学位論文要旨



No 118417
著者(漢字) 萩原,啓
著者(英字)
著者(カナ) ハギハラ,ケイ
標題(和) Kummer etale K群に対する構造定理
標題(洋) Structure theorem for Kummer etale K-group
報告番号 118417
報告番号 甲18417
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第217号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 志甫,淳
 京都大学 教授 加藤,和也
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は、対数的代数多様体のKummer etale K群の構造を明らかにすることである。

 主定理を正確に述べる前に、まずKummer etale K群の定義を説明する。一般に、(加藤和也氏の意味での)対数的スキームが与えられたとき、それ上Kummer etaleなものを開集合と思うことで、Kummer etaleサイトが定義できる。Kummer etale射の定義についてはここでは述べないが、例えば非特異代数多様体Xとその上の単純正規交叉因子Dから作られる対数的代数多様体(X,D)を考えた場合、D上でのみtameに分岐しその外ではetaleであるようなスキーム(に適当な対数構造を入れたもの)が(X,D)上Kummer etaleな対数的スキームの典型的な例である。Kummer etaleサイトは通常のスキームに対するetaleサイトの一つの一般化であり、このサイト及びこれから定義されるlog.etaleコホモロジーについては既に中山能力氏によって詳しく研究されている。

 一方、任意に環付きトポスが与えられたとき、その上のベクトルバンドルというものが考えられる。そこで、これらベクトルバンドル全体のなす圏からQuillen氏のQ構成によって作られるCW複体のホモトピー群として、環付きトポスのK群というものを定義することができる。

 本論文に於いては、環付きトポスとしてZariski位相付きスキーム及びその上の構造層を考えたときに得られるK群を古典的K群といい、Kummer etale位相付き対数的スキーム及びその上の構造層から作られるものをKummer etale K群と呼ぶ。前者をK*(X)、後者をK*(XKet)と表す(*は次数)。通常、(代数的)K-群と呼ばれているものは前者であり、こちらについてはこれまで非常に多くの研究が成されており、今尚発展を続けている。

 K群はコホモロジー群等と並び非常に重要なスキームの不変量の一つであるが、その定義の複雑さの為に、K群を計算することは一般には大変難しく、この構造を知ること自体、代数幾何学やK理論における重要な課題の一つである。古典的なK群についてはある程度は研究が進んでおり、いくつかの特別な場合に対しての計算例は知られているが、Kummer etale K群に関してはその構造は殆ど知られていないというのが現状である。

 このKummer etale K群を、十分一般的な対数的代数多様体に対し、古典的なK-群を用いて表示することが本論文の主結果である。

 具体的には、主定理は以下の式で表すことができる。

 Theorem.標数pの分離閉体上の非特異代数多様体とその上の単純正規交叉因子の組(X,D)から作られる対数的代数多様体に対し、そのKummer etale K群K*(XKet)は以下のように表される:

 ここでIはDの既約成分の添字集合であり、Iの各部分集合J={i1,…,ir}に対し、Dj=Di1∩…∩Dir(但し、D〓=Xとする)と書く。また非負整数rに対し〓は集合{(a1,…,ar)|ai∈(〓)\{0}}によってZ上生成される自由Abel群を表すとする。すなわち右辺は古典的K群K*(DJ)と対数的幾何学特有の修正項〓とのテンソル積を、全ての因子の交叉に関して直和したものとして表される。

 古典的なK群の構造を知るという問題は依然として残っているにせよ、この定理によりKummer etale K群の計算はほぼ完全に古典的K群のそれに還元されたことになる。

 証明はdevissageによってXが0次元の場合に帰着した後、0次元の場合の計算を同変K群の計算に帰着して行う、という順でなされる。この際必要なのがKummer etale位相における連接加群、及び標準フレーム付き対数的代数多様体の概念の導入である。

 前者は通常の連接加群の自然な一般化である。古典的には連接加群の成す圏に対してもQuillenの手続きを踏むことによって別種のK群を得られることが知られている。これは通常K'*(X)などと表され、良い仮定の下ではこれがベクトルバンドルから作られるものに一致すること:K*(X)〓K'*(X)が知られている。K'*(X)に対しては局所化完全系列と呼ばれる完全系列が存在する為、しばしばK*(X)よりK'*(X)の方が計算が容易である。本論文では先ずこの類似として、Kummer etale位相における連接加群の概念及びそのK群K'*(XKet)を定義し、これに対しても局所化完全系列が存在すること、K*(XKet)〓K'*(XKet)が適当な仮定の下で成立すること、を示している。これにより上のK*(XKet)の計算を、より容易なK'*(XKet)の計算に帰着できる。

 その後、K'*(XKet)に対する局所化完全系列を使ってdevissageを行うことで、0次元の対数的代数多様体の場合の計算に帰着するのであるが、この際devissageを円滑に行う為に本論文で導入しているのが、標準フレーム付き対数的代数多様体と呼ばれる概念である。

 標準フレーム付き対数的代数多様体とは、先に挙げた(X,D)のような形の対数的代数多様体は全て含む、より一般的な概念であり、本論文では先の主定理は任意の標準フレーム付き対数的代数多様体に対する定理として定式化され、証明されている。

 対数的幾何学に於いて興味深いのは主定理のような状況であり、全く一般の標準フレーム付き対数的代数多様体というものは元来それほど興味深い研究対象ではない。しかし、devissageを適切に行なう為には、考察する対象の範囲をこのような十分に広い対数的代数多様体のクラスへ拡張しておくことがどうしても必要となる。

 0次元の対数的代数多様体に対するK'群を計算する為には、同変K'群というものを用いる。後者は古典的によく知られており、Thomason等により様々な研究が行われている。本論文では0次元の対数的多様体のKummer etale K'群と同変K'群の帰納的極限との間の同型を通じて、前者の計算を後者の計算に帰着し、これを可能にしている。

審査要旨 要旨を表示する

 スキームのlog構造の概念は,十数年前Fontaine, Illusieのアイデアにもとづいて,加藤和也氏によってその基礎付けがなされた理論である.代数多様体に適当なlog構造を付け加えて考えると,トーリック多様体,半安定な退化を持つ多様体の族,tameな分岐を持つ被覆をあたかも,非特異な多様体,退化を持たない多様体の族,不分岐な被覆のように扱うことができ,半安定な退化を持つ代数多様体のp進ホッヂ理論,ホッヂ構造の退化の研究などへ応用されてきた。特に代数多様体の基本的な数論的不変量であるエタール・コホモロジー,クリスタリン・コホモロジーはlog代数多様体(=log構造付きの代数多様体)に拡張され,その性質は詳しく研究されている.しかしながら,代数多様体のもう一つの重要な不変量であるK群がlog代数多様体ではどのような姿をしているかは,その扱いの困難さ故,特に高次のK群の場合は,ほとんど分かっていなかった.

 log代数多様体のもっとも基本的な例として,分離閉体κ上定義された非特異代数多様体Xにその上の単純正規交叉因子Dに伴うlog構造Mを与えたものがある.萩原啓氏はこの種のlog代数多様体のlog K群を,Dから定まるXのstratificationの各成分の(logなしの)K群を用いて完全に記述することに成功した.ここでlog K群は,Kummer log etale位相(Ketと書く)に関する局所自由層のなす完全圏に伴うK群として定義される.この局所自由層は,上の(X,M)の場合,X上Zariski局所的には,Dの各既約成分の定義関数のn乗根(nはκ上可逆)をとって得られるXのtameな分岐被覆上で群作用付きのZariski局所自由層を考えることと同じである.

 log K群を直接計算することはXが体の場合以外は一般に難しい.萩原氏は,非常に一般的なlog schemeに問題を拡張することにより,この困難を克服し,最終的にXが体の場合に問題を帰着させることに成功している.具体的には次のような方針で主定理を証明している.(1)log構造が各点でNa型になるκ上の任意のNoether log scheme Xに対して,K群Kq(XKet)およびK'群Kq(XKet)(連接層のなす完全圏を用いて定義されるK群)を定義.(2)K'群の満たすべき基本性質であるlocalization sequence:(YはXの閉部分log scheme,U=X\Y)および逆極限との可換性〓)を証明.(3)log構造から決まるXのstratificationの各成分のlogなしのK'群を用いてXのlog K'群を表わす予想を一般のXに対して定式化.(厳密にはstratificationはlog構造のみからは定まらず,そのためにM-frameという付加構造を新たに導入)(4)(2)の性質および予想の射とlocalization sequenceの両立性を用いて,Xの各点の剰余体(+そこへのXのlog構造の引き戻し)の場合に帰着し予想を証明.(5)Xがκ上の正則スキーム(特にκ上の非特異代数多様体)にその上の単純正規交叉因子から定まるlog構造を与えたものの場合,K群とK'群が一致することを証明し,主定理の証明を得る.

 以上のように,萩原氏は結果の予想もつけにくい難問題に取り組み,最終的に等標数のNoether log schemeのlog K群の構造を見事に明らかにした.log K群がどのような形になっているかを推察した能力,一般的なlog schemeの枠組みで問題を捉えることによって逆に問題が非常に簡単な場合に帰着されることを見抜いた点,またそのために必要な一般のlog schemeに対するlog K群の基礎理論を吉典的な場合をたどりつつ一から構築した力は高く評価できる.よって,論文提出者萩原啓は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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