学位論文要旨



No 118424
著者(漢字) 鈴木,正明
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサアキ
標題(和) 写像類群のマグナス表現
標題(洋) The Magnus Representation of the Mapping Class Group
報告番号 118424
報告番号 甲18424
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第224号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

 境界を一つ持つ、向きづけられた曲面とその写像類群を考える。

 古典的に知られているようにFox微分と呼ばれる計算を用いて、いくつかの興味深い行列表現を自由群の自己同型群のある条件を満たす部分群に対して定義することができる。そのような表現を初めに紹介したのはMagnus(マグナス)なので、それらはマグナス表現と呼ばれる。例えば組みひも群が自由群の自己同型群の部分群とみなせることから、組みひも群に対して定義されるBurau表現やGassner表現がそのようにして得られる表現である。写像類群も自由群の自己同型群の部分群とみなせることがNielsenの結果により知られているので、写像類群に対してもマグナス表現を定義することができる。この写像は写像類群から曲面の基本群の群環を係数とする一般線型群への写像である。行列のサイズは曲面の種数の2倍となる。しかしこの写像は準同型になっておらず、本当の意味での表現にはなっていない。この写像の定義域をトレリ群に制限し、係数をアーベル化し曲面の1次ホモロジー群の群環にすることによって、写像は準同型となり、本当の意味での表現を得る。この表現はトレリ群のマグナス表現と呼ばれる。ここでトレリ群とは写像類群の正規部分群で、曲面のホモロジー群への作用が自明である元の全体として定義されるものである。

 2節では、Fox微分の定義を確認し、いくつかの重要な性質を復習する。

 3節では、そのFox微分を用いた写像類群のマグナス表現の定義を述べる。さらにトレリ群のマグナス表現を導入する。

 4節では、トレリ群のマグナス表現によって得られる行列の特性多項式を考え、その性質をあげる。それらの性質は後の節で使われることになる。

 5節では、トレリ群のマグナス表現が忠実であるかどうかを議論する。ある表現が忠実であるということは準同型が単射であるということである。Burau表現の忠実性に関しては次のことが知られている。簡単な考察によりひもが2本又は3本のとき、Burau表現は忠実であることがわかる。Moodyは9本以上のひもによる組みひも群のBurau表現は忠実でないことを証明した。彼の導入したテクニックを改良してLongとPatonは6本以上のひもによるBurau表現は忠実でないことを証明した。さらに最近Bigelowは5本のひもによるBurau表現は忠実でないことを証明した。ひもが4本のときについては未解決な問題である。一方、Gassner表現の忠実性については、ひもが4本以上のときについて未解決な問題のようである。これらと同様にトレリ群のマグナス表現が忠実かどうかという問題は未解決な問題であったが、この節でこの問題の解決をみる。曲面の種数が1のときはトレリ群が無限巡回群と同型になることから簡単に忠実であることが示せる。しかし種数が2以上のときはトレリ群のマグナス表現は忠実でないことが証明される。

 6節では、トレリ群のマグナス表現の既約分解を決定する。Burau表現やGasser表現についての既約分解はすでに知られている。同様な問題をこの節で考察する。

 7節では、写像類群のマグナス表現の幾何的解釈について考える。3節で示したように、写像類群のマグナス表現はFox微分を用いて定義される。この節では同じ表現を曲面の被覆空間を考えることによって別の定義を述べる。写像類群のマグナス表現は曲面の普遍被覆空間のある相対ホモロジー群への写像類群の作用として定義することができる。ここでこのホモロジー群の係数は整数であるが、整数環加群として考えるのではなく、被覆変換群としての曲面の基本群の整数による群環上の加群とみなす。そうするとこの作用はサイズが種数の2倍の行列とみなすことができる。すなわち、写像類群の元に対して、ある行列が対応することになるが、それを写像類群のマグナス表現として定義するのである。この応用として、写像類群のマグナス表現がシンプレクティクであることを証明する。この結果については既に知られているが、ここではさらに内在的な別証明を与える。さらにトレリ群のマグナス表現の核についての情報を得ることができる。5節で示したように、トレリ群のマグナス表現は忠実でないことが分かったので、次にこの核を決定することが重要な問題であるが、ここではその部分的な解を与える。

審査要旨 要旨を表示する

 向きづけ可能なコンパクト曲面の写像類群は,3次元多様体諭,Riemann面のモジュライ空間の理論,Teichmuller理論,さらには超弦理論等,多くの分野に関わる極めて重要な研究対象である。写像類群の構造を研究する一つの方法として,その有限次元表現を構成し,その性質を調べるというものがある。曲面が境界を持つ場合には,その写像類群は有限階数の自由群の自己同型群のある部分群とみなすことができる。一方,有限階数の自由群やその自己同型群については,その有限次元表現を構成する統一的な方法が知られている。これは,Magnus表現と呼ばれるもので,Foxの自由微分を用いて代数的に定義されるものである。古典的な,braid群のBurau表現や,pure braid群のGassner表現はその代表例であり,これらについては多くの研究がなされてきた。Magnus表現は写像類群に対しても定義されるが,そのままでは群準同型ではない。しかし,係数をアーベル化し写像類群の重要な部分群であるTorelli群に制限すれば,それは表現となる。この表現については,上記二つの古典的な表現に比べて未知のことが多く,その性質の解明は大きな課題となっている。

 論文提出者の鈴木氏は,この写像類群(あるいはTorelli群)のMagnus表現について組織的な研究を行い,つぎのような結果を得た。結果は大きく三つに分けることができる。

 第一の結果は,Torelli群のMagnus表現は忠実ではないことを証明したことである。Burau表現については,長くその忠実性が問題となっていたが,12年ほど前にJ.Moodyが9本以上のbraid群に対してBurau表現が忠実でないことを示して以来,今日に至るまで多くの関連する研究の発展がある。なかでも,2年ほど前にBigelowとKrammerにより独立に得られた,braid群のlinearity(線形性=有限次元の忠実な表現が存在すること)の証明は著しい成果である。鈴木氏の上記の結果は,Torelli群のMagnus表現に対して対応する第一の段階の事実を証明したもので,今後の研究に大きなインパクトを与えるものと思われる。とくに,写像類群が線形性を持つかどうかという未解決問題の解決への機運が高まることが期待される。

 第二の結果は,写像類群のMagnus表現の既約分解を完全に決定したことである。Burau,Gassnerの両表現の既約分解は,かなり以前に知られていたものであるが,鈴木氏の結果は,写像類群のMagnus表現に対して分解を実行したものである。一般の写像類群は,その特別な場合であるbraid群やpure braid群に比べて格段に構造が複雑であり,その研究には大きな困難が伴う。また,braid群やpure braid群には見られない多くの現象が生じることが,これまでの研究で分かってきている。実際,鈴木氏のMagnus表現の既約分解にも,Burau,Gassner両表現の分解と類似の性質とともに,全く新しい現象が現れており,興味深いものである。

 第三の結果は,写像類群のMagnus表現の幾何学的な構成による新しい定義の提出である。この構成は,曲面の普遍被覆空間のある相対ホモロジー群への写像類群の作用を利用してなされるもので,極めて自然なものである。この構成の応用として,写像類群のMagnus表現が高次の意味でシンプレクティックであるという,これまでに知られていた事実の,より内在的な証明が与えられている。また,第一の結果に関連して,Torelli群のMagnus表現の核に属する元の部分的な特徴付けが得られている。

 以上のように論文提出者の研究は,写像類群およびTorelli群のMagnus表現の性質に関していくつかの新しい知見を与えるものであり,写像類群の構造の研究に貢献するものである。

 よって,論文提出者鈴木正明は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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