学位論文要旨



No 118421
著者(漢字) 川平,友規
著者(英字)
著者(カナ) カワヒラ,トモキ
標題(和) 放物的周期系をもつ複素力学系における半共役
標題(洋) Semiconjugacies in complex dynamics with parabolic cycles
報告番号 118421
報告番号 甲18421
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第221号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 林,修平
 京都大学 教授 宍倉,光広
内容要旨 要旨を表示する

1 第1章の概要

 この章では,Riemann球面上の次数d(>1)の有理写像による力学系を考え,その摂動(次数dの有理写像全体Ratdの一様収束位相に関して微小変化させること)に対する安定性を調べる.特に力学系のカオス部分・Julia集合とその上の力学系について,放物的分岐と呼ばれる現象下における構造安定性を調べることが目的である.ここで力学系が構造安定とは,運動法則である有理写像をわずかに摂動させても,摂動前後の底空間の間に力学系の作用を完全に保存する同相写像(共役写像)が存在すること(要するに,力学系が位相的には変化しないこと)をいう.Julia集合は力学系の完全不変集合であり,それ自体が独立した力学系の構造をもっている.特にJulia集合上に制限した力学系の構造安定性(J-安定性)を考えるのは,全体の力学系の構造安定性を考えるための重要な手がかりとなるからである.

 1980年代初頭,Mane,Sad,Sullivanは有理写像fをRatd内の点とみなしたとき,吸引周期系の個数が一定となるような連結近傍が存在するならば,fはJ-安定であることを示した.J-安定でなければ明らかに全体力学系は構造安定でないから,構造不安定性には吸引周期系の個数変化が伴うことがわかる.では,どのような有理写像の摂動においてそのような個数変化が起こるのだろうか?

 方程式fn(z)=z(ただし,fnはfのn回反復)の重解をfの放物的周期点(parabolic periodic point)と呼ぶ.これは複数の周期点が退化したものである.従って放物的周期点を持つ有理写像を摂動すると,退化していた周期点達が再び分岐し,吸引周期点個数も変化しうる.これが放物的分岐と呼ばれる現象である.この現象下,周期点近傍の力学系の変化は全体の力学系にまで激しく伝播する.特にJulia集合の位相的・力学系的変化は極めて多様である.したがって,放物的分岐を制御しつつJ-安定性の限界を探れば,構造安定と不安定の境界構造を突き止める糸口を得るであろう.

 以上を背景として,この章では幾何学的有限(geometrically finite)な有理写像に焦点を当て,放物的分岐現象下におけるそのJ-安定性について論じた.幾何学的有限な有理写像は放物的周期点を持ち得るだけでなく,カテゴリーとしては双曲的な有理写像をも含む比較的広範な(Ratd内に稠密に存在すると予想されている)対象である.主な結果として,放物的分岐および特異点軌道を制御しつつ摂動した有理写像族においては,幾何学的有限な有理写像が弱い(しかし,独特の)J-安定性を持つことを示した.

2 第1章の主定理

 Riemann球面上の次数d>1の有理写像fを固定する.ある点zがfのJulia集合に属するとは,zの任意近傍上で関数族{fn}が正規族にならないことと定義する.正規性は関数族の点列コンパクト性にあたる概念である.したがって,点zの近傍では関数族{fn}は非コンパクトであり,その軌道〓の摂動に対する不安定性を示唆している.また,Julia集合の補集合を安定領域(もしくはFatou集合)と呼ぶ.

 さてfが幾何学的有限であるとは,Julia集合に含まれる特異点(分岐点)が全て前周期的であることをいう.このときfの安定領域内の点は吸引または放物的周期点に収束し,無理的回転領域はもたない.このfに対し,Julia集合上の力学系を保存するような摂動方向を決定したい.特に,その共役写像を具体的に構成したい.

 まずは何より,放物的分岐を制御しなくてはならない.ここではMcMullenの円接的摂動(horo-cyclic perturbation,1997)と呼ばれる概念を導入する.これは放物的周期点に対し,分岐した周期点の配置がある種の対称性を保ち,かつそれぞれの固有値が無理的回転を示唆する固有値方向へ変化しないことを要求するものである.円接的摂動のもと,放物的周期点の重複度をn+1とした場合,その分岐の可能性は(1)1個の放物周期点のまま(重複度n+1),(2)1個の反発周期点とn個の吸引周期点,(3)1個の吸引周期点とn個の反発周期点,の3通りに絞られる.

 次に,Julia集合上の特異点の分岐を制御する.ある点のfによる逆像は重複度をこめて一般にd個あるが,その重複した点が特異点である.これも摂動により分岐し得るため,特異点軌道の変化は力学系変化の大きな要因となる.ここではJulia集合上の特異点についてのみ,軌道の重複度および前周期性が摂動において保存されることを仮定する.

 さて以上のもと,次の定理が示される:

 定理幾何学的有限なfに上のような摂動を施す.このとき,放物的周期点が全て(1)か(2)に分岐されれば,Julia集合は同相に変化し,その上の力学系に共役写像が構成できる.

 すなわち,fは近傍の特定の集合においてJ-安定性をもつ.(さらにfが多項式のとき,特定の放物的周期点を(2)に分岐させることができるならば,Goldberg-Milnor予想(1993,多項式の放物鉢の摂動に関する予想)に対し,部分的ではあるが肯定的な解答を与えることがわかる.

 一方,(3)のように分岐する放物的周期点がある場合はやや複雑である.このときJulia集合の位相は大きく変化するが,最良ともいえる半共役が構成できる:

 定理(3)に分岐される放物的周期点がある場合,摂動後のJulia集合からもとのJulia集合への,力学系の作用を保存する全射連続写像(半共役写像)が構成できる.さらに,この写像は高々可算個の点を除いて単射である.

 Julia集合は非可算集合であることが知られているので,この半共役写像は「ほとんど同相写像」である.すなわち,摂動によるJulia集合の位相的変化を修正し,かつ力学系の作用も保存する写像が構成可能なのである.

3 第2章の概要

 Lyubich-MinskyはKlein群における3次元双曲多様体のアナロジーとして,複素力学系に付随する3次元双曲ラミネーションを構成した.しかしその積層構造の詳細は,限られた例を除きほとんど知られていなかった.例えば2次多項式が吸引的不動点を持つ場合,その構造はSullivanの2-Solenoidと呼ばれるRiemann面ラミネーションを3次元的に拡張したものになることが知られている.これが重複度2の放物的不動点をもつ2次多項式へと退化するとき,最も簡単なラミネーションの構造変化が期待されるのだが,この場合すら詳細は知られてなかった.

 この問題に対しては,まず3次元ラミネーション構成において本質的な役割をはたす2次元ラミネーション,正則葉空間(regular leaf space)の構造決定が先決である.著者は論文[1]において(1)充填Julia集合の内部を可算個の等角同型なタイルに分割して(tessellation)そのダイナミクスを追い,(2)退化を実現する2次多項式間の半共役写像を具体的に構成,さらに(3)付随するラミネーション間の半共役写像に持ち上げる,という独自の方法により,正則葉空間のラミネーションの退化を明解に記述した.結果として,ラミネーションの大局的積層構造は変化せず,各葉の構造が葉としての弧状連結性を保ったまま変化していることがわかった.この方法はその他の2次多項式にも威力を発揮し,Lyubich-Minskyが掲げたいくつかの正則葉空間の構造決定問題に対しても解答を与える.次の第2章では,重複度が一般のq+1である放物的不動点,さらにはそれが分岐することで生成される周期qの吸引的周期点をもつ2次多項式に付随する正則葉空間の構造まで記述した.

4 第2章の主定理

 互いに素な自然数p,qを任意にとってくる.このとき,固有値ω:=e2πip/qの放物的固定点をもつ2次多項式で,g(z)=z2+σの形のものがただ一つ定まる.同様に、あるr∈(0,1)に対し,固有値λ=rωの吸引的固定点をもつ2次多項式で,f(z)=z2+cの形のものがただ一つ定まる.ここでr→1とすると,fはgに球面距離に関して一様収束し,gの放物的固定点(βとおく)はfの吸引的固定点(αとおく)の周期qの反発的周期系(Γとおく)とが退化した,重複度q+1の固定点と考えられる.

 その退化の様子は,以下のように記述できる:

 定理αとΓの各点を結ぶq本の弧で,その和集合Iがfで固定されるものが存在する.さらに〓,〓とおくと,Riemann球面C上fからgへの半共役Hが存在して,

 ・H:C-If→C-Igはf|C-Ifとg|c-Igの位相共役写像であり,

 ・HはIfの各連結成分(この場合Iと同相)をIgの各連結成分(この場合1点)の上に写す.

 証明では,充填Julia集合の内部を力学系的に自然な方法でタイル分割し,その退化を見る方法がカギとなる.充填Julia集合の外側ではDouady-Hubbardによる外射線を利用した力学系の記述が有効だが,このタイル分割はその内側について同様に有効な力学系の記述方法を与える.

 さて次に,fとgに付随する正則葉空間の構造を考える.まず,fに対し力学系の後方軌道全体の空間(自然拡大,natural extensionと呼ばれる)をと定める.この上にはfの自然な持ち上げf(z):=(f(z0),z0,z-1,...)が定まり,特にf:Nf→Nfは同相写像となる.さらにα=(α,α,...),∞=(∞,∞,...)とおけば、Rf=Nf-{α,∞}は解析的に性質がよく,Riemann面ラミネーションとなる.これが正則葉空間である.同様にNg,g,πg,βを定義すると,gの正則葉空間もRg=Ng-{β,∞}で定義でき,やはりRiemann面ラミネーションである.これらRf,Rgの各弧状連結成分(これを葉と呼ぶ)は複素平面Cと同型になり,f,gはそれぞれ各葉に対し同型写像,特にAffine写像として作用する.

 さてπf(z)=Z0,Lf=π-1f(If)と定義し,またLgも同様に定義すると,次のことが示される:

 定理fからgへの半共役Hの自然な持ち上げとしてfからgへの半共役H:Nf→Ngが定まり,

 ・H:Nf-Lf→Ng-Lgはf|Nf-Lfからg|Ng-Lgへの位相共役.

 ・HはLfの各弧状連結成分(Iと同相になる)をLgの弧状連結成分(1点になる)の上に写す.

 さらに,この半共役はLfをLgにピンチするが,正則葉空間の各葉の弧状連結性は保存することがわかるので,RfとRgのラミネーションとしての積層構造は保たれることがわかる.本質的な違いが生じるのは,反発的周期系Γに由来するq枚の葉(fによる周期系をなす)が,放物的固定点βのq枚の反発花弁に対応する葉(これもgによる周期系をなす)へと退化する部分であるが,その詳細もHの作用によって完全に記述可能である.

 さらに,gの放物的固定点βが周期qの吸引的周期系Aと1つの反発的固定点γをもつ2次多項式に分岐する場合に関しても,最初にAの各点とγを結ぶ弧をうまくとり,タイル分割を定義することにより,上と同様の議論が可能である.

参考文献

 [1]T.Kawahira.On the regular leaf space of the cauliflower.preprint,2002.

 [2]M.Lyubich and Y.Minsky.Laminations in holomorphic dynamics.J.Diff.Geom.47(1997)17-94.

 [3]C.McMullen.Hausdorff dimension and conformal dynamics II:Geometrically finite rational maps.Comm.Math.Helv.75(2000),no.4,535-593

 [4]J.Milnor.Dynamics in one complex variable:Introductory lectures.vieweg.1999.

審査要旨 要旨を表示する

 論文提出者,川平友規氏は,1次元複素力学系に関し,放物型周期点を持つ系に摂動を加えた場合の分岐の様子を研究し,分岐前と分岐後の系の定性的変化(ジュリア集合の位相的構造など)やそれらの間の半共役に関する結果を得た。

 複素力学系の研究においては,非常に簡単な有理関数のリーマン球面の上への作用から驚くほど複雑で多様なジュリア集合が現れる。また,系のパラメータを変化させた場合にジュリア集合の構造やその他の力学系性質が急激に変化することがよくある。その最も顕著な例が放物型周期点(周期点であって,そこでの微分(乗数)が1のべき根になるもの)を持つ場合で,そこではパラメータを変化させた場合にジュリア集合が(コンパクト集合の間に定義された)ハウスドルフ距離に関して不連続に変化することが知られている。逆に,Mane-Sad-Sullivanの結果によれば,このような放物型分岐を起こすパラメータの集合は,ジュリア集合が不連続に変化するパラメータ集合の中で稠密である。複素力学系の放物型分岐については数多くの研究があるが,例えばMcMullenは放物型周期点を持つ系がさらに幾何学的有限(クライン群の理論との類似)という条件を持つ場合に,有理関数列がこの系にある条件を満たす近づき方(乗数についていえば単位円に接しない近づき方,これを円接的収束という)で近づければ,列に沿ったジュリア集合が極限のジュリア集合に収束すること,すなわちこのような列に沿ってはジュリア集合が連続になること,同時にジュリア集合のハウスドルフ次元も連続になることを示している。また,複素力学系に関し,クライン群の理論との類似を主張する「Sullivanの辞書」のアイデアを推し進めるために,LyubichとMinskyは複素力学系に付随したラミネーションの概念を提唱した。この研究はまだ始まったばかりであり,非常によい性質を持つ双曲型の系についての研究がいくつかあるが,そのほかの場合には未解決の問題が多く,例えば放物型不動点を持つ場合のラミネーションの構造などはわかっていなかった。

 論文提出者,川平友規氏は,上記のMcMullenの複素力学系の円接的摂動に関する論文を読み,そこに現れる分岐現象やそれを統御する技術について研究を始めた。McMullenの結果ではジュリア集合のハウスドルフ距離に関する収束やハウスドルフ次元に関する連続性について取り扱っているが,位相的構造の変化などについては議論していない。実際には円接的な摂動に限ってもジュリア集合は同相に変化するのではなく,摂動後の系から元の系への位相共役が存在しない場合もある。しかし川平氏はある条件の下にこれが半共役(他対1写像による「共役」)にはできることを示した。以下にその主張をもう少し詳しく述べる。

 リーマン球面上の次数d>1の有理写像fを固定する。fが幾何学的有限であるとは,ジュリア集合に含まれる特異点(分岐点)が全て前周期的であることをいう。このときfの安定領域内の点は吸引または放物的周期点に収束し,無理的回転領域はもたない。このfに対し,ジュリア集合上の力学系をあまり大きく変えないような摂動として定義されたのがMcMullenの円接的摂動(horocyclic perturbation)である。これは放物的周期点に対し,分岐した周期点の配置がある種の対称性を保ち,かつそれぞれの微分(乗数)が無理的回転を示唆する固有値方向へ変化しないような摂動として定義される。円接的摂動のもと,放物的周期点の重複度をn+1とした場合,その分岐の可能性は(1)1個の放物周期点のまま(重複度n+1),(2)1個の反発周期点とn個の吸引周期点,(3)1個の吸引周期点とn個の反発周期点,の3通りに絞られる。

 次に,ジュリア集合上の特異点の分岐を制御する。ある点のfによる逆像は重複度をこめて一般にd個あるが,その重複した点が特異点である。これも摂動により分岐し得るため,特異点軌道の変化は力学系変化の大きな要因となる。ここではジュリア集合上の特異点についてのみ,軌道の重複度および前周期性が摂動において保存されることを仮定する。

 さて以上のもと,論文提出者は次の定理を示した:

 定理.幾何学的有限なfに上のような摂動を施す。このとき,放物的周期点が全て(1)か(2)に分岐されれば,ジュリア集合は同相に変化し,その上の力学系に共役写像が構成できる。

 すなわち,fは円接的な摂動に沿ってはJ-安定性をもつ。(さらにfが多項式のとき,特定の放物的周期点を(2)に分岐させることができるならば,Goldberg-Milnor予想(1993,多項式の放物鉢の摂動に関する予想)に対し,部分的ではあるが肯定的な解答を与えることがわかる。

 一方,(3)のように分岐する放物的周期点がある場合はやや複雑である。このときジュリア集合の位相は大きく変化するが,最良ともいえる半共役を構成した:

 定理.(3)に分岐される放物的周期点がある場合,摂動後のジュリア集合からもとのジュリア集合への,力学系の作用を保存する全射連続写像(半共役写像)が構成できる。さらに,この写像は高々可算個の点を除いて単射であり,その単射性が崩れる点は放物型周期点とその逆軌道である。

 Lyubich-Minskyはクライン群における3次元双曲多様体のアナロジーとして,複素力学系に付随する3次元双曲ラミネーションを構成した。しかしその積層構造の詳細は,限られた例を除きほとんど知られていなかった。例えば2次多項式が吸引的不動点を持つ場合,その構造はSullivanの2-Solenoidと呼ばれるリーマン面ラミネーションを3次元的に拡張したものになることが知られている。これが重複度2の放物的不動点をもつ2次多項式へと退化するとき,最も簡単なラミネーションの構造変化が期待されるのだが,この場合すら詳細は知られてなかった。

 この問題に対しては,まず3次元ラミネーション構成において本質的な役割をはたす2次元ラミネーション,正則葉空間(regular leaf space)の構造決定が先決である。論文提出者は(1)充填Julia集合の内部を可算個の等角同型なタイルに分割して(tessellation)そのダイナミクスを追い,(2)退化を実現する2次多項式間の半共役写像を具体的に構成,さらに(3)付随するラミネーション間の半共役写像に持ち上げる,という独自の方法により,正則葉空間のラミネーションの退化を明解に記述した。結果として,ラミネーションの大局的積層構造は変化せず,各葉の構造が葉としての弧状連結性を保ったまま変化していることがわかった。この方法はその他の2次多項式にも威力を発揮し,Lyubich-Minskyが掲げたいくつかの正則葉空間の構造決定問題に対しても解答を与える。次の第2章では,重複度が一般のq+1である放物的不動点,さらにはそれが分岐することで生成される周期qの吸引的周期点をもつ2次多項式に付随する正則葉空間の構造まで記述した。

 以上の結果は,放物型周期点を持つ複素力学系の分岐の様子を詳細に記述するものであり,この分野の研究において重要な位置を占めると思われる。よって論文提出者、川平友規氏は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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