No | 118419 | |
著者(漢字) | 梶浦,宏成 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カジウラ,ヒロシゲ | |
標題(和) | 開弦に付随する非可換ホモトピー代数 | |
標題(洋) | Noncommutative homotopy algebras associated with open strings | |
報告番号 | 118419 | |
報告番号 | 甲18419 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数第219号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ホモトピー代数の典型例としてA∞代数というものがある.それは,もともとは点付きループ空間に入る代数構造として,J. Stasheffにより導入され,最近ではミラー対称性,位相的場の理論,弦の場の理論などの数理物理においても様々な応用がある、この論文では,[2]の拡張版として,A∞代数の一般的な性質と,その開弦の物理への応用について議論した. 〓を次数付きベクトル空間とし,多重線形写像〓が与えられているとする.mがn≧1,e1,…,en+1∈〓に対して以下の関係式を満たす時,(〓,m)はA∞代数と呼ばれる.簡単な場合として,m3=m4=…=0の時はm2は結合的であり,(〓,m)はm1を微分とする次数付き微分環となる.一般にはm2は結合的でなく,その結合性からのずれがホモトピーm3で決まっている.さらにmκ,κ≧4は高次のホモトピーとみなされる. 本論文ではこのような代数構造を開弦の場の理論に応用する、弦の場の理論は,弦が共形対称性を持つ背景時空の上で定義される.〓を開弦の場の状態とし,その基底eiそれぞれに対応する(場の理論の意味での)場をφi∈〓*ととり,開弦場Φ=eiφiを定義する.ここで〓*は〓の双対とする.演算は〓*の自由テンソル代数C(〓*)上で定義する.そして作用は以下の形のものを考える. ω(,):〓はBPZ内積,Q:〓はBRST作用素と呼ばれるもので,開弦場Φを含めてこれらは固定した背景時空上正準的に決まっている.つまりΦに関して2次の部分は固定されている.BRST作用素は(Q)2=0を満たすことからBRST複体(〓,Q)が定義される.通常の2次元面の弦理論において,その散乱振幅は,対応するリーマン面のモジュライ空間上のある微分形式の積分であり,その結果BRSTコホモロジー上の多重線形写像〓が得られる.これに対し,弦の場の理論の構成することは,その場の理論の摂動理論によるファインマン則が対応する弦理論の散乱振幅を再現するように3次以上の相互作用項νκ:〓を構成することである.よって通常弦の場の理論は,対応するリーマン面のモジュライ空間をファインマン則に従うよう分解し,νκをそのモジュライ空間の部分空間上の積分とすることによって得られる.そのような作用は実は無限個ある.しかし,この構成より,弦の場の理論の作用はゲージ理論におけるBatalin-Vilkovisky(BV)形式のBVマスター方程式を満たす.さらに,対応するリーマン面をdiskに限って構成される古典的な開弦の場の理論は,古典的BVマスター方程式を満たす.この時,作用(1)はサイクリックな対称性を持つ. 実は,一般に,古典的BVマスター方程式を満たすサイクリックな場の理論はA∞代数構造を持つ(定理6.1).実際,相互作用項をνκ+1(Φ,…,Φ)=ω(Φ,mκ(Φ,…,Φ))と表し,m1=Qとすると(〓,m)はA∞代数を定める.しかし,今νκはサイクリックである.つまり,A∞構造mは内積ωを通じてサイクリックであるという付加的な構造を持つ.これをサイクリックA∞代数と呼ぶ.このようなA∞代数は数理物理においていくらか扱われているが,その代数の性質に関するいくつかの結果も本論文における新しい結果の一部である. 以上のような代数構造は,〓上の形式的巾級数環C(〓*)を考えることにより幾何学的に理解できる.場{φi}∈〓*は非可換なので,(〓,C(〓*))を形式的非可換超多様体と呼ぶ.A∞構造mは(〓,C(〓*))上の形式的ベクトル場とみなせる.サイクリックな場合,その内積ωは実は形式的非可換超多様体上の定数シンプレクティック形式を定める.しかし,座標変換によりωは一般には非定数に変換されるため,そのような形式的非可換超多様体上の一般のシンプレクティック形式の性質について考えることは重要である.本論文では,このような形式的非可換超多様体の局所的な性質を調べた.可換な時と同様ポアンカレの補題が成り立つ(補題4.1).さらに,形式的非可換超多様体上のシンプレクティック形式の一般的なクラスを定義し,ダルブーの定理(定理4ユ)を示した. さて,A∞代数などのホモトピー代数における重要な概念は,それらのホモトピー同値性である.二つのA∞代数は,それらがA∞擬同型写像で移りあう時ホモトピー同値であると言われる.ここで、A∞擬同型写像とは,A∞代数(〓,m)の複体(〓,m1)に対するコホモロジーを保つ、A∞写像のことである.実は,任意のA∞代数(〓,m)は,それとA∞擬同型な,コホモロジーH(〓)上のA∞代数(これをminimal modelと呼ぶ)を持つことが知られている.これは,minimal model定理[1]と呼ばれ,ホモトピー代数構造を理解する鍵となる.例えば,Sullivanの導入した有理ホモトピー理論における微分形式の成す次数付き微分環(つまりm1が外微分,m2がwedge積,m3=m4=…=0)を1つのA∞代数とした場合,そのminimal modelのm3,m4,…は高次のマッセイ積に対応する.つまり,ある多様体の有理ホモトピー型は,ドラーム複体の代わりにドラームコホモロジー上に高次のマッセイ積に対応するA∞構造を考えることによって回復できる.開弦の場の理論においては,そのサイクリックA∞代数(〓,ω,m)のminimal modelはまさに(2次元面の)開弦の散乱振幅そのものである[2]. M.KontsevichはL∞代数の場合に,このminimal modelを含むより強い定理の存在とその証明の方針について触れている[3].これはminimal model定理の意味をより深く理解することを可能にする、本論文ではこれをdecomposition theoremと呼び,これをA∞代数の場合(定理5.2),サイクリックA∞代数の場合(定理5.3)について示し,それから得られる様々な帰結について議論した.開弦の場の理論に対しては,これを応用することにより以下の定理を得た. 定理6,2ある共形対称性を持つ背景時空上で定義されるすべての開弦の場の理論は,サイクリックA∞同型である. ここで,サイクリックA∞同型とは,場の理論における場の再定義にほかならない.場の理論において,場の再定義で移りあう作用は等価であるとみなされることから,物理的には,上の定理は1つの背景時空上のすべての開弦の場の理論が等価であることを意味する. 以上の本論文の結果はA∞代数をL∞代数におきかえてもすべて成り立つ.弦の場の理論においては,サイクリックL∞代数構造を持つものは,リーマン面を球面にかぎって構成される古典的閉弦の場の理論である. [1]T. V. Kadeishvili, (Russian) Soobshch. Akad. Nauk Gruzin. SSR 108 (1982), no.2, 249-252 (1983). [2]H. Kajiura, Nucl. Phys. B630 (2002) 361 [arXiv:hep-th/0112228]. [3]M. Kontsevich, "Deformation quantization of Poisson manifolds, I," q-alg/9709040. | |
審査要旨 | ホモトピー代数は、ループ空間に入る代数構造としてJ. Stasheffにより導入され、Chenの反復積分やSuliivanの有理ホモトピー理論等に応用された。最近では数理物理学、特に弦理論においてもホモトピー的な考え方の有効性が再認識され、ミラー対称性、位相的場の理論、弦の場の理論などへの応用されつつある。特にKontsevichによってミラー対称性予想の圏論的定式化がされ、現在精力的な研究が行われている。この論文では,非可換なホモトピー代数であるA∞代数の一般的な性質とその弦理論への応用を論じている。 〓をZ次数付きベクトル空間とする。〓上の次数1の多重線形写像の系列〓がn=1,2,3,…,e1,…,en+1∈〓に対して〓という関係を満たす時、(〓,m)をA∞代数と呼ぶ。2つのA∞代数(〓,m)から(〓,m')への射も定義されるが、その定義はかなり複雑である。 一般に、ホモトピー代数の対象や射の公理系は、無限個の多重線型写像の間に成り立つ無限個の両立条件として与えられるため、非常に煩雑で本質が見えにくい。本論文の特徴は、「ホモトピー代数の双対圏にあたる非可換超多様体の圏を導入し、そこで幾何学的に得られた定理をもとのホモトピー代数圏での定理に翻訳する」という方法論を用いていることである。〓の基底{ei}を一つ固定し、対応する座標φi∈〓*によって生成される形式的非可換ベキ級数環をC(φ)で表すと、これは自由テンソル代数として非可換結合的代数の構造を持つ。組(〓,C(φ))を形式的非可換超多様体と呼ぶ。これはCnの原点近傍を扱うためにC[[x1,…,xn]]を考えることの非可換類似物になっている。A∞代数の構造定数〓を用いて〓という「ベクトル場」を導入すれば、(〓,m)がA∞代数であることと、δ2=0とが等価になる。また、A∞射も、δと可換な射として自然に理解される。すなわちA∞代数の圏は、「非可換de Rham理論を展開できる幾何学的な対象のなす圏」の双対圏と見なすことができる。 A∞代数(〓,m)が、さらに非退化二次形式〓を持ち、κ=1,2,3,…に対してω(mκ(υ1,…,υκ),υκ+1)がυ1,…,υκ+1の巡回置換で不変であるとき、これをcyclicA∞代数という。これは形式的非可換超多様体上のシンプレクティック構造という枠組みで幾何学的に捉え直すことができる。特に、Batalin-Vilkovisky形式の作用汎関数Sは、δをHamilton流として生成する母関数として、またmaster方程式(S,S)=0はδ2=0を保証する条件として幾何学的に理解できる。本論文では、このような立場から形式的非可換超多様体の局所的な性質を調べ、ポアンカレの補題(補題4.1)やダルブーの定理(定理4.1)の非可換類似が成り立つことを示した。 ホモトピー代数における基本概念は、それらのホモトピー同値性である。A∞代数(〓,m)に付随する鎖複体(〓,m1)にコホモロジーの同型を誘導するA∞写像のことをA∞擬同型写像といい、A∞擬同型写像で移りあう二つのA∞代数はホモトピー同値であると呼ばれる。基本的な結果として、任意のA∞代数(〓,m)は、それとA∞擬同型なコホモロジーH*(〓)上のA∞代数を持つことが知られている(minimal model定理)。M. KontsevichはL∞代数の場合にこのminimal modelを系として含むより強い定理について示唆したが、本論文ではそのA∞代数版(定理5.2)、cyclicA∞代数版(定理5.3)を証明した。これら"decomposition theorem"と名付けられた結果は、minimal modelだけでなく、cohomologicalに自明な部分(contractible part)への分解を擬同型ではなくA∞同型として、しかも作用関数レベルで与えており、minimal modelの大幅な精密化を実願した。これらは(cyclic)A∞代数の一般的な結果であるが、弦理論にこれを応用すると、「共形不変性を持つ背景時空上で定義されるすべての開弦の場の理論は、場の再定義を通してサイクリックA∞同型である.」(定理6.2)ことが導かれた。 以上の本論文の結果はA∞代数をL∞代数におきかえてもすべて成り立つ。弦理論への応用としては、サイクリックL∞代数構造を持つものは、世界面が球面である古典的閉弦の場の理論に対応する。 このように、論文提出者の研究は従来のホモトピー代数の手法を、幾何学的な双対描像に持ち込むことによって、従来のホモロジーレベルの結果をホモトピーレベルに持ち上げた形で精密化・一般化し、また弦の場の理論の研究に新たな視点を切り開いた点で、非常に価値の高いものである。よって、論文提出者梶浦宏成は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
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