学位論文要旨



No 118422
著者(漢字) 河村,隆
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,タカシ
標題(和) 自明な自己準同型環を持つ1次元と2次元のアーベル多様体上の法1ガロア表現のエフェクティブな全射性
標題(洋) The effective surjectivity of mod 1 Galois representations of 1- and 2-dimensional abelian varieties with trivial endomorphism ring
報告番号 118422
報告番号 甲18422
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第222号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 助教授 志甫,淳
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 日本大学 教授 平田,典子
内容要旨 要旨を表示する

 Aを代数体K上のn次元主偏極アーベル多様体とする。素数lについて、AlをAのl等分点のなす群とする。KをKの代数的閉包とすると、GK:=Ga1(K/K)のAl上のガロア表現ρl:GK→GSp2n(Fl)が得られる。ここでGSp2n(Fl)はFlを成分とする2n次元シンプレクティック相似変換の群である。

 Serreは、nが2,6または奇数で、EndK(A)=Zのとき、十分大きなlについてρlが全射になることを示した。証明はFaltingsの定理と代数群の標準的な定理を用いる。結果は一般的であるが、l>l0ならばρlが全射になるようなl0のエフェクティブな下界を与えなかった。

 この論文の目的は、nが1または2のときに、ρlの全射性のより簡潔な証明と、l0のエフェクティブな評価を与えることである。証明は、第一にMasserとWustholzによるアーベル多様体間の同種写像の次数の評価、およびそれより導かれるFaltingsの定理のエフェクティブな精密化を用いる。第二に、AschbacherとKleidmanとLiebeckによる有限古典群の極大部分群の分類に関する詳細な結果、特に〓とGSp4(Fl)のそれを用いる。つまり、l>l0のときρlの像がGL2(Fl)やGSp4(Fl)の極大部分群に含まれると仮定すると、MasserとWustholzの定理に矛盾することを導くことで、ρlの全射性を示す。

 主定理は次の2つである。ここでD(K)はKの判別式で、h(A)はAのFaltings高さで、体の拡大により不変である。

 主定理1 A=Eを次数dの代数体K上の楕円曲線とし、EndK(E)=Zとする。l>max(|D(K)|,C(1)[max{48d,h(E)}]r(1))ならば、ρl(GK)=GL2(Fl)である。ここで、C(1)とr(1)はMasserとWustholzによるFaltingsの定理の精密化に現れる定数で、r(1)=2285・34・52・136!×(2276・33・5・136!+1)7+21073・3・17・312・41・528!・(21061・17・31・528!+1)15<1025000である。

 主定理2 Aを次数dの代数体K上の2次元主偏極アーベル多様体とし、EndK(A)=zとする。l>max(|D(K)|,C(2)[max{3840d,h(A)}]r(2))ならば、ρl(GK)=GSp4(Fl)である。ここで、C(2)とr(2)はMasserとWustholzによるFaltingsの定理の精密化に現れる定数で、r(2)=21074・17・312・528!×(21061・17・31・528!+1)15+24183・36・73・11・23・2080!×(24166・33・7・11・2080!+1)31<10240000である。

 GL2(Fl)とGSp4(Fl)の極大部分群は次の2つの命題で与えられる。

 命題1 lが5以上のとき、GL2(Fl)の極大部分群は以下の5個の部分群のいずれかと共役である。

 (1)〓の極大部分群)

 (2)Bore1部分群

 (3)分裂Cartan部分群の正規化群〓

 (4)非分裂Cartan部分群の正規化群〓

 (5)〓

 ここで、μをFl*の生成元とすると、δ1はFl2の基底に関してdiag(μ,1)と表される元である。群GとHについて、G・HはGのHによる拡大を表す。Z2は位数2の巡回群で、Q8は四元数群で、Dnは位数nの二面体群である。

 命題2 lが3以上のとき、GSp4(Fl)の極大部分群は以下の7個の部分群のいずれかと共役である。

 (1)〓の極大部分群)

 (2)極大放物型部分群

 (3)〓

 (4)〓

 (5)〓

 (6)〓

 (7)〓

 ここで、δ2はFl4のシンプレクティック基底に関してdiag(μ,μ,1,1)と表される元である。〓は中心積を表し、O4-はWitt欠損1の4次の直交群である。

 MasserとWustho1zは数体上のアーベル多様体間の同種写像の次数をエフェクティブに評価した。

 定理2 自然数nとdが与えられたとき、nにしか依存しない定数κ(n)とC(n)が存在して以下の性質を満たす。Kを次数dの数体とし、AとA'をK上定義されたn次元のアーベル多様体とする。もしそれらがK上同種ならば、AからA'へ次数が高々C(n)[max{d,h(A)}]κ(n)のK同種写像が存在する。

 彼らは定理2を用いてFaltingsの定理を次のようにエフェクティブに精密化した。

 定理3の系 自然数nとdが与えられたとき、nにしか依存しない定数r(n)とC(n)が存在して以下の性質を満たす。Kを次数dの数体とし、AをK上定義されたn次元のアーベル多様体とする。そのときある自然数〓が存在して、Mを割らない任意の素数lについて、自然な写像〓は同型になる。

 ここで、r(n)=n2{λ(8n)+3κ(2n)}、λ(n)=16n3(2n-1)κ(n){2nκ(n)+1}n-1、κ(n)=(2n2+n-1)4n(2n+1){n(2n+1)}!、κ(n)=10n3λ(8n)+32n2μ(8n)、μ(n)=λ(n)/(4n)である。

 ζlを1の原始l乗根とする。もしK∩Q(ζl)=Qならば、円分指標εlは全射になる。lについての条件は次の補題で与えられる。

 補題 l>|D(K)|ならば、K∩Q(ζl)=Qである。

 (主定理1の証明) Gl:=ρl(GK)が命題1のGL2(Fl)のどの極大部分群にも含まれないことを示す。

 l>|D(K)|だから、εlは補題により全射になる。よって〓(<δ1>の極大部分群)である。

 Borel部分群はV1:=Fl2の1次元部分空間Wを保つ。もしGlがそれに含まれると、次数lのK同種写像〓が存在する。定理2により、次数が高々C(1)[max{d,h(E)}]κ(1)のK同種写像g:E→E/Wが存在し、その次数をd0とする。合成K同種写像〓の次数はd0lである。一方EndK(E)=Zだから、EndK(E/W)=Zである。よってd0lはある自然数mの平方である。だからlはmを割り、lはd0を割り、l>d0に矛盾する。

 次にもし〓ならば、GlからS2にある準同型ψ1が存在する。L1を〓とすると、〓で、ρl(GL1:=Gal(K/L1))⊂Fl*×Fl*である。故にEndGL1(El)⊃Fl2である。一方l>C(1)[max{2d,h(E)}]r(1)だから、定理3の系により、〓である。これは矛盾である。

 もしGl⊂Fl2*・Z2ならば、Kのある二次拡大体L2で、ρl(GL2:=Ga1(K/L2))⊂Fl2*となるものが存在する。故に〓である。一方l>C(1)[max{2d,h(E)}]r(1)だから、系により〓である。よって矛盾する。

 最後に〓とする。補題によりεlは全射だから、Gl⊃<δ1>である。L3をK(ρl)-1(<δ1>)とすると、〓で、ρl(GL3:=Gal(K/L3))=<δ1>である。よってEndGL3(El)⊃Fl2である。一方l>C(1)[max{48d,h(E)}]r(1)だから、系により〓である。これは矛盾である。以上で主定理1の証明が完成される。

 (主定理2の証明) Glが命題2のGSp4(Fl)のどの極大部分群にも含まれないことを示す。

 εlは全射だから、〓の極大部分群)である。

 極大放物型部分群はV2:=Fl4の1次元か2次元の部分空間を保つ。だから主定理1のBorel部分群の場合と同様に、Glは極大放物型部分群に含まれない。

 次にもし〓ならば、GlからS2にある準同型ψ2が存在する。L4を〓とすると、〓で、〓である。〓はV2の2次元部分空間を保つから、主定理1のBorel部分群の場合と同様に矛盾が生じる。

 〓はV2の2次元部分空間を保つから、〓の場合と同様に、〓である。

 もし〓または〓ならば、GlはFl2と可換である。一方l>C(2)[max{d,h(A)}]r(2)だから、系により〓である。よって矛盾する。

 主定理1の〓の場合と同様に〓である。ここで〓であることより、主定理2の証明が完成される。

審査要旨 要旨を表示する

 代数体K上定義されたアーベル多様体Aに対してその等分点へのKの絶対ガロア群GK:=Gal(K/K)の作用を考えて,各素数lに対してl-進表現を初めて定義したのは谷山豊である.50年ほど前のことである.それ以来このガロア表現は整数論の基本的な道具となってきた.

 多くの研究者によってこのl-進表現は研究されたが,とりわけGKの像を詳しく調べたのはJean-Pierre Serreである.

 彼の得た大きな成果の一つは次のようなものである.Aを有限次代数体K上のn次元主偏極アーベル多様体とする.素数lについて、AlをAのl等分点のなす群とするとき,Al上のガロア表現ρl:GK→GSp2n(Fl)が得る.ここでGSp2n(Fl)はFlを成分とする2n次元シンプレクティック相似変換の群とする.

 Serreはnが2,6または奇数で,EndK(A)=Zのとき,十分大きなlについてρlが全射になることを示した.この結果は一般的であるが,l>l0ならばρlが全射になるようなl0の実効的な(effective)下界を与えていない点で不満が残る.論文提出者は,この「実効的な下界を与える」という問題に取り組んだ.

 提出論文の主結果は,nが1または2のときに、ρlの全射性のより初等的な証明によってl0の実効的な評価を与えることにある.

 証明は、第一にMasserとWustholzによるアーベル多様体間の同種写像の次数の評価(これはFaltingsの定理の実効的な精密化と言ってよいが)を用いる.第二に、AschbacherとKleidmanとLiebeckによる有限古典群の極大部分群の分類に関する詳細な結果,特に〓とGSp4(Fl)のそれを用いる.即ち背理法によりl>l0のときρlの像がGL2(Fl)やGSp4(Fl)の極大部分群に含まれると仮定すると,MasserとWustholzの定理に矛盾することを導く.

 主結果は次の2つである.以下でD(K)はKの判別式とし,h(A)はAのFaltings高さとする.これは体の拡大により不変であることに注意する.

 主定理1 Eを次数dの代数体K上定義された楕円曲線とし,EndK(E)=Zと仮定する.このときl>max(|D(K)|,C(1)[max{48d,h(E)}]r(1))ならば,ρl(GK)=GL2(Fl)である.ここで,C(1)とr(1)はMasserとWustholzによるFaltingsの定理の精密化に現れる定数で,である.

 主定理2 Aを次数dの代数体K上の2次元主偏極アーベル多様体とし,EndK(A)=Zと仮定する.するとならば、ρl(GK)=GSp4(Fl)である.ただしここで,C(2)とr(2)はMasserとWustholzによるFaltingsの定理の精密化に現れる定数で,である.

 ここまでが提出論文の主結果である.さらに論文提出者はC(1)の計算を試みたが,事情によりこれは論文の一部としなかったが,将来この方面の研究も望ましい.

 2次元アーベル多様体を取り扱う定理2は新しい結果で,証明の手法もさらに高次元の結果を得るための手掛りとも成り得る.古くからの重要な問題に貴重な新しい寄与をなした当研究は,賞賛に値し,今後さらなる進展が期待される.

 よって,論文提出者河村隆は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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