共形不変性を課すことにより(Ln-〓-n|α>=0(1)によって定義される。ここでLn(〓)は右向き(左向き)成分のヴィラソロ作用素である。自由場スカラー場の理論においては、上の条件は弦の端点に関するDirichletないしNeumann型の境界条件に対応することが知られている。

 この論文では、Z2オービフォルド化された円周S1/Z2上にコンパクト化された自由スカラー場に関して、特に円周の半径Rが特定の値をとるときDirichletやNeumann型以外の新しいタイプの境界状態が存在する可能性を調べている。

 この研究以前に、円周S1上の自由ボソンの理論においてS1の半径Rが〓(2)の場合には、標準的なDirichlet、Neumann型以外にビラソロ代数の縮退表現からなる境界状態が得られていた。この結果の導出に用いられた重要な事実は次の同等性レベル1のSU(2)WZW〓半径R=√2のS1理論〓(3)である。

 この論文で学位申請者はオービフォルド理論に関する次の同等性〓(4)に注目した。左辺はコセット構成法に基づく共形場理論で〓(2κ)の添え字はカレント代数のレベルを表す。この関係によりコセット共形場理論の側で構成した境界状態をオービフォルドの側で再解釈することが可能となる。

 コセット共形場理論G/HにおいてはLie代数の外部自己同型でねじった(ツイストした)境界状態を構成できることが知られている。SO(2κ)の外部自己同型は一般にはZ2であるが、κ=4の時は特別で更にZ3対称性が存在するため全体でS3(3次の対称群、トライアリティー)に持ちあがる。

 外部自己同型でツイストした境界状態とは(Jn+ω(〓-n)|α〉ω=0(5)を満たすものを言う。一般論を用いてZ2外部自己同型でツイストした境界状態を構成すると、オービフォルド側ではDirichletないしNeumann境界条件に対応していることが分かる。しかし、更にZ3でツイストしたものは既知のものと対応せず新しい境界状態が得られる。

 まずSU(2)の群要素gに依存する境界状態を〓(6)で定義する。〓(g)はスピンjのSU(2)の表現行列要素|j;m,n〉は最高ウエイト状態|j;j,j〉から磁気量子数を下げて作った状態〓(7)である。学位申請者κ=4のコセット理論において新しい境界状態〓(8)が存在することを示した。ここでg=1/2(1-iσ1-iσ2-iσ3)∈SU(2)である。

 さらに学位申請者は上の構成を一般化して、非可換オービフオルドSU(2)/〓の場合に〓(9)の形の境界状態が存在することを提案している。上式は〓SU(2)の部分群Dn場合には(8)に帰着する。特に〓がT、O、1(4面体群、8面体群、20面体群)の場合には孤立した(モジュライを持たない)自由スカラー場の理論に相当しておりどのような境界状態が構成できるか興味深い。

 学位申請者の仕事は新しいタイプの境界状態をオービフォルドとコセット共形場理論の同型関係を用いて構成している点で面白い着想に基づいている。この論文は石川洋氏との共著論文に基づいているが、論文提出者が主体となって行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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