No | 118416 | |
著者(漢字) | 滝本,和広 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タキモト,カズヒロ | |
標題(和) | ある種の曲率方程式における孤立特異点について | |
標題(洋) | Isolated singularities for some types of curvature equations | |
報告番号 | 118416 | |
報告番号 | 甲18416 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数第216号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 次の形で表される曲率方程式(1)Hκ[u]=Sκ(κ1,…,κn)=ψ(x)inΩ⊂Rnを考える.ただし,u∈C2(Ω)に対してκ=(κ1,…,κn)はuのグラフの主曲率を表し,Sκ(κ=1,…,n)はκ次基本対称関数を表す. この方程式は,κ=1,nという特別の場合にはそれぞれ平均曲率方程式,Gauss曲率方程式となる.即ち,方程式(1)は,幾何学や物理学で重要なこれらの方程式を包括し,より総合的な立場から定式化された,大変興味深い方程式である. ここで,(1)はκ=1のときは準線形方程式であるが,2≦κ≦nのときは完全非線形方程式であることに注意しておく.曲率方程式の研究に関しては,κ=1,nの場合には古くから盛んにおこなわれているが,一般のκに関しては,強い非線形性のためにその取り扱いは非常に難しい.本格的に研究が行われたのは,Caffarelli-INirenberg-Spruck(1988)による先駆的な仕事以降のことである.初期においては主にDirichlet境界値問題における古典解の存在と一意性に関して盛んに研究が行われ,特に非斉次項ψが小さい正値関数である場合を中心として多くの結果がある,また,古典解ばかりでなく,粘性解のクラスにおける(1)のDirichlet境界値問題の研究もなされている.粘性解は必ずしも微分可能でない関数に対して解の概念を拡張したものであり,1980年代前半にCrandall-Lionsによって導入された.これによって,大幅に弱い仮定の下で,多くの非線型方程式の解の存在や一意性を論じることが可能となっている、曲率方程式(1)の粘性解についてはTrudinger(1990)などによる可解性の研究がある. さて,本論文の前半では斉次(ψ≡0)の曲率方程式(2)Hκ[u]=0inΩ\{0}⊂Rnの粘性解を考え,その解の原点における特異点の除去可能性について考察する.κ=1のとき(極小曲面方程式の場合)には古典解の孤立特異点の除去可能性がBers(1951),Nitsche(1965),De Giorgi-Stampacchia(1965)によって示されている.これは(2)が準線形になるケースであり,一般に準線形や半線形の方程式に対しては,孤立特異点のまわりの解の性質について数多くの研究がある.一方,2≦κ≦nの場合は(2)は完全非線形な方程式となるため,解析が非常に難しくなる.ただし,(2)がMonge-Ampere型方程式となるκ=n(Gauss曲率0の方程式)の場合には後で述べるように除去可能でない孤立特異点をもつ解が存在する.しかし,これはMonge-Ampere型方程式の特殊性に由来するものであり,2≦κ≦n-1の場合には状況は一変すると予想されていたが,理論的な研究は全く進んでいなかった. 次に,本論文の後半では, (i)曲率方程式(1)に対して,粘性解よりもさらに広い解のクラスである広義解(generalized solution)と呼ばれる概念の導入, (ii)広義解のクラスにおける,(2)の原点における特異点の除去可能性について論じる. 準線形・半線形方程式における孤立特異点に関する研究においては,「試験関数を掛けて積分する」という手法を用いて定義された弱解・超関数解と呼ばれる解のクラスで考えられてきた。これは線形偏微分方程式における旧来の弱解の概念を自然に拡張したものであり,最大値原理が鍵となっている粘性解の概念とは全く異質のものである.このような伝統的な解の概念を完全非線形方程式に拡張するのは難しく,これまでこうした試みは限られたクラスの方程式に対してしかなされていなかった.我々は完全非線形方程式である(1)に対して,弱解や超関数解のようなintegral natureをもった解である広義解という概念を導入することに成功した. 以下,本論文において得られた結果について述べる. ●粘性解のクラスにおける孤立特異点の除去可能性 この問題に関して,次の結果を得た. Theorem1.1≦κ≦n-1とし,uを(2)の粘性解とする.もしuが原点まで連続に拡張できるならば,拡張された関数u∈C0(Ω)はHκ[u]=0inΩの粘性解である.従って,u∈C0,1(Ω)である. Theorem1の前半部の証明には,Labutin(2000)が一様楕円型の完全非線形偏微分方程式における解の孤立特異点の研究に用いた手法を応用した.特に,解の評価を行う際に,粘性解に対する比較原理を用いている.この方法は,まず適当な粘性優関数・劣関数を構成し,原点の近傍における解の挙動について考察する.次に原点においてuに上から(下から)接する比較関数を与えたとき,その比較関数に適当な微小摂動を加えたものが(2)の方程式の優解(劣解)となることを示し,摂動を0に近づけた極限を考えることで元の比較関数も(2)の方程式の優解(劣解)であることを証明する,というものである.Theorem1の後半部はTrudinger(1990)により得られた(1)の粘性解の内部正則性に関する結果より直ちに従う. なお,κ=nのときはTheorem1が成立しない反例が存在する.例えばu(x)=a(|x|-1)(a>0)とすると,原点は除去可能でない孤立特異点となっている. また,同様の論法によって,非斉次項が一般の連続関数であっても孤立特異点の除去可能性に関する結果が得られる. Theorem1'.1≦κ≦n-1,ψ∈C0(Ω)とし,uをHκ[u]=ψ(x)inΩ\{0}の粘性解とする.もしuが原点まで連続に拡張できるならば,拡張された関数u∈C0(Ω)はHκ[u]=ψ(x)inΩの粘性解である. ●広義解(generalized solution)の導入 まず,特殊なケースとして,κ=nのとき,即ちMonge-Ampere型方程式となる場合を考える.前項で述べたとおり,関数u(x)=a(|x|-1),a>0は,領域B1={z∈Rn||z|<1}において古典解または粘性解の枠組では意味をもたない.しかし,Monge-Ampere型方程式に対してAleksandrovやBakel'manらが導入した広義解と呼ばれる解のクラスでは,uは方程式の解として意味をもち,〓を満たす(ただし,ωnはn次元単位球の体積,δ0は原点に台をもつDiracのδ測度).また,彼らはBorel測度を非斉次項とするMonge-Ampere型方程式のDirichlet境界値問題を研究し,解の存在や一意性に関する結果を得ている. そこで,1≦κ≦n-1の場合にも同様にBorel測度を非斉次項にもつような曲率方程式の解が考えられないか,という問題を考える.この方向の研究としては,Hessian方程式と呼ばれる別の完全非線形偏微分方程式に対するColesanti-Salani(1997)の研究がある.この問題を曲率方程式に対して考察した結果,解のクラスを凸関数に限れば,曲率方程式においてもそのようなものが考えられることがわかった. Theorem2.1<κ (i)u∈C2(Ω)のとき,任意のη∈B(Ω)に対してσκ(u;η)=∫ηHκ[u]dx. (ii)ui→uinΩ(広義一様)⇒σκ(ui;・)→σκ(u;・)(弱収束). ただしB(Ω)はΩのBorel集合全体である.この定理により,uが凸関数であれば,Hκ[u]は必ずBorel測度になる。よって,凸関数解のクラスにおいては,(1)の非斉次項ψをBorel測度にまで拡張できることがわかる。 そこで,曲率方程式の広義解を次のように定義することができる.Definition1.Ω⊂Rnを有界な凸開集合,νをΩ上の非負Borel測度とする.このとき,凸関数u∈C0(Ω)が(4)Hκ[u]=νinΩの広義解(generalized solution)であるとは,任意のη∈B(Ω)に対してσκ(u;η)=ν(η)が成立することをいう. κ=nのときは,上で定義された広義解の概念が,Aleksandrov,Bakel'manらによって導入された広義解の概念と一致することも証明できる.この定義により,今まで研究されてきた古典解や粘性解よりも広い非斉次項のクラスで曲率方程式を考えることができるようになった.本論文では,Theorem2で定義された測度や,広義解がもつ幾つかの性質についても論じている. Theorem2は,凸関数uに関するSteiner型公式を導くことにより証明される. ●広義解のクラスにおける孤立特異点の除去可能性 (2)の解の原点における特異点の除去可能性の問題を,前項で定義した広義解のクラスでも考えてみる,という流れは自然であると思われる.この問題に関して,我々は次の定理を得た. Theorem3.1≦κ≦n-1とする,このとき,局所凸関数u∈C0(Ω\{0})が(2)の広義解ならば,uはHκ[u]=0inΩの広義解として原点まで連続に拡張できる. この定理の証明方法はTheorem1とは本質的に異なる.まず凸関数の性質よりuは原点まで連続に拡張でき,拡張された関数uも凸関数となることを示す.次に,Theorem2により,Hκ[u]はΩ上の有界なBorel測度と考えることができるので,ある定数C≧0が存在してuは(5)Hκ[u]=Cδ0inΩの広義解であることがわかる.最後に,Theorem2で構成されたσκ(u;・)の特徴づけを用いてC=0を示し,その結果としてTheorem3の結論が得られる.Theorem3の系として,1≦κ≦n-1のときはδ測度の正数倍を非斉次項にもつ曲率方程式の解は存在しないことがわかる. また,非斉次項が一般にΩ上のL1関数であってもTheorem3と同様の結果が得られる. 最後に,この論文を書くにあたってご指導を頂いた,指導教官の俣野博先生に深く感謝致します. | |
審査要旨 | 論文提出者滝本和広は,曲率方程式と呼ばれる,一般には完全非線形である2階微分方程式について考察し,その解の孤立特異点の除去可能性についての結果を得た.また広義解と呼ばれる解の概念を導入することに成功した. 論文提出者は,次のような曲率方程式について考察した.但し,u∈C2(Ω)に対してκ1,…,κnはuのグラフの主曲率を表し,Sκ(κ=1,…,n)はκ次基本対称関数を表す. この方程式は,微分幾何学ではおなじみである極小曲面方程式(κ=1,ψ≡0)やガウス曲率方程式(κ=n)を一般化したものである.しかし,これらは比較的扱いやすいケースであり,論文提出者が考察している一般のκの場合は,非常に非線形性が強い方程式となるため,従来の線形理論の延長線上では捉えきれない厄介な性質をもっている.解の存在や正則性についての研究が始まったのはCaffarelli-Nirenberg-Spruck(1988)以降のことであり,まだ未知の部分が多い研究領域である. しかしながら,ここ最近物理学や数理ファイナンスなどの世界において,さまざまな完全非線形偏微分方程式が脚光を浴びている.その重要性にもかかわらず,ごく特殊なクラスを除いて,これらの方程式を解析する強力な方法が見つかっていないのが現状である.こうした方程式の解には種々の特異性が現れることが予想されるが,線形理論の延長線上の発想では限界があり,暗中模索の状況が続いていた.そのような流れの中で,論文提出者は曲率方程式(1)に対して理論的な考察を与えた. 論文提出者の主な結果は次の3点である. 第一に,古典解より広い意味の解である粘性解のクラスにおいて,(1)の孤立特異点の除去可能性について研究し,1≦κ≦n-1のとき解の連続性の仮定の下に孤立特異点が常に除去可能であることを示した(Theorem1.1,3.2). 方程式(1)が準線形方程式となるκ=1のときにはBers(1951),De Giorgi-Stampacchia(1965)によって古典解の孤立特異点の除去可能性が示されているが,2≦κ≦nの場合は完全非線形な方程式となるため,解析が非常に難しくなる.論文提出者は,Labutin(2000)が一様楕円型の完全非線形方程式において用いた手法を,一様楕円型でない(1)に応用した,この結果はBersらの結果を数十年ぶりに改良したものである,また,κ=nの場合は反例が存在するので,孤立特異点の除去可能性に関しては,1≦κ≦n-1の場合とκ=nの場合では状況が一変することが明らかになった. 二番目に,粘性解より広いクラスの解である広義解の概念を導入し,(1)の可解性や解の正則性を論じる枠組を構築した(Theorem4.1,Definition4.2).特に,(1)が凸関数解をもつためには,非斉次項ψがBorel測度でなければならないことを示した. この定理により,uが凸関数であれば,Hκ[u]は必ずボレル測度になるので,凸関数解のクラスにおいては,(1)の非斉次項ψをボレル測度にまで拡張して考えるのが自然であることがわかる.また,κ=nの場合,(1)はMonge-Ampere型方程式となるが,ここで導入された広義解の概念は,AleksandrovやBakelmanらがMonge-Ampere型方程式に対して導入した広義解の概念と一致する,この定義により,古典解や粘性解より広い非斉次項のクラスで(1)を研究することができるようになった. 最後に,広義解のクラスにおいても同様の考察を行い,1≦κ≦n-1ならば(1)の孤立特異点は常に除去可能であることを示した(Theorem4.3). この定理の系として,1≦κ≦n-1のときはδ測度の正数倍を非斉次項にもつ曲率方程式の解は存在しないことがわかる.今後広義解の正則性や特異性を詳しく研究することにより,曲率方程式の新たな研究に突破口が開かれると期待され,多くの物理的な現象の深い理解につながると思われる.論文申請者の結果は,この分野における今後の研究の方向を示唆していると言えよう. 論文提出者の研究は,完全非線形方程式の重要なクラスに対して系統的な解析手法を確立することを目指すものであり,今後の解析に新しい展開を与えたものとして高く評価できる. 以上の諸点を考慮した結果,論文提出者滝本和広は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める. | |
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