学位論文要旨



No 117829
著者(漢字) 小西,由起子
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,ユキコ
標題(和) 質量をもつ物質場を含むN=2超対称ゲージ理論の幾何学的構成
標題(洋) Geometric Engineering of N=2 SU(2) Gauge Theory with Massive Matter Fields
報告番号 117829
報告番号 甲17829
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4300号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 東京大学 助教授 相原,博昭
 東京大学 教授 柳田,勉
内容要旨 要旨を表示する

 本論文ではSU(2)をゲージ群とする、N=2超対称ゲージ理論でゲージ群のベクトル表現に属するNf個のハイパー多重項が存在する場合についてジオメトリック・エンジニアリングによる解析を行った。ジオメトリック・エンジニアリングとはII型の超対称弦理論を実6次元カラビヤウ多様体にコンパクト化して4次元の場の理論を得る手法である:2つの互いにミラー対称なカラビヤウ多様体を用意しておいて片方(A模型)にIIA理論をコンパクト化し、もう一方(B模型)にIIB理論をコンパクト化する。するとIIAから4次元N=2ゲージ理論のクーロン相が現れ、IIBからは対応するサイバーグ・ウィッテン理論(有効U(1)理論の厳密解)が現れるという仕組みである。

 2章ではSU(2)サイバーグ・ウィッテン理論の解析を行った。1つの結果はハイパー多重項の質量が全てゼロの場合のインスタントン振幅の漸近形である(ただしこの結果はジオメトリック・エンジニアリングとは全く関係なく得られたものである):(1)ここでCNfは1より小さい正の実数である。

 もうひとつの結果はこれまで知られていなかった形のaとaD:=∂aFgaugeの満たすべき偏微分方程式形系を導出して質量がゼロでない場合のインスタントン補正項を計算したことである。ここでaはN=2ベクトル多重項に含まれる複素スカラー場の期待値、Fgaugeはクーロン相におけるU(1)有効理論のプレポテンシャルである。この偏微分方程式系は質量パラメータも変数として含み、その結果容易に解くことができる。導出は原理的にはサイバーグ・ウィッテン曲線から可能であるが、本論文の3章ではジオメトリック・エンジニアリングの手法を用いてミラー対称性の理論から導出した。

 さらにハイパー多重項の質量がゼロでない場合のプレポテンシャルの一般的な形を議論した(この議論もサイバーグ・ウィッテン理論の枠組みの中で得られるものである);今Nf個のハイパー多重項がある場合に1つの質量miを無限大に大きくするとそのハイパー多重項はデカップルし、Nf-1個のハイパー多重項がある理論が得られる。このことを利用するとプレポテンシャルのA4-NfのN乗のインスタントン補正項はA/aの(4-Nf)n乗とa2に、mi/aの対称多項式をかけた形になることが分かる。特に質量パラメータについて最も高次の項(m1/a)n…(mNf/a)n・a2(Λ/a)(4-Nf)nの係数は全てのNf(Nf=0,1,2,3)で共通になることが分かる。

 3章ではA模型のカラビヤウ多様体の幾何学的量(ワールドシートインスタントン数)をジオメトリック・エンジニアリングを用いて調べた。実は4次元でゲージ理論が得られるのはカラビヤウ多様体が退化するときである。これをカラビヤウ多様体のモジュライ空間で見ると、モジュライ空間のある特異点の近傍がゲージ理論に対応していることが分かる。カラビヤウ多様体の湯川結合の振る舞いをこの特異点の周りで調べ、ちょうどサイバーグ・ウィッテン理論のプレポテンシャルの3階微分が現れることを見た。これと2章で議論したプレポテンシャルの一般形を利用して次のようなワールドシートインスタントン数の漸近的形を得た;4個のA模型のカラビヤウ多様体VNf(Nf=0,1,2,3)はそれぞれ2次元トーリック多様体PNfbase上に楕円曲線(トーラス)がファイバーされた構造を持つ。さらに、PNfbaseはヒルツェブルフ曲面F2のNf点ブローアップである。2次のホモロジー群H2(VNf;Z)の基底として楕円曲線、F2の底空間のCP1、F2のファイバーのCP1、ブローアップによって生じるNf個の(-1)例外曲線をとり、C0,C1,C2,E1,…,ENfと書く。2次のホモロジー類β∈H2(VNf;Z)(2)に対してワールドシートインスタントン数dβの漸近形は2n2≫n1では次のようになる:(3)γnはNf=0.1,2.3で共通であり、ハイパー多重項がない場合のインスタントン振幅に比例する。

審査要旨 要旨を表示する

 最近の10年間における場の理論の重要な成果の一つに、SeibergとWittenによるN=2を持つSU(2)超対称ゲージ場理論の低エネルギーでの振る舞いの厳密と考えられる記述の成功がある。これはスカラー場が真空期待値を持ち2個のゲージ場が重くなるが、残りの一つのゲージ場が質量0に留まるいわゆるCoulomb相にある場合の理論の記述である。この考察は低エネルギーの有効理論の可能な解の集合をリーマン面の考察と関係付けるという斬新なものであった。この考察のもっとも面白い結果は、ソリトン解である磁荷を持つ磁気単極子および磁荷と電荷を合わせ持つダイオンと呼ばれるものが、ゲージ理論の強結合相において質量がほぼゼロの粒子として顔を出すことである。Diracにより予想された電荷と磁荷の間の双対性が4次元のゲージ場理論の厳密な記述と考えられるところで非常に現実的な形で現れたことは、画期的なことである。

 他方、最近の20年間の素粒子論の中心的な課題の一つとして超弦理論の研究が非常に多くの人たちにより行われ、興味のある多くの結果が得られた。10次元で定義された弦理論を現実の4次元の理論にどうして結びつけるかという問題と関連して、超対称性の考察から6次元の余分な空間をCalabi-Yau多様体と呼ばれるものにコンパクト化するという考えが出されていた。このCalabi-Yau多様体の特異点の近傍では4次元理論として見たときのゲージ自由度の増減が現れるという興味ある現象が見つけられた。さらに、IIA型とIIB型と呼ばれる超弦理論を2つの異なるCalabi-Yau多様体にコンパクト化した理論が基本的に同じ物理を記述するという一種の双対性(ミラー(mirror)対称性と呼ばれる)が発見され、物理と数学の両方の分野の人たちの興味を引き、多くの研究がなされてきた。

 これらの二つの興味ある発展をさらに統一的な視点から理解しようという試みとして幾何学的な操作(geometric engineering)と呼ばれるものがある。この操作では、ミラー対称性で関係付けられる弦理論のIIA模型と1IB模型を、それぞれ場の理論におけるインスタントン展開の立場からの記述とSeibergとWittenによるリーマン面の立場からの記述に対応させる。本論分提出者は、この操作を用いてゲージ場理論という観点からは複数個の物質場を理論に付け加えた時の振る舞いを研究し、他方弦理論という観点からはCalabi-Yau多様体にコンパクト化した理論に現れる世界面上のインスタントン数という興味ある数に関係した考察を行った。

 本論分の第2章では、まずSeiberg-Witten理論の簡単なレビューを与えている。N=2を持つ超対称なゲージ理論の特徴として、低エネルギーでの有効理論はprepotentialと呼ばれる一つの解析関数により記述されることが知られている。さらに最低次のループが一つの量子補正以外は摂動論的な補正は出ないことが知られている。したがって、prepotentia1に対する考えられる残された量子補正は、ゲージ理論に現れるインスタントン解による非摂動的な補正である。事実、このインスタントン補正のインスタントンの数を増やしていったときの一般的な形は予想されていた。Seiperg-Wittenの分析の興味ある点は、これらのインスタントン補正の数係数まで含めた正確な結果を予言したことである。この予言は通常の場の理論の手法に基づくインスタントン計算のその後の進展により確証され、現在ではSeiberg-Wittenの結果は全ての次数で正しいものと考えられている。本論文提出者はこの発展のレビューと合わせて、質量を持たない群SU(2)のベクトル表現に属する物質場(hypermultipletと呼ばれる)が3個以内存在するときのインスタントン展開の展開係数の漸近形を与えた。これは、本論分の成果の一部である。

 さらに、物質場が3個以内で一般の質量を持つ場合を考察した。具体的には、ミラー対称性に関係して現れる弦理論のIIB模型とSeiberg-Witten理論の考察から、スカラー場の真空期待値およびその(磁気的)双対が満たす方程式の系を求めた。この微分方程式系は場の理論の立場から見た物質場の質量も変数として含んでおり、したがって微分方程式を解くことによりインスタントン展開でインスタントン数が大きい漸近展開の係数の質量依存性も見通しよく議論することができる。こうして得られたprepotentialの漸近的な振る舞いは、Seiberg-Witten理論の枠内でも原理的には求めることができるものではあるが、著者はこれをより広い立場である幾何学的な操作(geometric engineering)の処方に基づき明快に導いてみせた。興味ある結果は、漸近展開の主要な係数は物質場の数に依存しない部分と質量に陽に依存する項の積で書かれることである。

 第3章では、弦理論のIIA模型の量子論に現れる世界面上のインスタントン(world sheet instanton)と呼ばれるものを考察した。場の理論におけるインスタントンに対応するものとして世界面上のインスタントン数が量子補正を議論するときに基本的な役割を果たす。この数は弦理論を非線形シグマ模型として考察するときには、弦が描く世界面(例えば球面)とシグマ模型が記述するコンパクト化された時空との位相的な対応関係を記述する。この世界面上のインスタントン効果のインスタントン数が大きい場合の漸近的な展開係数の振る舞いを知ることは興味のある問題である。本論文提出者はまず弦理論でのIIB模型での3点関数とそのゲージ場理論極限の関係を議論した。この考察においては、ゲージ理論のインスタントンに関する漸近展開の結果が基本的な役割を果たす。この結果とミラー対称性の考えを組み合わせて弦理論のIIA模型の考察に結びつけ、3個以内の物質場に対応するCalabi-Yau多様体の世界面上のインスタントン数の漸近的な振る舞いを決定した。この数は、場の理論におけるインスタントン展開の係数と密接に関係していると考えられていたが、本論文提出者は事実この二つのインスタントン展開の係数の間には物質場が存在する場合にも非常に密接な関係があることを示した。この結果は本論分の主要部をなすものであり、今後の弦理論の考察において重要性を持つものと考えられる。

 このように本論文では場の理論および弦理論に関係した興味ある結果が得られている。なお、本論文は那珂通博氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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