学位論文要旨



No 118426
著者(漢字) 原下,秀士
著者(英字)
著者(カナ) ハラシタ,シュウシ
標題(和) 超特異アーベル多様体のモジュライ空間の構造について
標題(洋) On the Structure of the Moduli Space of Supersingular Abelian Varieties
報告番号 118426
報告番号 甲18426
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第226号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 助教授 志甫,淳
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 小木曽,啓示
内容要旨 要旨を表示する

 (1)Moduli of Supersingular Abelian Varieties with Endomorphism Structure(自己準同型環構造付超特異アーベル多様体のモジュライ空間について)

 本論文において,自己準同型環構造付主偏極超特異アーベル多様体のモジュライ空間Sg,Lの既約成分の分類とそれぞれの既約成分の次元の決定をした.以下その概説をする.

 素数pを選び,それを固定する.以下では多様体,スキームとして標数pの体上のものしか扱わない.対合*付の代数体Lに対し,自己準同型環構造付主偏極アーベル多様体とはアーベル多様体XとLの整数環OLからEnd(X)への環準同型θとOL-線形な主偏極ηの三つ組である.幾何学的不変式論によって自己準同型環構造付主偏極アーベル多様体のモジュライ空間Ag,Lが存在する.超特異軌道Sg,LはAg,Lの中の超特異アーベル多様体がなす点全体がなす閉集合に被約構造をいれた閉部分スキームとして定義される.Sg,Lが空でないためには,Lは*が自明の時は総実体,非自明の時はCM-体である必要がある.

 主定理は以下のように述べられる.pは奇素数,p上の*が非自明で分岐している素点PではOp(OLのP-進完備化)は〓を持つという仮定のもとで,自然な全射準有限な射が存在する(定理6.8).ここで,I1は*で保たれるpの上にあるOL素点の集合,I2は*で保たれないpの上にあるOL素点の集合の*同値類の集合,〓はrigid PFTQと呼ばれる超特異アーベル多様体の列でタイプがJpのもののモジュライ空間,xは各素点pでのタイプの集まり(Jp)pからなる有限集合の元,最後にΛxはxによって定まる超特別アーベル多様体のある偏極の有限集合である.実はΛxはxから定まる種数の四元ユニタリー群もしくはユニタリー群の類数個の元からなる(系7.8).さらにSn,Lの既約成分の個数はΣx♯Λxで与えられる(定理6.11).〓は既約非特異固有スキームで次元はgp,L,Jpに依存して計算できる(定理6.10).

 以下証明の方針を書く.まず自己準同型環構造を付けた場合の超特異トレリの定理を示す.これによってSn,Lの局所的な性質(特に各既約成分の性質)はすべて自己準同型環構造付版のデュドネ加群で捉えられる.次に超特別デュドネ加群の準偏極の分類をして,全ての主準偏極デュドネ加群がデュドネ加群版のrigid PFTQ (ある性質を充たす準偏極のデュドネ加群のフィルトレーション)の一番下に埋め込まれることを証明する.rigid PFTQのモジュライ空間Ngを詳しく調べることがこの論文の最も重要な部分である (5章).結果としてNgの定義方程式が明示的に得られ,自己準同型環構造を付けた場合には,Ngにおいてすでに既約成分が幾つか現れる場合があることが分かる.(自己準同型環構造をいれない場合はNgは既約.)その既約成分の集合は組み合わせ論的なデータJp(上ではタイプと呼んだ)の集合に一対一対応している.NJp,irrgをNgの一つの既約成分とするとそれは非特異で,定義方程式の明示式を調べることでNJp,irrgの次元を計算することができる(論文ではその次元をd(Jp)と書いている(定義5.22)).〓とNJp,irrgは純非分離写像を除いて同型であるため〓の非特異性と次元が得られる.

 超特異軌道の大域的な問題は超特別アーベル多様体上の偏極の問題に帰着されるので,以上の考察を組み合わせて上の定理が得られる.7章においてどのようにして♯Λxが代数群の類数に結び付けられるかを書いた.シミリチユードをいれない群を扱うことによってうまくいく.

 (2)The a-number Stratification on the Moduli Space of Supers ingular Abelian Varieties(超特異アーベル多様体のモジュライ空間に付随するa-数による階層構造について)

 主偏極超特異アーベル多様体のモジュライ空間はa-数によって定義される部分多様体によって分解される.本論文では,その部分多様体の既約成分の個数とそれぞれの既約成分の次元を決定した.

 完全体K上のアーベル多様体Xに対し,a-数はK-ベクトル空間HomK(αp,X)の次元として定義される.

 主偏極超特異アーベル多様体のモジュライ空間Sgの局所閉部分スキームSg(a)はその閉点がa-数が丁度aの超特異アーベル多様体をパラメトライズするものとして定義する.

 主結果は以下の通り.

 0.Sg(a)のザリスキー閉包をScg(a)とおくと〓を得る.さらにScg(a)はa=gでない限り連結である.

 1.Sg(a)の全ての既約成分の次元はで与えられる.

 2.Sg(a)の既約成分の個数はに等しい.ここにHg(p,1)は四元ユニタリー群の主種数に対する類数,Hg(1,p)は同群の非主種数に対する類数である.

 証明はK.-Z.LiとF.Oortの理論で重要な役割をするrigid PFTQと呼ばれる準偏極超特異デュドネ加群のフィルトレーションをさらに深く考察することから始める.すなわちモジュライ空間を構成するときに必要なフィルトレーションの一番下にある主準偏極をもつデュドネ加群の良い基底を選ぶという操作をする.これによって種数gのrigid PFTQのモジュライ空間Ngのアファイン開部分多様体からある対称性をもつ巾零g×g-行列たちがなす代数多様体▽gへの全射エタール写像を得る.a-数がaという条件は上の巾零行列の階数がg-aであるということに帰着されるため,階数がg-aである▽gの局所閉部分多様体▽g(a)を調べることが最初のステップである.▽g(a)は非常に初等的な対象であるので詳しく調べられる.すなわち▽g(a)は個の既約成分を持ち,その全ての既約成分は同じ次元[(g2-a2+1)/4]を持つ.

 連結性の証明は上の議論をふまえてF.Oortが証明したL-軌道の連結性に帰着させる.LはEkedahl-Oortストラティフィケーションの一つSc{0,…,0,1}である.Scg(a)の全ての既約成分があるL-軌道の既約成分を含み,逆に任意のL-軌道の既約成分はあるScg(a)の既約成分に含まれることが証明される.

 次にSg(a)既約成分の個数をどのように決定するかを概説する.形式的な議論によって▽g(a)の各既約成分に対しある類数個のSg(a)既約成分が定まるのだが,重複の有無について微妙な問題が残っている.そのためにもう一つの超特異デュドネ加群の不変量であるK.-Z.Liが定義した指数を利用する.この不変量は非常に自然に定義されるものだが超特異デュドネ加群に対してしか定義されない.▽g(a)の各既約成分の一般元を与える主準偏極デュドネ加群の指数を直接行列演算を通して計算することによって,異なる▽g(a)の既約成分は異なる指数を与えることが証明できる.以上により重複がないことが分かる.さらにこの議論の過程で先の類数がどの種数の類数であったかまで明示的に与えることができるため,上のような結果が得られる.

 最後の章において,Sg(a)(a=1,…,g)がSgの中でどのように入っているかや有理点の計算への応用等,低次元の場合の詳細を書いた.この時,a-数による階層構造によって基本的なSg分割(例えば有理点の数の明示的な計算を可能にするぐらいのもの)が与えられることが一つのキーポイントである.

審査要旨 要旨を表示する

 提出された論文は実質上,下記の表題の二つの論文からなる.

 (1)Moduli of Supersingular Abelian Varieties with Endomorphism Structure(自己準同型環構造付超特異アーベル多様体のモジュライ空間について)

 (2)The a-number Stratification on the Moduli Space of Supersingular Abelian Varieties(超特異アーベル多様体のモジュライ空間に付随するa-数による階層構造について)

 論文(1)において原下氏は,正標数の体上の自己準同型環構造付の主偏極超特異アーベル多様体のモジュライ空間Sg,Lの既約成分の分類とそれぞれの既約成分の次元の決定をした.さらに既約成分の個数をある種の代数群の類数として表示した.

 以下,素数pを一つ固定し,考えるアーベル多様体やスキームは全て標数pの体上定義されているとする.

 代数体Lとその対合*(位数2の自己同型)が与えられているとする.このとき対(L,*)を自己準同型環にもつ,自己準同型環構造付主偏極アーベル多様体とはアーベル多様体XとLの整数環OLからEnd(X)への環準同型θとOL-線形な主偏極ηで,それによるRosati対合が*を引き起こすものとなるものの三つ組(X,θ,η)である.

 幾何学的不変式論による標準的手法で,自己準同型環構造付主偏極アーベル多様体の同型類を分類するモジュライ空間Ag,Lの存在が言える.このモジュライ空間の中で,超特異軌跡(supersingular locus)Sg,Lは,Ag,Lの中の点で超特異アーベル多様体に対応するものがなす閉集合に,被約構造をいれた閉部分スキームとして定義される.Sg,Lが空でないためには,Lは*が恒等写像のときは総実代数体,そうでないときはCM-体である必要がある.

 主たる結果はSg,Lの次元と既約成分の個数の記述である.このためにこれをもっと取り扱い易い線形代数で記述できる別のスキームによって全射準有限写像で覆う.この別のスキームは超特異アーベル多様体Xのデュドンネ加群Dp(X)を部分加群として含む超特別デュドンネ加群のある種の旗多様体として与えられる.これの詳細な記述が論文の技術的な核心である.

 論文(2)で原下氏は,特に自己準同型環構造を付けることをしない一般の主偏極超特異アーベルのモジュライ空間のa-数による軌跡付け(stratification)を深く調べた.ここで閉体k上のアーベル多様体Xのa-数とは,k-ベクトル空間Hom(αp,X)のk上の次元として定義される.

 主偏極超特異アーベル多様体のモジュライ空間はa-数によって定義される部分多様体によって軌跡分解される.本論文(2)では,その部分多様体の既約成分の個数とそれぞれの既約成分の次元を決定した.

 超特異アーベル多様体のモジュライ空間の研究はオランダのFranz Oortによって長い間かけて研究されている.その初期の過程で彼は次元2,3の場合には大阪大学の伊吹山知義氏や東京大学の桂利行氏などとの共同研究によって大きな成果を得て,数年前にK.-Z.Liとの共同研究によって一般次元を取り扱う基本的な手法を確立した.本研究は,このLi-Oortの研究に大きな影響を受けて成し遂げられたものであり,手法も似た点がある.

 しかしながら,自己準同型環を付した論文(1)の場合は,Li-Oortに現れないより技術的に難しい局面に出会い,それを適切に処理するなど随所に興味深い新たな考察を行っている.また論文(2)では,Li-Oortが分析を成しえなかった余次元の低い軌跡(strata)の次元と既約成分の決定を新しいアイデアで解決している.

 これらの点を総括すれば,論文提出者は当論文において,自己の研究主題において研究上の高い技術的な力量を示すと同時に,真に新規性のある研究成果を得ていると言える.

 よって論文提出者原下秀士は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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